【 キッコーマンよ、月に啼け 】
◆0CH8r0HG.A




46 :No.11 キッコーマンよ、月に啼け 1/5 ◇0CH8r0HG.A:08/06/22 22:41:17 ID:x/73Gv+s
 「ああ、分かってるよ」
 もう、何度目か分からない。親父のその滑稽な姿を見つめながら、俺は答えた。それを聞いた親父はもう何も言わず、ただ頷くばかり。
「いよいよ今夜だな、親父」
 蝋燭のみが頼りの暗い部屋。俺は窓のそばに歩み寄り、カーテンを開ける。淡い月明かりが部屋の中に入り込んで、俺達二人を照らし出す。
 しかし、親父の目は最早何も捉えられない。夜の闇とは別の力によって、視界を奪われているのだから。
「あんたの仇は俺が取ってやるさ」
 うぅ、と獣が弱弱しく唸るような声を一つあげて、親父は肩を震わせた。そこにある感情はあの女への憎しみか、それとも復讐の宴が迫ったことへの歓喜か。
 顔全体を覆うレザーの全頭マスク。その向こう側で流れる涙と涎が、親父の首を伝って落ち、床に水溜りを作る。
「泣くのは全てが終わってからだろ。なぁ親父」
 俺があんたから学んだ全てを使って、あの女を捻じ伏せてみせる。だから、なぁ親父よ。あんたはただそこで、息子の勝利を信じていればいい。
 俺は心の中で語りかける。それだけで、俺たち親子は通じ合えたのだ。俺は、盲いた亀と化した親父を残し部屋を出る。ドアをしめてきっかり十秒後、全裸の亀はオルガスムスに達したことを嬌声によって示した。

 親父は日本最高の縄師だった。人間の体を知り尽くしたその縛りは、幾人もの女達を虜にした。苦痛と快楽の境界線、それを一瞬で見極めて絶妙の圧力をかける。親父にかかれば、どんな女王様も雌豚に変わる、とまで言われたという。
 だが、そんな親父の栄光は、たった一人の女によって叩き壊された。何をされたのかは知らない。聞いても、答えてはくれなかった。しかし、実際に親父はプライドと自信を粉々にされ、身体も心も再起不能。結局、縄師の世界から身を引く羽目になったのだ。
「頼む、息子よ。俺に代わって、あの女に恥辱と快楽に塗れた敗北を味あわせてくれ」
 その言葉と共に、親父は俺に自分の技術の全てを叩き込んだ。親父は復讐のために、俺は尊敬する親父を超えるために、歯を食いしばって屈辱に耐えてきたのだ。そして今夜、ついにその瞬間が訪れるのである。

「さぁ勝負だ、おふくろ! いや、山本カシオペア!」
 俺は、愛用の麻縄を片手に、居間でテレビを見ているおふくろに向かって怒鳴る。俺の気合に気圧されたのか、おふくろは煎餅をくわえながら呆気に取られていた。
「突然どうしたの? またあの人に変なこと吹き込まれたんじゃない?」
「突然なんかじゃない。親父はこの日のために、自分の体を犠牲にして俺を訓練させてきたんだ」
 俺はおふくろに、親父が今までどれほどの辛酸を舐めてきたかを切々と訴えた。熱くなっていく目頭を押さえながら。泣いてはいけない、と親父に言ったばかりなのにこみ上げるものを抑えられない。自分を戒めるために一つ深呼吸をして、おふくろに向き直る。
「なるほどねぇ。あの人、そんなに悔しかったんだ。毎晩毎晩、あんたに縛られてよがってるから、てっきり今の生活を楽しんでるんだと思ったわ」
「楽しんでるは楽しんでるだろうよ。だけど、楽しんでいる自分が不甲斐ないんだよ。親父だって男なんだ。プライドはあるんだよ」
 俺は縄を構えなおす。掌に伝わるちくちくとした痛みが俺を高揚させる。
「勝負だ、おふくろ。親父の無念は俺が晴らす。おふくろの体に縄が食い込む喜びを教えてやるぜ!」
 人差し指を鼻先に突きつける。しかし、おふくろは溜息を一つ吐いて手を振った。
「やーよ。息子に縛られるなんて、冗談じゃないわ。大体、あんただって自分の母親に縄打つなんて嫌でしょうよ」
「そんな倫理観は、親父に初めて縄打ったときに、とうに捨て去ったのさ」
「……あんた、それ自慢できるようなことじゃないわよ?」

