【 幸せの青い鳥 -cyberbird- 】
◆pxtUOeh2oI




31 :No.09 幸せの青い鳥 -cyberbird- 1/5 ◇pxtUOeh2oI:08/08/11 02:40:47 ID:c0uO0nqS
 仕事がない。くたびれた姿の男が、街を進む多くの人間を眺めていた。男の名は永野智。永野は今日も仕事の採用面接を受け、
そして落ちていた。これで十九件目。
 永野に能力がない訳ではない。不景気な訳でもない。二〇四九年、人脳とコンピュータを融合し造られた電脳が隆盛を誇り、
目覚ましく発展してきた超高度情報社会の中で、人手はいくらでも望まれていたし、永野は一流と呼ぶに相応しい大学も出ている。
学歴だけに頼らず、仕事を行う能力も持っていた。
 だが、永野を採用する会社はなかった。永野は罪を背負っている。
 永野が電脳の視界パラメータを上げ、可視領域を広げた。一瞬にして幾重もの青いラインが世界を包んだ。
 電子の鳥。人の電脳網と極大集積回路を繋ぎ情報を運ぶ亜光速の鳥たち。通常は人の目に捉えられない領域で、
街を飛び回っていた。
 幸せの青い鳥か。永野は飛び交う鳥たちを見て思う。青い鳥は街を行く彼らが、一般人であることを告げていた。
 永野は意識的に自分の鳥を飛ばす。天気予報のコマンドを電脳に打ち込んだ。赤いラインが、自然管理省に向けて伸びる。
永野の鳥は赤かった。それはつまり、罪を犯し裁かれ服役した経験があるということである。
 現代、再犯罪防止法によって規定された項目によって、元犯罪者が所持する電子の鳥は赤色のみと決められていた。
赤い鳥は、情報の取得制限を持ち、場合によって利用できない公共施設もある。
 現在、電脳所持率は九十九パーセントを超えていた。つまり人は、目の精度を高めるだけで、隣人が元犯罪者かどうかを
簡単に知ることができるようになったのだった。
 赤いラインが永野の目の前を通った。発信元を見ると、スーツを着たサラリーマンらしき男が歩いている。
 あの男も前科者、仲間か。そう一瞬、思う永野だが、男の目を見て、考えを改める。出所してから度々頭に浮かび、
そして否定してきたその考えはいつでもすぐに否定された。
 目が違う。あれは人殺しの目ではない。罪を犯したことに間違いはないだろう。けれど、あの男の目に影を感じられない。
 そしてそれは、検索をかければ証明される。百億の悪魔と呼ばれる、世界共通固有の検索ソフト。そこにあの男の発した赤い鳥の
情報を入れれば、あの男の前科はすぐに表示される。永野だけが目にすることのできる擬似ディスプレイには、

32 :No.09 幸せの青い鳥 -cyberbird- 2/5 ◇pxtUOeh2oI:08/08/11 02:41:03 ID:c0uO0nqS
男の名前とその前科が一瞬にして表示された。窃盗五件。罪に大小はないと言う人がいるけども、
やはりそれは、人殺しという禁忌から比べれば、小さくましなものだった。
 永野は今日受けた採用面接を思い出す。自身の赤い鳥が、面接官の警告に引っかかった。そして検索を走らせたであろう、
彼の目は、明るかった当初の印象をがらりと変え、今すぐにでも帰って欲しいと言いたげに濁った。
 面接はそこで終了である。あとはいくら説明をしても仕方がない。犯してしまった事件は、情状酌量の余地がありと判断され
大きく減刑されたこと、一般裁判員たちの印象も良く検察も控訴しなかったこと、服役してからも模範囚で一年も早く出所できたこと。
言葉をまくしたて話したが通じることはない。まして、殺された方が悪かったなど言おうものなら、人間失格の烙印を押されさえする。
たとえそれが本当に事実であり、殺した女が不貞で永野の金を多量に別の男たちへ貢いでいたとしても、
またその判断が裁判においても仕方がないというラインにかなり近しいと認められたとしてもだ。
 模範囚という言葉が真面目で実直などという意味を持つことはない。それはただ、刑務所に服役していたという事実を声高に
話していることと同じだった。一般の人間にとって、刑期や所内の規範など意味がない。永野自身も自らの立場になるまで、
気にしたことすらなかった。誰もが、自身に災いの元を近づけたくない、人殺しと関わりたくない、ただそれだけを考えていた。
 永野は溜息を吐いて、歩く人々から視線を外す。電脳の視角光度もレベルを落とし、視覚野を元に戻す。
辺りを飛び交っていた電子の鳥たちは、はじめから存在していなかったように、いともたやすく姿を消した。
 だからといって永野の罪が消えることも、鳥の色が変わることもないのだけれど。

