【 揺れる死神、執事と山羊、花、読書(お題:ゆらゆら) 】
◆LBPyCcG946




54 :No.15 揺れる死神、執事と山羊、花、読書 1/5 ◇LBPyCcG946:08/06/30 01:05:41 ID:bKhgJ6NG
 ゆらゆらと死神がやってきて、ゆらゆらと去っていく。死神はいつも手に花束を持っていて、申し訳なさそ
うに私に渡す。花束は良い香りがして、地獄にもこんな花が咲くなんて新しい発見だった。私はその死神の事
をよく知らないし、なぜ私に花束をくれるのかも分からなかった。加えて、特に知りたくも無かった。
 地獄での休暇は、ほとんど読書によって有意義に埋められる。読書をするなら天国だろうが地獄だろうが、
あるいはトイレの中でもエベレストの天辺でも本の内容が変わる訳じゃないけれど、いかにもな場所でいかに
もな本を読むのは多分良い事だ。だから積まれた本のほとんどは、血のインクで書かれたおどろおどろしい話
ばかり。
 ちょうど本が始まりのページに差し掛かった頃、執事がやってきて呟いた。
「優勝、求職……いや愁傷、勇壮……」
「夕食?」
「そう、そうでございます、夕食はいかがなさいますか、ご主人様」
 頭が良いようで悪いようなこの執事がいつも準備してくれる夕食は、大抵山羊料理だ。山羊の丸焼き、山羊
の炒め物、山羊のマリネ、山羊のシェイク、山羊の親子丼、たまに食材の山羊を山芋と間違えるけれど、大体
の山羊料理はそれなりにおいしい。あとこれは私自身最近知ったのだけど、執事だから山羊が嫌いらしい。私
は無駄にもったいぶって、特に意味はないけれど怒りを露にしながら執事に命じた。
「山羊以外の物が食べたい」
「かしこまりました」
 かしこまりはしたものの、彼は結局山羊料理を出すだろう。いつもそうなのだ。それに私も山羊料理が食べ
たく無い訳じゃなくて、むしろ本当は山羊が食べたいからこそ、彼の頭の悪さを信用してそう注文したのだっ
た。
 私は本を閉じ、背筋を伸ばした。今日もまた本の内容がことごとく頭の中に入ってこなかった。やはり本を
逆にして読んだり、終わりから読んだり、1ページ飛ばしながら読むのはよくないらしいが、正しい本の読み
方をすっかりと忘れてしまった。私の背丈の3倍ほどに積み上げられた本達、本建ち、の一番上に、今読んだ
本を積み上げる。どうやって積み上げたかを言ってしまうような愚かな真似だけは、私は絶対にしないだろう。
 死神の持ってきた花束を見つめる。見た事の無い花だし、きっと花言葉も存在しないだろう。そんなロマン
チックな事を考えるような輩は、この地獄には存在しないはずだ。ならば私がつけてあげようか。そういった
物を好むような性格ではないが、たった今読み終わった本の中に花言葉を引用する場面があったような気がし
て、今ここで花言葉を考える行為にもそれなりに理由が付けられた。ちゃんと読んでない本というのは、ちゃ
んと読んだ本よりも役に立つ事が時折ある。

