【 絶対負けん! 立て少年! 】
◆1JfIY6doA




49 :No.13 絶対負けん! 立て少年! 1/5 ◇S1JfIY6doA:08/07/21 01:06:56 ID:suBLXZ99
 「フム、随分とたまっているようだな、マイマスター」
 なんて言いつつ、俺の机の上でクネクネと体(?)を揺らすボールペンが一本。
「ほれほれ、遠慮するな。我輩で抜くがよい。いや、むしろ我輩を抜くがよい」
 先程から絶え間なく続いていた挑発に、とうとう堪忍袋の緒が切れる。俺は握りしめた右拳を目の前で
踊るペンに叩きつけた。
「ぐあっつ!」
 それと同時にボールペンはこれでもかという位に堅くなった。勿論痛い目を見たのは俺だけだ。
 当のボールペンはというと、痛がる俺を尻目に平然と、というよりいかにも楽しそうに踊りを再開する。
「普段はことほど左様に柔らかく、有事の際には鉄より堅く屹立する。何とも色っぽい話であろうが?」
「……黙れ、下ネタ野郎」
 涙がこぼれそうになるのを堪え、目の前のペンを睨み付けた。
 俺がストレスを溜め込む原因を作っているのは、間違いなく目の前の非常識な存在に他ならない。こい
つと会ってからというもの、胃に穴が空くのではと何度思ったことか。
 
 一週間ほど前のことだ。
「ん。お前が我輩の新しい主であるか。む、これからよろしく頼むぞマスター」
 学校帰りに立ち寄った牛丼屋で、夕飯代わりに平らげた牛丼大盛り四八〇円。歯と歯の間に詰まったス
ジをとろうと手にとった爪楊枝が、ぺこりと真ん中からくの字に折れた。それがきっかけ。
「な、つ、爪楊枝が……しゃべっ」
「爪楊枝ではない! 今でこそ、このような姿に身をやつしているが、我輩はれっきとした剣であるぞ!」
 どうやらその爪楊枝の声は俺以外には聞こえないのだ、と気付いたのは、俺が店員に爪楊枝を見せなが
ら大声で騒ぎまくった挙句、営業妨害だからとつまみ出された後だった。
「因果応報というやつである。主とはいえ我輩への無礼は許されぬと心に留め置かれよ」
 うんうんと頷くようにして、曲がっては戻りを繰り返す爪楊枝。俺は、それを全力で放り投げた後で、
逆方向にあるアパートへと疾走した。
「これは夢だ、これは夢だ、これは夢だ」
 走りながら、口の中で何度も繰り返し、やっとの思いで帰り着いたその玄関の前に「我輩から逃れるこ
とは出来んぞ? 魔剣だけに撒けん……ふ、はっはっは」と笑う自転車がいた。
 
「世が世なら、百万の軍勢を前にしても折ること叶わぬ剣の王。敗北を知らぬ者。絶対魔剣カテヤシネー

50 :No.13 絶対負けん! 立て少年! 2/5 ◇S1JfIY6doA:08/07/21 01:07:12 ID:suBLXZ99
である! 親しみを込めてかっちゃんと呼ぶがよいぞ、マイマスター」
 再び爪楊枝へとその姿を戻した後で、高らかに宣言。胸を張るように反り返りながら、やっぱりその姿
は単なる爪楊枝にしか見えなかった。
 自らが望む姿へと形を変えることが可能だ、と楊枝は説明した。
「何しろ、最近は剣で片付かない争いも多いのでな。必要に迫られて、というやつである、ハァ」
 何故か哀愁を漂わせるように溜息を吐いて俯いてみせた。
「えーと……未だによく分からないんだけど、結局お前は俺にどうして欲しいわけ?」
 俺がそう切り出せたのは、楊枝が散々世の中への愚痴を吐いた後だった。俺の言葉に、はたと気づいた
ように顔(尖っていない方)を上げた楊枝は、佇まいを直して言った。
「我輩の役目は、マスターの前に立ちふさがる困難を、有象無象の限り無く、殲滅することである!」