 永野は、裏路地を歩いていた。未来ある人々を見ることが嫌になり、できるだけ人のいないところを歩きたいと考えていた。
電脳ナビに情報を入れ、戻り値から道を選択する。
 そのとき、突然、視界が揺らいだ。いくらか層が薄くなった青い鳥たちが一瞬チラつき、すぐに消え元に戻った。
 またか……。永野は思う。所内では、電脳の使用を人として最低限の機能のみしか認められていなかったため、
外に出てまた使用し始めた電脳に、永野はまだ慣れを取り戻せずにいた。
 出所してから二ヶ月。そろそろ使いこなさなければ、と焦りが滲む。超高度情報社会において、電脳は全てを意味する。

33 :No.09 幸せの青い鳥 -cyberbird- 3/5 ◇pxtUOeh2oI:08/08/11 02:41:24 ID:c0uO0nqS
 ふと目の前に、さびれた駄菓子屋を見つけた。昔ながらの、数十年まえにほとんど消えてしまったような姿に、
永野はどこか懐かしさを感じた。
 店の屋根に掛かる看板には中村屋と書かれている。永野は街の名前と店の名前、駄菓子屋のキーワードで検索をかけた。
結果はゼロ。関連した語句に似た結果は返ってきたが、この場所のこの店を表す情報はない。絞り込みに加え、検索結果を
さらに検索する多重スクリプトをかけたが、やはり結果は思わしくない。この店の情報はネット上に存在しなかった。
 おかしいな。今の時代、店を開くならば役所に登録し、確実にネット上に載るはずだ。永野は考える。
誰もが検索をかけて道を歩き、検索をかけて目的地を選ぶ現代社会において、情報がないということは店の存在がないことを意味する。
 永野は木枠のガラス戸を開け、店の中に入る。カランカランと音がなった。
「いらっしゃい」
 古びたレジスタの奥から、老婆がしゃがれた声を出す。あの……。店を軽く見まわした後で、永野が言おうとした。
けれど、老婆はその弱々しい永野の言葉を遮った。
「赤い鳥の人かい?」
 鳥の色を調べたのか。永野は少し落ち込む。駄菓子屋という懐かしい場所にあっても、逃れることはできないのかと。
「あたったみたいだねい。まあ、わたしゃ電脳を積んでないから確かめることはできんけど。別に赤かろうが、青かろうが、
うちの店は関係ないよ。うちの店に来る人は、子供と赤の人がほとんどだからねえ」
 永野は意味を良く掴めずにいた。そんな様子を察したのか、それとも説明に慣れているのか、老婆が言葉を続ける。
「ここに来るってことは、電脳を積んでないか、電脳に慣れてないかのどちらかで。なんせどこにも登録しとらんからねえ」
 永野はやっと概要を理解した。この店は、無登録の違法な店(それは犯罪といえば犯罪だが、どちらかと言えば自らメリットを
捨てており、ただの駄菓子屋としてならば裁かれるたぐいのもではない)であり、客足を電脳に頼っていないということだと。
「わたしゃ電脳ちゅうんが嫌いでね、最近は電脳離人症とかも騒がれとるでしょう」
 老婆が新聞を手に取り、電脳離人症と書かれた見出しを見せる。この時代にまだ新聞などあったのかと驚きもしたが、
それよりも電脳離人症という耳慣れぬ言葉を聞き、その単語を検索に走らせることを選んだ。
 検索結果はすぐに返ってきた。それはここ二、三年、つまり永野が服役中に造られた言葉であるらしく、
数年前から危惧されていたネット引き篭もりに名前を付けたもののようだった。
 ネットの世界に心酔し、外を見ようとしない人間たちを表した言葉、永野自身も思い当たる節があり、
そもそもこの時代の人間は誰もがその世界に片足を突っ込んでいるようにも思えた。
「電脳、電脳、そんなものばっかり見てると、現実も虚像も何もわからんようなっちゃうからねえ。偽物の情報があったって、
わかりゃせんよ」
 老婆が新聞を振って憤る。その新聞にだってバイアスがかかっているだろうと思いはしたが、永野がそれを口に出すことはなかった。
この世の情報にバイアスがかかっていないものなど存在しない。誰が言おうと、何が書かれようと、