55 :No.15 揺れる死神、執事と山羊、花、読書 2/5 ◇LBPyCcG946:08/06/30 01:07:40 ID:bKhgJ6NG
 優勝、求職、愁傷、勇壮。先ほど執事の述べ立てた言葉を頭に思い浮かべる。どことなく起承転結を帯びて
いるように見えつつも、全く話が見えてこないのが特徴といえば特徴だろう。いやこの場合、特長というべき
かもしれない。私はその中の、どれでもありどれでもない言葉を選ぶ事にした。
「お待たせしました」
 夕食だ。山羊のムニエルときたならば、明日はきっと山羊のステーキ。
 見た目はほどほどに良く、レモンソースの酸味と山羊の味が染み出た肉汁が絡み合って、口の中一杯に広が
るのはなかなか癖になりそうだった。が、しかしまだ一歩足らず、私は完食した皿を執事に向かって投げた。
執事はそれを避けようとはしなかったが、皿の方が執事を避けた。おそらくおいしい料理を載せてもらったか
らだろう。物にだって、恩義という物を感じる時があるのだ。執事は言う。
「申し訳ございません、何かご我慢、ご俯瞰いやご右腕……がございましたか?」
「ご不満?」
「はい」
「無い」
 私は席から立ち上がると、靴紐をほどいた。家を出る時は必ず靴紐をほどく。散歩は食後に限る。習慣は理
由に基づいて根付く物とは限らない。先ほど執事を避けた皿が壁にぶつかって割れ、その破片が散らばってい
る。自業自得と言うべきか、それとも私の良心を引き合いに出すべきか。非常に悩む所だが今はそれでいい。
 地獄の夜は静かで、散歩するにはそれなりの覚悟がいる。1人分の足音は知らぬ間に2人3人と増えていき、
絶叫が聞こえたかと思えば肉の焦げ付く臭いが漂ってきたりとたまに忙しい。辺りは血を栄養にしている草が
乱雑に生え、髑髏を落とす木は昨日よりも活き活きとそこに根付いている。これで夜空に月でも出ていれば、
きっと最高の散歩となるだろう。私は最果てまで伸びる轍を辿りつつ、長く垂らした靴紐を踏まぬよう歩いた。
 小一時間ほど歩いた頃、花畑についた。そこに広がっていたのは、地獄でも異質な風景。毒の無さそうな黄
色や赤や白い花がどこまでも続いていて、健康的な緑色の草が生い茂っている。まるでそこだけ天国のように
浮いた存在だった。もちろん着たのは初めてだ。花畑の中に1人、人影が見えた。いや、あれは人影じゃない。
いつも我が家にやってくる死神だ。
 死神がこちらに気づくやいなや、私の後をつけていた不審な足音が一斉に消えた。闇に飲み込まれたのだろ
う。闇が闇を飲み込むなんて理不尽極まり無いと同時に、光に照らされるよりかは幸せなのだろうと思う。死
神はゆらゆらと揺れながらこちらに近づいてきて、しゃれこうべをカタカタと上下させてこう言った。
「どうしてここに?」
 死神の声を聞くのは初めてだった。右手には鎌が握られている。思ったよりもやわらかい声だ。

56 :No.15 揺れる死神、執事と山羊、花、読書 3/5 ◇LBPyCcG946:08/06/30 01:08:08 ID:bKhgJ6NG
「どうしてって、散歩してたらたまたま辿りついただけだよ」
「なるほど、そうですか……」
 特に興味を引かれた訳でもないが、間を持たせるために私は問う。
「この花畑はあなたが?」
「ええ、そうなんです。種を買ってきて撒いて、水をやって……」
 髑髏で出来た表情に、嬉しそうも悲しそうもあるはずはないが、いつも申し訳無さそうな表情を見ていただ
けに、そう意気揚々に語る死神の顔はやはり嬉しそうだった。
「どうして?」
 どうして私がそう尋ねたのかは分からなかったが、少なくとも2つの意味を含んだ質問だった。どうして花
畑を作っているのかと、どうして毎日私に花を運んでくるのかと。死神はその2つの意味両方を正確に汲み取
って、こう答えた。
「花を見ていると落ち着くからです。何かこう、言葉では表現しがたい気持ちになってくるんです」
 私には分からない感情だった。死神は続ける。
「毎日花を運んでるのはあなたへの感謝の印でして、ええとその、もしもご迷惑であればやめます」
 よく喋る死神だなと思った。いつも我が家に来る時は無口で、何を考えているのか分からない様子だが、一
体どうしてだろう。それに感謝の印というのもよく分からない。
「感謝されるような事はした覚えが無いけど」
 と呟くと、死神はそのゆらゆらを加速させ焦った口調で、
「そ、それは間違いでございます。あなたは私の書いた本を沢山持ってらっしゃる。そして読んでくださって
いる。それが私には何とも嬉しく、深く感謝しているのです」
 私は家で積み上げられた血のインクで書かれた本の事を思い出した。これらはこの死神が書いた物だったの
か。珍しい死神だ。花を育て本を書き、よく喋って感謝する。そんな死神は私のこの長い地獄での休暇でも見
た事が無い。
 その時、地獄の空を突き破って巨大な山羊が降ってきた。その大きさはおよそエベレストほどで、果ての無
い花畑に着地して沢山の花を踏み潰したかと思えば、何かに怯えたように震えている。死神は慌てふためき、
ゆらゆらと揺れていた。

