【 まわる 】
◆IPIieSiFsA




46 :No.14 まわる 1/5 ◇IPIieSiFsA:08/10/26 23:01:17 ID:gnDIoJAm
 警視庁捜査一課の平島隆は頭を悩ませていた。現在自分が担当している連続放火事件が解決しないからである。しかも、解決の糸口すら見えていない状況だった。
 これまでに報告のあった放火は六件。いずれも小火程度で、中には消防が到着した頃には住民の手により消化されていたケースもあった。なので人的被害は出ていない。これまでで最も大きな被害といえば、自動車工場の大型扇風機が全焼した
くらいである。平島はこの六件に共通点を見出せずにいた。時間帯や曜日もバラバラで、まったくのお手上げ状態だった。
「例の連続放火か?」
 デスクで捜査資料と睨めっこをしていた平島は、不意に掛けられた声に顔を上げる。そこには捜査一課の先輩でもある五里川がコーヒーを手に立っていて、平島は疲れた顔で頷いた。
「俺もその事件は気になっててな。上は小火だからって重く考えていないみたいだが、いつ大きな火事になるともわからん。どうにも、な」
 渋い顔でコーヒーをすする。平島が尊敬する五里川の言葉だけに、彼の身にも重くのしかかる。
「けど正直、手詰まりなんすよね。現場で聞き込みしてもこれといった話は聞けないし。現場を繋いだ円を書いてみても、その中心は花の日時計っすからね。犯人に繋がりそうな物が何にもないんすよ」
 平島の口調はうんざりとしたもので、どうしようもないもどかしさが表れている。
「なるほどな。まあ、事件の概要を説明してみろ。他人に話すことで、何か糸口が見つかるかもしれんぞ」
 五里川に言われ、一理あると思った平島は自身の整理の意味も込めて説明を始めた。自分は手帳を開き、捜査資料を五里川に渡す。
「最初に事件が起こったのは、五週間前の水曜日。『江戸前回転寿司』っていう寿司屋のゴミ箱が燃やされました。12時頃、店員がゴミを捨てに外に出たところ発見、すぐに消火したそうです。
 二件目はその次の週の水曜日です。『新井Laundromat』ってコインランドリーで起きました。店内で、ご丁寧にも濡れた洗濯物で囲んでおいて、新聞紙を燃やしたみたいです。10時過ぎに通報者が店に来たところ、もう火は消えかかっ
ていたそうです」
「大事にはしたくないってことか。馬鹿にしやがって。それで『らうんどろまーと』ってのは何だ?」
「英語でコインランドリーのことをそう言うらしいですよ。
 そして三件目は二日後、金曜日に『藤川オート』って自動車工場の扇風機が全焼しました。一番の被害は今のところこれですね。通報は21時15分です。従業員が忘れ物を取りに戻ったところ、扇風機が燃えていたそうです。
 四件目は翌週の土曜日。川向こうにある『運動公園』の回転遊具の中で新聞紙が燃えてました。時間は19時を回っていたので、子供などに被害はありませんでした。
 五件目はさらに次の週の金曜日。先々週の話ですね。自転車屋の店先で機械油に火をつけたみたいです。もっとも、道路で燃えただけで被害はありません。6時から6時半の間に火はつけられて、自然に消えたみたいです」
「なんだその曖昧な情報は」
「この自転車屋の前を毎朝のジョギングコースにしてる人がいて、「6時に通った時は火はついていなかったけど、7時前に通った時にはもう火は消えていた」だそうです」
「なるほどな。もう少し時間がずれてりゃ、犯人と鉢合わせたかもしれないな」
「鉢合わせなくても、後姿だけでも目撃できてたら、もう少しなんとかなるんですけどね。
 で、六件目が先週の金曜日。現場は『JW‘s HairSalon』。店で使ったタオルを外で干してるんですが、15時頃そのタオルが燃やされました。これも幸い店員がすぐに気がついてタオルが一枚燃えただけですみました」
 平島は開いていた手帳を閉じる。一緒に軽くため息もついた。
「今のところはこれだけか。さっき言ってた、中心がどうこうってのは?」
「それはこれです」
 五里川に現場周辺の地図を見せる。そこには放火のあった地点に印がつけられていて、それをたどった綺麗な円も描かれていた。ただ、印の位置としては円の左半分に偏っていて、右側は一つしか印がなかった。
「こうなると、こっち側であと二件くらいやりそうな気がするな」
 印の寂しい円の右側を指差す。それは平島も感じていたことだ。そしてもしそうなら、この円の線上だろうとも思っている。だが、この円の半径は五キロはある。どこかに絞り込もうにも、平島には絞り込めなかった。