34 :No.09 幸せの青い鳥 -cyberbird- 4/5 ◇pxtUOeh2oI:08/08/11 02:41:48 ID:c0uO0nqS
その作成された物には、いい意味であれ、悪い意味であれ、思いがこもっている。そんなものを客観的だなどと言うのは、
綺麗に整えられ林を見て、自然で溢れているというようなものだし、それを注意することもまた、主観性にあふれ同じ穴の狢だ。
「適当に見てってね」
 老婆は新聞を振ることに疲れたのか、はたまた言葉が流されていることに気付いたのか、永野に話すことを止めた。
 新聞を開き、眼鏡をかけて読み始めた老婆から目を離し、永野は駄菓子を漁り始めた。懐かしい。見たこともないような
お菓子もあるが、それすらもどこか懐かしさを感じさせる風体を成していた。
「ばあちゃん、来たで」
 開けっぱなしだった入口から、少年が元気に入ってきた。少年は老婆にお金を差し出すと、アイスの入ったケースを開け、
チューブ状のアイスを取り出す。チューブの口をくわえて捩じ切る様は、永野に自身の子供時代を思い起こさせた。
 未来が広がっていて、楽しく元気だったあの頃。その後続けた努力も何も、全てあの事件で泡と消えてしまった。
 ふと気付くと少年が黒い箱のようなものに、顔を突っ込んでいた。箱の側面には、夢映機の文字があまりに元気な色で描かれている。
「これは何ですか?」
 永野が箱を指差し老婆に訪ねた。老婆は新聞から顔を上げると、箱の方をちらっと見て、また顔を落とした。
代わりに少年が、箱から顔を出し答える。
「夢映機だよ。やってみればわかるって。一回、五百円」
 少年が永野の前に手を伸ばす。別にこの少年が店番というわけではないのだろうが、
常連として、手伝っているつもりなのだろう。
 ここで断るもの悪い気がして、永野は少年に五百円玉を渡す。少年がその金を、老婆の座る机に置いた。
「どうするんだ?」
「顔を入れて、横のボタンを押せばいいのさ。俺が押してあげるよ」
 言われてみると、下のあたりにボタンが付いていることがわかった。永野は少年の言葉通りに、箱に顔を入れる。
一人用の映写機みたいなものか。永野は箱の中で、目の前に存在する黒いスクリーンを見て思った。
「いくよ」
 ボタンを押した音が聞こえた。そして耳の少し後ろから音楽が流れ出す。目の前のスクリーンは鮮やかに。
気持ちのいい、言葉に表せない何かを感じさせた。まるで子供のころに鳥を追いかけて走った草原のような、
ケンカして泣いた日々のような、好きな子を思って、だけど何も言えなかったあのときのような、
どれも当たっているようで外れている。不思議で、不想理な感覚。永野の意識は夢映機械にゆっくりと取り込まれて行った。

「商売繁盛で羨ましいですね。これが今月のお代です」
 さっきまでの元気だった少年が少年らしからぬ大人しい言葉遣いで話し、小切手を老婆に渡した。

35 :No.09 幸せの青い鳥 -cyberbird- 5/5 ◇pxtUOeh2oI:08/08/11 02:42:12 ID:c0uO0nqS
「前科者なんていくらだっているんだから、ぼろい商売だよ。このおかげで潰れてもおかしくない駄菓子屋を続けられるしね」
 老婆が小切手を確認しながら言う。
「あれま、少し多いよ、この額は何だい? こんなにもらえんねえ」
 眼鏡をしっかりと直し、もう一度小切手を見てから老婆が話す。
「この男の分です。手付金ですよ。この人の臓器もうちに卸してもらえるんでしょう?」
「勝手に決めないでおくれ。うちと商売してるのはあんたのとこだけじゃないんだよ。まったく、いい歳をした女が
男もつくらず毎回違う男の子の体でやってくるし、あんたも電脳離人症にかかっとるよ」
「これは趣味ですよ、趣味。男だってちゃんといますから心配しないでください」
「どうせ、お人形みたいな無表情の男なんだろう、まったく、近頃の者どもときたら……」
 老婆がレジ前の席を立ち、夢映機に顔を埋めたままの永野を引っ張りだす。永野の体が床に転がる。その顔は幸せそうに笑っていた。
「いい顔ですねえ、どんな気持ちなんですか、これ?」
「どんなも糞ありゃしないよ。うちの裏のコンピュータん中で、幸せだったころの思い出に浸るだけ。
一生、スタンドアロンの情報として意識だけが生き続けるのさ。体はとっくに細切れになっても、
このコンピュータが壊れるまでね」
 老婆が永野を引きずる。魂と呼ばれるようなもの、記憶と意識を抜かれた永野の体は無機質で重そうに地面を移動する。
「手伝っとくれ」
「はいはい」
 少年の体に入った女が、奥の座敷に運ぶのを手伝う。
「あ、そうだお釣りをはらわなきゃいかんね、まったくめんどうなことをしてくれるよ」
 永野の体を特大冷蔵庫に放り込み老婆が言う。
「別に良いですよ。これからも仲良くしていきたいですし」
「あんたがよくても、わたしゃ困るんだよ」
 レジの前に戻ってきた老婆は、机の引き出しから、札束を取り出す。
「はいよ、お釣り百万円。またおいで」
「また来るよ、ばあちゃん」
 少年はお金をふんだくるようにして、店の外に走って行った。少年であることを強調するようにしたその動きは、
嘘臭く低俗的で、気味が悪いものだった。
 残された老婆が呟く。
「幸せの青い鳥は、どこにもいないねえ……」                 <了>



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