【 STARDUST BOX 】
◆qCm0404lsQ




59 名前:No.15 STARDUST BOX 1/5 ◇qCm0404lsQ 投稿日:09/01/19 00:13:39 ID:PTZcSuQ/
 ゴミはゴミ箱へ クズはクズカゴへ 夢は夢のままで
 
 二十世紀半ばに生まれた夢の島は、高度経済成長を遂げる日本の裏側で、自然発生的に生じ
る廃棄物処理のいくらかを担った場所だ。
 一世紀以上の時を経た今では、すでにその名残を見つけることはほとんど出来ないが、それ
でも当時の状況を記した文献は、その事実が私達の記憶から消し去られることを許さない。
 技術開発が進み、地上と宇宙との垣根が低くなってからは、処理に困るゴミを太陽系の外へ
向けて廃棄することに否定的な意見を述べる者はほとんどいなくなりつつある。
「地球環境を考えるのなら、それは当然のことだ」と述べる自然保護団体があったが、彼らに
とって宇宙も自然の一部であるという考えはなかったのだろう。
 それくらいに、宇宙が人類にとって身近な場所になっているのだ。また、だからこそ近しい
存在となった隣人の庭にゴミを投げ入れる行為がどれほど愚かしいか、ということを今一度考
えなければならない。

 ゴミはゴミ箱へ

 海谷忍のレポートは、このように締めくくられていた。
 天野幸一は、自らが受け持った生徒が姿を消す直前に、卒業研究の締めくくりとして提出し
たそれを、無表情で足元にあるゴミ箱へ放り込んだ。
 インクで汚れたA4サイズの紙が、デスクの上に散乱している。天野は、胸ポケットからラ
イターを取り出すと、読み始めてから咥えっぱなしで噛み口が潰れてしまったタバコに、やっ
と火を点けた。
 回転椅子の背もたれに体重をかけ頭を後ろに倒すと、ヤニで黄ばんだ天井が目に入る。
 大きく一度、煙を吸い込んでから、口元のそれを人差し指と親指でつまむようにして離した。
 口の中に溜められた空気は、少ししてから彼の舌で器用に操られ、吐き出される。
「おつかれさま」
 宙に描かれた輪が、消えるか消えないか、といったところで言葉が漏れた。
 天野の表情はあまり変わってはいない。ニコチンが体内を駆け巡り、多少の快楽を得たこと
で緩んではいたが、目はうすく淀んだままだった。


60 名前:No.15 STARDUST BOX 2/5 ◇qCm0404lsQ 投稿日:09/01/19 00:14:17 ID:PTZcSuQ/
 海谷忍が何故姿を消したのか。正確なところは分からなかった。
「まぁ、大体予想はつくが、ね」
 別段驚くほどのことでもない、と天野は思った。毎年、彼の講義を受ける者の中に二、三人
は、似た内容のレポートを提出する生徒が存在する。
 そして、彼らの多くは「夢の星」に魅入られてしまっているのである。
 別に、天野の講義に限ったことではない。
 宇宙開発が過渡期を迎える中で、「革新」という単語が聞かれなくなってから久しい。
 今現在でも行われている研究といえば、永久機関に代表される夢物語や、廃棄物処理ロケッ
ト……別名ダストシップのコスト削減と性能向上くらいのものだ。
 つい、三ヵ月ほど前だったろうか。原発の核廃棄物を利用し、とある企業のダストシップが
夜空に乳白色の線を描くことに成功したが、その技術の特許権に関してもめているとか。
 ゆくゆくは、企業が宣伝に用いることを期待しているらしい。
「げほっ、げほっ」
 星の輝く夜空に、大正製薬の四文字と鷲のマークが描かれる所を想像して、思わず天野は咳
き込んだ。
「まぁ、無理もないかもしらんね」
 宇宙に対し、憧憬に近い思いを持ってやってくる若者達は今でも多い。そんな彼らに――
「君達が今から進もうとする世界には、ゴミ捨ての研究をするか、冗談を言って笑われる、と
いう二つの道しか存在しません」
 と、口を酸っぱくして教えてやるのが天野の仕事である。
「ほんと。何もかも捨てちゃいたいね」
 半ばほどまで灰になったタバコを、灰皿にこすりつける。
 コーヒーを飲もう、と天野は思った。思って立ち上がってから、もう一度足元のゴミ箱に目
をやった。
「……これじゃあ、捨てるにはちょっと小さすぎるかね」


61 名前:No.15 STARDUST BOX 3/5 ◇qCm0404lsQ 投稿日:09/01/19 00:15:04 ID:PTZcSuQ/
 言って、初めて自嘲気味に口元を歪める。 

