【 恋とはなんでしょう 】
◆cwf2GoCJdk




35 :No.08 恋とはなんでしょう 1/5 ◇cwf2GoCJdk:08/10/05 23:15:46 ID:hb/wPf3a
 やわらかい春を越え、おしゃれなポエムの季節である夏も過ぎてしまい、涼しげな秋の空気がただよいはじめるころだった。カトリーヌ女学園の模範生徒の代表とだれもが認めるシズクとシノは、ちょっとしたいさかいをおこしていた。
 凸ガラスの壁で囲まれている半球体の特別室で、さっき学園の庭で拾ってきた猫をあいだにして、なにか主張してみたり、反論したり、猫を勢い抱きかかえてみたり、それをひったくったりをもう数十分もつづけている。
 やがてシノがいちど深呼吸をして、おちつけ、といいたげな身ぶりを示し、荒い息づかいのまま話した。
「わるかった。おとなげなかった。もういいあらそいはよそうじゃないか。猫のきもちなんて、わかるはずがない」つまり、彼女たちは数十分ものあいだ、どちらのほうが猫に好かれているか、というなによりも尊い命題について話しあっていたのだった。
「ええ、たしかにそう……」いちどあがった熱は、なかなかおさまらなかった。「でも待って、この子はどうするの?」
「いいじゃないか、ここに居させておけば。そうすればどっちのものでもないし、どっちのものでもある」核心を突いているものの、なかば投げやりな答えだった。
「いやよ」とシズクがすかさずいった。「この子がわたし以外にかわいがられるのは我慢ならないもの」
「独占欲の強い女だねえ。じゃあこうしよう。この猫がつぎにどちらの腕に抱かれたがるか賭けよう。寄ってこられたほうが勝ち。いかさまはなしね。くんせいを手のひらに隠しておくとかの。
 これで猫も好きなほうに飼われるわけだし、どうせあたしのとこにくるんだし、いいでしょ」最後のは挑発のためにいった言葉だった。
 ふたりは巨大な丸テーブルを四苦八苦しながら脇にやって、それぞれ室内のいちばん端に陣取った。それから、「チッチ」といってみたり手まねきしたり、双方さまざまな方法で猫を呼びこむ最善を尽くした。二分ほどでシズクの勝利が決定した。
「ほら見なさい。この子はわたしのほうが好きなのです。証明されたでしょう? あら、くやしくていやみもいえない? あはは、カッカしちゃって。自分で勝負の方法を考えて自信たっぷりに勝利宣言までしたのに――」
 顔を真っ赤にしたシノはシズクの勝ち誇った表情を見るのに耐えきれなくなって、特別室の奥へ進んでゆき、ほとんど彼女専用となっている特別工学室の暗闇に消えていった。そのようすを満足そうにながめ、猫との会話をたのしんでから、シズクは部屋を後にした。
 その後、筒状の廊下を通る講師や学生が特別室の近くにくると、奇妙な音を耳にした。ふしぎに思って室内にはいると、彼らの好奇心はすぐにかき消された。ガンガンカンカン耳障りな音がシノの工学室から出ていることがわかったからにほかならない。
 ときおりけたたましい慟哭に通行人がびっくりさせられることがあっても、だれもシノをとめなかった。とめてもむだなことはわかっているし、夜中になると、すこしでも静かにしよう、という努力が感じられたのだ。だれがとめられよう?
