【 エンジン 】
◆ML.K5wMH76




20 :No.05 エンジン 1/5 ◇ML.K5wMH76:08/09/14 14:02:54 ID:Ab6Ups1x
 ぼくの友達に、エンジンって呼ばれてる奴がいる。
 どうしてエンジンって呼ばれているのか。それには色々な説がある。
 例えば、歴史の教科書に載っていた『猿人』みたいな顔をしているから。例えば、体育
で試合をするとき必ず『円陣』を組もうとするから。例えば、そいつの名前は遠藤仁って
言うんだけれど、そこから取って『遠仁』とか。
 でもぼくは、エンジンって車の『エンジン』みたいなところがあるから、そうやって呼
んでいた。
 エンジンはときどき凄い。
 でも普段はぼくらと何も変わらない。野球やったり、ピンポンダッシュしてみたり、公
園のハトを追いかけてみたりする。たまに宿題もやるけれど、エンジンはみんなの中で一
番最初に諦める。前は算数ドリルのわり算の筆算でつまづいてた。もしかすると、ちょっ
とバカかもしれない。でもぼくは彼の次につまづいたから、やっぱり普段はぼくらと何も
変わらない。
 けれどエンジンはときどき凄い。
 車のエンジンって鍵をくいっと回すと、何回か身震いして「ぶろろ、ぶろろ」ってうな
る。それから「ぶろろろーん!」ってほえて、動き出す。止めるまで、ずっと動いてる。
 エンジンもそういう時が、たまにあった。あいつの場合、動くのは頭だったけれど。
 あいつの鍵は色んなものだ。車の鍵みたいな、特別なものじゃない。


 例えば、この間の遠足で臨海公園に行ったときのこと。
 あの時、あいつの鍵になったのは『海』と『空』だった。くいっと回ったのかは分から
ない。けれどこの二つを見たエンジンは、身震いする代わりに腕を組んで「うーん、うー
ん」とうなった。
 その時の顔は怒った猿みたいな顔になっていたんだけれど、怒っているわけじゃない。
だからぼくは声をかけた。
「エンジン、どうしたの?」
 でもエンジンはすぐに返事をしない。海と空をにらむように見つめている。
 それからいきなりぼくの方を向いて、ほえる代わりに言った。
「なあ、どうして海と空って別々なんだろう?」

21 :No.05 エンジン 2/5 ◇ML.K5wMH76:08/09/14 14:03:15 ID:Ab6Ups1x
 ぼくは最初、意味が分からなかった。
 どうして別々か。そんなの、初めから別々だからに決まってる。
 だからぼくは、それをそのまま伝えた。でもエンジンは納得いかない様子で、また海と
空を見る。
 エンジンの頭が、車のエンジンみたいに動き出す。
「だってさ、海がここにあるのは重力のせいだろう? それで、地球にへばりついてる」
「そうだね」
「だったら、重力が無くなったら?」
「宇宙だと、水がかたまりになって浮いてたよ。テレビでやってた」
「それって結局、別々じゃないか。どうして海と空は混ざらないんだろう?」
「すごく距離があるからじゃない? 海と空って、北海道から沖縄より離れてるじゃん」
 でもぼくが何を言っても、エンジンは納得いかない顔をする。
 その後、他の奴にも同じ事を聞いていた。でもやっぱり納得いかない顔をしていた。そ
れで遠足から家に帰るまで、エンジンはずっと「どうしてだろう?」を繰り返してた。
 これが、遠足のときの話。
 ぼくはこういう時の彼を「凄いなあ」って思う。
 普通なら考えもしなかった事を考えるのもそうだけど、それをずっと考え続けるのが
「凄い」って思うんだ。車のエンジンみたいに、止めるまで、ずっとずっと考える。ぼく
なら多分、途中で飽きてやめちゃうだろうな。
 やっぱりエンジンは、ときどき凄い。


 他にもある。これはクラスで飼っていた金魚が死んだときの話。
 この時、エンジンの鍵になったのは『水槽の中でぷかぷか浮いてる金魚』だった。
 花壇のすみっこに金魚の墓を掘っていたぼくら男子の隣で、エンジンはやっぱり腕を組
みながら立っている。それが何だかえばっているみたいに見えて、ぼくは胸の奥がちょっ
とだけムカムカしていた。
 本当は金魚が死んでいるって分かったときからムカムカは始まっていたんだけれど、で
もぼくはエンジンの態度のせいだって思っていた。

