【 モッキングバード 】
◆QIrxf/4SJM




63 :No.15 モッキングバード 1/6 ◇QIrxf/4SJM (傷):08/12/01 01:40:13 ID:lw3pYfUP
 ヒューズ・プレイトが処刑される。
 高台の上で縛られている彼の姿を見上げて、僕はただ呆然と立ち尽くしていた。腰には幼い頃に彼から譲り受けた小ぶりのカトラスを差して、柄を握っていた。
 彼はやつれて無精髭を生やしていたが、左の冷たく鋭い眼光だけは衰えていなかった。眼帯を外された右目は、縦の傷跡とともに潰されている。トレードマークの赤茶の長髪はそのままで、編みこまれた導火線が解けかかっている。
 僕が髪を伸ばしているのは、女だからではない。彼に憧れているからだ。女子供には手を出さず、抵抗する男は容赦なく切り捨てる高貴な血に憧れた。
 彼は国民的な理由で他国の船と、個人的な感情で奴隷船を襲い、数多くの人間を解放し、また損害を与えた。
 僕は彼に向かって手を伸ばした。
 僕のことが見えるか? 僕はあんたに出会った日から、男の子を殴れるようになったんだ。腰に提げる、カトラスとその血にかけて。
 観衆がざわめき始めた。
 処刑台の階段を、名前も知らぬ死刑執行人が、厳粛に、ゆっくりと上る。
 ヒューズの前に立ち、執行人は腰のロープを解いた。先端にある輪を、ヒューズの首にかけて、その反対を台のフックに引っ掛けた。そして一歩下がる。
 ヒューズは堂々と前に歩み出た。
 彼は執行人にむかってにやりとしたあと、僕たち観衆を見下ろした。そして、やっちまったぜ、とでも言わんばかりに肩を竦めて見せる。
 彼と目が合ったような気がした。僕をまっすぐに見つめる左目と、潰れた右目。
 手は届かない。
 ヒューズは堂々と、処刑台から落ちた。
 僕は振り上げた手を握り、奥歯を噛み締めた。

 観衆も亡骸も何もなくなった。僕は一人立ったままだった。腰のカトラスは熱を帯びている。
 踵を返す。風が吹いていた。とても冷たい。
 宿に戻る前に、僕は酒場に立ち寄った。カウンターの端に腰掛ける。
 近くに座った小汚い格好の中年の男が、酒を瓶から飲んでいる。彼は震える手のせいで、グラスで酒は飲めないのかもしれない。何よりも旨そうに酒を飲んでいる。
 目の前にグラスが置かれた。ウィスキーに氷が浮かんでいる。
 僕は男の様子を眺めながら、指で氷を揺らして少しずつ飲んだ。
 今日のために遠出をしてきた。ヒューズを見上げたまま、体は動かなかった。
「情けない」思わず呟いた。
「何が情けないんで?」と言って、中年の男は酒瓶を持って僕の隣に腰掛ける。「私ゃ町を追い出されましてね。ちょっと酒が好きなだけなのに、藪医者だの何だの言いたい放題。一体彼らの何人を助けた? そりゃあ、金はもらってますけどね。こっちだって商売だ」
 僕は少し口元を歪めた。「あんたのことじゃない」
「姐さん自身が情けないと? わざわざ海賊の処刑を見に来たのでしょう? あなたみたいな立派そうな人がそんなことを言っちゃあいけませんな。私なんか、酒がないとまるっきり駄目でしてね。そのせいで借金がたんまりと積もってる。世知辛いもんです」
 そこまでで言葉を切って、男は酒瓶に口をつけた。飲み干して空になったことを確認すると、舌打ちをした。
「どうですか、私を助けようと思って、そのカトラスでも質に入れては? その上着も値打ちがありそうだ」と言って彼は愛想よく笑った。

