【 進化の評価 】
◆t3xSf4sKw2




27 :No.09 進化の評価 1/2 ◇t3xSf4sKw2:09/03/22 23:54:20 ID:N8XPBlQU
「まるでカンブリア紀みたいやねぇ」
 頬に手を添え、目を細め、口元には薄く微笑を湛えながら、梶原弥生はそう述べた。
 その言葉の意味が分からなくても、彼女が愉しんでいるのは伝わったのだろう。
 それを聞き、ここに集った個性的な人達は誇らしげに喜んだ。私はそれをただ見ている。

 彼女は優しい女性だと人はいう。
 その評価が下されることそのものには異論はない。
 まず風貌からして優しげであり、常に穏やかな笑みを絶やさない。おっとりとした所作は
人を急かす事もなく、その口からは問い詰めるような文句も出ない。
 時折、まさに今のように分かり辛い比喩表現が飛び出すが、にこやかな表情を崩さずに
可愛らしい女性がそう言い切ったのなら、それが良い意味なのだろうと予想をつけられる。
特に男は彼女の笑顔に弱い。
 その笑顔と言葉に意味を求めたとしても「何でやろなぁ。でも、何でかそう思いましてん」
等とかわされてしまうものであるし、いずれ彼女と親しくなれば、もし自分が人を評価する
立場ならば言葉に詰まってしまいそうな時、その言動は飛び出すものと判る事だろう。
 つまり、ただ「褒めているようなこと」を言おうとしているだけなのだろうと思い至るのだ。
 だからこそ、だれにでも優しい……と彼女は言われる。
 そのような彼女の、いつも通りの言動がある。私はそれをただ見ている。数ヶ月前での、
何気ない彼女との対話を思い出しながら。

「カンブリア紀の地層にはロマンがありますねん」という言葉は今もなお鮮明に耳を打つ。
 彼女は笑っていた。おっとりとしてみせる普段の表情とはまた違い、目には強い意志が
見受けられた。本当に楽しかったのだろう。そして、それを誰かに語りたかったのだろう。
 だからこそ、気まぐれながらも自分の意思で、博物館に訪れていた私にあのような表情
を見せたのだろう。若干ながらも無邪気さすら感じられる、無防備な笑顔を――。

28 :No.09 進化の評価 2/2 ◇t3xSf4sKw2:09/03/22 23:54:40 ID:N8XPBlQU
 そのカンブリア紀の話はどのようなものだったか。
 当然のことながら絶滅にまで話は広がった。そして、絶滅に至った多くの種についても。
 彼女は「あれこそが進化の多様性やろねぇ」と、とても素直に笑っていた。笑いながら、
どのような多様性も絶滅の対処とは言い難く、種としての根本によってのみ、絶滅を凌い
だ生き物が、また次の世代で爆発的に多様性を示すのだ、等ということを語った。
 簡潔に纏めるなら、無脊椎動物の殆どは滅び、脊椎動物の祖が生き残ったということ。
「詰まるところ、素晴らしいんは、いっつも根っこの部分だけ」
 彼女はそういうと、クスクスと笑ってみせる。
「個性はいらないの?」
 そう、私が聞くと、
「絶滅するまでの刹那の間に、種としての慰みに、飾りはあって宜しいんと違います?」
 といって笑った。
 いや、嘲笑した。
 釣られた私も素直に笑って、その日から私たちは親友になった。

 今、彼女はそのカンブリア紀を比喩に使って笑っている。
 ここに集う者達は、未来の文学を担うもの達として、少なからず「個性的」な作品を手が
けた人達である。それらを祝う会食の席である。
 文学界という世界に、新しい風を迎え入れる席である。
 その席で、頬に手を添え、目を細め、口元には薄く微笑を湛えてみせると、梶原弥生は
そう述べた。
 その言葉の意味が分からなくても、彼女が愉しんでいるとは伝わったのだろう。
 それを聞き、ここに集った個性的な人達は誇らしげに喜んでいる。
 私はそれをただ見ている。


                                     終わり



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