【 豚肉の炒め物豚肉抜きふがしアリ夕食抜き 】
◆TQd9MjVDR6




31 :No.08 豚肉の炒め物豚肉抜きふがしアリ夕食抜き (1/5)◇TQd9MjVDR6:08/09/21 17:20:16 ID:MwyEqwqZ
 花坂商店街は実に閑散としていた。赤茶けたアーケードの看板はいつ落っこちても不思議ではない
ほどに老朽化していたし、そこから伸びる一面の通りには辺りの空虚さをまとめて詰め込んだような
絶望感が漂っていた。いつからこうなったのか、アマタメははっきりと覚えてはいない。
 たとえば、商店街に入ってすぐ左手の店舗にはもうずっと前からシャッターが降りている。それよ
りも昔、アマタメがこの街に越してきた頃にはおそらく何かの店が営業していたはずなのだが、アマ
タメはちっともそれを思い出せずにいた。隣の、古びた金物屋の古びた親父にでも訊ねてみれば、判
然とするに違いない。しかしそんな会話をするほど金物に用があるわけではなかった。
 ぽつぽつと雨が降り出す。花坂商店街には屋根がなかったから、アマタメは小走りに通りを駆け抜
けた。右手には豚バラ肉、左手には季節のお野菜。今日は豚と野菜の炒め物をするのだ。
 アマタメはしばらく走っていたが、ちょうど商店街の真ん中の辺りに来たところで雨音が轟音に変
わり、その粒が激しく肌を打ち始める。これは参った、とアマタメは近くの駄菓子屋で雨宿りをする
ことにした。
「オイ、店先を濡らすんじゃねえや」
 五分かそこら、軒先で立ち尽くしていると駄菓子屋のジジイがパンツにランニングシャツというい
でたちで現れた。
「これはどうもすいません。なんせこの雨に打たれたもんで」
「タダ寄りはいけねえなあ。寄ったからには菓子の一つでも買っていきな」
「はあ」
 店内は妙な匂いで充満していた。たとえるなら、古本の頁を捲ったときに感じるあの匂いで、しか
しそれだけではない甘ったるい匂いも混在している。アマタメはこの店に来たのは初めてだった。
「その辺に椅子がなかったか? 椅子がなけりゃ地べたにでも座ればいい」
「あります、あります。荷物はどこに置けばいいんでしょう」
「地べた」
「置きました」
 アマタメは買い物袋を椅子の下に立てかけ置いて、さっそく駄菓子を物色する。といっても、陳列棚
は一坪ほどのスペースをぐるりと囲うくらいしかなく、しかし種類は数多くあるらしかった。
 安いスナック菓子に、不健康そうな着色のゼリー棒、昔ながらのふがしなど、子供の頃によく食べた
それとそう変わりはない。思わずノスタルジーを覚えて、アマタメは値段も見ずにぽんぽんとカゴの中
に放り込んでいった。そうしてあらかた目ぼしいものを見つけ尽くすと、それをカウンター上に置いた。
「それからラムネも」

32 :No.08 豚肉の炒め物豚肉抜きふがしアリ夕食抜き (2/5)◇TQd9MjVDR6:08/09/21 17:20:58 ID:MwyEqwqZ
 店主のジジイはカウンターの奥間に座っていたが、大儀そうに立ち上がると計算機も使わずに金額を
暗算し始めた。この駄菓子屋に限らず、商店街の店はどこもレジを単なるお金入れとして使っていると
ころがあるのだ。
「七百三十円」
 アマタメは金を支払うと、まずラムネのふたを開けた。それを飲むことで、味に付随する懐かしい思
いが去来するだろうと思っていたが、どうにも昔飲んだラムネとは味が違うようだった。
「今のラムネは不味いです」
「おめえの舌が肥えただけだろ」
「なるほど、それもそうかもしれないですね」
 次に、ゼリー棒の端を食いちぎって、青色のゼリーを豪快に喉に流し込んだ。これもやはり昔とは違
う味がした。
 アマタメがそうして次から次へと駄菓子を貪っている間、店主は立ったままカウンターに頬杖をつい
てその様子をじっと眺めていた。なにやら居心地の悪い気持ちがしたが、アマタメは何を言うわけにも
躊躇われて、ただ無心に袋引っ張り開けるばかりだった。
「そりゃハマダんとこの肉かい」
 ちょうどスナック菓子の袋を開けた音と、店主のしわがれた声が重なって、アマタメは目で問いかけ
た。
「ハマダんとこの肉なら腐るのももったいねえ。雨がやむまで冷蔵庫に入れといてやるぞ」
「それは助かります」
 アマタメは地べたの袋を取り上げて、それを店主に手渡した。店主は、「おめえひとりもんかい」と
薄く笑い、奥間へそれを持っていった。
 九月の雨は轟々と唸りをあげて地面を叩きつける。これだけ雨が降っているにも関わらず、気温は一
向に下がる気配を見せない。アマタメは少しばかり濡れたシャツの袖を幾度か捲って、それからラムネ
を一気に飲み干した。
「ラムネもう一本もらいますよ」
 奥間の店主に声をかけ、勝手にラムネを取った。ラムネのおかわりは何かやたらと贅沢に感じた。

