【 灯台杜と緑の少年 】
◆pxtUOeh2oI




47 :No.14 灯台杜と緑の少年 1/5 ◇pxtUOeh2oI:08/09/07 23:13:06 ID:oPgdlcou
 少年が光を浴びて、星一つ見えない夜空を眺めていた。照らされた少年の髪はチェレステの色を持ち、
 目は髪よりもさらに緑付きエメラルドのように輝いていた。
 緑の少年は背の高い森の中心に一人だけはみ出した一本の大樹、その中程に座る。木と同化するような色の肌に薄い毛皮の服を着た少年は、
足を宙でぶらぶらと揺らし、下に広がる森と光に照らされた夜空を見た。大樹を守るようにおい茂る木々は先の境界にある浜辺まで連なっていた。
 少年の頭上、はるか上の方で大樹が光を発する。それは星が見えることの無いこの世界において、闇に浮かぶ唯一の光だった。
 何故、この大樹が光を発するのか? 少年はその理屈を知らない。ただ、どうして光を発する必要があるのかは知っていた。
 この大樹は灯台だった。夜、空を行く飛行機乗り達が道標として大樹の光を望む。位置を示すものが存在しない夜の闇において、
大樹の光だけが空の道を作る。
 少年はこの森の守り人だった。いつ生まれたのかも知らず、いつもこの大樹に座り夜空を眺める。何かあれば仕事をし、
何もなければ遊んで眠る。そうやって生きてきた。この数十年、そしてこれからの未来もずっと。

 少年が空の向こうに光のチラつきを見たのと同時に、山犬の遠吠えが響いた。海の方から徐々に森の中心へ、
山犬達の高い遠吠えが連鎖する。幾度となく続くその遠吠えは、次第に少年のいる大樹に近づき大きさを増していった。
七度目の遠吠え。力強い発声がわなわなと葉を揺らし、大樹のを駆け上って少年の耳に伝わった。
「海に飛行機が落ちた」山犬の遠吠えはそう言っていた。
 オウムが鳥目に困りながらも、光を目指して少年の元に飛んできた。バタつかせた羽音が、葉の揺れる音に混じって消える。
「あっちだ、西の海。浜辺から少し離れたところに、小さいのが煙を噴かせて落ちてきた」
 そう言うとオウムはすぐさま、大樹の足元へと急降下する。身を引き締め、風の抵抗を減らし、森の頭に向かって落ちる。
 少年はオウムに続いて、灯台の木から飛び降りた。先に落ちるオウムには追い付くことはできない。ほんの少しの間。
風が頬にあたり、髪が後ろになびく。オウムが森の頭で、羽根を広げ海へと向かったことを確認し、少年はさらなる森の中へと
落ちて行った。
 枝の隙間を縫って、少年は地を目指す。加速が終わり、終末速度に達した少年に、世界は止まって感じられた。
 流れる葉々は暗い緑の壁、先に見える小さな穴はいつまでも小さいまま、少年は何もできない。何もすることが無い。
ただ目的地へ着くことを待つだけだった。
 死ぬのってこういう感じかな。少年には、自分がいつまでも感じることが無い、その感覚を見つけられるような気がしていた。
拮抗した世界は冷たく、力の及ぼすところが無い。それは大樹から感じる暖かさとは対極にあるものだった。
 突如、少年の体に周りの木から葉が集まり始めた。少年は葉の羽に覆われて急激に減速する。死の世界が終わり、暖かい感触が
蘇る。地面が見えたとき少年は葉の翼を一揺らしすると、風を捕まえそのままそこで待つ山犬の背に飛び乗った。山犬が走りだす。

48 :No.14 灯台杜と緑の少年 2/5 ◇pxtUOeh2oI:08/09/07 23:13:21 ID:oPgdlcou
「急ぐぞ」そう一言だけ言い山犬は大きな体を震わせ地面を蹴って進む。少年の体を包んでいた葉の翼は、
役目を終え力を失くし、過ぎる闇の中へと四散して行った。