47 :No.11 キッコーマンよ、月に啼け 2/5 ◇0CH8r0HG.A:08/06/22 22:41:36 ID:x/73Gv+s
 おふくろは中々挑発に乗ってこない。俺は仕方なく最後のカードを切った。
「俺との勝負から逃げるのなら、『こづかい倍にしろ』って親父が……」
「挑戦とあらば逃げるわけにはいかないわね。受けてたってあげる」
 現金なものだ、と俺はほくそ笑む。かくして、決戦の幕は上がったのだ。

「ただねぇ、勝負するのはいいんだけど、あんたをその歳でお父さんみたいにはしたくないのよねぇ」
 おふくろはレザーのボンテージファッションに身を包み、腕を組んでいる。息子の俺でさえ、いや息子だからこそ果てしなく見苦しい光景だ。
 部屋の隅っこでは、俺が先ほど亀甲縛りにした親父が、絶頂の余韻に浸って小刻みに跳ねている。家の中、俺が幼い頃から親父と訓練してきたこの部屋を決闘の場所に選んだのだ。
 しばらくして、おもむろにおふくろが口を開いた。
「こうしましょう。もし、あんたがあたしの一番弟子を倒すことが出来たなら、あたしは自分の負けを認めるわ。お父さんの要求を聞いてあげる。それでいいわよね?」
 おふくろが親父に尋ねた。親父は震えながら、何度か首を縦に振る。
「というわけ。あんたもいいわね? 当然だけど、あたしの弟子が勝ったら、あんたにはペナルティを課すわよ?」
「そんなのは覚悟の上だ。まぁ、俺が負けることなどありえないけどな」
「あら、大した自信ねぇ。聞いての通りよ。さぁ、入ってきなさい」
 おふくろが手に持った鞭をしならせ、床に叩きつける。と、閉じられたドアがゆっくりと開いていく。
「あの子があんたの相手よ」
 開ききったドアの前にたっていた者。それは、母親と同じファッションに身を包んだ、俺の愛する妹、山本アンドロメダだった。

「な、何でお前がそんな格好をしてるんだよ。嘘だろ? 嘘だと言ってくれよ! なぁ、アンドロメダ!」
「残念ながら、全ては現実ですわ。お兄様」
 膨らみかけの胸を張る、堂々とした立ち居振る舞い。いつもの妹からは想像も出来ない姿がそこにあった。
 おふくろは、狼狽する俺を見て不敵な笑みを浮かべている。
「さぁ、あんた自慢の技とやらを見せてもらおうじゃない? 言っておくけど、舐めてかかると痛い目見るわよ?」
「汚いぞ、おふくろ! 妹をこの手に掛けろっていうのか!? あんたはそれでも人の親か!」
 俺の怒りの咆哮におふくろは答えない。代わりに反応を寄越したのは妹だった。
「お兄様。あまり腑抜けたことを仰っていただきたくありませんわ。御安心ください。お兄様程度の腕で、私がイくことなどありえませんから」
 妖艶かつ蠱惑的な声で嘲笑う姿は、まさに女王の風格だ。おふくろの血を色濃く受け継いでいることがはっきりと伝わってくる。
「ほら。あんまりぐずぐずしてると、あんたのこづかいを半分に……」
「いくぞ、アンドロメダ! 俺の技でお前の身も心もこの縄の虜にしてやる!」