47 :No.14 まわる 2/5 ◇IPIieSiFsA:08/10/26 23:01:43 ID:gnDIoJAm
「犯行時間が昼夜問わずだからな。犯人は主婦か学生か、無職ってところか。勤め人ってのは考えにくいな」
「そうなんすけど、それって全然絞り込めてないっすよね」
 平島は大きくため息をついた。事件の整理はできたが、新たな発見はなかった。お互いに言葉を無くす。しばらく無言の時が流れたが、五里川がそれを破った。
「俺の知り合いで等々力という男がいるんだが、そいつに相談してみるか?」
 突然の言葉に平島は眉根を寄せた。
「ここだけの話だが、俺もいくつか助けてもらったヤマがあってな。頼りにしている男なんだ」
 照れたように笑い、後頭部をかく五里川。五里川の階級は警部。数多くの場数を踏んでいるベテランで、捜査一課のエースといってもいい。その彼の口から出てきた言葉に、平島は驚きを隠せなかった。
「勿論、口は堅いし信用できる人間だ。何より、俺よりも頭が切れる。どうだ、お前がよければ連絡してみるが」
 八方塞となっていた平島は、驚きながらもその申し出を喜んで受けた。

 翌日の木曜日。五里川に教えられた一軒家に平島はやって来た。実は先ほどまで、七件目の現場にいたのだ。何故七件目と断定できるかと言うと、被害にあった『Super Pools』という室内型のプール施設が、現場を繋いだ円上に
あったからだ。何者かが深夜に忍び込んで、流れるプールの案内板に火をつけたようだった。やはり犯人には大きな火事を出す気はないらしく、こちらも案内板が少し焦げただけだった。
 そういう訳で平島は気が重たかったが、それ以上に今から会う人物のことを考えて緊張していた。自らが尊敬する五里川が頼りにしている人物である。どれだけの英傑なのかと、恐る恐る呼び鈴を鳴らした。
 程なくして開かれた扉から現れたのは、メイド服の女性だった。
 予想外の展開に平島は呆気に取られた。しかし女性はそんな平島に構うことなく、深々と頭を下げて挨拶をする。慌てて平島も頭を下げた。
「等々力家へようこそ、平島。私は橘。ここのメイド。等々力が中で待っている」
 淡々と短く告げるその口調は、彼が持っているメイドのメージを完全に覆した。平島はそのことに驚きを隠せなかったが、何も言えないまま彼女に促されて家の中へと入った。そして自分の方からは名乗っていないことに気づいたが、こちらも
言い出すタイミングを見つけられないまま、リビングへと通された。
 ソファにテーブル、テレビにサイドボード。ちらりと視線をやった程度だが高級そうな家具は見当たらなく、ごく普通の一般家庭のリビングといって差し支えのない様相だった。平島が室内に入るのに合わせて、ソファに座っていた男が立ち
上がった。ゆったりとした足取りで近づいてくるその男は、にこやかな笑みを浮かべて右手を差し出した。
「はじめまして、等々力です。お話はゴリ川警部から伺っています」
「はじめまして、平島です。……どうぞ、よろしくお願いします」
 等々力の手を握り返した平島は、少し迷った後で、そう返した。メイドに驚いた平島だったが、等々力本人にも驚かされた。五里川警部が信頼する人物が、柔和な笑顔の青年――それも自分と歳の変わらない、二十代半ばだったからだ。
 等々力に促されてソファに腰掛けた平島は、懐から名刺を取り出して彼に渡す。にこやかな笑顔で受け取った等々力は「ありがとう」と言った後、「申し訳ないのですが、仕事柄、名刺というものを持っていないのです。すみません」と続けた。
「失礼ですが、お仕事は何を?」
「自宅警備員です」
 平島には何のことかわからなかったが、等々力がやはり笑顔のままだったので深くは聞かず、どこかの警備会社に勤めているのだと理解した。そういうところでは仕事柄、名刺がないことも不思議ではない。
「失礼する」
 橘がトレイにティーセットを乗せて現れた。優雅な手つきでティーカップを配し、紅茶を注ぐ。それだけで美味しさが増しているかのように平島には感じられた。紅茶を注ぎ終えた橘は再びトレイにティーポットを乗せると「自宅警備員と言え
ば聞こえはいいが、ようはニート」と言って頭を下げ、リビングを出て行った。平島は呆然とそれを見送る。