 山犬が跳んだ。森を出て浜辺へ着地。大樹の光が海を照らし、落ちた飛行機の残骸を浮かべていた。
「何か生きているものがいるか調べて」
 少年が集まっていた動物達に声を出す。小さく頼りない声だったが、集まっていたもの達の中で海に入れるものは皆、
声に従いゆっくりと海へと入って行った。
「こっちは死んでる。血みどろだ」
 先程のオウムが落ちた飛行機のパイロットをつつきながら、少年に言う。
「あっちに人が流れてたって、死んでたみたいだけど」
 狐が海から上った亀と話し言った。亀は沖の方で魚から聞いたらしい。
 そのとき、奥から熊が大声をあげた。「ここに息をしてる奴がいるぞ」その声を聞き、少年は動物たちと声の方へと向かった。
 岩場に隠れた砂浜。少年が岩壁によじ登り見ると、パラシュートに包まれた少女が打ち上げられていた。
「連れて来て」
 少年が山犬に指示を出す。山犬はそれを予期していたように少女のそばにいて、大きな熊がやさしく少女を抱き上げ犬の背中に乗せた。
「他はどうする、死んでる奴は?」少女を乗せた山犬が少年の元へ戻り行った。
「そのままで良いよ。食べたかったら食べれば良い。海に流されるか、土になるか、死んでいるのなら変わりは無い」
「そうか、まあ俺は死肉を漁る趣味は無い」
「行こう」少年が山犬に飛び乗った。少女はぐったりとして弱々しい息を吐く、だがそれは生きているという証でもあった。
 生きてさえいれば。少年は思う。死んでいなければ意味がある。
 山犬は少年と少女を乗せ、荒れ広がる森を光る大樹の元まで駆けて行った。

 朝が来た。大樹の光も太陽には勝てず、その輝きは夜をただ待つ。少年は大樹のウロの中で眠っていた。山犬の腹に頭を乗せ眠る。
大きないびきが少年の耳に届くが、慣れていた少年がその音で目を覚ますことは無い。
「起きて、起きて」
 少年は誰かに話しかけられた気がした。意味のわからない言葉で、とても弱々しい声が少年の耳をくすぐった。
なんだろう。体が揺すられる。これは山犬の腹鳴りではない。そう感じたところで目を開けた。
 少年の目の前には昨日助けた少女がとても不安そうに怯えながら立っていた。
「おはよう」少年が挨拶をする。
「ねえ、ここはどこ? お母さんは? お父さんは?」


49 :No.14 灯台杜と緑の少年 3/5 ◇pxtUOeh2oI:08/09/07 23:13:36 ID:oPgdlcou
 意味がわからなかった。この娘は何を言っているのだろうと思う。ごちゃごちゃしてまるで言葉になっていないように感じられた。
そして眠そうに目を擦りながら、いびきを響かせ眠る山犬を起こそうとする。いびきがうるさいから聞こえないのかもしれない。
「起きてよ、うるさいから」少年が山犬に顔を揺らす。
「もう少し寝かせろよ」
「ねえ、ここはどこなの? 教えてよ」
 同時に響いた山犬と少女の声、その声は山犬の方だけ意味を持ってはっきりと聞こえた。
 少年は人語を持ってはいなかった。ただこの森を守る為に、この森でしか使えない森の言葉だけを持っていた。
「わからないよ、何も」
 少年の言葉も少女には伝わらない。少年は申し訳なさそうな顔をするが、慰めることはできず少女は静かに泣き出した。
 どうすれば良いのだろう。少年は考える。良い案は浮かばない。それよりも自分と同じらしい種のものが目の前にいるということが、
気に掛かった。この森にヒトは少年しかいない。あとは動物や虫、植物だけが暮らしている。だから目の前で泣く少女が珍しかった。
 あの目からこぼれてる水はなんだろう。眠いときに少し出ることはよくあるけど、あんなに溢れるようなこと今まで一度もない。
なぜこんな変な声を出すのだろう。意味はわからないけど、悲しいのかもしれない。この娘を見ていると自分まで悲しくなってきたから。
 少年は自分が目を拭っていたことに気付いた。何故? 眠いから? それでもいつもよりおかしな気がする。
 少年はいても立ってもいられず、泣き続ける少女の手を握った。そしてそのままウロを飛び出す。
「あっちに行こう、楽しいから」
 全力で笑顔を見せる。寝ぼけていた山犬もそれに従って外に出た。
 葉の茂る枝々の間から、森に日の光が注ぐ。日の光から計ることのできない大きさが感じられた。
 鳥が木を縫って飛ぶ。地面を薄く流れる水に、ルリタテハが集まり養分を得る。うさぎの兄弟が追い駆けっこしていた。
「どこに行けば良い?」
「あっち」
 それだけで伝わった。山犬の背に少女が乗る。少女は泣きやんでいた。暖かいから止まったのかなと、
横に寄り添って歩く少年は思う。どうして泣くのかがわからない少年には、どうして涙が止まったのかもわからなかった。
そもそも涙の意味さえも、それが何であるかも知らないのだから。

