【 決闘場の作り方 】
◆EA689E9oHk




29 :No.08 決闘場の作り方1/5 ◇EA689E9oHk:08/10/19 23:15:32 ID:29yIEwHP
 和室の真ん中に、模造紙が一枚広げられていた。客間のテーブルをどけた後の場所に、段ボールを下敷きにしてピンと張
られた模造紙は、窓から差し込む昼過ぎの日光を受けて白く光を跳ね返している。それを覗き込む様にして、孝晴と優介は
畳に膝をついていた。
「それじゃあ、やるか」
 油性マジックのキャップを外しながら孝晴は呟いた。独り言の様にも聞こえたが、優介は「おう」と答えた。その手にも、
孝晴と同じ、黒の油性マジックが握られている。太字と細字の両方に使えるやつだ。
 孝晴は優介の返事にも顔を上げないまま、細い方のペン先を模造紙の隅近くに下ろした。力を入れずにゆっくりと、握り
拳より一回り大きいくらいの丸を描く。おやつを待つ子供のような目で、優介はそれを眺めていた。
 丸を描ききった所で孝晴は手を止め、眉をしかめて少し考えた。マジックの先端が、模造紙から少し離れた空中でピタリ
と止まっている。一瞬の後、マジックの先は再び模造紙に戻ると、孝晴の手で十三回動いた。
 『ふりだし』の四文字は、他に入れる文字が思いつかない程しっくりと、丸の中におさまった。

「しかし、高二になってまで、コレやるとは思わなかったな」
 手に持ったマジックで軽快に線を引きながら、優介は歯を見せて笑っていた。いくつかの丸と、それ同士をつなげる棒は、
見る間に模造紙の上で増えていく。
「やろうって言い出したのは、お前だった気がするけど」
 無表情のまま、孝晴は優介に答えた。
「そうだっけ?」
 優介は顔を上げて、ちょっと考える振りをして見せた。丸と棒が模造紙の上に増えるペースは変わらない。孝晴はため息
もつかないで再び模造紙に向かった。『ふりだし』から六つ先に書かれた丸の中に、迷わず『ふりだしにもどる』と書き込
む。それから、その先に丸を書き始めた。
「前にやったのはいつだったっけな」
 反応のない相棒をちょっと責めるような声で、優介はまた話し掛けた。丸を描きかけて、孝晴の手が止まる。
「たしか、一昨年の春だよ」
 優介の前に丸が三つ増える程度の間の後、孝晴は口を開いた。声に出しながら、その時の事を思い出す。そう言えばその
時も、「中学生になってまで、コレやると思わなかったな」から始まる、同じようなやり取りをしていた気がする。大振り
な丸の中に『2つもどる』と書き込んで、孝晴はその文字を眺めた。
「そんなモンだっけ?なんか、ずっと前みたいな気がするな」
 しゃべりながらでも、優介の手は止まらない。新しく描いた四角から線を二つ伸ばして、分かれ道にする。油性マジック
が、楽しそうにキュッキュと音を鳴らしている。

30 :No.08 決闘場の作り方2/5 ◇EA689E9oHk:08/10/19 23:16:05 ID:29yIEwHP
「まあ、ずっと前からやってるからな」
 『ふりだし』からの数を数えて、孝晴はぽつりと言った。思い出してみれば、最初にやったのは保育園に通っていた頃、
孝晴が初めて優介の家に遊びに行った時だから、本当にずっと前だ。
「ああ、最初にお前が作った奴、まだウチにあるぜ」
 思いがけない事を言われて、孝晴はつい、顔を上げた。視線の先で優介がニヤニヤと笑っている。
「……捨てろよ」
 孝晴は赤くなった顔をまた模造紙に向けて、ボソリと言い返した。
「もらった誕生日プレゼント捨てろとか、ヒドい奴だな、お前」
 意地悪な笑顔のまま、優介も再び模造紙に向かう。やっぱりアレがきっかけだよな、と思いながら、大きな丸や小さな丸
を増やしていく。
 保育園の同じ班だというだけで誘われた優介の誕生日会に、孝晴は画用紙に折り紙や色紙を切り貼りしたモノを持って来
た。白い画用紙に、赤や青や黒や金色がごちゃごちゃと並び、クレヨンの線でつなげられているソレは、孝晴が考えに考え
て作ったプレゼントだったが、一体何がなんだか、最初は優介も、他に呼ばれた皆も分からなかった。
「ここが、スタートでね、んで、えと、コマも、もってきた」
 不思議そうな目を皆に向けられ、四才の孝晴は謝るような口ぶりで話した。「黒は一回休み」で「青は書いてある数だけ
進む」という様な説明を、目を輝かせて聞いているのは部屋の中で優介だけだったが、それでもその日は皆、孝晴のプレゼ
ントで遊んだ。特に優介はめいっぱい楽しんだ。
 その何日か後、線でつながっている色んな図形が裏に書かれた先月のカレンダーを持って、優介が孝晴の家に遊びに来た。
それから今まで、二人は毎日の様につるんでいる。
「優介、なんだそれ」
 不意に声をかけられて、優介は記憶の中から呼び戻された。声の元を見ると、孝晴が自分の手元を眺めている。優介も孝
晴の視線に沿って、模造紙に目を落とした。丸同士をつなぐ線が、ダイヤモンドゲームの様な三角形の網目になっている。
優介は「あ」と声を出した。
「ここんとこは、相手のコマが居る所は通れないんだ。その代わり線に沿ってれば、どっちにでも行ける」
 ちょっと得意気に、優介は説明した。孝晴はふんふんと頷いて、それからちょっと考えた。
「どっちにでもって事は、戻るのもアリなのか?」
 丸の中の一つを指差して、孝晴は真剣な眼差しを優介に向ける。少し吊り目がちな優介の顔は、こういう表情をすると
必要以上に真剣そうに見える。
「ん、ナシの方が良い?」
 優介は少し驚いた顔になった。通り道を阻んでの駆け引きがしたくて、この区間を考えたのだ。先に行ったコマが戻れな