48 :No.14 まわる 3/5 ◇IPIieSiFsA:08/10/26 23:02:01 ID:gnDIoJAm
「彼女は正直なんですよ。せっかく私が対外的な事を考慮して聞こえの良い名称で伝えたのに」
 相変わらず等々力は笑顔だった。平島は二人についていけていない自分を感じながら、五里川がこの二人とどういう風に接しているのかが気になった。
「さて、それでは本題に入りましょうか。今日は、その為にいらしたんでしょう」
 等々力の顔が真剣みを帯びる。締めるべきところは締めるようで、平島は少し安心した。
「まず、これを見てください」
 平島はそう言ってテーブルに地図を広げる。昨日、五里川にも見せたものだ。
「これは、放火のあった現場に印をつけて、線で結んだものです。見ての通り、綺麗な円が描けます。そして」
 ポケットから赤のサインペンを取り出して、六件目の事件から北北東の円上に印を付け足した。
「これが昨晩から今朝のいずれかの時間に起こった、七件目の現場です」
 地図を眺めていた等々力はゆっくりと顔を上げた。
「よろしければ、事件の概要を教えていただけますか?」
 平島は捜査資料を手渡し、昨日、五里川にしたのと同じ説明を繰り返した。等々力は五里川と違って質問してくることはなく、黙って聞き、資料を見ている。説明を終えて、自分の手帳から視線を等々力へと戻した平島は、いつの間にか彼のす
ぐ後ろに橘が立っているのに気づいた。何となく平島が持っているイメージでは、メイドはもう少し離れて立つような気がしたが、他所のことだけに口に出すのは憚られた。
「なるほど。最初の事件をスタートとして、まさに円を描くように順番に事件が起きているのですね。円の中心から見て最初の事件は12時の方向。二番目が10時、三番目が9時。四番目が7時で五番目は6時。六番目は3時で、最新の事件は
2時ですか。綺麗に逆時計回りですね」
 等々力は最初に見せていたのと同じ笑顔を作る。
「そうなんです。だから、もしかしたら昨晩の件でもう終わりかもしれない、そうも思っているんです」
 平島は素直な思いを告げた。そう、これが綺麗な円を描くことを目的としているのなら、これで終わりだという可能性は高い。そうなると、犯人の手がかりはないまま、事件は迷宮入りしてしまう可能性もある。
「確かにそれ」
「いいえ。まだ事件は終わらない」
 平島に同意しかけた等々力を遮って、橘が口を開いた。等々力が読んだ後の捜査資料を手にしている。
「公になっていない事件が四つあるはず。地図で言うと、ここと、ここと、ここと、ここ」
 そう言って橘が指し示したポイントを先ほどの等々力の説明に倣って言うなら、11時の地点と、8時、5時と4時の四つだった。
「この四つに、ですか?」
 疑問を抱きつつ平島は尋ねる。
「そう。これは12をスタートとしたカウントダウン。それぞれの事件が起きた時刻、24時表記で書かれているからわかり難いけれど、12時表記に直せば12、10、9、7、6、3ときている。恐らく昨晩の事件は2時に起きたはず」
「つまりカウントダウンだから、抜けている数字があるはず。そして、まだ2なので終わっていない、ということかい?」
 等々力が補足をして尋ねる。橘は小さく首を縦に振った。
「そうか、ついつい習慣で24時で書いているけど、そういうことだったのか」
 平島はしてやられた、という表情で額を手で打った。

49 :No.14 まわる 4/5 ◇IPIieSiFsA:08/10/26 23:02:19 ID:gnDIoJAm
「ということは後、一件……いや、カウントダウンならゼロも含めて二件あるのか」
 橘は頷く。彼女の言葉は短く、説明の足りない部分もあるが、彼女の眼差しは信じるに足る、平島はそう判断した。
「そうですか。ではとりあえず、次に行われる犯行現場を考えましょう。犯行時間は昼の1時ですから、場所さえ絞り込めれば犯人を捕まえられます!」
 現実味を帯びてきた犯人逮捕に、平島も興奮を隠せないようだった。
「場所でいうと、円の中心にある日時計から1時の方向で円上……あ、くそっ」
 平島が舌打ちをする。どうしたのかと等々力が覗き込むと、そこは『DREAM ELDORADO』という遊園地だった。
「遊園地じゃ広すぎて、絞り込めませんよ……」
「等々力、電話帳」
 橘の指示に、等々力が素早く動く。その光景に、平島はどっちが主かわからなくなっていた。
「この遊園地で、まわるアトラクションを探せばいい。そこが現場」
「まわる? どういうことです?」
「すべての現場の共通点。回転寿司、洗濯機、扇風機、回転遊具、自転車、ヘアサロンのサインポール、流れるプール。いずれも『まわる』もの」
 平島は橘の解説に思わず声を上げた。これまで、事件に共通点などないと思っていた。けれど、あったのだ。『まわる』という共通点が。
「そうか。犯行そのものも時計の逆周り。これも『まわる』もの。ということは、遊園地だと観覧車か……いや、あそこには観覧車はなかったな。となると……何か回転するアトラクションか」
「メリーゴーランドとかもありますよね。回転木馬」
 言ったのは等々力。胸に抱えた電話帳を平島に手渡す。相変わらず微笑んでいる。が、彼の言葉に橘が表情を崩した。
「今何時?」
 平島に問いかける。彼が1時半だと告げると、彼女は微かに眉をしかめた。
「遅かった。たぶん、もう犯行は行われた。恐らく、火をつけられたのはメリーゴーランド。」
 橘は言う。しかし、平島にはそこに至った経緯がわからない。けれど、ちょうど電話帳で『DREAM ELDORADO』の電話番号を見つけたこともあって、橘に尋ねる前に電話をした。五分ほどの応答の後、平島は疲れた顔で言った。
「先ほど、メリーゴーランドの案内板に火がつけられたそうです。警察には通報したそうなので、私も行きます。また後日、伺ってもよろしいですか?」
 等々力はにこやかに、橘は無言で、二人とも了解してくれた。平島は二人に礼を言って等々力家を後にした。

