【 龍の背 】
龍の背




4 名前:No.02 龍の背 1/5 ◇LBPyCcG946 投稿日:08/12/28 16:19:39 ID:Pw1KPQYu
 大きな大きな龍の背中の上。そこには街があり、人々が暮らしている。私が居る所はちょうど尻尾の端っこ
で、そこは活気に溢れた街だった。寒いけどみんな笑顔で、赤と白の幕で家々を覆って、お酒を飲んだり歌を
歌ったり、とにかく楽しそうな街。
「おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」
 何も祝われるような事なんかしてないのに、とにかく皆にそう言われた。私も「おめでとう」と返すと、少
し気持ちが良かった。
 私はこれから旅をする。龍の尻尾から頭に向かって、長い長い旅だ。
「ほ、ほ、ほ。これから頭に向かうんじゃな」
 そう私に声をかけてきたのは、大きな鯛を両手に抱えた男だった。ひげを蓄え、かなり太っていて、目尻が
下がりに下がり幸せそうな顔をしている。
「はい」
 と私が答えると、男はどこからか箱を取り出してきた。真っ黒に金の縁、三段に分かれている。
「開けてみなさい」
 男が言うので開けてみると、中には豪華な食べ物が沢山入っていた。海老、黒豆、栗きんとん、伊達巻。ど
れもとてもおいしそうだった。
「それをあげよう。お腹がすいたら食べるといいじゃろ。とても幸せな気分になれるからのう」
 私は男にお礼を言って、箱を両手に持ちながら先を急いだ。
 龍の背中はとにかく広い。歩いていると、すぐに夜になって、夜が明けると朝になる。凄く寒く、雪が降る
事もあったが、とにかく私は前に進んだ。
 すると、少し先に大きな男がしゃがんで肩を震わせているのが見えた。近づいてよく見てみると、真っ赤な
肌に黄色の角。それは人間ではなく赤鬼だった。
「どうしたんですか?」
 私は尋ねた。鬼は涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげ、こちらを向いた。
「いじめられたんだべよ。何もしてないのに豆をぶつけられたんだ」
 かわいそうに、と私は思った。次に何か出来る事はないか、と考えたら、手元に男からもらった箱を持って
いる事を思い出した。
「これでも食べて、元気出してください。幸せな気分になれるそうですよ」
「僕にくれるん?」
 私は黙って鬼に箱を渡した。きっと鬼は、黒豆は食べないだろう。私はその箱の中身を食べてもいないのに
幸せな気分になって、もっと先へ進もうと思った。


5 名前:No.02 龍の背 2/5 ◇LBPyCcG946 投稿日:08/12/28 16:19:53 ID:Pw1KPQYu
 次の街につくと、みんなが泣いていた。鬼が泣いていた時よりもびっくりした。仲の良さそうな人達が集ま
って、筒を持って泣いていた。でもその表情は悲しくて泣いているというよりも、嬉しくて、寂しくて、楽し
くて、苦しくて、泣いているようだった。複雑な気持ちだと思う。私にはよく分からない。
 そして泣いていた人達はやがて別々の方に去っていき、私はひたすら前へと歩いていく。
 やがて桜の沢山咲いた大きな道へと差し掛かった。いつの間にか寒くなくなっている。桜の道はただただ気
持ちよく、私を歓迎しているようだった。後ろから、先ほど泣いていた人達が私に追いつき、追い越して行っ
た。
「もう部活決めた?」「今日は仕事早く終わらせて歓迎会だ」「あの人かっこいいかも」
 そんな会話が街の色んな所から聞こえてきた。それを桜が優しく見守っていた。
 そして私はまだまだ進む。段々と暖かくなってきた。ふいに龍の背中にある山の間から、空の景色を眺めて
みたら、鯉が空を飛んでいるのが見えた。それも3匹。1匹は黒くて大きく、もう1匹は赤くて細く、あとの
1匹は小さくて青く落ち着きが無い。
「ねえ、あっちに行こうよ」
「駄目よ、そっちの方は危ないって言ったでしょ」
「ははは、そう怒らないでもいいじゃないか」
 そんな会話が聞こえてきそうな良い雰囲気のまま、鯉達はゆっくりと後ろの方へと下がっていった。鯉より
も龍の方が空を飛ぶのは速いようだ。
 更に進むと暑くなってきた。空気は湿気が多く蒸している。しかし大きな広場に出ると、そんな陰気な気分
はふっとんだ。ちょうど結婚式をやっていたからだ。
 真っ白なドレスを着た花嫁と、真っ黒なタキシードを着た花婿が、沢山の人に祝われながら私の目の前を横
切っていった。教会と神父の前、2人は誓い合って、爽やかな鐘が鳴った。
「ほ、ほ、ほ。幸せになるといいのう」
 気付くと私の隣に、鯛を持った男が立っていた。とんでもなく屈託の無い笑顔で、式を眺めていた。
 しばらくして、花嫁が手に持ったブーケを投げた。私は受け取るつもりなんて無かったが、目の前に飛んで
きたので反射的に手に取ってしまった。気付くと、鯛を持った男は幸福感だけを残してどこかへ消えていた。
 それから私は、ブーケを手に持ったまま歩き出した。日差しが強くなってくる。影がやけにはっきりと見え
た時、狭い道に入った。そして私のすぐ隣を、麦わら帽子を被った子供達が駆け抜けて行った。
「空き地まで競争な!」
「宿題もうやった?」
「やる訳ねーじゃん!」