「私はチコマ、チコマっていうの」少女が進む山犬の上から言う。それは何とか、疎通を図ろうと勇気を振り絞った少女の行動だった。
「チコマ? チコマって何?」チコマは自分を指差し言ったが、少年には伝わらない。少年は言葉の意味がわからず山犬に聞いた。
「さあ?」それが答えだった。
 この森に住むものは、名前を持っていなかった。誰もが自分を自分であると知っていたし、友達も獲物も、個を持ったものに名前は
必要なかった。ただその反応は少女をまた暗くさせ、少し静かで辛い空気に少年には感じられた。

50 :No.14 灯台杜と緑の少年 4/5 ◇pxtUOeh2oI:08/09/07 23:13:51 ID:oPgdlcou
「着いた花畑」少年がうれしそうに声を上げる。森の中でぽっかりと空いた小さな花畑。空には明るい太陽が昇り、
日に照らされた少年の髪が空のように青く輝く。
「きれいね」
 チコマが少し笑った。それを見て楽しくなった少年はチコマの手を取り、山犬の背中から花畑と落とす。
「痛いよ」でも笑っていた。少年も笑った。それを見ていた山犬は、弾むように一声吠えて、森の中へ消えて行った。

 花の上に寝転んだ。空が見える。通り過ぎるのは鳥と蝶だけ。幾匹かの群れになって飛ぶルリタテハ達は、
空を透かしたように青いまだらの羽を動かし、せらせらと揺れながら飛んで行った。時間が過ぎて行く。
 えいっと声を出して、少年が起き上がった。それにつられてチコマも体を起こす。二人は茂みに座って森を見る。
ふと横を見ると、チコマが自分よりも背が高いことに気付いた。何の意味もないけれど、なんとなくうらやましかった。
 少年がチコマを見ていた。少し切れ長で、でもやさしそうな目。胸がおかしくなって行く。
やわらかそうな頬、赤みがかった黒髪、膨らんだ唇、かわいらしく、そしてむしゃぼりつきたいと思った。
 いつも周りの動物達がやっているように、自分が同じ種族である目の前のヒトとしたいと、
服を引き裂いてでも裸になって抱きしめたいと感じた。でもそれをしたら壊れてしまう。何でかはわからないけど、
そう感じる。でも……心からの本能が少年を動かしていた。
 少年が思いを乗せて、チコマをもう一度見る。ふと目が合った。笑っていた。さっきまで辛そうにしてたのに、
いまでも悲しいかもしれないのに、笑っていた。そして自分が恥ずかしく感じられた。何を考えていたのか、
自分と同じだと思っていたはずなのに、自分と同じなら気持ちがあるはずなのに、それを無視して自分だけのこと考えてしまったことが、
とても恥ずかしかった。
「どうしたの?」チコマが言う。少年にはそれが自分を心配しているのだなとわかった。言葉は伝わらないけど、意味は伝わった。
「きれいな目、その髪の毛も空みたい。だから泣かないで」
 チコマが少年の目を拭う。それでも涙は止まらない。なんで水が溢れるのだろう。なんでこんな変な気持ちなのだろう。なんでこの娘を
抱きしめたいのだろう。わからないけど抱きしめた。それはさっきの本能とは違う、もっと深い心の奥底から湧いてきた思いだった。
「人が来たぜ。邪魔しちゃって悪いけどな」
 オウムが少年の肩に止まり言った。その声を聞き、少年は手の力を緩め立ち上がる。指笛を鳴らす。山犬がやってきた。
「行こうか」山犬の背に乗って、チコマに手を伸ばす。手を取ったチコマは山犬に乗ると少年を抱きしめた。
 山犬があの墜落現場へと走る。その間、二人に会話は無い。言葉が通じないから、そんなことではなく、ただどこかで別れを感じていた。

