【 ある日の文芸部室 】
◆/ITZBwF/lc




5 :『ある日の文芸部室(お題:無視)(1/5)』 ◇/ITZBwF/lc:09/02/22 12:55:20 ID:TxFikI0j
 二月も下旬。しかし、寒さはまだ弱まることを知らず、下校する生徒たちは皆一様にマフラーに顔を埋めて、
寒風に目を細めながら歩いていた。
「うわぁー、あったかいっ! やっぱ部室は暖房が利いてていいわねーっ!」
 ノックもせずに文芸部室のドアを盛大に開け放ったのは、二年生の文芸部員、園田綾子だった。そして、ずか
ずかと部室に入ってくる綾子に続くようにして、二人目の女子生徒が部室に足を踏み入れた。綾子と同じく文芸
部員の、杉原小鳥。
「本当ですね。教室の空調は先生が温度設定してますから、いつも中途半端なんですよね。それに比べて部室だと、
自由に温度を設定できるのがいいですね」
 綾子とは対称的に、小鳥の仕草はゆっくりとしていて落ち着いていた。
「おはようございます」
 さらにもう一人。その年代の女子の平均身長よりやや低いはずの小鳥より、さらにもう一回り小さな生徒が
部室に入ってくる。ベリーショートでボーイッシュな印象を受けるが、ちゃんと女子の制服を着た、れっきとした
女子生徒だ。名前は三浦凛。彼女も二年生だ。凛はドアを閉めると、うず高く積もった書籍の山の間を縫うように
して部室の隅、彼女の専用空間となっている定位置へと向かい、これまた彼女専用となっているイスに座って鞄の
中から文庫本を取り出した。そして、そのまま本を読み始める。
 一方、綾子と小鳥は、部室の真ん中で二台の机を向かい合わせにして、それぞれイスに腰を下ろした。彼女達の
周りにも、文庫本やハードカバーの小説が壁を作っており、彼女達のいる空間があたかも小さな会議室のように
見える。この本の山は、歴代の文芸部員が家から持ってきて、結局持ち帰ることなく卒業していった結果できた、
いわば本と言う名の埃だった。彼女達の身長分はあろうかという本の山に囲まれながら、最初に話を切り出したのは、
綾子の方だった。
「ねぇ、今週の品評会のお題、もう見た?」
「はい、見ました。『無視』ですよね」
 品評会。ネット上で開催されている、小説の競い合いだ。彼女達は、毎週部室でこのことを話題にしていた。
「あたしが思いついたのは、徐々に存在が消えていく少年の話。ある小学校で、一人の男の子が少しずつ周りの
生徒や教師から無視され始めるの。その男の子の友達の主人公が、自分だけは絶対に無視しないからって、
不安がる男の子を励ますんだけど、ついには男の子の両親も彼のことを無視するようになってしまうの。それでも
主人公は男の子のことを何とか意識しようとするんだけど、最後には主人公も男の子を認識できなくなっちゃうの。
男の子がいなくなった後、主人公は何かを失った悲しさで涙を流すけど、何を失ったかは分からない。そんな話。
どうかな?」