 三日三晩つづいた微かな振動と大きな音量がぴたりと止まると、憔悴しきったようすのシノが中から出てきたのが発見されたので、すぐさま医務室へ連れて行かれた。シノは丸一日眠った。ときどき恨みの言葉を口走りながら。
 猫とのひとときを満喫していたシズクはシノを見ると、あからさまに不快な表情をした。シノはほほえみながら鉄の物体をひきずっており、そんなときはたいていわるいことばかりおこったからだ。
 前にシノがいまのような笑みを浮かべていたときは、小学校から皆勤賞をとりつづけていた生徒が無断欠席をした。
 たいへん機嫌がいいシノは鼻高々で機械の説明をはじめた。めんどうなことになった、早く自分の部屋にもどりたい、とシズクは内心思った。
 シノはこの機械は力作だということを説明し、製作に費やした技術と知識をひけらかしたが、シズクはなにひとつ理解しようとしないでいた。
「じゃあ試しにやってみよう。たとえばそこのコーヒー」シズクにはどこのコーヒーかわからなかった。「シズクはたしか紅茶派だったね。ということで、このお偉いコンピューターさまにたずねてみよう。
 ふたりのうち、どちらのほうがコーヒーが好きか。さあ、どっち?……ほら、見てみなよ」
「はいはい。その機械の用途はわかりました。それで、なにがしたいんですか?」
「これで正確にわかるでしょ。つまり、どっちのほうが猫の飼い主にふさわしいか」
「とっくに決着がついているのでは? いえ、いいです。どうせそうしなければおさまりがつかないのはわかってます。じゃあ早くやりましょう。えーと、この猫はふたりのうちどっちのほうが好きなのかしら?」
 一瞬の後、四角い画面に【シズク】と表示された。

36 :No.08 恋とはなんでしょう 2/5 ◇cwf2GoCJdk:08/10/05 23:16:36 ID:hb/wPf3a
「ほら見なさい」シズクが笑いながらいった。「もう子どもっぽいことはこれっきりにしてね。でも、これでこの機械が正確だということが証明されたので、よかったじゃない。どうしたの? 顔を真っ赤にしちゃって」
 シノが機械を力強く叩きはじめたちょうどそのとき、休憩室の自動ドアがひらいた。その顔は気分がわるいというわけではないが、なんだか憂鬱そうだったので、やさしい心をもっているシズクが声をかけた。
「どうしたの? なにか悩みでもあるなら、きくわよ」
 それをきくとすぐに娘は話をしはじめた。恋人に愛されているのか不安だという話を。親身にきいていたシズクとちがい、シノはケーキを口に運びながら退屈さをあらわにしていたのだが、とつぜん手の動きを止めると、名案が浮かんだ表情になった。
「ちょっと待ちなよ」フォークを口に当てながら話をさえぎる。「話をきいてもらうのもいいけど、もっと重要なことがあると思う。きみの彼がほんとうにきみを好きなのか、あるいはきみをどれだけ愛しているのか、それを知りたいんでしょ?」
 娘はゆっくりとうなずいた。
「それじゃあ手伝ってあげよう。すぐにわかるよ」といって、シノはたのしそうに機械へむけて質問した。
「どれどれ。えーと、これはすごい。【大めに見積もって、朝母親といっしょにはいるお風呂の八分の一】だそうだよ。こんなマザコンとは早く別れたほうがいいんじゃないの?」
「あのねえ……」非難がましい眼でシノを見た後、泣いている少女のフォローに気をくばった。
「あんな人のいうことを信じちゃだめよ。どうせでたらめなんだから。もうだめ? 耐えられない? 待って待って。そこまでいうんなら、本人と話しあいましょうよ。かんちがいやすれちがいだってわかるはず」
 少女はハッとした。「ええ、そうよね。なんだって本人同士のことだもん。電話してみるわ……いまちょっといい? 話があって、最近のことなんだけど。話すことなんかない? なんでよ! 理由は?……そう。わかった。さよなら。くたばれ!」
「どうだったんだい?」とうぜん察しは付いていたのだが、シノはきかずにはいられなかった。
「だめよ、あいつ。いうに事欠いて『じつはきみのことはママとはいる朝の風呂ほども好きじゃないんだ。そう、八分の一ほども』とかいいやがったのよ!」
 というわけで、そのようすを心底たのしそうに見守っていたシノは味を占めた。彼女はその娘とおなじような人びとを捜し歩き、そのたびに機械を用いた。もちろん、破綻させるために。
 ときにはむりやりに拗れをつくることもあったし、ときには感謝すらされた。あいつがいかにクソな野郎かわかった! ありがとう! 最低のかんちがいだったわ!