「ここか、酷いもんだな」オレンジの服を着た大人の男が、海の浅瀬で伴に残骸を漁るもうひとりのオレンジ服を着た女に言った。
「要救助者が生きていれば良いが」二人の表情は暗い。いましがた海鳥につつかれ、骨の見えている死体を見つけていた。

51 :No.14 灯台杜と緑の少年 5/5 ◇pxtUOeh2oI:08/09/07 23:14:04 ID:oPgdlcou
「搭乗者は三人。後の二人は上陸したか、それとも……」二人はレスキュー隊員だった。
墜落した飛行機の搭乗者を助ける為にここまで飛んできた。あらかた残骸を見た二人は浜辺へ上がる。
「灯台杜に近づきすぎたんだろうな。あの明かりは消して手は届かない星のようなものなのに……」
 それが人員の少ない理由だった。この森は灯台を守る為にある。だがその灯台に近づきすぎてはいけない。それが掟だった。
 茂みが音をたてて揺れる。山犬と少年達が跳び出した。驚いた浜辺の大人が腰から水弾銃を取り構える。
「噂の少年。悪ささえしようとしなければ、見逃してくれるらしいけど」少し後ずさりしつつ女が言う。
「おい、要救助者だ。写真の子が背に乗っている」二人は銃を向けることを止めない。それは山犬の大きさに驚いたこともある。
だがそれ以上に少年に対しての恐怖があった。それは学校で教わること。チコマはまだ知らないだけで、この時代に生きる多くの大人が
その話しを知っていた。灯台杜の緑の少年。森を灯台の大樹を守る為に、悪しき心持った者を殺す。二人は自分が人助けの為に来たことを
わかってはいたが、それでも目の前の少年に怯えていた。
 森の動物達が集まってくる。それは森を守る為、少年の指示に従って侵入者に対処する為の行いだった。狼が唸って脅す。
「下がって、悪い人たちじゃなさそうだから」少年は山犬から降りて、下がるように手を動かし言った。
「その子を返してくれ。私たちは臨港レスキューの者だ。その子を助けに来た」それでも男が銃を下ろすことは無い。
「僕たちはあなた達に危害を加える気はありません」もちろんその言葉は男には理解できない。それでも少年は言うべきだと思った。
「その動物達を森へ帰してくれ、そして少女だけを置いて、君もここを離れるんだ」男は自分の仕事を全うしようと努めた。
でも、それは冷たくさみしい言葉だった。言葉の温度だけが少年の心に伝わった。
「僕たちは何もしません、ほら、さあ」少女の手を取り、山犬から下ろす。「ばいばい」少年は笑った。
チコマは少年を抱きしめた。それを見ていた隊員達は、驚き目を見張ったが、やはり銃を構えたままだった。
 チコマが少年の口に、自分の口を近づける。少年の緑の目に、チコマの顔が映る。日が沈み始めていた。少年の緑の髪は空と同じ、
赤色に染まる。そして……、少年はチコマを突き飛ばした。波打ち際に尻もちを突き、水に濡れるチコマ。その顔はどうしてという疑問と、
不可思議な悲しみで溢れていた、目から涙をこぼした。
「じゃあね」そういって少年は動物達と森へと帰る。隊員達がチコマに駆け寄ると、森に他の人間がいないことをチコマに確認し、
飛行機へと戻った。
 少年が沈んでいく夕日を大樹の上から眺めている。大樹は自分の出番が待ち切れず太陽を追い払うように輝き出した。
「良かったの?」オウムが訪ねる。
「良かったの」少年が答える。森の先から飛行機が飛び立つのが見えた。沈む夕日の光を浴びて、一度Uターンして、
海の向こうへ飛んで行った。水平線に消える太陽と飛行機。空と海が混じって、夕日と夜が混じる。その境界に少女を乗せた飛行機は
消えて行った。
 山犬が遠吠えを上げる。その声に意味は載っていない。ただ吠えた。そして少年も叫んだ。少女の名前を意味も知らずにただ叫んだ。
 少年は緑の目から水を落とし、暗くなり始めた空を見守る。灯台杜の守り人として。      <了>



BACK−でんでんまいまい◆BqgMEgxWzg  |  INDEXへ  |  NEXT−忘れる話◆EqtePewCZE