【 PUNCH! 】
◆B9UIodRsAE




19 名前:No.06 PUNCH! 1/5 ◇B9UIodRsAE 投稿日:09/01/11 21:13:47 ID:qA4HYEgx
 壁――無いようで在るもの。けど、意外と脆い。
僕がこんなことになっているのも、全ては僕が壁を作れないせいなのだろう。
人は、僕が踏み込んで欲しくない範囲にも易々と進入し、好きなだけ蹂躙を重ね去っていく。
根本的な部分で、僕と他人との間には壁が無いのだ。
つまり、他人にとって僕という存在は自分自身も同然という位置づけに当たってしまうらしかった。
同じ高校の友達曰く、「お前との会話は、ドッペルゲンガーとの会話に非常に近いと思う」
故に誰も僕に気を使ってくれないし、それを僕は疎ましく思っている。
この間なんか僕がトイレで大きいほうをしていたら、鍵のかかったドアをよじ登り
そこから顔をひょこっとだして会話しようとした奴がいた。
洋式便所に腰掛けた僕を、ドアの上から顔を出して見下ろしてるそいつとの会話内容は、
「そいつの今日の晩御飯は何なのか」というものだった。
ここで一つ弁明をしておきたいのだが、僕は決してイジメにあっているわけでもなく、また彼にも悪気があったわけではない。
全ては僕の特異な体質とも言うべきもののせいであり、そして既にそれに慣れた僕も和やかに会話に付き合ったのだから。
この体質で困ることは多々ある。例えば、町に繰り出せば全く知らないおばさんに、「この荷物家に置いてきて」と頼まれたりする。
相手にとっては、自分が家に荷物を持って帰ろうと僕が持って帰ろうと、どちらの事象も等号で結ばれているのだ。
しかしながら僕にとってはそうではない。当然断るが、そういうときは大抵嫌な顔をしながら去られる。
物凄い理不尽なことだが、如何せん相手に落ち度がない分やり場の無い虚しさだけが残ることとなる。
それだけならまだ良いが、時たまそれを見ていたほかの人間がそういった場面に介入し、僕を擁護してくる時がある。
これは、その擁護してくれている人が僕との間の壁を通り抜け、こちらの立場に立ったからだろう。
だが、大抵その擁護は僕を置き去りにして膨らみ続け、大喧嘩へと発展してしまうのだ。
こういう時は僕は逃げてしまう。壁が欲しい、普通の人と同じ暮らしがしたい。そう願いながら帰路を走るのだ。
 


20 名前:No.06 PUNCH! 2/5 ◇B9UIodRsAE 投稿日:09/01/11 21:14:00 ID:qA4HYEgx
 こんな僕だが、今現在人並みに恋愛をしている。
残念ながら片思いだが、僕はその人を眺めているだけでも幸せだったりするので、現状における唯一の満足といっても過言ではない。
名を三浦さんという。凛とした顔つきながらもどこかあどけなさを残し、頭脳は明晰、運動神経は抜群。
しかしながら誰とも馴れ合わず、気まぐれな一匹の猫のように、よく空を眺めていた。
三浦さんとは同じクラスなのだが、一度も会話したことが無い。
というのも、僕がどうも気恥ずかしくて若干避けてるような形になってしまっているからである。
まぁ彼女から話しかけてくれれば、石田純一ばりのダンディなトークで楽しい時間を過ごすもやぶさかではないが、
やはりこれも残念ながら一度も機会があったためしがない。
友達にこれを相談するも、「知らん」と言われ、恋文を書こうとするも、自分には気障な言葉の一つも書けないことだけを
無駄に悟るばかりであった。
日に日に積もる三浦さんへのラブエナジーは、思春期特有の悶々としたどす黒い何かと、日々の壁無し生活に疲れた僕の心も相俟って
先日、限界を迎えた。
三浦さんと話がしたい。三浦さんと一緒に夕焼けの映える放課後一緒に下校したい。三浦さんと一緒に夜のマット体操をしたひ。
混沌とした下心と鬱屈した精神が、僕の背中を後押しする。とりあえず僕は、昼休みに窓際の席でうつらうつらと船を漕いでいる彼女に接近を試みた。
はわわ、なんという可愛さだろう。薄く閉じた瞳には長い睫毛がかかり、眠り姫を髣髴とさせるような表情である。
 「三浦しゃん」
気づけば声が出ていた。しかしその声も緊張によって裏返っている。そして三浦さんは椅子から転げ落ちた。
物凄い轟音を立てて、三浦さんの机と椅子が倒れる。当の三浦さんは目を大きく見開き、こちらを見るばかりである。
僕の心臓は、この緊張と轟音の連鎖によって一瞬動きを止めかけた。白に侵食される視界の端に、三浦さんの顔があった。
あの可愛らしくも凛とした女武士のような表情はどこへやら、パースの狂った漫画のように目をぎょろぎょろとさせている。
そして、平静を取り戻したのかいそいそと机と椅子を起こし、着席した。僕の脳が意識を手放すのと同時の事である。