64 :No.15 モッキングバード 2/6 ◇QIrxf/4SJM (傷):08/12/01 01:40:42 ID:lw3pYfUP
 僕は少しだけ鞘から引き抜いて見せた。誰も知らない文字が、刀身には刻まれている。
 男は目を丸くした。「おしまいなさい。そんな不吉なもの」
「不吉なんかじゃないさ、ヒューズに貰ったんだ」僕はすべて喋りたくなった。「俺が初めて盗み出した盟友だと言っていた。どうして、くれたんだろう。未だにわからない」
「海賊とお知り合いとは顔が広い。我等が英雄も、人質を取られては身動きできなかったようですな。はじめから勝負の決まっていた決闘、どてっ腹を突き刺されても生きている彼のしぶとさは尊敬に値しますよ」彼は空の酒瓶に口をつけ、顔をしかめた。
「クイン・ビトレイ、あの船に今も、彼の眼帯は囚われている。でも――」
 言葉を続けようとした時、大きな音がしたので表口を見た。何者かが蹴破って入ってきたのだ。
 大柄で人相の悪い二人の男が、まっすぐに僕らの方へと歩いてくる。
 彼らは僕には目もくれずに、中年男の襟首を掴んだ。どうやら借金取りであるらしい。
 二人は口々に中年男を攻め立てた。
 止めに入ったバーテンダーを殴り倒す。力任せに辺りのテーブルを蹴飛ばした。グラスが割れて、悲鳴を上げながら客が逃げていく。
「ちょっと待ってください。払います、今払いますから」と中年男が言った。借金取りの手を逃れ、他の客の残した酒を飲んで、上着のポケットを探るふりをした。「はて、どこへいったかな。ああ、いけない。財布を忘れてきてしまったようだ」
 借金取りは指を鳴らし、再び中年男に掴みかかった。借金取りは一通りの暴力を彼に振るった後、手を叩いて人を呼んだ。
 荒れた酒場の端に異人の少年が立っている。みすぼらしい格好で、両足を鎖でつながれている。
 一目でわかった。奴隷だ。
 少年は借金取りの荷物を持ってゆっくり歩いてくる。
 借金取りが激しく少年を呼んだ。
 少年は走り出そうとして、鎖に邪魔をされて転んだ。
 立ち上がり、早足で荷物を手渡しにきた少年を、借金取りが殴り飛ばす。そして、下卑た笑い声を上げた。
 少年は頬を押さえて床でうずくまっている。
 ヒューズの言葉を思い出す。「俺のおふくろは奴隷だったのさ」彼はいなくなってしまったのだ。
 僕はカトラスに手をかけて立ち上がった。魔剣よ、見たか。
 テーブルに鞄を置いて、中身を取り出そうとしている男に近づく。
「おい」
 男は僕を見て、にやりとした。下品な言葉でからかってくる。
 僕は無視してカトラスを抜いた。
 男が鞄からすばやく銃を取り出す。発砲するが、僕には当たらない。
 魔剣が歌う。
 僕は弾を込めようとしているところに飛びかかった。袈裟に斬り下ろし、右胸に突き刺す。
 もう一人が僕に飛び掛ってくる。同じように斬りかかろうとしたところで、声を聞いた。
「この野郎!」中年男が酒瓶で殴りかかったのだ。鈍い音がして、後頭部を強打された借金取りがその場に倒れる。

65 :No.15 モッキングバード 3/6 ◇QIrxf/4SJM (傷):08/12/01 01:41:04 ID:lw3pYfUP
 僕はカトラスの血を拭って鞘に収めた。
「情けない」と中年男は言って、テーブルに残った酒を飲み干していく。挙句の果てにはカウンターを飛び越えて、店のものを飲みだした。「こりゃあ甘い酒だ。どうです? 姐さんも飲みませんか。感謝の意を込めて、旨い酒をいれますよ。しかし、これからどうしたもんかな」
 僕は気絶しているバーテンのポケットに金貨を突っ込み、異人の少年を起こしてやった。借金取りのポケットに足枷の鍵は無かった。鞄を探ってみたが、銃弾と拷問器具しか入っていない。
 仕方なく、銃を使って鎖を切った。
「どれどれ、私に見せてみろ。これでも医者でね、腕にはちいと自信がある」カウンターの奥から中年男が少年を手招きした。
 僕は少年を連れてカウンターに腰掛けた。
「こりゃあひどい。舌を切り落とされてる。喋れないのは辛いだろう。頬はたいしたことないやね。酒を飲むのはまずいかもしれん。まだ飲めないか」中年男は氷の塊を少年に手渡し、頬に当てておくよう指示した。
 僕は少年の頭を撫でた。残っていたウィスキーを飲み干して、彼らに背を向けた。人が来る前に、さっさとこの場所を去るべきだ。
「ちょっと姐さん、どこへ行くんで?」
「眼帯を取り返す」
 僕は構わず歩き出した。それがどういうことかも分かっている。
「ちょっと待ってくださいよ! これからどうしろって言うんですか。この有様、見てください、私の未来を暗示しているかのようだ。あなたの財力に頼らせてもらえませんかね? 銃の扱いにも慣れていてね、銃口を下に向けたらいけないことも承知している」
「金なんて持ってない。父は亡くなった。受け継いだものを小さくまとめて持ち運んでいるだけだ」
 匿う気もないし、その金も無いのだ。
 そこまで言ったのに、酒場を出ても中年男はついてきた。少年も一緒にいる。
「さっきのは冗談ですよ。個人的な興味ってやつです。どの道、私ゃおしまいだ。そんなことは随分前から分かっていた」と言って、愛想良く笑うと、手に持った酒瓶を僕に見せた。「くすねてきたものです。一口どうですか? これでしばらくは困らない」
 僕は黙って歩みを進めた。クイン・ビトレイ号では、ヒューズの死に歓喜し、宴の準備に取り掛かっているはずだ。
 眼帯は船長の手にある。ビトレイは笑っているのか?

