【 華胥の夢 】
◆zphG1xETzA




21 名前:No.06 華胥の夢 1/3 ◇zphG1xETzA 投稿日:09/01/04 23:01:21 ID:Zomtri7L
 桜の木の下には死体が在るとはよく言ったもので、小高い丘の上に咲く小さな桜の木の下には死んだ目をした俺が座っている。
街の喧騒から遠く離れたこの場所で、薄暮に浮かぶ月をぼんやりと眺め、旨いと思った事もない煙草に火をつける。
ひゅるいと、風が吹いた。
花が舞い、
雲が流れる、
木々がさやぐ中に聞こえる、
小鳥の様な笑い声。
見れば、女の子が俺の横に座っていた。
「隣、いいかしら? もう座ってるんだけどね」
「驚いたな、いつの間に現れたんだい?」
「すっとここにいたわ、あなたが来るずっと前から」
「そりゃあ悪かったね、一体どこに…」
「あなたの真下」
暮れの空に映える、華の様な笑顔。

俺の下
湿った地面
その更に下
冷たい地中
そこは所謂
桜の木の下

「退いた方がいいかい?」
「……驚かないのね」
「まあ、よくある話だし」
一瞬の沈黙、
風も花も空も木々も鳴りを潜め、世界にたった二人きり。
「いいわ、暫くそこにいて」
月も花も霞む様な、綺麗な笑顔だった。
     


22 名前:No.06 華胥の夢 2/3 ◇zphG1xETzA 投稿日:09/01/04 23:01:39 ID:Zomtri7L
 桜の木の下には死体が埋まっているとはよく言ったもので、小高い丘の上に咲く小さな桜の木の下には死んだ目をした俺
と目を輝かせた彼女が座っている。
なんてことのない話をして、既に時刻は薄明。
空模様だけは、俺と彼女の出会いに似ていた。
「どうしてこんな所に来たの」
「何だかね、疲れたんだ」
「疲れた?」
「惰性で生きて、流されて生きて、よくわからないままよくわからないことをして、誇れる物もなくて、言い訳塗れで」
煙草のパッケージが手の中でぐしゃりと潰れて、そのまま地面に落ちる
「疲れたんだ、もういいんだ。いっそ……このままずっとここで」
「随分と贅沢な悩みね」
「え?」
「誇りだとかわからないとか、別にいいじゃない生きてるんだから。誇れる物がない?誇りなさいよ、貴方は今生きてる、
人が生きてるって事はそれだけで誇れることじゃないの?」
彼女は、寂しそうに、悲しそうに、怒っていた。
「流されてたって惰性だっていいじゃない。息をしてるんでしょ、体が動くんでしょ、疲れて立ち止まる事なんて誰にだっ
てあるわよ。だけどね、座り込んだまま立ち上がらないなんて、そんな卑怯な真似しないで。立って歩きなさいよ、貴方に
はまだ前に進む為の足があるんだから」
「前に……進む」
「そうよ、それが生きている人の義務、責任、私が奪われた権利なのよ、途中で投げ出すなんて絶対に許さない」
彼女は泣いていた、俺も泣いていた。
黎明の月が見下ろす場所で、俺と彼女は泣いていた。
     


23 名前:No.06 華胥の夢 3/3 ◇zphG1xETzA 投稿日:09/01/04 23:01:59 ID:Zomtri7L
二人で空を見つめる、
夜明けのほんの少し前、
瑠璃色と金色の中に月と星と雲が輝く空を。
「贅沢な空ね」
彼女がつぶやいた。
土で汚れた裾を叩いて立ち上がる、
「君は……ずっとここでいいのかい?」
「いいのよ、貴方みたいなのの相手が出来ればそれで」
一日で最も贅沢な空を背にした彼女は、そのどれよりも美しく笑って見せた。



木々のさやぐ音と心地良い春風で目が覚めた。
日は既に高い、
足元にはくしゃくしゃになった煙草のパッケージ、
それを拾い立ち上がる。

折角生まれたこの命、この体を
復た活かしてやろうと思う。
 




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