 ごくたまに、仲むつまじくさせてしまうこともあり、そんなときは不機嫌になるものだった。しかしながら、結局それはただのうさばらしだったので、やがて終演をむかえる。彼女の機嫌はなおり、ペットショップでどの猫にしようか選んでいるありさま。
 かわいそうな恋人たちはきっかけはともかく、自分たちにわるい原因があったのだから、その結果を気に病む必要はまったくない、というわけだ。
 自分がその機械をつくったことも忘れ、部屋のすみでほこりをかぶり、解体されるのすら捨ておかれているころ、呼び出しがかかった。それはミセス・オーティスからの呼び出しであり、シノはいやな予感がした。
 生徒たちが普段はいることのなく、やたらと豪華な思いを抱かせる甘い部屋に、三人いた。シノがたずねた。
「なんの用事でしょうか? ご存じでしょうけど、成績を維持するのもたいへんなんです。寝る間と趣味の時間を犠牲にしながら勉強しないといけないものですから」言葉のわりには皮肉っぽい口調だった。
「なにをおっしゃいます。あなたほどの頭脳の持ち主なら、おちゃのこさいさいというものでしょう。ちがいますか?」皮肉な響きがふくまれていなかったので、シノは意外に思った。
「そう、そのすばらしい頭脳がつくった機械がありますね。つぎつぎと恋人たちの仲を〈修復〉するというので、話題になっていたあの機械のことです。校則違反を大胆に逸脱していましたが、そんなことを問題にするつもりはありませんよ、安心なさい」
 女生徒はまったく安心しなかった。そしてすぐに予想通りの「ただし」が飛んできた。いつも「ただし」というのだ、この老婦人は。
「ある惑星に行って、問題を解決してきてください。この学園にゆかりのあるところです。その機械がたいへん役に立つと思うので、ぜひ」
「なんだったらその機械は学園に進呈しますが。そうすればわたしじゃなくても、よろしいわけでしょう?」シノが期待していない口調でいった。
「いいえ、あなたにしかできません」断ることなんてできると思ってるの、と声色が語っていた。

37 :No.08 恋とはなんでしょう 3/5 ◇cwf2GoCJdk:08/10/05 23:17:16 ID:hb/wPf3a
「ええ、わかってます。わかりました。行きます。で、いつなのでしょうか」
「あしたです。シズクといっしょに行ってもらいます」
「どうしてですか! わたしは関係ないはずです!」黙っていたシズクが叫ぶ。彼女はまったくべつの用事で呼ばれたものだと決め込んでいたので、びっくり仰天した。
「その機械は元はといえばあなたとの話し合いからできた、いわば共作みたいなものでしょう? そうそう、猫ちゃんは元気ですか? かわいい黒猫よね。飼うのは校則違反ですけれど」
「またとんでもないところじゃないでしょうね」猫のような目でシノがいった。
「また? いえいえ、とんでもなくなんかありませんよ。また、というのがよくわからないけれど、すくなくとも今回は、ね」
 シズクとシノは了解した。今回もとんでもないだろう、と。

 ふたりが降り立ったのはカンデイド星と名付けられた惑星だった。住民すべてが愛に満ちあふれているすばらしい星だ。着陸したその瞬間から非常な特別待遇を受けた彼女たちは、ある種の恐怖すら感じた。異文化のそれとはちがった異様さがあったからだろう。
 一見したところ、そこにはなにひとつ解決されるべき問題がないように思えた。あるのは純然たる博愛主義と一途な想いだけで、どこに不満があるのか。女学生たちの質問に彫刻のような顔をした男が答えた。たぶん、君主だろうと彼女たちは想像した。
「恥をさらすことになるが、どうか笑わないでいただきたい。少々おどろくかもしれぬが、われわれはいま現在抗争の真っ最中なのだ」シノは手に持った高価そうなカップを落としそうになった。安堵したのは、絨毯に染みをつけたら弁償できそうになかったからにちがいない。
「まさか。こんなすばらしい国で? ここの人びとは、道端の雑草にすら慈しみを与えるというのに? ご冗談を」