 それから、奉仕という名の嫌がらせが始まった。
 事情のよく分からなかった俺は、まずは試しにと、口の中に抱えた虫歯をどうにかできるか聞いてみた。
すると、楊枝は「任せろ!」と胸を張り、その姿を歯ブラシへと変えたのである。
「さあ、我輩をマスターの口の中に挿入し、虫歯を荒々しく擦る……もとい磨かれよ! マスターを苦し
める虫歯はたちどころに亡き者となろう」
 虫歯を相手に、やけに物騒な物言いだ、と多少不安な気持ちはあった。だからこそ、後戻りすべきだっ
たと後に俺は後悔する羽目になる。
 歯ブラシは、俺の口の右奥に合った虫歯を、文字通り木っ端微塵に殲滅したのだから。口から血と悲鳴
を撒き散らす俺を見ながら、歯ブラシは満足そうに頷いていたのである。

 そして現在―― 
「つまりだ。お前は俺を苦しめたいだけなんだろ? 俺が苦しんでいるのを見て、ストレスを溜め込んで
いくのを見て楽しんでるんだろ?」
 目の前で踊るペンに向かって問いかける。ペンは、一端動くのを止めた後で、周囲を見回すようにキョ
ロキョロと忙しなくキャップ部分を動かした。そして、何も無いのを確認してから俺に向き直り、心の底
から驚いたように――
「む? もしかして我輩に言っておるのか?」
 自覚症状が無いのも始末が悪い。耳かきに変身しては俺の鼓膜をぶち抜こうとし、百円玉に変身しては
自動販売機を真っ二つ。何度捨てても、手放そうとしても、俺の元へと帰ってくるのだ。

51 :No.13 絶対負けん! 立て少年! 3/5 ◇S1JfIY6doA:08/07/21 01:07:33 ID:suBLXZ99
「まぁ、どうでもよい。ほれほれ。さっさとせんと、課題は終わらんぞ? 我輩を使えば、そのにっくき
レポートとやらに引導を渡してやると言っておるのだ」
 冗談じゃない。ペンの姿をしているが、こいつに頼ろうものなら、レポート用紙を粉々にされるだけだ
ろう。俺は、目の前のペンを引っ掴むとベッドに向かって放り投げる。
「とにかく、お前の仕事はここには無いんだよ! 働きたいなら他当たってくれ!」
「そうはいかん。一度主を決めたなら、その主が幸福を手にするまでは御奉仕するのが我輩の務めである」
「お前がいたら、そもそも幸福なんて一生手に入らないんだよ!」
 一瞬、沈黙が場を支配した。振り向くと、ベッドの上のペンは言葉に詰まったように俯いていた。少し
きつ過ぎる言い方だったか、と軽く後悔する。しかしその数秒後……
「ならば、我輩は死ぬまでマスターと共にあるということか。仕方ない、付き合ってやろう!」
 嬉しそうに、照れながら反り返るペンに、頭のどこかがブチっと音を立てて切れ、俺は満身の力を込め
て蹴りを入れる。当然、残ったのは自業自得の痛みと、溜りに溜ったストレスだけだった。

 それからもどうにかこうにかやってきたが、期末テストの会場を阿鼻叫喚の地獄絵図へと変えた時、流
石に俺はこの剣を追い出そうと心に決めた。
「お前のお陰でテストが潰れたよ!」なんていうクラスメイトの言葉は慰めにもならない
 呼び出しを食らった放課後の教室で、ペンに向かって問いかける
「どうすれば、お前は俺の元から離れてくれるんだ?」
「何度も言うが、マスターが幸せになることだ。その為にこそ、我輩も力を振るっている」
 尋ねる俺に、返す言葉はいつも同じ。だが、今回に限っては、さらに質問を続ける。
「じゃあ、俺の幸せってそもそも何だ? どうなれば幸せだと思う?」
「それは、当然恋愛であろう! 好きな相手がおるというのは、それだけで世界の色が変わるものである。
ましてや、マスターは学生の身」
 勘弁してくれ、というのが正直な感想だった。金や名声なら、なんとか頑張ろうという気にもなれたの
だが、恋愛だけはどうにも苦手だった。年齢=彼女いない歴の俺に、今更どうしろというのか。
 そんな俺の心中を察するかのように、ペンは誇らしげに反り返る
「そう、落ち込むなマスター。苦手分野にこそ、我輩の力が活きるというもの。マスターの恋路に立ち塞
がる障害は、我輩が尽く滅ぼしてやろう。にやり」
 顔がないから、わざわざ不敵な笑みまで言葉にする。
「はぁ。じゃあ、どうすればいいと思う? 気になってる子くらいならいるけど、アプローチの仕方なん