33 :No.08 豚肉の炒め物豚肉抜きふがしアリ夕食抜き (3/5)◇TQd9MjVDR6:08/09/21 17:21:40 ID:MwyEqwqZ
「しかしよく降る雨だなあ。商売上がったりもいいとこだ」
 店主はこちらに戻ってくるなり、そう呟いた。
「いつもはお客もたくさん来るんですかね」
「まあガキどもは割りに来るわな。大して買いもしねえが、暇もしねえ。それでも一時期に比べちゃ少
 なくなったろうな。今は、ほれ、あそこのでかいスーパーで駄菓子コーナーなんぞが出来ちまってる
 からな」
 店主が指差した壁のずっと向こうには何年か前に作られた大型スーパーがある。アマタメも何度か利
用したことがあるが、あまりに広すぎるのと、レジに並ぶのが嫌でここ最近は全く行っていない。
 そういえばと思い起こしてみれば、この花坂商店街が物寂れたのもアレが出来てからだったような気
がする。
「しかし俺なんぞはまだいいわ。駄菓子屋なんぞほとんど道楽気分じゃねえと出来ねえからな。可哀相
 なのは八百屋だの肉屋だの、本気で商売してるやつらよ」
「ふうむ」
 ばりっと袋を破って、ふがしを口に運ぶ。これは昔に食べたそれと同じ味がした。ただアマタメは昔
からふがしが好きではない。袋の口をくるくると巻いて、地べたに置いた。
「商店街に活気がないのは寂しいことです。あんな愛嬌の無いスーパーは潰れたらいいのに」
「なに、時代の流れだ。組合なんぞはぎゃあぎゃあ文句を垂れてるが、本当のところは誰が悪いってん
 でもねえんだ。てめえらは客がこねえと居間でテレビを見るが、スーパーの人らはあれこれ努力して
 んだからどうにもならんだけだ。だから可哀相なんだが」
「ふうむ」
 店主は外見に似合わず、現代的な見方をする人のようだった。いやむしろ前時代的なのか、とアマタ
メは思案したが、実のところは分からなかった。これまで経営だの市場原理だのと無縁のところで生活
していたから小難しいことはとんと頭にこない。
「では、この店もいつかは潰れてしまうのでしょうか」
「そりゃいつかはな。あんまり赤が出ちゃまんまも食えねえし、跡取りもいねえんだからそう先のこと
 でもないかもしれん。アンタが継いでくれりゃ喜んで店を明け渡すが、どうだい」
 店主は脇の下をぼりぼりと掻きながら笑ってみせた。頭髪は根元から先まで白く老いていたが、脇の
毛は不恰好に黒く元気そうに見えた。
「自分に出来るでしょうか」
「さあ、そりゃわかんねえ」