6 :『ある日の文芸部室(お題:無視)(2/5)』 ◇/ITZBwF/lc:09/02/22 12:55:45 ID:TxFikI0j
 綾子は、自分の考えたストーリーを語った。
 存在が消えていく少年の物語。なるほど、あらすじだけを聞くと、寂寥感があって独特の雰囲気を楽しめそうな
内容だ。しかし、似たような話は、すでにありそうな感じはする。実際に書くのならば、いかにオリジナリティ
溢れる世界観――空気を演出できるかが問題になってくるだろう。
 綾子の案に、小鳥は納得するように頷いた。
「面白そうですね。けれど、少々寂しいお話になりすぎませんかね? 暗い話は好き嫌いが分かれますから」
「暗い? そぉ?」
 綾子の表情は、意外な指摘を受けた、といったふうにきょとんとしていた。
「僕は悪くないと思う」
 凛が、文庫本のページを一枚めくる。
 文庫本にはカバーがされていて何を読んでいるのかは分からないが、しおり紐がついていることや、天や小口に
黒い筋が見当たらないことから、おそらくライトノベルではないのであろうことは推測できた。
「次は、私が考えた話を聞いてくれます?」
 小鳥の言葉に綾子は頷き、プレゼントを今か今かと待つ子供のように身を乗り出して目を輝かせた。
「私が考えたのは、『無視刑』という刑罰のある世界でのお話です。この『無視刑』というのは、刑執行中の罪人を、
全ての国民が無視するというものです。どれだけ話しかけても応えてくれることはなく、世界に自分が独りに
なったという孤独感を味わわせる刑罰なんです。けれど、物語の主人公はこの刑罰について、「会話は出来なく
ても、見たり触ったりすることは出来るのだから、女風呂や更衣室が覗き放題で、むしろパラダイスじゃないか!」
と考えるんです。そして、わざと罪を犯して『無視刑』を受刑するんです。『無視刑』を受けた主人公は、
透明人間生活を満喫し、女風呂に入って女性の体に触れようとします。ところが、主人公の手は女性の体を
すり抜けてしまいます。実は、『無視刑』というのは名ばかりで、実際に行われていたのは死刑だったんです。
主人公は自分が死んでいることに気付かずに、『無視刑』だから周囲の反応がないのだと思い込んでいたんです。
後半の受刑後は、描写を上手く工夫して読み手にも主人公が死んでいることが分からないようにすれば、最後で
アッと言わせることが出来ると思うのですが、どうでしょう?」
「面白そう。いわゆる、世にも奇妙な物語風のお話しだね」
 そう言う綾子の顔は、だがその言葉とは裏腹に、どこか思うところがあるような険しい表情になっていた。
そんな綾子に、小鳥は少し不安そうな顔をする。

7 :『ある日の文芸部室(お題:無視)(3/5)』 ◇/ITZBwF/lc:09/02/22 12:56:12 ID:TxFikI0j
「どうしました?」
「面白いとは思うんだけど、いくつか突っ込みどころもあるよね。例えば『無視刑』が、何でわざわざそう
呼ばれているのか。死んで幽霊になっている人の様子なんて、生きている人からは分からないんだから、
『無視』しているかどうかも分からないよね。なのに、『無視』されていることだけをピックアップしている。
最初から死刑でいいじゃん、って言いたくなる」
「……なるほど。言われてみれば、確かにそうですね」
「まぁ、こういう『珍妙系』のお話に、細かい突っ込みを入れるのはナンセンスなんだけどね。要は、設定や
展開が面白いかどうかが問題だから」
 しかし、それでも物語の整合性を重視する受け手がいるというのも、また事実だ。書き手側は、「そこは話の
中核とはあまり関係がないことですから問題ありません」と言っても、読み手側は納得しないということはよくある。
 凛が、パタンと文庫本をとじて顔を上げた。
「他にも、突っ込みどころはあるよ」
 もう読み終わったのだろうか。凛は本を鞄の中にしまうと、イスから立ち上がり、そばに出来ていた本の山に
歩み寄った。
「『無視刑』の存在に、その世界の国民は疑問を持たなかったのか。主人公と同じように邪な考えを持つ輩が
現れるのは予想出来ることなのに」
 凛は小山の中から一冊の本を抜き取ると、再び彼女の定位置へと戻り、読書を再開させた。
「まぁ、でも、大抵の矛盾点は設定次第である程度なんとかなるけど、問題は後半の叙述トリックだね。あたし、
叙述トリックは苦手なんだよねぇー」
「叙述トリックは、初心者には難しいといいますしね。下手をすると、読み手の反感を買います。けれど、
その分成功した時の威力は絶大です」
 叙述トリック。普通、物語のトリックというのは作中の登場人物に対して使われる。だが、叙述トリックは
読み手に対して仕掛けられるトリックだ。いわゆる「どんでん返しオチ」として、多くの小説で使われてきた。
成功したときのインパクトは大きいが、しかし失敗した時のダメージはその数倍はある。読み手を「騙す」
叙述トリックは、古くから毛嫌いしている人も多く、ちゃんとした形で成立させるためには、「作中で決して
嘘の記述をしない」、「読み手が納得できるような伏線を張っておく」といった条件が必要になってくる。
「伏線がねぇ、苦手なのよ。バレるのが恐くてあまり書かないとアンフェアだし、だからといって書きすぎると、
途中で見破られて興ざめしちゃうでしょ。この加減が難しいのよ」
 綾子が面倒くさそうに片手を振る。そんな綾子に、小鳥は苦笑を浮かべながら言った。

