【 氷の魔法使いが満たすもの 】
◆KF/UBMvVE




24 :No.8 氷の魔法使いが満たすもの 1/5  ◇0KF/UBMvVE:08/07/27 23:14:01 ID:+i8WNQSE
 一体何を考えているんだ、と溜息をつかれた。
 これは仕方ないと思うんだけど……。ほ、ほら。冬だし、転びやすいし……。と返すと、
男は呆れたようにジト目で私を睨んだ。
 睨まれた私は、肘から先がぽっきりと折れた右腕を差し出して、お願いをしてみる。
 彼は私の右腕を根元から引っ張り抜いた。ゴキンと嫌な音が鳴り、私は顔をしかめた。
 引き抜いた腕は、私の身体から離れるとただの氷の塊になった。

 私の顔を伺い、彼は心配そうに、「痛む?」と問いかけてくる。
 痛くは……無い。だが、腕をもがれるという気持ち悪さはどうしようもない。
 恨めしそうに睨む私の視線に気づいて、彼は焦ったように口を開いた。
「だって、折れてるんだよ、こうなったら取り替えるしか無いよね!?」
「うん、解ってる解ってる」
 先が失われた右肩を振り、感謝してます、と伝えた。
 彼は仕方ないなぁ……と氷柱を取り出し、腕を彫り始める。
 彼の真剣な横顔を見ながら、出来上がっていく氷の腕を眺める。

『事故にあって右腕を失った』」
 言葉にするとわずか一行分で終わってしまう。
 私は事故に会い、右腕を無くしてしまったのだ。
 意思通りに動く義手の技術は実用化されていたのだが、わずかな時間の遅れや、荒い動き
に、当時の私はイライラしていた。そして、機械が入っている分、腕は左右のバランスを無
視して太くなっていくのだ。
「バランスを取るために両方義手にしてはいかが?」という義手の技師も居た。
 そんなマイナス方向のバランスはいらない。
 私は様々な義手を見、聞き、試してみた。そして結局は落胆しながら、帰路に就く事にな
るのだ。
 事故にあったのは夏だったが、義手を求めるという日常の繰り返しで肌寒い風が吹き、雪
が降る季節になっていた。


25 :No.8 氷の魔法使いが満たすもの 2/5  ◇0KF/UBMvVE:08/07/27 23:14:26 ID:+i8WNQSE
 こちらの地方では、冬は日中も零下の世界となるため、地面は氷と雪の層になり滑りやす
くなる。
 気をつけてはいるが、慎重に歩きながらも、やはり、すべり、転ぶ。とっさに失われた右
腕を伸ばすが、失われた空間は私の身体を支える事ができないまま、地面に叩きつけられる。
 仰向けになり、右腕の付け根をなでながら、失われたその先の空間に自分の理想の右腕を
イメージしてみた。軽く、美しく、イメージどおりに動く義手。
 ただの空想、妄想の類であると知りながら、私はその妄想を振り払う事はできなかった。
 起き上がってあたりを見回すと、氷像が立っていた。
 本当に綺麗な物には、ただ見惚れる物なのだなぁ、と眺めながら思った。
 彫像の右腕を眺める。綺麗な形の腕だった。私が描いていた理想の右腕がそこにあった。
「綺麗だろ?」
 振り返ると、中肉中背の私と同じくらいの男性……二十台半ばくらいであろう……が立って
いた。私は素直に頷いた。
「すごく綺麗ですね……。今にも動き出しそう、貴方が作ったんですか?」
「そうそう、ただのお遊びなんだけどさ」
 そういう彼は自分の氷像を褒められて満更でもなさそうだった。私は少し意地悪をしようと、
そっと右肩を彼に差し出した。
「私の右腕を作れますか?」
 形だけの義手というのも選択肢に無かったわけではない。軽く綺麗な右腕であれば、私はそ
れでも構わなかった。
 彼は氷を削りはじめ、数分で綺麗な形の腕を作り上げた。
「こんな感じでどうだろう」
 私はそっと右腕の付け根に、氷の腕をつけてみる。
 腕に吸い付くような感覚が襲って、数秒。それは私の思い通りに動きはじめた。
 信じられない、と私は右腕を見つめる。綺麗な形で、軽く、そして私の意志通りに動く。
 理想の右腕がそこにあった。
「まるで魔法みたい」と驚きを声にすると、
「じゃぁ俺は魔法使いだな」と彼は自慢気に笑った。