22 :No.05 エンジン 3/5 ◇ML.K5wMH76:08/09/14 14:03:29 ID:Ab6Ups1x
 穴を掘り終え、まっくろで湿った土の上に赤い金魚を寝かせてやる。キンタローってい
う名前がついていた金魚はもうピクリとも動かない。スーパーの魚コーナーに並んでる魚
みたいに、体がつやつやしているわけでもない。キンタローは、ただ土の上に寝ているだ
けだった。
 それを見ていると、ムカムカがズキズキに変わっていくような気がした。ぼくらの後ろ
にいた女子たちも、ぐすぐすと泣いている。きっとズキズキしすぎて、痛くて泣いている
んだと思った。ぼくもそうなりそうだったから。
 けれどエンジンは違っていた。
 ずっと腕を組んだまま、キンタローを見つめている。そして土をかける時に口を開いた。
「どうして体はすぐに無くならないんだろう?」
 ぼくら男子はシャベルを握ったまま動けなくなった。ぐすぐすだった女子たちも、それ
を止めてぽかんとしている。
 でもエンジンは続けた。
「生き物って死んだらすぐに心が無くなるじゃん。でも体は残ってる」
 誰も動かない。「うん」とも「そうだね」とも言わない。みんなエンジンを見ている。
もちろん、ぼくも。
「でも木とか建物は、壊すとすぐに体が無くなるだろ。だったら生き物だって、心と一緒
に体がすぐ無くなってもいいんじゃないかな?」
 エンジンは不思議そうな顔をしながらキンタローを見て、それからぼくら一人一人の顔
を見た。
 胸のズキズキが、またムカムカに戻っていく。シャベルを握った手に力がこもった。
 この手をどうしてやろう。振り上げてやろうかな。それとも突き出してやろうかな。
 そんなことを考えていたら、ぱあん、と大きな音が鳴った。さっきまでぼくらを見てい
たエンジンが、そっぽを向いている。けれどその目には力が無い。
 ぐすぐすだった女子の一人が、振りぬいた手をわなわなと震わせている。やがて顔を真
っ赤にして、彼女はまたぐすぐすと泣き出してしまった。エンジンに向かって何か言って
いたけれど、その声は何度も何度も引っかかって言葉にならなかった。
 残りの女子がその子を囲んで、ゆっくりと校舎に向かって歩いていく。
 ぼくら男子はあぜんとしながら、それを見ていた。手にこめた力は、いつの間にかシャ
ベルを伝って花壇の土に流れたらしい。

23 :No.05 エンジン 4/5 ◇ML.K5wMH76:08/09/14 14:03:44 ID:Ab6Ups1x
 むき出しだったキンタローには、その後すぐに土をかけてやった。
 ぼくらがシャベルを片付けに行ってる間、エンジンは泣きそうな顔をしながら、叩かれ
た頬を撫でていた。そして花壇のすみっこに埋まったキンタローを見つめていた。彼がそ
の時何を考えていたのか、ぼくには分からない。
 けれど、胸のムカムカはいつの間にか消えていた。
「エンジン、教室戻ろうよ」
 声をかけると彼はチラリとぼくを見て、それから少し後ろをついてくる。
「さっきのさー、あれはやっぱりマズイと思うよ」
 ぼくが言っても、返事は無い。しんとしたまま階段を上る
「みんなキンタローが死んで悲しいのに、すぐ無くなれとかさ。叩かれてもしょうがない
って。あとで謝っておきなよ」
 爪の間に入り込んだ土が気になって、ぼくは水のみ場に向かった。教室にそのまま行け
ばいいのに、なぜか手が汚れていないエンジンもついてくる。蛇口をひねると水が勢いよ
く落ちてきて、ダララと大きな音を響かせる。
「どうして水って色が無いんだろう?」
 隣に立っているエンジンはまた腕を組んで、じっと水を眺めていた。でも調子が悪いの
か、それ以上は続かない。ぼくがせっけんをあわ立てていると、彼はゆっくり息を吐き出
して言った。
「すぐに無くなってくれれば、悲しいって思わなくて済むのに……」
 それがさっきの話の続きだと気付くまで時間がかかった。ぼくは手のあわを全部流して、
水をピッ、ピッと切るまで彼が何を言っているのかサッパリ分からなかった。
 ようやく気付いて何か言おうと思ったけれど、その頃にはもう教室に到着していて、エ
ンジンはぐすぐすだった女子に謝りにいってしまった。
 それからこのことについて何も言わなくなったから、ぼくはもう何も言えなくなってし
まった。
 これが、クラスで飼っていた金魚が死んだときの話。

24 :No.05 エンジン 5/5 ◇ML.K5wMH76:08/09/14 14:03:57 ID:Ab6Ups1x
     
     
 そんなぼくとエンジンは、進学先が違うということもあって、中学を出ると疎遠になっ
てしまった。風の噂で相変わらず突拍子も無いことを言っている、というのを聞いたけれ
ど、それも高校までだった。
 今では彼に関する情報は、何一つ入ってこない。生きているのか、死んでいるのかさえ、
分からないままだ。
 そんな時、ぼくは思い出してしまう。
「体も心もすぐに無くなってしまえば、悲しいと思わない」というエンジンの言葉を。
 彼が鍵を無くさなければいい。ぼくはそれだけを願った。

       【完】



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