【 夕日の味 】
◆VXDElOORQI




53 :No.12 夕日の味 1/3 ◇VXDElOORQI:08/12/07 23:46:29 ID:eZ0Y6WOx
「なんかね。ほんのり甘いよ」
 彼女はキラキラ光る星を口の中でころころ転がしながら言った。
「へー」
 僕は空を見る。ぱらぱらと星はまばらに空に散っている。僕はその一つに手を伸ばして、摘もうと
するけれど、彼女みたいにうまくいかない。ただ何もない空間を指が虚しく動くだけだ。空振りを続
ける指を三秒見つめたあとに、今度は彼女の横顔を四秒見つめる。
「だーめ」
 彼女は僕のほうなんて見もせずにただ前を向いている。
「なに?」
 それに少し悔しくなって、ほんのちょっぴりぶっきらぼうに言ってみた。
「あげないよ」
「ケチ」
 ふふっと彼女は笑った。僕のほうは相変わらず見ない。絶対わざとだ。僕はため息を吐く。それと
同時にコンビニに着いた。彼女は僕が扉を開けるのを待っている。

「月はね。ちょっとパサパサしてる」
 口の端に月のかけらをくっつけて彼女は言った。
 僕が自分の口元を指差して、「ここ」と言うと、彼女はじっと僕の口元と指を見つめてから、桃色
の舌を動かして、月のかけらを舐めとった。舌の上で月のかけらがうっすらと光っている。僕はその
光景から思わず目を逸らした。
 彼女が一歩を大きく踏み出して、僕の前に立ちはだかる。
「ねえ」
 少し前かがみになって上目遣いで僕を見つめる。
「なに?」
 見つめられると恥ずかしくて、思わずぶっきらぼうに答えてしまう。
「まだついてる?」
 そう言って彼女はちろりと桃色の舌を出して、ほんのり赤い唇を舐める。僕はごくりと唾を飲み込
んでから、首を横に振る。それが今の僕の精一杯。
「そっ」
 彼女はくるりと前を向いて歩き始める。ときおり肩が不自然に揺れる。まいった。僕はため息を吐

54 :No.12 夕日の味 2/3 ◇VXDElOORQI:08/12/07 23:46:52 ID:eZ0Y6WOx
いてから、からからに乾いた唇を舐めた。手に持ったコンビニの袋ががさりと揺れた。

「意外と繊維質だよ。雲って」
 彼女は口をもごもごさせながら言った。
 昼間のコンビニは少し苦手だ。昼間なのに少し暗いから。でも彼女が行きたいと言うのならしかたない。
「どうかしたの?」
 眉間に皺を寄せて、やたらと口をもごもとさせているから、聞いてみると、彼女は口をイーと開い
て歯を見せてきた。真っ白な歯が綺麗に並んでいる。よだれが垂れそうだ。少し舐めてみたい。
「どう?」
「なにが?」
 僕は首をかしげて聞きなおす。さも意味がわからないという風に。本当は少しドキドキしている。
「歯に雲挟まってない?」
「そんなのわからないよ」
 彼女はまた眉間に皺を寄せて、口をもごもごさせ始める。その目はなぜか横目で僕のことを見てい
る。彼女の瞳に僕の姿は写っているのだろうか。でも今の彼女はそれどころじゃないかも知れない。
「あっ」
 彼女は僕に顔を向けて笑った。
「取れたよ。ありがと」
 なんでお礼を言われたのかよくわからない。だけどやっぱり。ちょっと嬉しい。

「夕日の味はまだ知らないの。だってカラそうじゃない?」
 コンビニからの帰り。彼女は僕に振り向いてから言った。
 夕日を背にしているから逆光で表情はよく見えない。でも多分、笑ってはいないだろう。なんとな
く。だけれども。
「カラいのはニガテなの。だってカラいんだもの」
 きっと少し困った顔をしているのだろう。相変わらず表情はよく見えない。もどかしいけど、これ
はこれでいいかも知れない。そう思ったのに彼女はゆっくりと僕に近づいてくる。本当に少し困った
顔をしていて、少し驚いた。
「食べたことないのに、カラいってわかるの?」
 鼻と鼻がキスしてもおかしくない位置まで彼女は、僕に近づいてきた。逆光の中、彼女の瞳だけが

55 :No.12 夕日の味 3/3 ◇VXDElOORQI:08/12/07 23:47:10 ID:eZ0Y6WOx
暗く光っていた。
「わかるよ。涙がしょっぱいのと同じで夕日もカラいんだよ」
 そうか。なら夕日はカラいかも知れない。夕日は海に沈むんだ。塩辛くなってもおかしくはない。
「きっと唐辛子みたいにカラいんだよ」
 彼女は渋い顔をしてそう言った。食べたときのことを想像したのだろう。夕日が海に沈むとかどう
とかそんなことは関係ないのだ。
「試しに食べてみれば?」
「試す。そうね。確かに。カラいってわかってたから、食べてみようなんて思ってもみなかった」
 彼女はくるりと反転して夕日と向かい合う。彼女の髪が夕日と解け合っているように見える。
 そっと夕日に向かって手を伸ばして、彼女はそっと夕日の一部を摘む。そしてそのまま口に放り込
む。そしてすぐに夕日を摘んだ指は、そのまま自分の耳たぶへ。耳たぶを摘んだまま彼女は言った。
「あっつい」
 それは夕日だから仕方ない。
「味はどう?」
「教えない」
 振り向いて、彼女は涙目でそう答えた。本当にカラいのだろうか。多分熱いのだろう。なんせ夕日
を食べたのだから。飴のような星とも、クッキーみたいな月とも違うのだ。
「ケチ」
「そんなこと今更言わなくても知っているでしょう?」
 涙目で強がる彼女を見て、僕は少しむっとした。彼女は少し赤くなった舌で唇を舐める。舌を外気
に触れさせたかったのだろう。それを見て僕は彼女にキスをした。
「どうだった?」
 彼女の頬は赤く染まっている。
「頬赤いよ」
「夕日のせいね。で、どうだった?」
「うん。夕日の味がした」
 彼女の表情は夕日のせいで逆光だけど、とてもよく見えた。





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