【 神様、家に帰る 】
◆LBPyCcG946




34 :No.08 神様、家に帰る 1/4 ◇LBPyCcG946:08/12/07 19:28:37 ID:Dfpd0coI
 昨日はアマゾンのジャングル奥地に行って、珍獣のバーベキューに舌鼓を打ったし、一昨日は雅で風流な京
都のお寺を静かに巡ったんだ。氷が覆う高い山の上から見下ろす景色は最高だし、真っ暗な海の底に降る雪は
僕を激しく感動させる。いずれも1つの衝撃として、僕の胸に確かに刻まれている。
 だけど今日、そう確か実に5年ぶりに、家に戻って来た時の衝撃ったら無いだろう。何せ僕の1人暮らしの
家に、どこの誰かも分からない女の子がいたんだからね。
「えっと、どちら様ですか?」
 この台詞は僕の言った物ですと言いたいのは山々さ。でも違う。こっちが先に聞きたかった事なんだけどね。
ここは僕の部屋だって、そういう意味を込めて。そしたら彼女の方がそっくりそのまま同じ意味で、僕に尋ね
てきた物だから、僕は面喰らってしまった訳なんだ。
「どうして鍵を持って……あ、もしかして前にここに住んでいた方ですか?」
 僕はいまいち事態が飲み込めなかったから、手で小鼻をかいたり、もう片方の手で自分の髪を撫でたり、部
屋番号を確認したり、しかもそれを2度見したり、一旦しまった鍵を出したり、とかそういう事を、ほんの一
瞬でやってのけたんだ。
「あの……私3年前にここに引っ越してきた者で、大家さんが言うには、ここには元々住んでる人がいたんだ
けど、2年前から行方不明になっていて連絡が取れないって。それで、私達に貸してくださったんです」
 どうにか理解できた僕は、ようやくその見ず知らずの女の子と喋る事が出来た。世界を中駆け回って、大冒
険を繰り広げてきたけれど、一番凄い冒険は自分の部屋にあったなんてまさに驚きだね。言い忘れてたけど、
僕は人見知りなんだよ。
「あ、ああ、そうなんですか。確かに大家さんに冒険に出るとは言ってなかったな。うん。そうか、それじゃ
悪かったね。別の部屋を探す事にするよ」
 言い終わると同時にさっさと姿を消そうとした途端、彼女が僕を呼び止めたんだ。
「待って。あなたって、冒険家なの?」
「え? ああ、そ、そうなのかな、冒険はするけど……」
「それじゃあ、あの……」
 どもる僕と口ごもる彼女は、まさしくお似合いなのかもしれないな。だけどそれは他人事だと思うよ。こっ
ちは必死なんだ。もう心臓が2個に増えそうなくらい緊張しているんだから。
「あの……、……って人、知ってますか?」
 僕はその名前を知らなかった、だから素直にそう答えたんだ。彼女は悲しい表情をしていたね。

35 :No.08 神様、家に帰る 2/4 ◇LBPyCcG946:08/12/07 19:28:57 ID:Dfpd0coI
「すいませんでした。突然変な事を聞いてしまって。久々に戻ってこられたって事はお疲れでしょう? お茶
でよろしかったら是非」
 そう言って立ち上がる彼女の提案を、僕は断る事が出来なかったんだ。まず冒険家って事をはっきり否定し
なきゃならないのに、それすら出来なかったんだから、ほとんど奴隷状態さ。笑っておくれよ。
「中、どうぞ、狭い部屋ですけど……。って言ったら失礼なのかな」
 彼女が少し笑ってくれたよ。僕もつられて笑顔になったけど、ちょっと不自然だったかもしれないな。
 部屋は僕が出て行った時とはかなり変わっていたね。僕の時は殺風景で家具の1つも無い部屋だったけど、
畳まれた布団があってテーブルがあってテレビがあって、やっぱり狭かった。彼女が台所でお茶を入れている
間、僕はどうにか呼吸を整えて本当の事を言う準備をしていたんだ。信用されようされようと思わずに率直に、
嘘だと思われたならそれでいいと諦めを混ぜて、でも言葉はしっかりと震えないように。空を飛ぶ準備よりも
よっぽど大変だ。
「あ、ぼ、僕は」早速1つも守れてないけど続けるのさ「一応、神様なんです」
 彼女がこっちを向いて、やっぱり驚いていた。驚いていたけど、疑っている感じじゃなくて安心した。途端、
もうちょっと喋りたくなったから僕は喋ったんだ。
「神様が6畳1間のボロアパート借りたり、しかも5年も留守にしたりしてるのは変ですよね。信じてくれな
くても良いんです。ああ、ていうか自分に様付けするのは失礼かな。ごめんなさい」
 彼女がお茶の入った湯のみを僕の前において、僕は1口すすった。味はよくわからない。なぜなら彼女の表
情が気になって、それでも見る事が出来なかったからさ。
「私、信じますよ」
 彼女の声は、僕とは対象的にはっきりしていた。僕は慌てて「ど、どうして?」と聞いてみたんだ。
「私、彼がいなくなってからずっとこの部屋から出てないんです。食欲も湧かなくて、何も食べていないのに
全然お腹がすかなくて、餓死する様子もなくて、変だなと思ってたんです。家賃も全然払ってないのに、大家
さんが取り立てに来ないし。神様の使ってた部屋なら、なんだかむしろ納得します」
 確かに僕は冒険に出る前、長い事ここに住んでいたから、僕の力がここに残っていたってそんなに不思議じ
ゃないな。家賃を払われていない大家さんは気の毒だけど、それだけ彼女が自分の殻に閉じこもってしまって
るって事だろうね。だから彼女の台詞の中で僕が一番不思議に思った事は、こんなにかわいくて一途な彼女を
置いて、どこかへ行ってしまった「彼」とやらの存在についてだったんだ。
「もしかしてさっきの名前が彼?」
「ええ、そうです……」