21 名前:No.06 PUNCH! 3/5 ◇B9UIodRsAE 投稿日:09/01/11 21:14:19 ID:qA4HYEgx
次に目を開けば、そこは白いカーテンに囲まれた空間であった。僕の体はベッドに横たわり、薄手の布団がかけられている。
ゆっくりと体を起こし、かぶりを振る。まだ十分に頭に血液がいってないかのように、脳がしゅんと小さくなっている気がした。
その小さい脳みそを無理矢理稼動させて、僕は先の出来事を思い出す。
僕が三浦さんに話しかけたら、三浦さんがぶっ倒れて僕もぶっ倒れた。
短くすると間の抜けた文となってしまった。
 「ふっ」
僕は思わず噴出してしまった。するとその音に呼応するように、カーテンという薄い壁を通る人がいた。
三浦さんだ。先ほどの事を考えると、僕の第一声はこうだろう。
 「ごめんなさい」
僕は続ける。
 「僕が急に話しかけてしまったせいで吃驚させてしまったみたいで、本当に申し訳ないです」
すると彼女はまた目を見開くのだ。僕もつられて目を見開いてしまう。
ややあって彼女が口を開いた。
 「私とお話できるの?」
僕はノーハドルで、出来ますともと答えた。彼女は更に驚いた様子を見せた。
さすがに怪訝に思った僕は、彼女に尋ねる。「それはどういうことですか」
彼女は一瞬俯き、その美しい表情を隠したが、すぐに面を上げぽつりぽつりと語りだした。


22 名前:No.06 PUNCH! 4/5 ◇B9UIodRsAE 投稿日:09/01/11 21:14:30 ID:qA4HYEgx
 幼少の頃、彼女はある事に気づいた。根本的な部分で彼女は人と違っていた。
何と言ったらいいのか当時では説明が付かなかったのだが、今になって言える。
彼女と周りとの間には、物凄い厚みの壁があったのだ。その壁は他人が彼女を認識することを徹底的に難しくさせていた。
それは最早透明人間に近い感じがする、と彼女は寂しそうに笑った。
触れば気づいてもらえるし、少し会話が出来た。しかしそれもすぐに霧散してしまい、どうしようもない孤独に襲われる。
どれだけ勉強を頑張っても、どれだけ早く走っても、彼女は周りに気にされなかった。
誰一人として彼女に興味を示さなければ、話しかけることもない。
そして彼女は諦めてしまったのだ。他人の関わるという事を。もうこちらから話しかける事を止めた。
そうして、彼女の味方は空だけとなった。しかし彼女がそれで他人を恨むことはない。何故なら全てその特異とも言うべき己の体質のせいなのだから。
だが、そんな独房の内側の世界に介入する者があった。そう、それが僕である。
約十年ぶりに他人から話しかけられた彼女は、一瞬心臓が止まりかけたそうだ。
そしてそのまま椅子から転げ落ちてしまった。どうしようもなく酸素が欲しかったが、目だけは話しかけてきた人間を焼き付けようと稼動してしまう。
まるで目が勝手に意思を持ったかのように動くものだから、酸素を吸うほうに意識をずらす事が中々出来なくて焦ったらしい。
しかし、その話しかけてきた男も体をふらつかせ、ついには膝を折ったので彼女はなんとか己を保ち、
酸素を落ち着いて吸うために机と椅子を元に戻したのだと言う。


23 名前:No.06 PUNCH! 5/5 ◇B9UIodRsAE 投稿日:09/01/11 21:14:52 ID:qA4HYEgx
話し終えて彼女は、僕に問う。「何故貴方は私に話しかけられたの?」
僕は答える。約十年前から気づいた、己の特異な体質の事を。
彼女はその話を聞いて本日三度目の驚嘆の顔をしたが、それはすぐに元に戻した。
そうか、お互いの壁が干渉しあって丁度良くなったのかも、と彼女は言う。
僕も、これが普通の会話なんですね、ちょっと泣きそうですよ。と答えた。
彼女は笑う。僕も笑う。十年ぶりに味わう「普通」は、少し甘酸っぱかった。
それから、僕らは友達になった。十年お預けを喰らったんだ、思う存分「普通」を謳歌してやる。
普通に話して、普通に遊んで、普通に友達をする。その先に進むには如何せん僕の度胸は小さすぎるけど。
まだ僕達は、お互い以外はやっぱりどこかおかしい。干渉されすぎ、干渉されなさすぎ。
彼女は言う。
 「やっぱり人って欲張り。なんか君と知り合って、どこかこの体質が治るんじゃないかって期待しちゃう」
 「僕もですよ。こんなのはやっぱりいらないです。」
僕は彼女の好きな空を見上げながら、この間テレビでみたボクサーの真似をして、拳を鋭く前に突き出した。
 「なにそれ」
 「パンチですよ。壁とか壊すやつ」
ははっと短く笑われてしまった。
少しずつ、僕と彼女は壁を壊して、「普通」へ。



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