48 :No.11 キッコーマンよ、月に啼け 3/5 ◇0CH8r0HG.A:08/06/22 22:41:55 ID:x/73Gv+s
 口車に乗せられたことに唇を噛みながら、俺は前を見据えた。あそこで震えている親父のためにも俺は進まなければならないのだ。せめて、一瞬の内に終わらせる。そんな覚悟を胸に、俺は縄を握りなおす。
 一つ大きく息を吐き、そして自分の体を加速させた。今まで何度も繰り返してきた動きだ。目を瞑っていてもこなせるだろう。
 俺は妹の肩口に縄を引っ掛けると、指先に力を込めた。唇を舌で湿らせて、発展途上のアンドロメダの体に縄を食い込ませていく。抵抗は感じられない。
 だが、それも当然だ。俺の縄が食い込んだ者には、快楽に身悶えするしか道が無いのだ。
 彼女の体に独特の幾何学的模様が描かれたのを確認して、俺は呟く。
「……完成」
 山本流縄縛術の一、眠り姫。食い込んだ縄が体中に存在する快楽中枢に影響を与えるツボを刺激し、意識を飛ばす大技だ。それはまさに、茨に包まれた城の中で眠る美姫。
「せめて、快楽の中で眠ってくれ、アンドロメダ」
 呆気ないが、これで終わった……はずだった。しかし
「甘い! 甘いですわ、お兄様。蜂蜜と餡子をまぶしたティラミスよりも甘い!」
「なっ!?」
「これが快感? これが快楽? 笑止! 片腹痛いですわ、お兄様!」
 妹は食い込んだ縄の結び目を軽く触ると、瞬く間にそれを解く。おふくろはその姿をさも当然のように見つめている。
「なるほど、一筋縄ではいかないってわけか」
「上手いこと言ったつもりですの、お兄様? さぁ、いらして。お兄様の努力が全て徒労に終わることを教えてあげますわ」
 背中につめたい汗が流れるのを感じつつ、俺は右手に再び力を込めた。

「これで……終わりだ!」
 妹の振るう鞭をかい潜り、その身体を縄で縛っていく。これは先ほど眠り姫に使った縄ではない。それよりも細く、しなやかなものだ。
 山本流縄縛術の二、伽汰平(キャタピラ)。繭の中で幼虫は、その身体を一度ドロドロに溶かし、自らの体を作り変えるという。この技を味わった者は、自らを縛る縄に身も心も解かされ、快楽の虜へと作り変えられる。
「あ、くぅ……」
 狙い通りだ。今度のは麻縄ではないから、縄と縄の結び目に空間が無い。先ほどのように簡単には解けないはずだ。
「負けを認めるなら解いてやるぞ。それとも、そのまま快楽の虜になりたいか?」
 俺は苦しそうに喘ぎ声を漏らす妹に近寄る。が、次の瞬間、俺の頬を鞭が切り裂いた。
「なんてね。温い。温いですわ、お兄様。幼虫は、殻を破って美しい蝶になるものですわよ?」
 体中が締め付けられているというのに、手首のスナップだけで鞭を振ると、縄を細切れにするアンドロメダ。
「じょ、冗談だろ……」
「悲しいことにマジですわ、お兄様。繭を破った美しい蝶に対する賛美としては物足りないですわね」
 バラバラにされた縄と、平然と立つ妹。おふくろはやはり余裕の笑みを浮かべ、親父は陸に打ち上げられた海老のようだ。
 俺は大きく深呼吸をし、跳ねる心臓を落ち着かせる。

49 :No.11 キッコーマンよ、月に啼け 4/5 ◇0CH8r0HG.A:08/06/22 22:42:39 ID:x/73Gv+s
「さぁ、お兄様。それで終わりですの? ならば……」
「まだだっ!」
 俺は、どこまでも妹を見誤っていたようだ。加減をするとか、手の内を隠すとか、無駄に気を使って勝てる相手ではなかったのだ。
「いいだろう、アンドロメダ。今から、俺の最高の技を見せてやる。それを食らっても今のように立っていられるか。見せてもらおうか!」
 俺は、今から妹を壊す。心の中で呟くと、頭の中が急速に冷えていった。

 妹の鞭が目の前を切り裂く。一度、二度、三度。俺の腕と肩に痣と傷が一つ、また一つと増えていく。見事な力加減だ、と思う。痛みと快楽の間を完全に理解した鞭捌き。こいつはまさしくあの女の娘だ。
 俺は何とか意識をつなぎとめる。隙だ。隙を見つけなければならない。次の技がまさしく最後になるだろうから。
「さぁ、どうしましたの!? さっきのはハッタリですの、お兄様?」
 アンドロメダの呼吸が少しずつ荒くなっていく。技術に体力が追いついていないのだろう。もう少し、あと少しだ。
「これで、堕ちなさい!」
 全体重を乗せた渾身の一撃。飛びそうになる理性を総動員して快感に耐える。海綿体に流れ込もうとする血液を意思の力で止めた。ぼやける視界の奥に、妹の体勢がぐらつくのを捉えた瞬間、俺は舌を噛み意識を呼び戻した。
「今だっ!」
 俺は裂帛の気合と共に、妹との間合いを詰めた。手の中にある、最も手に馴染んだ直径一センチほどの麻縄を妹の太腿へ。
「お前は言ったな。自分を蝶だ、と」
「な……!?」
「違うな。繭から生まれるのは蝶ではなく蛾なんだよ!」
 最後の力を振り絞って、アンドロメダを縛っていく。弱弱しく振るわれた鞭などものともせず、彼女の体に俺の最大の技を。
「蛾を捕えるのは蜘蛛だっ!」
 俺の言葉と共に、アンドロメダの体は巨大な蜘蛛の巣に囚われていた。