52 :No.13 絶対負けん! 立て少年! 4/5 ◇S1JfIY6doA:08/07/21 01:07:50 ID:suBLXZ99
て分からないよ?」
「ふふ、情けない主を持つと苦労する。まぁ、我輩に任せておけマスター」
 このとき感じた不安は、奥歯を砕かれる直前に感じた物と同じだったが、不幸にも俺はそれに気付けな
かったのだ。

 次の日、教室に入った瞬間、クラス中からの妙な視線を感じた。
 俺を遠巻きに、横目で見ながら、ひそひそと何やら話している。俺は、懐に入っている容疑者に問いかけた。
「お前……何やったんだよ?」
「我輩はほとんど何もしておらんよ。いかに、わが主が素晴らしい人間であるか、ということをクラス中
の人間にメールで説明しただけである」
 なるほど。だから、今朝はペンではなく携帯電話の姿をしているのか。モニターにヒビが入れてやりた
かった。
「さぁ、主。後はもう選り取りみどりである! 好きに相手を選ばれよ!」
「出来るか馬鹿! 状況を見ろ! 明らかに、変態だと思われてるぞ!」
 俺がそう言うと、携帯はとても悲しそうに溜息を吐いた。
「ならば仕方ないな。背中を押してやるから、頑張るのだぞ!」
 言葉と同時に、モニターに凄まじい速度で文字が打ち込まれていく。
「あっ、馬鹿! 止めろ!」
 俺が止めるのも聞かず、送信を示すランプが緑色に輝いた。送信先は間違いなく、クラスの中でも、俺
が最も気に入っているあの子の携帯だろう。
 着メロが静かな教室に鳴り響き、彼女が携帯を弄る。驚いたような顔をして、彼女はこちらを振り向いた。
その顔を見るまでもなく、結果は明白だ。
 ――好き好き大好き超愛してる
 そう書かれた、送信画面が全てを物語っていた。
「さて、名残惜しいがさらばだ、マイマスター。どうやら、我輩の役目も終わったようなのでな。というか、
ぶっちゃけ飽き……げふんげふん」
「馬鹿、待て! お前、俺の前の敵を殲滅するんだろ! この状況を打開してからにしろ」
 俺の必死の言葉も虚しく、懐から掻き消える携帯電話。凄まじく冷たい空気が沈黙と共に教室内を支配し
ている。
 どれくらい時間が過ぎたろうか? 例の彼女が立ち上がり、俺の前へ。

53 :No.13 絶対負けん! 立て少年! 5/5 ◇S1JfIY6doA:08/07/21 01:08:10 ID:suBLXZ99
 俺は、彼女に付き合ってくださいと言う代わりに「ごめんなさい」と言葉を作った。
 ところが、次に待っていたのは、彼女の信じられない返事だった。
「君って舞城王太郎好きなんだ? へへ、実はアタシも」
「……へ?」
 
 それから一年が過ぎた。
 後で、クラスの皆に聞いたところ、あいつの送ったメールの内容はこうだったらしい。
「明日の朝、俺はとある女子に告白する。温かく見守られたし」
 偶然に偶然が重なったのか、それともあの魔剣が俺の元に幸せを運んできたのか、それは分からない。しか
し、事実俺はこうして、彼女も出来た。
「狙ってやったのか? あの馬鹿は」
「ちょっとぉ。彼女を前にして、何独り言言ってんの?」
 頬を膨らませる少女を見て、俺は心の中で魔剣に感謝する。幸せになれた、なんて。
 俺は彼女を抱き寄せると、そっとベッドに押し倒す。とうとう初めて結ばれるが来たのだ。
「いいね? 脱がすから」
 顔を真っ赤にして頷く彼女。俺はそっと彼女のパンツに手を掛けようとして――
「ふははははは! 我輩は不敗の壁! 勝利を疑わぬ者! 聖なる盾オヤクソクー! 主のヴァージンは我
輩が身命に賭けて守り通すものなり!」
『……勘弁して』
 二人の声が重なった。彼女は呆れたように頭を抱えている。
 何故、彼女が俺に親しみを持ったのか、その理由が分かった瞬間だった。  

 おわり



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