31 :No.08 決闘場の作り方3/5 ◇EA689E9oHk:08/10/19 23:16:26 ID:29yIEwHP
くては意味が無くなってしまう。
「いや、一回のサイコロで同じ所は二度通れない様にしないか」
 孝晴はまた模造紙に目を戻し、指をコマ代わりにして、トントンと丸をたどっていた。小さく口のなかで六まで数えなが
ら、いくつかの丸を何回か行き戻りしている。
「あ、なるほど」
 やや間抜けな声を出して、優介は納得した。こういう面倒くさいルールも、二人でやる分にはどうという事もない。こう
やって、ゲームに煩わしいルールをつけて自分たちだけで遊ぶのも、いつの間にか二人にとって当たり前の事になっていた。
 たとえば、彼らが『プログレッシブ花札』と呼んでいるゲームでは、余ったカレンダーをいくつも集めて、載っている写
真を縮小コピーして厚紙に貼り付け、それで花札を遊ぶ。絵柄は遊ぶ時でまちまちになるので、手役はその時の写真の組み
合わせと発想力次第だ。
 或いはトランプを混ぜてババ抜きを同時にやる『ウノ・エクステンド』や、三次元方向にマスを足した『キュービックオ
セロ』。取り札と読み札をあわせる神経衰弱だが、坊主の読み札を取れないとそれまで取った札は没収され、次に姫の札を
取った方の物になる『檀家同士の板ばさみで神経をやられた坊主めくり』は、国語の点に良い影響も出た。
 面白い物よりもつまらない物の方が圧倒的に多かったが、それでも孝晴と優介はそんなゲームばかり考えては二人で遊ん
でいた。特に孝晴は小学校のドッジボールで、「ラインを無くして個人戦をやるのはどうか」と提案した時に誰の賛同も得
られなかった時から、休み時間には優介とのゲームばかり考える様になったので、友達はほとんどいない。優介は孝晴以外
の友人も多いが、彼らも二人がゲームをしている時には遠巻きになって話し掛けても来ない。やっているゲームのルールは、
ほとんど孝晴と優介にしか分からないので、当たり前と言えば当たり前だった。
 だから。
「そう言えば、早弥は俺らがコレやってるって、知ってんの?」
 優介が思い出したように、ぽつり、と言った。いつの間にか模造紙はほとんど、線と丸と四角で埋まっている。
「いや、お前が言ってなければ、知らない」
 孝晴は丸を数えては、その中に文字を書き込んでいく。『一回休み』、『7つ進む』、『ここに居る時は抜かれない』。
「そっか、ま、そうだよな」
「ああ」
 だから、高校に入学して4日目、『魔王城はさみ将棋』をやっている所に話しかけて来た高橋早弥に、孝晴も優介も衝撃を受けた。
「ねえ、なんで今、この歩、こっちからこっちに動いたの?」
 マグネット式の小さな将棋板を机の上に広げて授業前のヒマをつぶしていた二人は、そんな風にいきなり、早弥に声をか
けられた。いきなりだった事よりも声をかけられた事に驚いて、二人は顔を見合わせた。

