【 Stargazer 】
◆NA574TSAGA




25 :No.07 Stargazer 1/5 ◇NA574TSAGA:08/11/03 00:06:19 ID:bcSKh1sg
 漆黒の空に四方を囲まれて、宇宙局近くの小高い丘は、もうじき眠りに就こうとしている。
 その頂上から天を仰ぎ、今宵も大小2つの人影が、時折光る流星の瞬きを眺めやっていた。
「寒くはありませんか、ヒメ?」流星への願いを終えて、傍らの少女にヨダカは語りかけた。
 9月も終わりに差し掛かり、高台に位置する研究棟の周辺では、徐々に季節が移り変わりつつある。冷たい夜風が肌を撫
でていくのを、ヨダカは先ほどからひしひしと感じていた。ヒメと呼ばれた少女は「大丈夫」と長い髪をなでて強がる様子
を見せたが、しかしすぐに小さくくしゃみをして、「ごめんなさい」と、ばつが悪そうに呟いた。
「やっぱり少し寒いかも」
 ヨダカは笑いながら、着ていたぼろのジャケットを羽織ってやった。親子ほどに歳の離れたヨダカのジャケットの裾は、今にも地面を掠めそうになっている。
 そのとき夜空の一点にまた一つ、まばゆい光が差した。「まるで宝石みたい!」ヒメが歓喜の声を上げる。
 その無邪気な反応を、横顔を、ヨダカはただ黙って見つめるだけであった。
 ――あれは "くず星" を乗せたロケットが、大気圏に突入し地上へと戻る光だと、ヨダカは以前ヒメに説明していた。
 まだ子どもとはいえ、宇宙局長官の娘である彼女がその事実を知らないことには、いささか違和感を覚えた。
 いっそ全て話してしまおうかと一度は考えたヨダカだったが、すぐに思い直し、口を閉ざすことにしていた。
 今のヨダカは "上" から指示された『マニュアル通り』の答えを提示することしかできない。何人であっても、いかなる
場合であってもだ。そのことが2人の立場の差を端的に、しかしこの上もなくはっきりと示していた。『長官の一人娘』と
『くず星の回収員候補』。――本来ならば決して交わることのなかったであろう2人は数ヶ月前、『星を見る』という共通
目的によってこの場所で出会い、そして今、並び立って夜空を見上げている。
「ねえ、ヨダカ」ヒメが問いかける。くず星は既に視界から外れ見えなくなっていた。
「あなたはいつ、ロケットに乗って星をとりに行くの?」
 無垢な瞳が、ヨダカの両眼をじっと見据えていた。しばし答えに窮してヨダカはゆっくりと口を開き、肩をすくめて『マニュアル通り』に答えた。
「わかりません。明日かもしれませんし、1年後かもしれません。《全ては神のみぞ知る》、とでも言っておきましょうか」
 はっきりとしない答えに、ヒメは不満げに首をかしげた。「変なの。あなた自身のことなのに、わからないだなんて」
 ヨダカは口元だけで笑みを返し、そして再び、星々の支配する世界へと身をゆだねはじめた。
 先ほどくず星が光ったあたりで再度小さな光が瞬くのが、その闇夜よりも暗い瞳に映った。

 金銀がもはや価値を失った時代。宇宙空間を漂うこぶし大の隕石『スターダスト』――通称 "くず星" を巡って、世界各国がしのぎを削っていた。
 当初政府は厳格な審査の上で、ロケットに乗り込む数人の『回収員』を選出していたものの、採取競争が激化するに従って
人員の不足が表面化。今では良質なくず星を手にするために、日々多くの一般人が、小型の採取ロケットにより宇宙へと派遣されている。
  《スターダスト計画》――各国は名称こそ異なれ各々そのような政策を掲げて、昨日まで宇宙とは無縁だった下層の人民
たちを回収員候補に任命し、訓練し、そして宇宙へと派遣していくのだった。

