【 女々しい 】
◆IHCARfwZFE




37 名前:No.12 女々しい 1/5 ◇IHCARfwZFE 投稿日:08/05/03 20:49:12 ID:SBqK6LY2
『都内の名店ベスト100!うまいラーメン発見伝!』
油とスープが絡み、てらてらと光る麺の上に、厚く切られた焼き豚が数枚。
細く丁寧に刻まれた長ネギの脇には、柔らかそうな半熟卵が黄身を上にして横たわっている。
コリコリとした歯ざわりが楽しいメンマと並んで、ナルトがひとつ。

 うんざりだ。
俺は読んでいた雑誌を背後に向かって放り投げた。
無残にも『うまいラーメン特集号』は壁にぶつかり、床にだらしなく崩れ落ちた。
同時に、頭上からビーッという警告音。
「物を乱暴に扱ってはいけません。あなたの行為は保護法第百二十二項違反に該当し……」
無機質な声が、聞き飽きた文句を告げる。
「悪かったよ、もうしない」
謝罪の言葉を口にすると声は止み、再び静寂が訪れた。

 俺はソファから立ち上がり、窓の外を見た。
荒れ果てた大地は降り続く雨に煙り、分厚い黒雲が空を覆い隠している。
今が昼なのか、それとも夜なのか、それすらも分からない。
美味いラーメン屋は、恐らくもう無い。
それどころか東京すら無いだろう。
ひょっとすると日本という国自体が、既に無いかも知れない。


38 名前:No.12 女々しい 2/5 ◇IHCARfwZFE 投稿日:08/05/03 20:49:40 ID:SBqK6LY2
「畜生……」
腹の底から湧き上がる黒いモヤモヤに耐え切れず、俺はソファを蹴り飛ばした。
再び警告音が鳴り響き、例の台詞が再生される。
「物を乱暴に扱ってはいけません。あなたの行為は保護法第百二十二項違反に該当し……」
「悪かった、もうしない」
そして、また静寂。

 機械は単純だ。
腹立ち紛れに何かを壊しても、謝りさえすれば直ぐに許してくれる。
最も、謝らなかったからといって、機械が人間を罰する事など出来るはずもない。
特にこの、人類保護プログラム搭載の卵型安全居住空間式ロボット、通称『EGG』には。

 一年前、人類はヘマをやらかした。
即ち、最終戦争というヤツである。

 些細な事から国家間のバランスが崩れ、あっという間にドンパチが始まった。
ミサイルがどこそこに落ちた、というニュースがひっきりなしに流れ、死人の数はうなぎ上りに増加した。
暴動が起き、軍隊が自国民を射撃し、お偉いさんは次々と国外へ逃げ出した。
やがて世界中できのこ雲がもくもくと上がり、そしてとうとう人類は滅亡した。
新型居住機械のテスターとして『EGG』の中にいた、この俺を除いて。


39 名前:No.12 女々しい 3/5 ◇IHCARfwZFE 投稿日:08/05/03 20:50:03 ID:SBqK6LY2
 最後の人類として何を成すべきか考えた事がある。
起きた事を克明に書き残し、人類の愚かさを記録するか。
それとも生き残った他の人間を探して旅にでも出るか。

 どちらも無駄だ、と結論が出た。
出来事を書き残して何になるというのだ。
歴史を伝えるべき後世の人間はもはや存在しない。
また、世界中に散った放射能の雨から逃れた人間が居るとは思えなかった。

 そもそも『EGG』は俺を外の世界に出そうとはしなかった。
『緊急時におけるFAQ』の項目には「大気中の放射能が人体に無害なレベルまで低下したら自動的に扉が開く」と書いてある。
手っ取り早く言えば、俺が生きている間にこの扉が開く事は、無い。

「畜生」
俺は小さく呟いてソファの上に寝転んだ。
横目で開く事の無い、銀色の扉を睨みつける。
あそこから一歩外に出れば放射能が押し寄せ、俺は死ぬだろう。
愚かな人類の一員として、そうして死ぬべきだったのかも知れない。
少なくとも『EGG』の中でゆっくりと死んでいくよりも、ずっとマシだったろうに。

 目を閉じる。
目蓋の裏側に、俺が一人きりではなかった日々の記憶が甦った。
思い出せば空しいだけだが、それでも思い出さずにはいられなかった。
ざわめきが恋しい、笑い声が恋しい、馬鹿な人間達が無性に恋しい。
俺は涙が溢れそうになるのを懸命に堪えねばならなかった。


40 名前:No.12 女々しい 4/5 ◇IHCARfwZFE 投稿日:08/05/03 20:50:27 ID:SBqK6LY2
 ・・・・・・それは小さな音だった。
最初は寂しさから来る幻聴か耳鳴りだと思った。
だが、その音はやがてはっきりとした羽音になった。

 俺はソファから飛び起きた。
虫だ!この部屋の中に虫がいるのだ!
息を殺し、目を凝らして部屋のあちこちに視線を走らせる。
純白の机の上に、さっきまでは無かった小さな黒点がぽつんと現れていた。
小蝿だった。

 外から飛び込んで来たとは考えられない。
最初からどこかに紛れ込んでいたに違いない。
食糧の中から孵化したのか、それとも排泄物処理槽からか。
とにかく、俺は歓喜した。
まさか自分以外の生物が生き残っていたとは。

 小蝿は小首を傾げながら両手をすり合わせている。
その滑稽な動作すら愛らしく見えてしまうから不思議だ。
「こ、こんにちは」
俺は挨拶をしたが、小蝿は返事をしなかった。当たり前だ。
「俺たちはこの星の生き残りだ、仲良くやって行こうじゃないか」
我々は孤独ではない。
話しかけながら俺は涙が頬を伝っていくのを感じていた。


41 名前:No.12 女々しい 5/5 ◇IHCARfwZFE 投稿日:08/05/03 20:50:56 ID:SBqK6LY2
 その時だ。
シュー、という音がした。
天井から白いガスが直線状に噴射されている。
そしてそのガスは、たちまち机の上の小蝿を包み込んだ。

 無機質な声が響き渡る。
「害虫駆除終了」
机の上の小蝿はぴくりとも動かず、仰向けに転がっていた。
俺の目の前で、小蝿は死んだ。

「うわああああああああああああああああああ!」
俺は机を蹴り飛ばした。
本棚を押し倒し、扉に体当たりをした。
壁を拳で殴りつけ、ソファを引っくり返す。

警告音。
「物を乱暴に扱ってはいけません。あなたの行為は保護法第百二十二項違反に該当し……」
「うわあああああああ!うわああああああああ!」
俺は涙を流しながら暴れ続けた。

「保護法第三十四項に基づき鎮静剤を投与します」
こんな声と共に、天井からガスが噴き出した。
膝から力が抜けていく。
ゆっくりと床に倒れた俺は、次第に薄らいでいく意識の中で吐き捨てるように呟いた。

「害虫駆除完了……」





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