【 一文字違いのフェティシズム 】
◆4xLZ.gsETk




43 :No.10 一文字違いのフェティシズム 1/5 ◇4xLZ.gsETk:08/12/07 23:41:45 ID:eZ0Y6WOx
 朝起きたら、ぬるっとしていた。
 後ろ髪の生え際から、首筋に沿って……いわゆるうなじの辺りだ。
 やけに首と肩がこっていて頭痛が酷かった。だから、揉み解そうと手を伸ばしたら――
「つ、つかめない」
 手はぬるぬると滑るばかりで、俺の望む圧力をかけることが出来ない。
「何だこりゃ……。汗か?」
 いや、ちがう。それはすぐに分かった。触った手と、なにより首から漂ってくる匂いは、明らかに汗のそれではなかった。
「なま……ぐさい?」

 雲のような男になりたかった。風の吹くまま気の向くままに生きる。何物にも縛られずに自由に。
 それは例えば、つかみどころが無いとか、ミステリアスだとか、そういった言われ方をされる存在であることも分かっている。
 それでも、つかみどころの無い男になりたかったのだ。
「でも、これはねぇよ」
 俺は、頬を心なしか赤く染めつつ嬉しそうにこちらを見る姉貴を、じとりと見つめ返した。
「かわゆいわぁ、エツくん。さすが、お姉ちゃんの弟」
 浅く握った両拳をパジャマの袖で半分隠し、さらにそれで口元を隠している。ここまでテンプレートなぶりっ子を、自然にす
るのはこの人くらいだろう。
「……あのさ、姉貴。喜んでる所悪いんだけど、はっきり言って迷惑なんだよ。何でこんなことすんの?」
「それはね。エツくんが、昨日お風呂上りのお姉ちゃんのうなじをじっと見てたから」
 後ろを向き、茶色がかった長い髪をたくし上げる。俺は慌てて目をそらした。
「見てないけどね」
 姉貴は、今度は両手の平を顔の前で結び、空に向かって祈るようなポーズをとった。
「ううん。お姉ちゃんには分かったの。だって、愛する弟のことだもの。分からないはずないでしょう?」
 俺は溜息を吐いた。まぁ、この人が他人の話を聞こうとしないのは毎度のことだ。
「一昨日は、おっぱいを見てたって言って、寝てる俺に自分のブラを付けて写真撮ろうとしたよね」
「おっぱいの時代は終わったのよ! 今はうなじよ、うなじ!」
 何度も頷く姉貴。頭痛がさらに重くなっていくのを感じる。
「それにエツくんてば、内緒にしてるみたいだけど、うなじフェチでしょう? 分かってるのよ?」
 Eカップの胸の谷間から、何やら手帳のようなものを取り出した。
「……ねえ、姉貴。それ、寝てる間も身に付けてるの?」

44 :No.10 一文字違いのフェティシズム 2/5 ◇4xLZ.gsETk:08/12/07 23:42:23 ID:eZ0Y6WOx
「当たり前じゃないの。トップシークレットなんだから、誰かに見られるわけにはいかないわ」
 手帳の表紙には『エツくんマル秘ファイル』と書かれている。
「だからね、うなじフェチのエツくんを喜ばせてあげようと思って、神様に祈ったの!」
 俺は生暖かい視線を送りつつ、沈黙した。
「ところで話は変わるけど、お姉ちゃんってば、ひつまぶしが大好物じゃない?」
 なるほど、と思った。姉貴は最近までウナギが食えなかった。見た目が、姉貴の苦手な蛇に見えてしまってどうしても食べる
気がしなかったらしい。
「だからって、何で俺のうなじなの? 自分のうなじを変えればいいじゃない」
「だって、自分のうなじに薬垂らすのって大変だし、試作品だから失敗したら怖いし」
「薬? 今、薬って言ったよね? しかも失敗?」
「い、言ってないわ! 神様よ! 神様のお陰なの!」
 俺は、一つ小さく息を吐いたあとで、今度はすぅ、と大きく息を吸い込んだ。そして、腹の底から、ぶつけるように声を出す。
「うなじをウナギに変えて楽しむ神様がどこにいるってんだ、馬鹿!」