「冗談ではない」長く伸びている偉そうな髭をさすりながら話した。「なんと説明すればいいのやら悩ましいのだが……最西のほうにもうひとつでかい国があるのだ。この星はここの国と、むこうの国のふたつで安定を保っているのだが、ある伝統的な行事があってな。
 その行事が発端で、ささいないざこざがおきてしまった。しまいにはこういってしまっていた。今回勝ったほうこそがこの星を納めるにふさわしい、と」
 思わずシノが漏らした。「くだらなすぎる」
 沈黙に気づき、シノは背筋が寒くなった。
「いや、ご安心を。その言はまったくそのとおりなのだ。くだらないのだが、この星においてはそれが重要なことになってしまっているのだ。もはやその行事を取りやめにすることも叶わん。ならば、せめてわしのほうが勝ち、いままで通りにしたいのだ」
「むこうもおなじように思っているかも。なにせ愛の国なんだし」とシズクがつぶやいた。
「わしもそう思うが、もしそうでなかった場合は危険だ。負けるとも思えんが、念のためにゆかりのある貴校から諸君を貸してもらったのだ」
「それはいいですが、いったいなにを争っているのです?」
「どちらのほうがより相手を愛しているか」大まじめにそう答えた。周囲のお偉い方も重苦しくうなずく。ふたりは帰りたくなった。「お役に立てるとは思えませんが」
「なにをおっしゃる!」整列隊から興奮したようすで老人が出てくる。「あなた方はこのうえなく優秀である、と聞いておりますぞ! ご謙遜を!」
 どうせ終わるまで帰れないことはわかっていたので、早く終わらせたい一心で詳細をきいた。
 その愛の行事は国民の心をひとつにするためにやっているのだということ。だれの愛が強いか競い合うのは国王同士だけでなく、国民全体で行うのだということ。西の国の女王の名前がノラということ。ノラがどれだけすばらしくて美しいかみんなに伝えたいこと。
「で、どうやって決着をつけるのです?」シノがたずねた。
「ずっとむかしは正確に判定できていたのだが、いまはその機械が壊れてしまっているのだ。それでも大して不便はなかったからなおさずにおった。しかし、今度ばかりはそれがなければどうしようもない。なおすのには非常な時間が掛かるという」
「なるほど。それでわたしのつくった機械が必要というわけですね」わたしのつくった、という部分を強調した。
 だいたいの情報はつかめた、これより先は最善を尽くすために、われわれふたりで方針の相談したい、それには内密なことが多分に関わっているので、どうかふたりきりになることをお許し願いたい、とシノはそんなことをいって、王宮をあとにした。
「西の国へ行こう」というひとことめだった。「むこうの情報も知っておいたほうがいい。もしかしたら八百長に乗ってくれるかもしれないし」
「あら、ふつうにやらないの?」

38 :No.08 恋とはなんでしょう 4/5 ◇cwf2GoCJdk:08/10/05 23:18:15 ID:hb/wPf3a
「そりゃね。たぶん負けたら面倒なことになると思うな。とにかく、早く、確実に帰りたいんだ、あたしは」
 長い道のりを最先端の技術を駆使してわたり、長々しい説明やら身分証明やらを経て、ノラ女王への謁見が叶った。ノラ女王は非常な美しさと聡明さを感じさせ、赤い髪はとても魅力的だった。
「むりですね」客の説明をきくと、すかさず高貴っぽい手の仕草でいった。「まずもってありえません。国民じゅうが沸き立っています。われわれも例外ではありません。それに、あの男にこの星の実権を握らせると、わるいことになるやもしれません」
 説得は不可能だった。それどころかふたりは懐柔されそうになり、なんとか拒否すると、せめて東の国を手伝わないことだ、と脅しをかけられたので困りはててしまった。
 自分の持ってきた機械は非感情的で、ただ結果だけを出すがそれに満足しないことはあるのか、とシノが質問した。
「それはご安心を。われわれは一応の理性は有しています」そういった直後、玉座のそばへ美しい男が歩み寄った。なにか重要事項でもあったのだろうか、耳打ちにノラ女王が真剣な表情で頷いている。
 カレーを食べたくなったらどうするのだろう、と豪華なドレスを眺めながらシノは考えていた。「見てよシズク、赤いじゅうたんをきみはどれくらいぶりに見た? それから、ウェイディング・ドレスよりもめんどくさそうな服も。側近たちはみんなダブルのスーツだけど」