26 :No.8 氷の魔法使いが満たすもの 3/5  ◇0KF/UBMvVE:08/07/27 23:14:54 ID:+i8WNQSE
 彼が作った義手は溶けなかった。原材が氷であるにもかかわらず、腕に吸い付いた瞬間
から、それは私の身体へと化けるのだ。
 理想の右腕は文句のつけようが無かった。ただひとつだけ難があるとすれば、義手に感
覚がない事だった。
「ほら、出来たよ」
 彼の声が聞こえて、私は腕を差し出した。
「うん、ぴったりだね」
 氷の腕はまた思い通りに動き始める。
「ありがとう」
 私は笑顔で彼に抱きつく。ついた腕を自分の腕をかるくつねってみる。
 今回も痛みは全く無い。前回と変わらないいつもの通りの腕が、私についていた。
「でも、気をつければ壊れないと思うんだけど」
「うん……。で、でもさ、最近滑りやすいし」

 だって、壊れなければ、貴方に会う事は出来なくなるから。
「ん、何か言った…?」
「ううん、何でもない……」

 彼の身体に抱きついて感謝の意を表す。彼の胸に小さな白い塊が見えた。

 …なんだろう、コレ…

27 :No.8 氷の魔法使いが満たすもの 4/5  ◇0KF/UBMvVE:08/07/27 23:15:31 ID:+i8WNQSE
 いつからだろう…私は彼の事を好きになってしまった。
 気をつけていれば壊れない腕は、いつもと同じように壊れていく。
「全く仕方ないな」と言いながら、彼は氷の義手を作る。
 そして、義手を作るたびに彼の身体にある白い塊が段々と小さくなっていく事に気づい
た。
 私は不安感を持ちながらも、彼に合うために週に一度は腕を壊した。
 その日、彼の中の塊はもうかすかにしか見えなかった。おずおずと私は折れた右腕を差し
出した。彼は氷の腕を作り出す。そして出来た瞬間、彼の中の白い塊は完全に消えた。
「あ……」と、思わず私は声をあげた。
「ん?どうかした……?」
 彼には何の異変も無い。腕にいつもの感覚がして、動き始める。手も彼もいつも通り。
何の事は無い、考えすぎだったのだ。
 そしてそっと自分の手をつねると……痛みがあった。
 びっくりして私が振り向くと……彼は倒れていた。
 そっと触ってみる。氷のように冷たくなった身体
 『氷の魔法使いは、魔法を使いきって死んでしまった。』
 ゲームのようなメッセージが頭に浮かんで、私は思わず笑った。
「あはははは」冗談にもならない。

 作り上げたばかりの右腕の中に白い塊が見えた。この白い塊を戻せるなら…
 私はそっと右腕のそれを掴もうとした。激しい痛みがあった。これを引き抜く……?
 ブルブルと身体が震えた。頭痛、吐き気、恐怖。
 左手で引っ張るが、肩口に酷い痛みが走る。
 痛い、痛い…。無理、絶対だ、絶対に無理だ。
 右腕の白い塊は少しずつ腕になじんで溶けていく。急がないと…

28 :No.8 氷の魔法使いが満たすもの 5/5  ◇0KF/UBMvVE:08/07/27 23:15:59 ID:+i8WNQSE
『でも本当にこの腕を引き抜けば彼は助かるの?』
 どこからか声がする。解らない。
『理想の腕なんでしょう?』
 理想の腕だ。引き抜いても助かるかどうか解らない。怖い、痛い…。
『彼の形見として、この腕を大事にすれば彼は浮かばれるのかもしれないよ』
 心の声が頭に響く。

「仕方ないなぁ…」
 彼の声が聞こえて、私は首を横に振った。
 私は腕にロープをくくりつけて、椅子に登った。
 ロープを高い所にしっかり結びつけて固定する。
 『氷の魔法使いは失った腕を私に付けてくれました』
 でも、私は何度も無駄にしたから…。私の腕は最初の事故から既に無いものなのだ。
 
 目を閉じて、椅子を後方へ蹴飛ばしてジャンプする。ギチギチという音と激しい痛み。
 重力に逆らう事はなく、ゴギンという音が聞こえ…あまりの痛みで私は気絶した。

 目が覚めると、彼は普通に動いていた。
「あぁ…気がついた?ごめん。なんだか眠ってたみたいで頭がぼんやりしてるんだ。腕、
また作らないとね」
 私は首を横に振った。
「え…腕はもう要らないの?」
 彼は私に不思議そうな目を向けた。
「あのね、私は貴方の事が好きみたい。転ばないように…私の側に居てくれないかな…?」
 氷の魔法使いは照れたように俯いた。

 右肩より先の空間を満たす魔法はもう要らない。
 貴方自身と、私の心を満たす魔法だけがあればいい。

 〜 了 〜



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