26 :No.07 Stargazer 2/5 ◇NA574TSAGA:08/11/03 00:06:43 ID:bcSKh1sg
 ヒメの帰りを見届けたのちに、ヨダカはいつものように宇宙局の実験棟へと向かった。時計の針は既に10時を回ろうとしていた。
 ヒメがこの丘へ星を見に来るのは、両親から外出を許される日曜の夜だけであったが、ヨダカの方はというと既に夜空を
見上げることが日課となっていた。『召集』を受けてからというもの、ヨダカは夜型の生活にすっかり慣れてしまっていた。
 宇宙局の設備は夜間のみ、回収員候補生の訓練のために開放される。昼間は「正規の」宇宙飛行士たちが設備を利用する
ために空きがないというのが理由だった。
「そこ、隊列を乱すんじゃない」上官からの檄が飛び、ヨダカは姿勢を正した。
 ほんの半日前までは数人の選ばれし人間によって独占されていた場所が、今や候補生とその教官によってすし詰め状態である。
 スターダストを『持つ者』に、『持たざる者』が支配される社会――今の状況は、その一端を示すに過ぎない。
 それからヨダカは他の候補生たちとともに、シミュレーターによる回収訓練とトレーニングルームでの鍛錬に、繰り返し
従事していった。休憩などはもちろん与えられない。もし倒れれば上官から殴られ、むりやり引き起されるだけである。
 ヨダカはこの日、ひげ面の上官から顔面に3度こぶしを受けた。
 明け方になってようやく開放された候補生たちは、各々実験棟近くの寮へと疲弊しきった足取りで戻っていく。ヨダカも
当然そのうちの一人だ。さび付いたフェンス沿いの道を歩きながら、夜空を見上げる。ここ数日、雲ひとつない日が続いていた。
 寮の階段を上り、自室の扉の前にたどり着いたヨダカは、ためらいの表情で立ち止まった。
 息を呑み、扉を開ける。扉に備え付けられたポストの中をおそるおそる確認したヨダカは、そっと胸をなで下ろした。
「……助かった」
 入っていたのは新聞の朝刊のみ。青い封筒は入っていない。今週も宇宙への『派遣命令』が来なかったことに安堵し、ヨ
ダカはベッドへと身を投げやった。そしてすぐに眠りへと落ちていく。

 ヨダカは任務に就くことを恐れていた。ゆえに今日のように、訓練でささいなミスや怠惰を追放されない程度に繰り返し
続けることで、派遣命令を逃れようとしているのだった。もちろんそのような行為が意味をなさないことは知っている。け
れど何の武器も権力も有さないヨダカにとっては、それが数少ない抵抗の道であった。

 そしてまた一週間をやり過ごし、再び日曜の夜がやってきた。
 靴を履き、人気のない旧棟へと通じる廊下の窓からひっそりと寮を飛び出した。無許可の外出は、原則禁じられている。
 ヒメと会う際、ヨダカは普段よりも身なりを整えて行くことにしている。まだ年端も行かない少女とはいえ、長官の娘で
あることに変わりはない。失礼のないようにしなければと、生真面目な性格のヨダカは考えていたのだ。
「今夜も冷えるな……風邪を引いてなければいいが」
 週に一度、あの場所でヒメと星空を眺めることが、いつしかヨダカの心の支えとなっているようだった。はやる気持ちを
抑え、月明かりの下を足音を潜めて駆け抜けて、いつもより早く丘の頂上へと到着した。そしてヨダカは、あたりをぐるりと見渡した。