「え……? あ、そうね。そう思うわ」明らかに上の空だった。
 男は完璧な身ぶりで女王の手の甲にキスをし、流麗にそこを離れた。
「おい、なに目で追ってるんだ。もしかして一目惚れ?」
「ばかいわないでよ」早口だが、正確な発音だった。
「べつにいいんだけど、おねがいだから、めんどうごとを増やさないでよね。まあ、ちがうんならいいんだ」
「でも、いまの見たでしょう? すごく素敵だったわよ」
 シノはすべて投げ出したくなった。

 街の中は非常な盛り上がりを見せている。おそらく国民的な祝日になっているのだろう。彼らは必死で、なおかつ心から愛を語りあっている。老いも若さも愛の前には関係がないらしい。
「おお、なんて愛らしいきみ。決して美しくはないけれど、しかしぼくはとても愛おしい」
「なんてわるい人。あなたはわたし以外も愛していらっしゃるくせに。でも、わたしはかまわない」その目、その腕、その口、きみの東西南北を愛してる。
 目に毒、肌があわ立つ感覚に耐えられなくなり、シノはどこかへひきこもろうと思った。うっとうしい人混みの中から抜け出し、ハンカチを拾ってくれた紳士にもむしを決めこみ、どうにでもなれ、とやけっぱちに考える。
 シズクは上の空(「あの男はなんでも愛すタイプの国民らしいけど、いいの? 逆にいえば、彼はシズクのことを大多数とおなじに扱っているんだよ」「それがどうしたの? 愛してくれるのよ?」)だし、どうにもうまいやり方が思いつかない。
 あとは天に祈るのみ。失敗したっていいさ。そんなに痛い目にはあわされないだろうし、学園にもどったってせいぜい退学させられるくらいだ。いいよ、あんなとこ。こっちからやめてやる。これがわたしの場合の〈たったひとつの冴えたやり方〉なのさ。その瞬間、声。
「なんなのよ、もう! あんたとは終わったの!」この星でそんなせりふをきいたのははじめてだった。ふたりの男女がとっくみあっている。
「ぼくはこんなにもあなたを愛してますのに!」
「その二百倍はあんたのこときらってるのよ! わかれ、ばか!」
 シノの表情が固まった。天を見上げ、目を伏せる。目の辺りに手をやる。それは彼女の考えるときのくせだった。やがて笑みが浮かびはじめ、慌てたように指をくるくる。
 彼女は時計台の下のカップルに礼をいってぽかんとさせると、急いで東の国へ向かった。シズクはあとでいいだろう、どうせいっしょにはこないだろうし。なんだったらこの星において帰るのもいい。うまくいかなかったらなんとか彼女を身代わりにして助かろう……。
 愛に目覚めたらしいから、それくらいはきっと受け入れてくれるはず。でもまずはアルゴリズムだ!

 愛の大会は三日間にわたって行われた。短い期間でどれだけ愛を示せるか、どれだけ人びとを納得させるか、というのが一貫したテーマであった。しかし、今回は異星からの叡知が存在したので、いつもとはまた一風変わったものになったようだ。
 ナンバー・千二百二の男。「おれはだれよりもこのオーディオを愛してるんだ!」機械。【ナンバー・五百七十一の勝ち。そのオーディオを愛している三倍くらいは古硬貨を愛してます】機械にしてはあいまいな言葉だった。

39 :No.08 恋とはなんでしょう 5/5 ◇cwf2GoCJdk:08/10/05 23:18:44 ID:hb/wPf3a
 ナンバー・二万六百と二万六百二の男女。「あたしたち、とても愛し合っているのよ」機械。【そう、ナンバー・二十一が靴べらを愛しているのと同程度には】
 不満が相次いで現れたが、研究すればするほど機械の言葉の正しさが証明されることになった。やがて、研究に時間を使ってもいられないので、時間の事情から早々と国民の大会は終わることになった。
 優勝したのはナンバー・九の『西の国の王宮にある銅像の質感』を愛している男だった。といってもそれはきめられていたことで、国への影響を考えられた上での優勝だった。もっと王たちやその周辺を愛するようにと。彼はその場で五階級は出世した。