32 :No.08 決闘場の作り方4/5 ◇EA689E9oHk:08/10/19 23:16:54 ID:29yIEwHP
「……魔王城だからだよ」
 孝晴は無表情のまま、わざとそう答えた。どっちみち「ふーん」で話が終わると思っているから、説明をするのが億劫だ。
「無限ループなんだ」
 ちょっと愛想笑いをして、優介がフォローを入れた。早弥は机に手をついて、上からマグネットの将棋板をにらんでいる。
じいっと、何かを考えながら将棋板を眺めて、そのまま動かない。
「あー、えーと……」
 焦れた孝晴は、何か言った方が良いと思ったが、何も出てこなくて、無意味な声を出した。その声に反応した様に、早弥
の丸い目がくるりと孝晴を見た。
「ね、私も混ぜて」
 「は?」と聞き返す素っ頓狂な声を、孝晴と優介は同時に出した。
「なんか面白そうだし、私もやりたい」
 早弥の目は孝晴をじいっと見て、どうやら退く気もなさそうだった。孝晴はす、と息を吸ってから、視線を机の上に戻す。
「じゃあ、勝った方とで良いかな」
 そう答えて、3列目にあった駒を左に動かし、遮る駒が無いのを確認してから、8列目に置いて優介の駒を挟んだ。
「あ、お前、今俺の番じゃなかった!?」
「そうだったかな」
 マグネットの駒をひらりと取り、孝晴は無表情で板を見た。優介はぶつぶつ言いながら顎に手を当てて、次の手を考えて
いる。早弥は早くどっちか負けないかな、と思いながら、少し落ち着かない様子で二人を眺めていた。
「変わってるよな」
 キュウ、と音を立てて、孝晴はひときわ大きな丸を模造紙に書き込んだ。それを横目に、優介は空いている丸の中に『腹
筋』とか『腕立て』と書き込んでいる。
「俺らとゲームしようってくらいだもんな」
 自虐的な事を言ってるな、と思いながら、優介は文字を書いていく。『正座して一回休み』。それでも、三人でゲームを
やるのは楽しい。早弥が混じるようになってから、ルールの幅も広がった。
「俺達の事で、凄く怒った事があったな」
 最後に書いた大きな丸の後、二つ小さな丸を描いて、三角になる様に線でつなぎながら、孝晴は静かに言った。視線は模造紙に向いたままだが、口の端はうっすらと上がっている。優介もマジックにキャップをつけて、ニヤリと笑った。
「着衣ポンジャンな」
 少し前、口の悪い女子に孝晴と優介が絡まれた事があった。「アンタらみたいな奴らが、早弥と付き合わないでよね」と
か言われた気がするが、孝晴も優介も、そんな様な事を言われるのは慣れっこで、実際はどう言われたか覚えていない。

33 :No.08 決闘場の作り方5/5 ◇EA689E9oHk:08/10/19 23:17:18 ID:29yIEwHP
 それよりも、早弥が物凄く怒っていた事だけが、二人の記憶に残っている。「二人はそんな事しない」とか、「ゲームを
バカにするな」とか、ああ、怒っているな、と思っている内に、いつの間にかその女子を巻き込んで、『着衣ポンジャン』
をやる事になった。時期が真夏である事を踏まえて、チップを払う代わりに服を重ね着していくという単純なルールだった。
「あれは早弥も怒ってたけど、俺達も散々怒られたな」
 大きな丸のなかに『あがり』と書いて、孝晴もキャップを閉じた。帰ろうとした女子を「バカにしといて逃げるの?」な
どと早弥が挑発したお陰で、その子は暑さで倒れてしまったのだ。
「変な奴だよなあ、俺達が言うのもなんだけど」
 クスクス笑いながら、優介はサイコロをパッケージの中から取り出した。
「ああ。でもまあ、だから、か」
 孝晴は厚紙から作ったコマを、『ふりだし』に並べながら、いつの間にかすっかり笑顔になっている。
「そうだな」
 優介も歯を見せて笑う。サイコロが模造紙の上に置かれ、すっかり準備は整った。その時不意に、甲高いチャイムの音が
部屋の中に響いた。
「誰だ?」
 面倒くさそうに、孝晴は玄関の方を見た。ガチャリ、と扉の開く音。
「あ、やっぱり靴ある!二人ともー、私仲間はずれにして、何のゲーム考えてんの?」
 ぱたぱたと足音が近づく。孝晴と優介は顔を見合わせて、それから二人で小さく笑った。
「な、孝晴。こうしようぜ」
 優介はペンを取り出し、『あがり』の上に小さく文字を書き込む。孝晴はそれを見て、何も言わずに頷いた。
「まったく、何かやるなら、何で教えてくんないの……って、あ、すごろくだ!」
 客間に入ってきた早弥は、二人が作った大きなすごろくを見て、小さく跳ねた。
「早弥、一度、俺と優介でやるから、一回目は見届け人をしてくれないか」
 孝晴はサイコロを手に取りながら、見届け人役を言い渡されて、跳ねるのが止まった早弥に背を向けた。
「ごめん、早弥、一回だけだから。ちゃんと確かめなきゃだしさ」
 優介は孝晴と目を合わせたまま、早弥に謝る。「いいけどさ」と言って、早弥はつまらなそうに畳の上に座り込んだ。
 『あがり』の上には、小さく「伝えたら」と書かれている。伝えて、その先はゲームと何の関係も無い。でなければゲー
ムにならないだと、孝晴も優介も思っている。伝える相手の見守る前、二人は笑顔で睨みあいながら座っている。
 こいつにだったら負けても良いと思える。だからこそ、負けられない。作り上げた決闘場の上を、サイコロが舞った。
【終】



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