34 :No.08 豚肉の炒め物豚肉抜きふがしアリ夕食抜き (4/5)◇TQd9MjVDR6:08/09/21 17:22:20 ID:MwyEqwqZ
 それからアマタメは店主との他愛のない話に興じた。アマタメが漬物が好きではないことを話すと、
そりゃおめえ出来合えの不味い漬物を食ってるからだ、と店主が応じ、奥間の冷蔵庫から自家製の漬物
を持ってきて、アマタメがそれをつまむと確かにそれは美味しかった。
 それから天気のことをよく話した。店主はこの街に生まれ、育ったのだという。昔は今よりも、当然
だが、ずっと田舎風情のある街だったそうで、だから店主はここの天気が分かるらしい。戸口を開けて
空を覗き見ると、「もうすぐ雨も止みそうだ」と言った。アマタメは、ケーブルテレビで天気予報でも
やるといいと茶化したが、その十数分後、見事に雨は止んでみせた。
「そもそも通り雨なんだ、あんなもんは」
「ふうむ、そういうものですか」
 アマタメは小さなチョコレート菓子と、漬物とを交互に食べていたが、ふと足元を視線を落とすと、
食い散らかした後の袋がたくさん散乱していることに気が付いた。
「どうやら随分と長居したようです」
 店主は顔の皺をさらに深くさせて、かっか、と笑った。
「駄菓子かふぇでもやったら一山当るかもしれんな」
「そのときは是非、ウエイトレスとして雇ってくださいまし」
 アマタメは店主にビニール袋をもらい、それにゴミを詰め込んだ。ふがしだけがまだ余っていたので
それは持って帰ることにした。長めのフレアスカートの裾はまだ湿っていたが、被害の少ないシャツの
ほうはほとんど乾いていた。
「それではお世話になりました」
 アマタメが立ち上がってぺこりと頭を下げると、店主は「はいはい」といってあっさり奥間へ引っ込
んでしまった。
 何となく寂しいやら、悔しいやらの思いがしたので、アマタメは小銭を取り出して、「ラムネもらい
ますよ」と声を掛けた。
 すると、店主がまた脇を掻きながら出てきて「アンタ、本当にラムネが好きだな」と言った。
「ラムネは美味しいですから。それではまた」

35 :No.08 豚肉の炒め物豚肉抜きふがしアリ夕食抜き (5/5)◇TQd9MjVDR6:08/09/21 17:22:55 ID:MwyEqwqZ
 外は一転、からりと陽射しが差し込み、どうやら店主の言う通り、通り雨だったらしい。濡れたコン
クリートを光がじりじりと焼いて、むわっとした臭いような懐かしいような匂いが鼻の辺りにふわふわ
と漂っている。
 商店街の入り口方面へきびきびと歩いて、とても気持ちが良かった。途中の八百屋からは、テレビの
音が少しだけ洩れていて無性に可笑しかった。店頭の野菜は、アマタメが買ったときよりも幾分か元気
が良さそうで、左手の袋に入っている野菜を見ては少しだけもったないようなことをした気分になった。
 アーケードの看板の真下に来たところで、アマタメはふと立ち止まった。そして、チッと舌打ちをし
た。駄菓子屋の店主に訊いたら、この空き店舗が何の店だったか分かったかもしれない。
 降りているシャッターを眺めていると、ここを『駄菓子かふぇ』にしたらどうだろうかという思いが
沸いてきた。さっきの駄菓子屋で駄菓子を買い、ここでお茶をする。アマタメがお茶か、それか甘い紅
茶を淹れて、店内には得体の知れない愉快な民族音楽を流すのだ。サービスで漬物を出してもいい。
 悪くないぞ、とアマタメが考えていると、背後の通りを少年たちが駆け抜けた。奢るだの奢らないだ
の、日々繋がれて陰鬱としていた犬が機をみて逃げ出すように少年たちは商店街の奥へ消えていった。
 その見えもしない後ろ姿をボーっと眺めることに飽きると、アマタメは陽射しが着々と肌を焼いてい
ることに気が付いた。
「帰りましょう帰りましょう」
 なぜなら、今日は料理をしなければならないのだ。スーパーで売っている物よりも上質な、それらを
使って夕食の支度をするつもりだったのだ。美味しくて、スタミナもついて、栄養のあるものを。
 そうして、一歩踏み出したところでアマタメは首をかしげた。ハテ、今日はどんなメニューにするつ
もりだったのだろうか。
 右手には懐かしのふがし、左手には季節のお野菜。
「げぷ」
 思い出そうとしたが、それよりもまずお腹が空きそうになかった。
 商店街を出たところで、アマタメはくるりと振り返る。
 地面に落ちた雨粒がきらりと光って、花坂商店街は少しだけ活き活きとしていた。
 
                                         おわり



BACK−レツゴースーパーマーケット◆LBPyCcG946  |  INDEXへ  |  NEXT−エネルギア◆0PSPH/YkZY