36 :No.08 神様、家に帰る 3/4 ◇LBPyCcG946:08/12/07 19:29:15 ID:Dfpd0coI
 僕はそう答えた彼女の表情を見て、なぜだか元気づけなきゃって思ったんだよ。僕にとって初めての感情だ
ったし、それは嫌いな物でもなかったね。僕はありあわせの元気で笑顔を取り繕って、こんな風に話はじめた
んだ。
「太平洋のど真ん中で、潜水艦にひかれそうになった時の話って、聞いてみたいですか?」
 彼女は目を真ん丸くさせて、僕の話に耳を傾けてくれたよ。それからはまるで時間が滝みたいに流れていっ
たんだ。あっという間。まさにその通りにね。
 モンゴルの大平原で見た、真っ黒なシアターにばら撒かれた星空。熱帯の海にある、誰も見た事の無い珊瑚
の展覧会。入り組んだ鍾乳洞の奥の奥の奥の、透き通る神秘の塊。森林を超え、洞窟を抜け、山を登り、海を
渡り、野を駆けて。僕の冒険譚はずっと続いた。彼女は黙っていたけれど嬉しそうに聞いてくれて、僕の言葉
を1つたりとも聞き逃さなかったんだ。
「……っていう事があったんだ。ふう、ちょっと疲れたかな」
 一息ついて、時計とカレンダーを見ると、帰ってきた日から3日ほど経っていた。彼女もそれに気付いて、
カレンダーに赤い印をつけたから、僕はやっと気付かされてしまったのさ。彼女はまだ、彼を待っているって
事に。だから僕は大馬鹿者なんだ。彼女が1歩も出ずにここにいたって事は、いつ帰ってきてもいいようにだ
し、そして彼女を縛っているのは、僕がここに残していった全知全能の余りの力なんだろう。急に気まずくな
って、3日前の初対面の時のような、なんだか変な感じに逆戻りしてしまったよ。我ながら情けないね。
「あの、一緒に冒険しませんか? その彼を、一緒に世界中周って探しましょう」
 彼女は僕の言葉を聞いて、昨日と同じ笑顔のまま、僕の提案を受け入れてくれると思ったんだ。だけどそれ
は間違いだったのさ。彼女はそっと微笑んで首を横に振るだけで、僕は急に不安になって言葉に頼ってしまう。
「どうして? どれくらいかかるかは分からないけど、きっと見つかるよ」
「彼は……」
 彼女のした表情は、砂漠の風よりもせつなくて、超高層ビルのように自信に満ちていて、繋げた言葉はまさ
に地球のようだったんだ。
「彼は、必ず戻ってくるって言ってましたから」
 そう言うと、彼女はまた1杯お茶を入れてくれたんだ、こんな僕に。
 どうにも勝てそうにないや。そう思う。だけどやっぱり彼女に何かしてあげたいんだ。この部屋に戻ってき
て、僕は彼女と話をいっぱいした。それは世界中を周って得たどんな経験よりも刺激的だったんだよ。それも
そのはずだろう。僕はずっと1人だった。1人で見る世界は、この部屋よりかは狭かったって事。それを思い
知らされた僕はショックよりも、嬉しさの方が勝っていたね。ちょっぴりくやしかったってのも本当さ。

37 :No.08 神様、家に帰る 4/4 ◇LBPyCcG946:08/12/07 19:29:34 ID:Dfpd0coI
 だってそれもそのはずさ。最初に僕が「僕は神様です」なんて言った時、彼女は彼を帰してなんてお願いは
決してしなかった。なのにこの3日間、僕の話をちゃんと聞いてくれたんだ。そして僕が一緒に探しに行こう
って言った時には、はっきりと断ってくれた。彼女は、彼と、彼の言葉を信頼しているって事に他ならないと
僕は思うんだ。
 僕は自由気ままな神様で、滅多にこんな事はしないのだけれど、今僕が彼女にしてあげれる事は、どうやら
これしかないようだね。僕は覚悟を決めて立ち上がると、彼女にする言い訳を考えてない事に気がついてもう
1度座りなおした。それでちゃんと考えてからもう1回立ち上がって、こう言ったんだ。
「ちょっとそろそろ、宇宙の方にも行ってみたいな」
 我ながら完璧さ。
「きっと彼も帰ってくるんじゃないかな。うん、それじゃ、またいつかどこかで逢いましょう」
 そう言って笑顔で、部屋を後にした。彼女は何も言わず、僕を見送ってくれた。
 アパートから出て階段を下りる時、彼女と同じくらいの年頃の青年とすれ違ったんだけど、人当たりの良さ
そうな感じだったよ。やっぱり僕は神様で良かったなって思った瞬間でもあるね。たまには人の願いを叶えて
あげないと、神様失格なのかもしれないし、そてに好きな人の願いを叶えてあげられるのは、神様にとっても
喜びなんだ。
 さて、僕はこれからどうしようかと結構真面目に考え始めた。後ろからは喜びの声が溢れてきて、津波のよ
うにやってきたから、僕はなんだか嬉しくなって、また冒険に出ようかなって思えたんだ。まだまだ人間は僕
を魅了してくれるはずだからさ。





BACK−口に飲み物を含んで読もう◆czxS/EpN86  |  INDEXへ  |  NEXT−非日常は確かにあった◆h97CRfGlsw