「だからね。誤解が無いように言っておくなら、お姉ちゃんはとっても深く考えたのよ? それ故の決断なの」
 言ってうんうんと何度も頷く。
「愛する弟のことだもの。お姉ちゃんは、丸一日考えたわ。でも、白お姉ちゃんのどんな言葉も、黒お姉ちゃんの固い決意は揺
るがすことはなかったの」
「黒姉とか白姉って何?」
「ほら、よくあるじゃない? 天使の姿をした良心と、悪魔の姿をした下心の葛藤」
 ああ、と気のない返事をする。多分、姉貴の脳内では本当に映像化されたそれらが存在しているのだろう。
「だから、お姉ちゃんは決めたの。自分を貫こうって。ね? 分かってくれるでしょ?」
 どう答えればいいのだろう? 首を横に振ればいいのだろうか? いいえ、と言えば伝わるだろうか。今の俺の苦しみを切々
と語れば分かってもらえるだろうか。色々と悩んだ挙句、俺は無視することにした。
「ああっ、酷い! エツくんが不良になっちゃったよぉ」
「黙れ、バカ姉貴! 俺の体を勝手に変な実験に使うなっていつも言ってるだろうが!」
 俯く姉貴。うなじをウナギに変える薬なんて、一体どんな使い道があるのだろう?
 尋ねれば食いついてくるのは分かりきっていたのであえて聞かない。
「しゅん……」
「ほら、落ち込んだふりしてないで、さっさと元に戻せよ」

45 :No.10 一文字違いのフェティシズム 3/5 ◇4xLZ.gsETk:08/12/07 23:42:43 ID:eZ0Y6WOx
「ま、待ってよエツくん。せっかく、そんなにぬらぬらと黒光りする艶っぽいうなじを手に入れたのに、それをあっさり手放し
ちゃうっていうの!?」
「これは、うなじじゃなくてウナギだろうが。大体、こんな姿で、どうやって生活しろってんだよ? 特撮ヒーローの怪人じゃ
ないんだ。鱗の生えた首なんて、気持ち悪すぎるだろうが」
「可愛いのに……」
 俺は未練たっぷりな姉貴の態度を無視して、無言で睨んだ。
 しばらくの間、二人の間を沈黙が支配する。と、不意に姉貴は手を叩いた。
「じゃあじゃあ、ちょっとだけお姉ちゃんの話を聞いて! ね? それであわよくば納得して、全てを受け入れて!」
「あわよくば……?」
 姉貴はどこからともなく、一本のビデオテープを取り出した。
 いそいそと、デッキにセットし再生する姉貴。テレビの画面に映ったのは今にも甘い匂いが漂ってきそうな光景だった。
「……何これ?」
「KABAYAKIよ!」
 それくらいは俺にも分かる。問題は、姉貴が俺にこんなものを見せて、何がしたいのかということと、何故そんな中途半端な
英語発音をしたのかということだったのだが。
 姉貴は、テレビを見つめながら頬に手を当てて、恍惚とした表情を浮かべている。
「で、その蒲焼を見せてどうしたいの?」
「ああっ、エツくん! 今の音聞いた!? じゅっ、て。美味しそうだなぁ」
 俺は無言でテレビの電源を落とした。ああっ、と泣きそうな顔でこちらを見てくるが気にしない。
「はい、次は?」
「じ、実はね。エツ君のお父さんは、ウナギなの。触手プレイに憧れたお母さんが犯した一夜の過ち……その結果があなたなの
よ! だから、そのうなじは持って生まれたもので、どうしようもないっていうか」
「さっき薬って言ったじゃん」
「エツくんがあまりにも可愛すぎて、思わずお姉ちゃんの瞳からこぼれた鱗が、エツくんのうなじにへばり付いて……」
「わぁすごい。話は終わり?」
「うー!」
 唸り声をあげる姉貴。その瞳を涙で潤ませながらこちらを睨んでくる。
 交錯した視線が火花を散らしている……気がした
 そのまま、どれくらいの時間が経ったろうか。やがて姉貴は、根負けしたように、あるいは意を決したように袖で目を拭うと、
仕方ないわねと表情を正した。