57 :No.15 揺れる死神、執事と山羊、花、読書 4/5 ◇LBPyCcG946:08/06/30 01:09:01 ID:bKhgJ6NG
 巨大山羊が落ちてきてから間髪入れず、私の来た方向から山羊と同じくらいに巨大になった頭の悪い執事が
走ってやってきた。私と死神の存在など小さすぎて気づかず跨ぎ、山羊に向かってまっしぐらに迫って行った。
山羊は執事を見ると一目散に逃げ出し、花畑の花達を踏みながら追いかけっこを始めた。死神の顔の2つの窪
みからは、水晶のような涙が溢れ出していた。いつも夕食に出てくる山羊は、一体どこで捕まえているのだろ
うか、という謎が解けた瞬間だった。
「私、あなたの本を読んで、あなたからもらった花に花言葉をつけたの」
 私は死神を慰めるつもりでそう言った。死神がかわいそうだったからではなく、どこまでも続く花畑に充満
する死に気圧された。
「花言葉……ですか?」
 死神が涙を拭う。格好には似合わないが、この死神ならばこそ様になっている。
「そう『夕食』っていうの」
「夕食?」
「ええ、夕食」
「夕食ですか……」
 死神は一瞬複雑そうな表情になって、すぐに顔をあげ嬉しそうに、
「無くてはならない物、満ち足りる物、っていう意味ですか?」
「その通り」
 適当に相槌を打っておいた。
「でも、本物の夕食に踏み潰されちゃったけど」
「はぁ、残念です」
 ため息をつく死神を見て、私はこれ以上無いほどに良い提案を思いついた。
「そうだ、あなた私を殺しなさい」
「え?」
「あなた死神でしょう?」
「ええ、それはまあ……」
「さあ、早く」
 私は死神の前に首を差出し、目を瞑った。閉じた瞼の先で死神はきっと困った表情をしている事だろう。し
かしそろそろ地獄での休暇にも飽きてきた頃だ。たまには現世に戻って、山羊と山芋以外の夕食が食べたい。
私は死神をその気にさせる台詞も思いついた。

58 :No.15 揺れる死神、執事と山羊、花、読書 5/5 ◇LBPyCcG946:08/06/30 01:10:10 ID:bKhgJ6NG
「私がまた次にここに戻ってくる頃には、また新しい本を書いておいて。それで花畑をまた作って、花束にし
て運んできてくれればいい」
「それは素敵な提案です」
 死神が鎌を振り上げる音がした後、空気の裂ける音がした。私の首は綺麗に切断され、意識は地獄の天井を
突き破って吹っ飛んでいく。
「また逢う日まで! お元気で!」
 死神の高らかな声が聞こえ、執事と山羊の追いかけっこが見えた後すぐに、私の意識は胎内へと移動した。
私に残ったのは、確実に水へと溶けて薄れゆく記憶と、弱弱しい鼓動。そのリズムはゆらゆらと揺れる死神の
それと全く同じで、新たなる誕生と確実にやってくる死を予感させた。
 こうして、私の地獄での休暇は終わりを告げると共に、正しい読書の仕方を思い出すための人生が始まった。





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