【 人間が歯車 】
◆pxtUOeh2oI




14 :No.04 人間が歯車 1/1 ◇pxtUOeh2oI:09/04/13 00:17:40 ID:/4NhKVeJ
「時計屋さん、どこですか? ここにあります」と柔らかな女の人の声が古ぼけた小館に響く。
 僕がちらちらと壁やなんかを見ていたら置いて行かれたらしい。そういえばまだここは玄関だった。
下を見ると僕の靴だけが行儀悪くとっちらかってる。僕は靴を直して、声のする方へ歩いた。まあゆっくりとだけど。
 部屋に入ると、僕と同じぐらいの背の高さの置き時計が、右手側の壁と同化しながら振り子を揺らしているのが見えた。
その前に綺麗なお嬢さんが立っている。彼女は僕の胸ぐらいの背の高さ。他には何もない。みんな片付けられたようだった。
彼女と時計、あとは埃だけが部屋にある。この家は取り壊されるのだ。主人だった夫婦が死んでしまったため、
いや、本当はお金の問題かもしれない。家主が死んだのも、そのせいだって噂だ。どうでもいいけど。
「これをお願いします」依頼主の女性が呟く。若いのに毅然とした態度を取っている。
「いいものですね」僕はポケットから自分の懐中時計を取り出した。鎖が鳴る。「時刻も正確ですし」
「でも、新しい家には置く場所がないの」寂しそうに呟く。「そのあなたの時計ってやっぱり高いの? かなり古そうだけど」
「いえ、元は初心者向けのキットで、安い奴です。僕が始めて作った奴で、何度も修理してるので、元の部品はあまり残ってませんけど」
「そう。大事にしてるのね」彼女は眼を細める。
「ええ」僕は頷いた。
「では、よろしくお願いします」彼女はそれだけ言って、僕と時計を残して屋敷を後にした。
 もう鍵を掛ける必要もないのだ。盗まれるものは、何もない。僕が持って帰れば、それでお終いだった。
 時計の蓋を開いて、今も時を刻見続ける機構の中にドライバーを入れた。ねじを取って、ゼンマイを一つ外す。振り子が次第に力を失う。
外したゼンマイとねじを胸のポケットへ。時計が制止したのを確認して、ちょっと重かったけど何とかトラックへと運んだ。
 荷台に積んだ時計をバンドで固定し、シートを被せる。それから僕はもう一度屋敷へ戻った。玄関を上がり、腰に止めていたナイフを抜く。
 手に持った銀のナイフは薄暗い中でも鈍く輝いていた。
 僕はナイフで薄汚れた壁を削った。ぱらぱらと落ちる粉を小瓶に詰めて、コルクの蓋をする。それから、ナイフの柄で、
錆びたドアノブを破壊した。無論、それも持ち帰るためだ。他にも家の中から様々なものを削り取っていく。
 そして最後に、大きな柱の前に立った。平行な傷と数字が無数に刻まれている。下は僕の腰の高さぐらいから、
上は胸元ぐらいまで。僕はその上にナイフを振り下ろし、木片を削り出した。
 僕は満足して、トラックへ戻った。エンジンを掛けようとしたとき、ふと助手席に眼をやると、チラシが落ちていた。
 行きに依頼主が見ていたウチの広告だ。僕はそれを手に取った。そこには、場違いに明るい言葉でこう書かれている。
『あたなの大切な時計、捨てるのは止めませんか?』
 大切だけど、持ち続けられないような時計の部品を使って、別の小さな時計を作るというサービスだ。
 彼女はそれを望んでウチにやってきた。思い出だけでも残したいと。ただ対象がいつもと変わっていたので驚いたけど、確かにそうだ。
 エンジンを掛ける。車を出すとき、僕はバックミラー越しに映る二つの時計へ呟いた。
「お疲れさま」                                                <了>



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