6 名前:No.02 龍の背 3/5 ◇LBPyCcG946 投稿日:08/12/28 16:20:09 ID:Pw1KPQYu
 子供達はあっという間に見えなくなった。私はあんな風に駆ける事はできないけど、それでも1歩づつ前へ
進んだ。
 更に暑くなった。道に生えている木ではセミがうるさく鳴いている。視界の開けた通りに出ると、遠くに海
があった。海まであるなんて、なんて大きな龍なんだろうと思う。駆けて行った子供達が、肌を真っ黒にしな
がら海で泳いでいる。
 それと、鯛を持った男が金色の船に乗って沖の方へと出て行ったのも見えた。他にも何人か乗っている。鯛
を持った男は釣り糸を船から垂らし、釣りをしているようだ。きっとあの箱の中身の材料を釣るのだろう。
 朝も超え、昼も超え、夜も超え、私は歩く。そして次に私が見たのは、大きな大きな、満月だった。
 真っ暗な夜に、ぽっかりと穴を開けたような円。ぼんやりと明かりを灯し、私を照らしている。私はもうす
ぐたどり着くであろう龍の頭に思いを馳せた。どんな顔をしているのだろう。この大きな大きな体に似合う、
大らかな性格なのだろうか。そんな事を思いながら、月を見上げて歩いた。
 そして長い長い夜が明けた。それと同時に、今度は騒がしい通りへと出た。
 左の通りでは皆が体操着を着て色々な競技をしている。その中に、あの麦わら帽子を被っっていた子供達の
顔が見えた。麦わら帽子から紅白帽子に変え、一心不乱に駆けっこをしている。それをビデオカメラで追って
いるのが、タキシードを着ていた花婿さんだ。もちろん隣には赤ん坊を背負った花嫁さんがいて、2人とも笑
い皺を作ってにこにこ。これも鯛を持った男のおかげなんだろうか。
 一方、右の通りを見てみると、別のお祭りをやっていた。そこでは桜の道を通っていった、泣いたり笑った
り忙しい人達が、もっと忙しく仕事をしていた。何やら出店を沢山出したり、看板を首から下げて歩いたりし
ている。
 どちらも楽しそうに騒がしく、側を歩いているだけで私は笑顔になった。しかしそれが過ぎると、木は枯れ
て、落ち葉が道を覆っていた。寂しくて、妙に息苦しい気持ちになった。きっとあの時泣いていた人達も、こ
んな気持ちだったのだろうと想像する。
 またしばらく歩いていると、今度は寒くなってきた。まだ雪が降る程ではないが、暖かい物が食べたくなる。
そんな時私が出会ったのは、赤い服を着て赤い帽子を被った男だった。その男は、木に実った何かを、袋に詰
め込む作業を黙々とこなしている。私は興味本位で、声をかけてみた。
「何をされてるんですか?」
 男は答えた。
「準備をしてるんじゃよ。子供達がワシを待っているからね。願いどおりの物を1日で配達しなきゃならん」
 袋の中がちらりと見えると、中には素敵な物が沢山詰まっていた。
「だけど困ったのう。中にはどうしていいか分からない願いもあるんじゃ」