27 :No.07 Stargazer 3/5 ◇NA574TSAGA:08/11/03 00:07:02 ID:bcSKh1sg
 少女の姿はまだどこにもないようだった。しかし、その場には既に人影があった。振り向いた影の正体にヨダカは唖然とし、持っていた鞄を取り落としてしまう。
「こんばんは、ヨダカ君。今宵も良い月だね」そう言って髭を整えるのはヒメの父親――宇宙局長官だった。
 あわてて敬礼をするヨダカを「固くなる必要はない」と右手で制し、長官は寛大な笑顔を見せる。
 この丘でヒメと初めて会ってから二ヶ月が経つヨダカだったが、長官と顔を合わせるのは、訓練中も含めてこれが初めてであった。
「今夜もここへ星を眺めに来たのかね」
「ええ、まあ」
「ヒメも一緒に、かな?」
「それは……」
「なに、別に咎めるつもりはない。彼女も君を慕っているようだしな」
 長官は一瞬笑顔を見せ、すぐに上司としての表情へと切り替えをした。そしてヨダカに背を向けると、上空の星々を眺めやりながら続けた。
「今日は君に、大切な話があって来たんだ」
「大切な話、ですか? ……何でしょう」
 ヨダカは身を緊張させる。長官直々に『大切な話』というのは、ただ事ではないに違いなかった。
「ヒメのことなのだが……」
 心臓が高鳴るのをヨダカは感じる。任務に関することではなさそうだった。なのに何故こんなにも嫌な汗が流れるのか。
 長官はためらいがちに首を振り、やがて重い口を開いた。
「もう、長くはないそうだ」
「長くない、とは……え?」まさか、とヨダカは血の気が引いていくのを感じる。そして――
「娘は『星屑病』に侵されている。もってあと数ヶ月だそうだ」
 長官は淡々と事実を告げた。その表情に一見変化は見られない。しかしながら、その両肩がかすかに震える様子が立ち尽くすヨダカには見て取れた。
「彼女は、君が宇宙へ行くのを心待ちにしている。その期待を裏切りたくはないんだ」
 そう言うと長官は懐から、あの青い封筒を取り出したのだった。

 数分後、長官と入れ替わるようにして、ヒメが丘の頂上へと駆け上がってきた。
「こんばんは。さっきそこでパパに……どうかしたの?」
「いえ、何でもありません、何でも……」
 封筒をポケットにしまい込みながら、ヨダカはヒメの背中にまたジャケットをかけてやった。そして、
「ヒメ」しばしためらったあと、流星を探すその横顔にヨダカは声をかける。「1つ質問してもよろしいでしょうか」
 視線を天へと集中させたまま、ヒメは言葉を返した。「何?」
「ヒメはこの夜空を、星々を、宇宙を――怖いと思ったことはありませんか?」

28 :No.07 Stargazer 4/5 ◇NA574TSAGA:08/11/03 00:07:30 ID:bcSKh1sg
「怖いって……どうして?」無垢な2つの瞳には、何の陰りもみられない。
 ヨダカは思わず目をそらした。星屑病――“くず星”に含まれていた有害宇宙物質が大気中へと霧散することによって人
類にもたらされた、不治の病。彼女は自らの運命について、まだ何も知らされていないようだった。
「自分は怖いのです」ヨダカは天を仰ぐと、消え入りそうな声で語りはじめた。「先に待ち構えている任務が、運命が、時
折怖くてたまらなくなるのです。何故だ、何故なんだと。何故こうしていつまでも、地上から星々を眺めている、ただそれ
だけのことが叶わないのかと。幾度となく星に祈った。神にだって祈った。なのに結局――」ポケットの封筒を取り出して、
握り締める。「何も叶わなかったじゃないか! あとに待つのはくず星のような人生だけ。もう、1等星には手が届かない」
 言葉を切ったところで、ヒメの視線がいつしか上空から自分の方へとシフトしていることに気がついた。
「……申し訳ありません。取り乱してしまって。怖がらせてしまって」その澄んだ瞳から逃れようと、ヨダカは顔を背ける。
「結局人間というは、利己的な生き方からは逃れられない。そういう生き物なんですよ」
 そう言い捨てて、傍らに落ちたジャケットを拾って立ち去ろうとする。
 さようなら――そう告げようとした次の瞬間、その指先を「待って」と、小さく冷たい手が引き止めていた。
「ヨダカは、くず星なんかじゃないよ」ヒメはこれまでよりもやや強い口調で言い放った。
 そして上空を――光を指差しながら、言葉を続ける。
「あんなにきれいな『星』を生み出せるんだもの。あの光なら1等星にだって負けない。くず星なんかじゃない」