 港は賑わっていた。陽気に歌っている男達が、船から出入りしている。荒くれた連中からは、品性の欠片も感じられない。当たり前のことだった。
 僕は物陰に身を隠して様子を伺っていた。
 小奇麗な格好をして酒を飲んでいるのは、おそらく偉い役人様だ。労働力を脅かす者がいなくなれば、さぞ愉快なことなのだろう。酒は進み、小汚い人間とも仲良くなれるはずだ。
「楽しそうなもんですな」と中年男が言う。酒瓶の中身は既に半分以上が消えていた。「一口どうです?」
 僕は首を振った。
「姐さん、死ぬつもりなのかい? ありゃあ、どう見ても勝ち目がなさそうですぜ」
「わからない」
 酒樽を運ばされている人間がいる。どれも大柄な人間だ。老けてはいるが、見知った顔もある。ヒューズからカトラスを譲り受けた、あの場にいた連中だ。
「来るのか?」
「もちろんです。言ったでしょう。銃の扱いはこれでも慣れているんですよ。一目、キャリコ・ビトレイの顔を拝みたくもあります」
「弾薬は?」

66 :No.15 モッキングバード 4/6 ◇QIrxf/4SJM (傷):08/12/01 01:41:30 ID:lw3pYfUP
 中年男は目を丸くしたが、酒を飲んでごまかした。「銃ってのは鈍器ですからね。私ゃわかってるんです」
 僕は無視して立ち上がった。
 貨物の大きな木箱に隠れながら、少しずつ船へ近づいていく。
 少年は同行させなかった。持っていた金貨をすべて渡し、護身用に銃を持たせた。そして、どこかへ行ってしまえと背中を押した。残酷かもしれないが、匿ってやることは出来ない。解放された後は、漠然とした自由だけが残ってしかるべきだ。
 人の行き交いが多くなった。通れそうになった。
 船上で新たな酒樽が開けられて、注目がいく。続々と人が乗り込んでいく。いよいよ宴の始まりなのかもしれない。中年男はまだ来ていないが、進むことにした。
「おい、お前」
 立ち上がったとき、後ろ手に声がした。振り向くと、酔っ払った男が立っている。
 よろめきながら、焦点の定まらない目で僕を見る。
 思わず僕がカトラスに手をかけると、男は目を見開いた。そして、大きく息を吸い込んだ。
 口を封じに剣を抜いて飛び掛ろうとしたが、遅い。
 冷やりとした。まずい、叫ばれる。
 その時、男がうめき声を上げてその場に崩れた。
 その後ろから、中年男の愛想のよい笑顔が見える。「ね、銃の扱いは慣れてるんです」
「危なかった」と僕は言った。「ありがとう」
「いえいえ、藪医者ですから、弱点については熟知してるんですよ」
 気絶している男の息の根を止めて、僕たちは足を進めた。
 奴隷として扱き使われている大勢のヒューズの部下たちが、船の前で繋がれている。慎重に近づいて、僕は彼らの繋がれたロープを切った。
 船の上で大騒ぎをしている連中は、こっちの様子に気付きそうもなかった。
「あんた、誰だか知らないが感謝する。早く逃げた方がいい」年老いた男が言った。
「ビトレイに用がある。この剣に見覚えがあるか?」
 年老いた男は刀身に刻まれた文字を見た。「お前さんは――」
「この剣は不吉なんかじゃない」
「――そうか。今なら船倉に誰もいない。下から回りなさい。そこの階段から下りれる」
「ありがとう」
「一口飲むかい?」中年男は言った。
「千鳥足じゃあ逃げ切れねえさ」
「そりゃあそうだ」
 僕は階段を下りて、渡し場の一段低いところにかけられた橋を上った。
 中に乗り込むと、まず様子を伺う。人気が無いことを確認すると、奥にある梯子から出て、船端の上に出た。