8 :『ある日の文芸部室(お題:無視)(4/5)』 ◇/ITZBwF/lc:09/02/22 12:56:38 ID:TxFikI0j
「そうですね。けれど、その分やりがいはありますよ。自分の技術を総動員して読んでいる人を気持ちよく
騙してやる、って」
「でもさ、それにさ、丁度いい伏線の張り具合ってさ、人によって違うじゃん。ある人は、これじゃ全然
分からないって言うし、けどある人は、最初のここでもう分かったって自慢しちゃったりするし。もうさ、
いっそのこと伏線なしにして、冒頭に『※注:この物語には叙述トリックが仕掛けられています。
ご注意ください。』って書いちゃったら? そしたら、フェアでしょ」
「そ、それは……アリなんでしょうか?」
 綾子の考え方は極端だが、しかしあらかじめ叙述トリックであることを示すというのは、珍妙奇天烈な案という
わけでもない。そこまで明確に示してはいないが、叙述トリックを使っていることを売りにしている作家は
存在する。読者も、彼の作品には叙述トリックがあるのを前提として小説を読むのだ。
 しかし、それでも伏線はきちんと用意されていないと、フェアとは言えないだろう。彼女の考えは、読み手の
気持ちを無視した、書き手の身勝手な言い分だ。
「アリでしょ。むしろ、これこそ叙述トリックの完成形だと思うよ」
 さすがにその発言はいただけない。僕は立ち上がり、彼女たちからも確実に見えるように本の山の中腹あたり
から顔を覗かせて、しっかりと声が聞こえるように大きな声で言った。
「ナシだよ。そんなのは、認められない」
 やはり、こちらのことは気付いていなかったようだ。二人は闖入者の登場に驚き、目を見開いてこちらに
顔を向けた。
「あ、あれ? 部長、いたんですか?」
「いつからおられたのですか?」
「最初からいたよ……」
「うそ……でもでも、本の山が邪魔だったから、気付かなくても仕方ないですよ」
「けど、凛は気付いてたぞ。ちゃんと挨拶したし」
「そうでしたか?」と言って綾子と小鳥は凛の方を見た。しかし、凛は我関せずといった感じで、読書に耽っている。
「だいたい、お前たちが入った時点で暖房がついていたんだから、そこで誰かがもう中にいるって気づくだろ」
「いやぁ、昨日から付けっぱなしだったかなぁ、って思って」
 とぼけるように綾子は頭をぽりぽりと掻いた。
「さっきから、僕の発言は無視するし」
「何かおっしゃられていたのですか?」

9 :『ある日の文芸部室(お題:無視)(5/5)』 ◇/ITZBwF/lc:09/02/22 12:57:08 ID:TxFikI0j
 ここまで綺麗に無視されていたとなると、逆に清々しく思えてくる。自分の存在感のなさに才能を見出して
しまいそうだった。
「もう、いいよ。それより、叙述トリックの話だけど、綾子の考えは駄目だ。読み手を馬鹿にした考えだよ」
「えーっ、いいじゃないですか」
 頬を膨らませてふて腐れる綾子。しかし、これに関しては譲歩することは出来ない。一人の叙述トリックファン
として。
 そんな僕と綾子のにらみ合いがこう着状態になると思ったのか、小鳥が助け舟を求めるようにして、
凛の方へと話を振った。
「ねぇ、凛ちゃんはどう思います? 綾子の考え方は間違っていると思いますか?」
 部室に入ってから、本日はまだ「おはようございます」の一言しかしゃべっていない凛がゆっくりと顔を
上げた。そして、ようやく今日二つ目の言葉を口にした。
「私、叙述トリックは嫌いだから」
 それだけを言って、凛は読書に戻った。

おわり



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