「はじまるわ」と王女ノラがいった。東の国と西の国のまんなかにつくられた新しい宮殿に、重鎮たちが集まっていた。東と西が統合されるのだから、それにふさわしいようにとつくられたのだった。
「さあ、判定してくだされ。どちらの愛が強いのかを」その場の全員が息を飲んで見守った。
「それはいいのですが、少々問題が出てしまいまして……」おちつかないようすのシノ。「あまりにも酷使してしまったために、調子がわるくなっているのです」
「なんだと! それはたいへんだ!」東の王の言葉に女王も同意した。「困りましたわ」
 恐縮しながらシノがいう。「しかし、感度が下がっているだけなので、力強く愛を語れば、おそらく」
「できるのか?」と東の王がきいた。
「それはもちろんでございますよ。愛の国を束ねられる君主方でいらっしゃいますゆえに、この程度のこと問題にすらならないでしょう」
「ふむ、ならば簡単なことだな。よし、では……」ゴホン。「おい、ノラよ、わしはおぬしをこのうえなく愛しておるぞ!」(拍手)
「うーむ、まだ弱いみたいですね」
「あらほんと、ならばあなたさまの愛はその程度ということ。大好きよ! スティール!」「スティールっていう名前だったのか。あ、ちょっと反応しました、そのいきです」「ばかをいうな、わしのほうがすべてにおいて好きにきまっておるわ!」
 シズクがシノにこっそり近づいた。「ねえ、わたしたちにも使ってくれない? それ」だまってろ、とシノがかえした。
「わたしのほうがもっともっと愛してるわ! あなたの愛なんてその半分もないわよ!」「すばらしい反応を示しました」「なんだと、わしのほうがその五倍は愛してるわ!」
 わたしが、わしが、わたしが、わしが、わたしが、わしが、わたしが――――。

「意気消沈だったねえ。それでも報酬はもらえたから、よかったよ。なに? その顔。まだひきずってる?」
「あたりまえよ。ああ、もう会えないのね……でも、あのあとあの国はだいじょうぶなのかしら。あんなふうにしちゃって」勝者は出なかったのだ。
『この機械が完璧なのは承知のとおりでしょう。結果が出ました。結果はこうです。引き分け、イーブン。いえ、これはしかたないのです。愛が強すぎたから? いえいえ、それはちがいます。おふたりはこうおっしゃられた。
「半分も愛していない」「その何倍も愛してる」と。結果は一目瞭然です。機械に頼るまでもない。そのふたつの条件を同時に満たすものは、ゼロ以外にないのですから――――』
「いいのかしら、あんなへりくつで。大会前に機械いじってたけど、あれってちゃんとした結果を出さないようにしてたんですよね。どうして信用しちゃったのかしら、そんなばかな理屈。愛こそすべての人たちなのに、かわいそう。人じゃないですけど」
「バカな理屈? とんでもない。事実彼らは認めたんだから。いやあ、ノラ女王がいってた『われわれには論理性がある』という言葉がほんとうでよかった。言葉を曲げるわけにもいかないからね。
 片方が言葉を撤回してしまえば、その時点で相手を愛していないことになる。もう片方の「好き好き大好き」いう言葉だけが真実になる。すくなくとも、まわりの人びとには」
「え? ということは、どうあれ結果はゼロになってしまうんじゃない? どちらかが「半分もー」とか「何倍もー」とかいった時点で?」
「そうか、そうなるね。まあ、終わったことはいいさ。愛の物語にはいつも悲劇があるってきまってるから、彼らにはよかったんじゃないかな。知らないけど。とにかく無事に帰れるからほっとしてる。確かに問題は解決したんだ。これ以上の解決がどこにある!」
 沈黙の後、好奇心が隠せないようすのシノがいった。「ぜひききたいんだけど、きみはどうだったんだ? つまり、実感としての恋心はどんなものだった? 愛し愛された心境は? 興味津々なんだよ」
 宇宙船の中、シズクはうっとりした顔で思い出に浸ると、シノを鼻で笑った。そう、シノにはいつまでもわからないだろう。
 愛とは言葉で表せるほど、定義したりできるほど単純でつまらないものではないのだ。



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