67 :No.15 モッキングバード 5/6 ◇QIrxf/4SJM (傷):08/12/01 01:41:54 ID:lw3pYfUP
 甲板に人が集まっている。娼婦が酒を出し、男達は大騒ぎをして、僕らの姿に目を止めようともしない。
 ビトレイの姿は見えなかった。彼女はどこにいる?
 僕は船室に入った。
 大きな台の上には地図があって、酒瓶が転がっている。その向こうに、扉があった。
「お前はここで待っていろ」と僕は言った。
 扉を開けると、まず目に入ったのは足元の金貨だ。目を追うと、部屋の隅に置かれた錠付きの箱から金貨があふれている。そこに突き刺さっているのは黄金の剣だ。眼帯は無い。
「お客さんかい」と声がした。
 僕は顔を上げた。目の前には、椅子に腰掛けた女がいる。贅沢そうな毛皮のコートを羽織り、暗い色の髪は結ってあり、肩から前に流している。髪をくくっている紐は、間違いなく、ヒューズの眼帯だった。
「眼帯を取り返しに来た」
「ヒューズの首は落とさなかった。代わりに眼帯を頂いたのさ。こうして鬱陶しい髪に使っているというわけさ」
 外で歓声が上がった。
「あいつら、楽しんでいるようだな。まあ座りなよ。折角のお客さんだ。酒しかないが、構わないかい、お嬢ちゃん?」
 ビトレイは口元を吊り上げ、くつくつと笑った。
 僕はカトラスに手をかけた。
「眼帯を取り返しに来たんだ。それは、お前の持つべきものではない」
 彼の負った傷を隠すためのものが、髪留めに使われている。
 こんなことに怒りを覚える僕のことを、ヒューズは笑うだろうか?
 魔剣が脈動する。
「話がわからないのかい? ここから、生きて返してやるって言ってるんだ」
「必要ない」と僕は言って、カトラスを抜いた。刀身に刻まれた刻印が、赤く光って残像を残す。
「魔剣、知っているよ」ビトレイは椅子の後ろに手を回して、一本の剣を取り出した。
 刃を引き抜くと、手に持った鞘を放り投げる。
「決闘だ」
 僕は足を踏み出した。
 鋼鉄のぶつかり合う音が部屋に響く。受け流しては髪の毛を狙う。
 立ち回っているうちに、僕らは部屋を出た。
「姐さん!」手前の船室に控えていた男が叫ぶ。
「手を出すな」
 言いながらも油断は出来ない。払い、下がり、踏み込む。その繰り返しだ。
「髪ばかり狙っているんじゃないよ。そんなに眼帯が欲しいかい?」

68 :No.15 モッキングバード 6/6 ◇QIrxf/4SJM (傷):08/12/01 01:42:14 ID:lw3pYfUP
「命まで取りに来たんじゃないんだ」
「大口を叩くねえ!」
 甲板に出た。
 騒ぎが静まる。
「手を出すんじゃないよ!」とビトレイは叫んだ。
 銃声がした。
 けれど僕には当たらない。
「手を出すなと言ったはずだ!」とビトレイは言った。「そうさ、当たらない。手は出せない。魔剣だろう、知っている。その剣は、元はといえばあたしのものなんだよ。いいや、父のね」
 ビトレイの剣先が、数本だけ、僕の髪を切り落とす。
「あたしは、若い頃のヒューズを知っている。あの時、あたしはまだ幼かった。目の前で、ヒューズは、父を殺した!」
 鍔迫り合いになった。
「その剣はねえ、うちの船に飾ってあったんだよ。だから知っているんだ。それが不吉な剣だってことは」
「不吉なんかじゃない!」
 剣と剣を突き合わせた果て、僕らは数歩離れた。
 いつの間にか、ビトレイの部下達が輪を作って、僕らの戦いを見ている。
「ヒューズと会って、父は殺されなかった」と僕は言った。「何故だかわかるか? 悪いことなんて一つもしていなかったからだ」
「黙れ! ヒューズの意志は完全に挫く」
 僕らは剣を握り締め、飛び掛った。
 それぞれが、上下に弾かれる。互いに隙が出来る。
 ビトレイの振り上げた剣が、右目を掠めた。
 僕は持ち上がったカトラスを振り下ろす。
 それは、風で舞った彼女の髪を叩き切り、眼帯と共に、甲板に落ちた。

 僕はカトラスを鞘に収め、眼帯を拾い上げた。
 解放された髪の毛が飛んでいく。
 右目から、血が止まらない。
 藪医者が、酒瓶も持たずに駆け寄ってきた。
「姐さん――」
「血が、止まらないだけなんだ」
 手当てしようとする男を止めて、僕は眼帯を握り締めた。



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