7 名前:No.02 龍の背 4/5 ◇LBPyCcG946 投稿日:08/12/28 16:20:23 ID:Pw1KPQYu
「どんな願いですか?」
 私は尋ねてみる。
「例えばそうじゃな。『お嫁さんになりたい』と願われても、ワシには何もできんのう」
 私はふと、手に持ったブーケを思い出した。それをその男に差し出すと、男は飛びっきりの笑顔になった。
どこかで見た事のある、満面の笑みだ。
「おお、これをワシにくれるのか。ありがとう。これで女の子の願いも叶うじゃろう」
 ブーケを中に放り入れて袋を縛ると、その男はソリに乗った。ソリを引っ張るのは、真っ赤な鼻のトナカイ
だ。
「ほ、ほ、ほ。それじゃ、いつかまたのう」
 そして男は空の向こうへと飛んでいった。
 私は進む、もうすぐ終わる龍の背を。やがて寒さは格段に増し、いよいよ雪が降ってきた。粉雪が頬を撫で、
私の道はキラキラと綺麗な灯りで飾り付けられる。ソリが飛びまわっているのが見えて、私は少し安心する。
 随分と長い道を歩いてきたように思う。だけどあっという間だったようにも思える。色々な人が私の側を通
り過ぎたり、私が追い越したり。言葉を交わしたり、交わさなくても理解できたり。その時その時の気持ちが、
今も鮮明に心に残っている。ただひたすらに前へ前へと歩いただけだけど、私の足跡には疲労感以外の物がし
っかりと残されている。
 やがて、龍の背が終わった。そして私を待っていたのは、思い描いた通りの大きな大きな龍の頭だった。
「ここまで来たか」
 龍が私に気付いてそう呟いた。私は無性に悲しくなって、思わず涙を流してしまった。
「君と私はここでお別れだけど、どうか泣かないでくれ」
 龍はその速度を更に上げ、空を飛んでいる。
「さあ、涙を拭いて私の鼻の上に乗るんだ」
 言われるがまま、私は鼻をすすりながら龍の頭の先端、鼻の上へと乗っかった。
「ほら、見えてきたぞ」
 龍がもっと速度を上げた。冷たい風が私の頬を叩き、視界が鮮明に見えた。そこにあったのは、別の龍の尻
尾だった。
「ここから君は次の龍に飛び移るんだ。もう少し近づいてあげるから」
 龍が私を鼻の上に乗せたまま喋った。私は躊躇った。次の龍に飛び移ってしまったら、二度とこの龍とは会
えないという事に、気付いてしまったからだ。


8 名前:No.02 龍の背 5/5 ◇LBPyCcG946 投稿日:08/12/28 16:20:38 ID:Pw1KPQYu
 どんどん次の龍の尻尾が近づいてくる。この龍は無情にも決して速度を緩めず、追いつこうとする。私が何
を言っても待ってはくれないのだろう。
 と、その時。後ろの方から大きな声がした。
「おーい。待ってくんろ!」
 振り向くと、そこには鬼がいた。私が鯛を持った男にもらった、箱をあげた鬼だ。あの時泣いていた鬼だ。
すっかり大きく立派になって、私の方に走ってくる。
「はぁはぁ。どうにか間に合ったべ」
 鬼は息を切らしながら、龍の鼻筋を伝って私の方にやってきた。
「オラ、お前さが行ってから、一生懸命走ってきたんだ。それでもなんでかどうやっても追いつかないからよ、
鯉さんの背中に乗せてもらっただ」
 鬼の後ろを見ると、これまたすっかり大きくなった、子供の鯉がびゅんびゅんと空を飛びまわっていた。随
分と早く泳げるようになったものだと、私は感心した。
「どうして追いかけてきたの?」と私は鬼に問いかける。
「いやさ、ほら。まだお礼を言ってなかったべよ。なんていうかその、ありがとうよ。おいしかっただ」
 真っ赤な顔を更に真っ赤にする鬼。私も思わず照れてしまう。
「それじゃ、オラはみんなの家さ回って、『悪い子はいねが〜』って驚かしてくるからよ。みんな待ってんだ
から、これだけはやめられねえべ」
 鬼は嬉しそうにそう言うと、背中を向けて去ろうとした。私は急に不安になって、鬼にこう声をかけた。
「また会える?」
 鬼は振り向かず、大きな大きな声で笑った。空の向こうまで聞こえそうな大きな声で、鬼が笑った。
 前を向くと、次の龍の尻尾がもうすぐそこまで迫ってきていた。龍が私に呼びかける。
「君、もうすぐつくぞ。それ、今だ。……飛べ!」
 私は思い切ってジャンプした。龍の鼻を蹴って、大きな弧を描いて。龍の尻尾へと飛びつくと、その新しい
龍が、今まで乗っていた龍とは全然違う事にはっきりと気付かされた。
 そして後ろを振り返っても、昔の龍はいなかった。





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