46 :No.10 一文字違いのフェティシズム 4/5 ◇4xLZ.gsETk:08/12/07 23:43:03 ID:eZ0Y6WOx
「本当は、エツくんには内緒にしておきたかったのだけど」
 と前置きをされる。姉貴がこんなに真面目そうな顔をするのを見るのは久しぶりだった。
「実はね。うちって、由緒正しいウナギフェチの家系なのよ……って、ちょっとエツくん! 話を最後まで聞きなさい!」
 テレビで天気予報を確認しようとする俺のうしろで姉貴が怒鳴った。
「言うにことかいて……。もう、そういうのいいから、さっさと戻してよ」
「真面目な話なのよ! 真剣に話してるんだから、エツ君も真剣に聞いて!」
 無理だろ、と思った。
「お姉ちゃんね。最近、あまりにもウナギが好きすぎて、それが気になってたの。エツくんも知っての通り、お姉ちゃん、ちょ
っと前までウナギが苦手だったでしょ?」
 これは事実だ。姉貴は、長くて足が無い、あるいは足が多い生物が大嫌いだった。
 蛇やムカデなんて見るだけで悲鳴をあげていたし、それは今も変わらない。
 それが、最近親父に連れられて行った料亭で、ひつまぶしを食べてから激変したのだ。
「思えば、お姉ちゃんの中の何かが、本能的に危険を察知していたのよ。だから、長い生物を無意識に敬遠していたのね。中毒
になってしまったら、危ないから。でも、お姉ちゃんはその味を知ってしまった……」
 姉貴は、両手を軽く開いてわななかせながら、その目に狂気とも言える不気味な光りを宿し始めていた。
「これは、エツくんもいっしょなのよ? エツくんのうなじフェチ……これはどこから来ていると思う?」
 白状しよう。確かに俺はうなじフェチだ。勿論、それを周りに教えたことは無いし、ましてや姉貴に言うはずも無い。だが、
それが事実だとしても、何だというのか?
 俺は、首をかしげた。
「分からない? うなじが好き、というのは、エツくんの中に抑圧されたウナギフェチが、形を変えて漏れ出しているのよ! 
ウナギフェチという現実から目を逸らすために、フェチとしては一般的なうなじと名を変えて!」
「な、何だってー!?」
「驚くのも無理はないわ。受け入れがたいのも分かる。でも安心して? それは血がそうさせているだけ。お姉ちゃんやお父さん、
お母さんと同じ、持って生まれた宿命なの。抗っても越えることは叶わず、生きていく限り背負い続ける業なのよ!」
 俺は、あまりのことに声が出ない。姉貴は悲しそうに俯きながら続ける。
「うちだけじゃないわ。その影響はさまざまな所にも出始めているの。例えば、女子バレー日本代表。ウナギ本ジャパンをごら
んなさい」
「柳本だけどね」
「あるいは、例の太ったお笑い芸人。ウナギ原可奈子のブレイク……」
「柳原だね」

47 :No.10 一文字違いのフェティシズム 5/5 ◇4xLZ.gsETk:08/12/07 23:43:21 ID:eZ0Y6WOx
「そして、極めつけはサッカー元日本代表! ウナギ選手」
「ヤナギね。正確には柳沢だよね」
 姉貴は肩で息をしていた。興奮のあまり、過呼吸気味になりながら、それでも俺のため、と話を続けている。
「分かる? エツくん。ウナギがどれほどの影響力を持っているか。たかだか、うなじがウナギだからって、気にすることなん
て無いのよ……?」
 俺は、姉貴の言葉を噛み締めた。気にすることなんて無いのだ。そう、気にする必要なんて無い。どれほど頭のおかしな肉親
を持っていようと、それは俺という人間に影響を及ぼせるものでは無いのだ、と。
「話は終わったか? なら、さっさと戻せ。バカ姉貴」
「うぅーっ!」

 姉貴は、悔しそうに「そんなに戻りたきゃ、これでも塗りやがれ、バカヤロー」とチューブを投げつけると、部屋から出て行
った。
「何で、あんな姉貴がいるんだろう……」
 心の中で嘆息する。黙っていれば、可愛くて、胸もデカくて、うなじも綺麗な姉貴なのに。
「世の中って上手くいかないなぁ」
 軟膏のようなそれをうなじに塗りこむと、次第にぬるぬるは取れ、握る手にも反応が返ってくる。そうして、初めて俺は、自
分の肩をほぐすことが出来た。
「あー、頭いて」
 頭痛はまだ治まらない。けれど、ひとまず安心する。こうして、うなじをつかめる喜び。
 つかみどころの無い男なんてこりごりだ、と思った。
「ん……?」
 心なしか、何やら毛深くなっている気がする。いや、気のせいでは無い。明らかに毛深くなっている。首を触る手が、自分の
体毛に飲み込まれているのだ。
「おい……まさか……」
「……エツくん」
 唐突に、背後で姉貴の声がした。
「あのね。お姉ちゃんてば、うさぎフェチになっちゃったみたい」

 おわり



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