 二日後、等々力家を訪れた平島は二人――彼の心情的には橘に報告した。彼女の指摘したとおり、消防や警察に通報のない小火が四件あった。すべてを時系列で表すなら、二件目が陶芸教室を開いている『藤本陶芸』。一件目と同じ週の土曜日、
夜の11時頃。窯に使う薪が燃えただけだったので通報しなかったようだ。五件目は『GROW UP』という名のラブホテル。運動公園で事件のあった週の水曜日。時間は朝の8時。回転ベッドの上に置かれたバケツの中で新聞紙を燃やしたよ
うだった。これが通報されなかった理由は、ホテル側に警察に踏み込まれたくない理由があったらしい。平島は今回、その件に関しては不問にしていた。元々、部署が違うこともある。八件目と九件目は先週の水曜日と木曜日。つまり水、木、金と三
日続けて犯行が行われた事になる。『SKATING PLAZA』というスケート場と私鉄環状線の『桃谷』駅。いずれも、夕方の5時と朝の4時頃だった。どちらも、騒ぎにもならないほどの小火だったから、警察に連絡はしなかった。事件では
なく事故だったとして処理したようだ。これで、彼女の説は正しかったことが証明された。そしてそれは同時に、まだ事件が残っているという証明でもある。
「最後の事件はどこであると思いますか。これまでの事件から、考えられます?」
「カウントダウンが時計に見立てられていること、そしてゼロは数学のグラフなどで中心となる。このことから、ここであると考えられる」

50 :No.14 まわる 5/5 ◇IPIieSiFsA:08/10/26 23:02:41 ID:gnDIoJAm
 彼女が指し示したのは、地図に描かれた円の中心。『花の日時計』だった。それは、平島の考えとも一致している。しかし、彼には犯行日が特定できなかった。
「犯行日時は明日の日曜日、深夜0時。犯行日の特定は、犯行現場より推測が可能。これまでの事件に関わる物が曜日と関係している。自動車工場なら金属。プールが水。コインランドリーも洗濯に使用する水。それぞれが曜日に対応している。メ
リーゴーランドは回転木馬から木曜日だった。この場合、日時計の『日』がそれに当たる。つまり日曜日」
 橘は淡々と説明する。等々力はソファに座りにこやかに笑い、彼女は彼のすぐ真後ろに立っている。相変わらず等々力越しに彼女と会話をしている平島だが、それにも慣れていた。
「ありがとうございます。絶対捕まえてきます!」
 平島は勢いよく立ち上がると、深く頭を下げた。見た目は二人に。心情的には橘に向かって。

 果たして彼女の言葉どおり、日時計に放火しようとしていた犯人を平島は捕まえた。取調室で犯人は独りごちる。
「くそっ、ここで捕まらなかったら、もっと面白いことになったのに」
「警察署に火をつけるつもりだったんだろ」
 平島の指摘に、犯人は驚きの表情を作った。
「……何で、知ってるんだ?」
「お前が考えることくらい、警察はわかってるんだよ」
 余裕の笑みを浮かべて答える平島。
「何だ。どっちにせよ、俺の負けだったのか……」
 犯人は激しくうなだれ、以降、素直に取り調べに応じるようになった。

 あの日、等々力家を出ようとした平島に橘が告げた。
「ここで捕まえられなかったら、恐らく円内の警察署が狙われる」
「どうしてです?」
「犯行現場をすべて英語に直してその語尾を組み替えると、『POLICE STATION』になる。だから」
「あっ、そんな……。でも、なんで警察なんですか。ただの偶然じゃ。それに、警察にはまわるものなんてないですよ」
 平島の言葉に、橘は僅かに口元を緩めた。恐らく、彼女が見せる笑顔なのだろう。
「ある。おまわりさん」
                              ―完―



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