 その言葉は、ヨダカの心にある感情を生まれさせることになった。

 ――その日の深夜、長官はヨダカから、回収員の任務を引き受ける旨の連絡を受けた。
 薄暗い部屋の中。長官は独り椅子へと腰掛けて、やがて手のひらで顔を覆ってつぶやいた。
「済まない、ヨダカ君……しかし私のような地位にあるものであっても、国策には逆らえないのだよ」
 感情に乏しかったヒメがここ最近、笑顔でいることが多くなった。星を見ること以外に興味を示さなかったヒメがここ数
ヶ月、とある回収員候補のことばかりを気にかけていた。そのこともよく知っていた。だからこそ今日まで、派遣命令を先
延ばしにしてきたのだ。表向きは調査書に記された『訓練中の怠惰』による《不適格》を理由として。
 しかしながら先日届いた通達により、人員不足に対する対策として、今後は病気等のやむを得ない事由がない限り《不適
格》を理由とした命令の先延ばしは出来ないことが決定された。加えて、命令違反に対する罰則も強化されることになった。
 『星屑病』の話は、ヨダカを任務へと動機付けるための嘘であった。

 ヨダカが宇宙に派遣されることが正式に決まったとの一報は、すぐにヒメの耳にも届いていた。
 しかしながら、回収員としての職務は一生に一度だけであって、それが終わればもうこの宇宙局に戻ることはない――そう

29 :No.07 Stargazer 5/5 ◇NA574TSAGA:08/11/03 00:07:49 ID:bcSKh1sg
父親から告げられたのは、ロケットが飛び立つ日の朝になってのことだった。
 ヒメはこの日、生まれて初めて両親に反抗した。家庭教師を全て勝手にキャンセルして、両親が止めるのも聞かず、まだ
日の明るいうちからいつもの丘へと向かいひた走った。週に一度、あの場所でヨダカと星空を眺めることが、いつしかヒメ
にとってもかけがえのないものへと変わっていたのだ。
 丘の頂上に着いて、あたりをぐるりと見渡してみるが、誰の姿も見られない。――当然だ。ここは2人しか知らない秘密
の場所だったのだから。誰もいないことを確認するとヒメはその場に座り込んで、ようやく惜別の涙を流しはじめた。別れ
の挨拶もろくに出来なかったことを悔やみ、頭を垂れる。そしてそのまま、夜までそこで、くず星が流れるのを待つことにした。
 紅葉と秋の空気が混ざり合う世界に身をゆだねるうちに、時は過ぎていく。やがてあたりが暗くなり、懐中時計の針が午
後7時をさそうとした頃、ヒメはゆっくりと立ち上がった。
 そして北東の空に、目を凝らしはじめる。
「ヨダカ、来て……」

 そのとき、一筋の青白い光が、カシオペアの右隣を駆け抜けていった。

◆ ◆ ◆
 集めたくず星を乗せた小型ロケットは、無事に大気圏を抜けて、地上へと向かっているようだった。
 ヨダカはそれを、宇宙空間から見送っていた。
 ――ヒメ、見ていますか? ヨダカは人知れずつぶやいた。
 ロケットの内部は、人ひとりが入るので精一杯のスペースしか用意されていなかった。ヨダカは外部に装備したアームだ
けを頼りに、くず星を採集していた。
 そして、燃料は片道分だけ。
 間もなくこのロケットは機能しなくなり、遠隔操作によって大気圏へと落とされることになる。
 不思議と恐怖心は、もう覚えなくなっていた。それは傍目から見れば、諦めにも似た感情なのかもしれない。けれどこれ
は、諦めの気持ちなどではないと、ヨダカは確信していた。この一週間、ヒメのあの言葉だけを胸に生きてきた。
 誰かのために輝けるのであれば、もう、くず星なんかではない。
「さようなら、ヒメ。……ありがとう」

 ヨダカの別れの言葉は、やがて強く青白い光となって、地上で待つ何も知らない少女の元へと届いた。
 それを見た彼女は、そっとつぶやいた。
 あれが「ヨダカの星」に違いないと。――1番星に違いない、と。笑みを浮かべてそれを眺めるのだった。                 了



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