 山本流縄縛術の終、女郎雲。しなやかな糸に捕えられた獲物達は、逃げることもできずに蜘蛛の毒に犯され、その身を食いちぎられる。親父の技術と野生の蜘蛛を研究し、俺が編み出したオリジナル。
「あんたに使うつもりだったけどなぁ! おふくろ!」
 先ほどまでの笑みは消え、おふくろは呆然としていた。親父は、いつの間にかマスクをとって妹を見ていた。
「あんた、こんなものを考えるなんて……」
 妹に歩み寄り、震える手でその頬に触れる。すまない、と心の中で詫びた。ここまでするつもりは無かったのだ。
「あ、ああんっ、ううっ」
 ほんの少し、縄が揺れるだけで、妹の体を凄まじい量の快楽が襲っているはずだ。巣に捕らわれた蛾がもがけばもがくほど、その糸は身体に食い込んでいくのだ。
「負けを認めろ。あまり我慢していると、狂っちまうぞ」
「お、お兄様」

50 :No.11 キッコーマンよ、月に啼け 5/5 ◇0CH8r0HG.A:08/06/22 22:43:12 ID:x/73Gv+s
 うん、と頷き先を促す。不本意な結果に終わったが、これで復讐を果たすことが出来た。
「ざ、残念ですわ、お兄様」
「残念ね、息子」
 二人の言葉が、俺の自尊心を満たしていく。遂に俺は親父を超えたのだと、実感がわいてくる。俺は勝ったのだ。
『もう少しだったのに』
 おふくろと妹の声が揃って同じ言葉を紡ぎ、次の瞬間、妹は蜘蛛の巣から脱出を果たしていた。

「え!? な、何で……」
 今までに無い動揺が俺の心を覆う。親父はとても悲しそうに首を横に振った。何故そんな顔をしているのだろう。何が起こったのかも理解出来ない。
「何故、この子が平気でいられたか、知りたい?」
 おふくろが憐憫の眼差しを向けてくる。妹は肩を回し、体の動きを一つ一つ確認している。上気した頬が色っぽいとか、くだらない考えが頭を過ぎった。
「何故……。俺の縛り方は完璧だったはずだ。巣に捕えられた蛾が、自ら脱出するなんてありえない。そもそも、快楽で身動きがとれないはずなのに……」
 膝をつき呆然とする。力を使い果たした俺に、妹はゆっくりと歩み寄ってきた。
「確かに、お兄様の縛り方は完璧でした。まさしく、蜘蛛の巣。ですが、完璧過ぎるあまり、唯一無二の弱点さえも忠実にコピーしてしまったのです」
 困惑した思考に滑り込んだ妹の言葉に、何とか反応するように顔を上げた。妹は鞭の握りで俺の顎を持ち上げて言った。
「蜘蛛の巣と同様、横縄には快楽があっても、縦縄には無かったのですわ。お兄様」
 そして、振り下ろされる鞭。俺は遂に、彼女の鞭を受けて、オルガスムスに達する。その時響いた破裂音は、俺の縄師としての人生に終わりを告げる鐘の音となった。

 親父もこうして、おふくろにM心を引き出されたのだと、後に教えられた。Mに目覚めた俺は、今は縄師でなく一介の豚として、妹に仕えている。
 人はすべからくSとM、両方を備えているらしい。いつしか、妹が男によがり狂わされるときが来るのだろうか。
 アンドロメダの名に相応しい怪物に、身を差し出す妹を想像すると股間が熱くなる。
 俺はその時のために、極上の快楽を生み出す縛り方を日夜研究していく所存である。    

 快感



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