 クズはクズカゴへ

 世界が何の捻りもなく、ただSpace Dustbinと呼ぶその星に、あえて「夢の星」という和名
を与えた科学者には、どんな思いがあったのだろう?
 これを考察する上で語らずにはおけない事件があるので、提示しておこう。
 御存知のように、「夢の星」とはダストシップを用いた廃棄物処理を行う上で、常に目的地
とされている一等星である。
 現代では、世界中で年に計千機ほどの打ち上げが確認されているダストシップだが、その全
てに共通しているのがこの点……つまり、片道分の燃料と大量のゴミを積んだゴミ処理ロケッ
トは、常にこの星を目指している、という点である。
 いくら、宇宙を無限と信じて疑わない人類でも、所構わずゴミをばら撒くことには気が引け
たということだろうか。
 話をもどそう。
 それが確認されたのは、世界初のダストシップが打ち上げられてから数十年ほどが過ぎた頃
のことだった。
 青白色の輝きを放っていた一等星が、突如として様々な色へとその光りを変化させたのである。
 原因は不明だった。廃棄された物質が星の持つガスや光線に反応し、プリズムと同じ原理で
分光が行われているのではないか。あるいは、ゴミを捨てるなという宇宙人からのメッセージ
ではないか、などという突拍子もない説も、まことしやかに囁かれた。
 理由は未だに分かっていない。好き好んで、ゴミ箱を引っくり返して中身を漁ろうとする者
はいないということなのだろう。
「それにしても美しい」
 天文学者しか持ちえないような、巨大な反射望遠鏡を前に、そう語った少年がいた。
 彼は、優秀な研究者として将来を嘱望された人材であったが、その三日後に姿を消す。
 彼の家族も彼の行く先を知らなかったが、さらに一週間後、発射間近のダストシップの廃棄
物スペースの中で、かなり衰弱した姿で発見されることとなる。
「あの星に行きたかった」
 彼は、意識を取り戻した直後にそう語ったという。


62 名前:No.15 STARDUST BOX 4/5 ◇qCm0404lsQ 投稿日:09/01/19 00:15:36 ID:PTZcSuQ/
 この事件以降、ダストシップを発射する際に行われる内部確認が、より徹底されることとな
るが、それ自体はどうでもいいことだ。
 重要なのは、この事件が後に何をもたらしたのか、ということである。
 彼の行動を、先の知れた研究に絶望したが故の、自殺未遂と捉えるのは容易い。
 事実、多くの心理学者は一連の行動の根幹を、そのように分析した。
 しかし、この事件以降のある世の中の流れが、その診断の誤っていたことを証明する。

 夢は夢のままに

 海谷忍は、夢の島があった場所に立っている。かつて、ゴミが山と積まれ、湧いた虫が支配
した場所に立っている。
「日本だけなんだよ」
 彼は、空を見上げながら呟いた。視線の先には美しく輝く星がある。
 苦悶の表情を浮かべ、握り締めた拳からは血の気が引いて真っ白になっている。
 ゴミを捨てるのはゴミ箱だ。クズを捨てるのはクズカゴだ。けれど、ゴミを捨てる場所が何
故、夢の名を冠しているのか。それを彼は考え続けている。
 夢を見るためにはゴミが出るのが当然のことなのか、と考えて海谷は首を振った。
 例の事件から、夢の星へ行くことを目指す日本の若者が増えた。絶望からではなく、彼らは
そこに夢を見たのだ。
 七色に輝く星の光に、自分達が目指すべき場所を見つけたような気になったのである
 だが、同時にそれは、人間が捨ててきた過去の過ちを掘り返す作業であることを、海谷は天
野に教えられた。つまり、共感と協力は得られないだろう、と。
 処理しきれない感情を海谷はもてあましている。自分の考えがまとまりきらないことに苛立
ってもいる。自分と同じ感情を持つ者は決して少なくはないだろうということを信じてもいる。
「あー、もう」
 一旦思考を中断して、頭を掻き毟る。
 しばらくそうしていたが、ふと諦めたように海谷は空を見上げた。
 過去、星を見上げどれが亡くなった肉親であったか、と考えたという。それは故人の思い出
を瞬く星に重ねていたのだろうか。


63 名前:No.15 STARDUST BOX 5/5 ◇qCm0404lsQ 投稿日:09/01/19 00:16:02 ID:PTZcSuQ/
 星の光が、炎であると知った時、彼は少なからず衝撃を受けた。人の魂が、宇宙へと吸い上
げられてなお、さらに燃やされる所を想像したからだった。
「今では焼却炉、か」
 瞬間、星が一つ流れるのを彼は見た。
 星屑もいつか、夢の星へと捨てられるのだろうか。人間の魂もいつか……そんなことを考え
ながら彼は、その時まさに、目の前にある二つの道を放棄することを決めた。

 了



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