【 22歳の晩秋(お題:殺) 】
◇fMeTibrj0




3 :No.01 22歳の晩秋 (お題:殺) 1/5 ID:fMeTibrj0:09/04/18 21:27:49 ID:zom+PIn5
気が付くと、カーテンの隙間からは夕日が差し込んでいた。
今日もカーテンを開けなかったな、とぼんやり思いながら俺は掛け布団を除ける。
晩秋の夕刻は少し肌寒く、隣で寝息を立てていた伊草は「うー」と唸り声を上げて剥がされた掛け布団を手探りした。
「伊草、もう起きろ。夕方だぞ」
「……まだ、眠い」
「眠くても、取り敢えず太陽が昇っているうちに起きようって言ったのは、お前だろ?」
伊草が掛け直そうとする布団を無理やり引き剥がして、俺はサイドテーブルの上に乗っていた清涼スプレーの缶を彼女の背中に当てた。
「ひゃあっ!」
鋭い悲鳴を上げて、井草は飛び起きる。その姿が面白くて、太腿や脇の下、胸と幾つもの部位に缶を当てる。
彼女は声に鳴らない悲鳴を上げながら、缶を操る俺の右手をバシバシと叩いた。
「ばか!ばか、ばかっ!」
「あー、悪かったって。悪か……痛い!そんなに強く叩いたら痛いって!」
「誠二のばか!変態!」
バシバシバシバシ……。伊草の目が覚めていくのに比例して、段々叩く力が弱まってくる。
伊草が笑いながら「誠二のばか、変態」と言い始めた時点でそれはじゃれあいに変わり、ベッドの上でごろごろと俺達はまだ幼い子供であるかのようにふざけ合った。
あるかのように、だ。もう自分も伊草も、子供じゃない。
暴れる井草の足がカーテンを蹴って、何日ぶりにか部屋の中に無垢な陽光がさす。
捲れたカーテンの向こうには赤い夕日の塊が浮かんでいた。
俺達は二人同時に、その、窓の外の光景を見て静止した。
自分たちの住んでいるアパート見る景色とは思えなかった。
「ねえ、誠二」
「ん?」
「……綺麗だね」
「……ああ、そうだな」
「……明日からは、ちゃんとカーテン開けよっか?」
「……ああ、そうだな」
伊草は小さくため息とも、深呼吸とも取れる息を吐いてベッドの下に落ちていたブラジャーをつけた。
俺も、掛け布団に埋もれていたTシャツを取り出して羽織った。
そして、なんとなく浮かんだ沈黙を誤魔化すように俺達はどちらともなくキスをした。
お互い、唇がカサカサだった。

4 :No.01 22歳の晩秋 (お題:殺) 2/5 ID:fMeTibrj0:09/04/18 21:28:10 ID:zom+PIn5
「ねえ、テーブルの上の胡椒とって?」
「胡椒?ねーよ」
「あるでしょ?昨日買った奴」
「昨日……?あ、これか」
雑然としたテーブルの上に、普段使っている胡椒とは180度趣の違う装丁のホワイトペッパーがころんと転がっていた。
俺はそれを手に取って、立ち上がる。もう一度そのホワイトペッパーに目をやる。どうにも胡椒らしくなかった。
「なあ」
「なに?」
「なんかそれ、大丈夫?」
ホワイトペッパーを手渡しながらそう訪ねると、伊草は顔をしかめてこちらを振り返った。
「何が?」
「なんかさ、白いのに、胡椒なん?」
「ああ。……ねえ、誠二。その質問ちょっと阿保っぽいよ?」
「なにー?」
予想もしなかった返答に、今度はこっちが顔をしかめてみせると伊草は料理する手を止めてこちらを振り返った。笑顔――と言うよりは苦笑いだった。
「別に色が白いから駄目なんてことはないんだよ?ていうか胡椒のこと以外にも、誠二はそういうふわふわした質問多すぎ」
「ふわふわした質問?」
「そう。駄目だよ、そんなじゃ。あと数か月で社会人なんだから」
腑に落ちない言葉の応酬に俺はますます顔をしかめる。
俺があと数か月で社会人だから、このままじゃだめだって?そしたら……
――そしたら、お前だって夕方にすら起きれないくせに数ヵ月後に社会人じゃねーか。
そんな言葉が口先まで出かかった。しかし、実際に口から出ることはなかった。
俺は何も返さないまま、すごすごと元いた場所に戻った。
もうすぐ料理が出来る。テーブルを片付けよう。
   

5 :No.01 22歳の晩秋 (お題:殺) 3/5 ID:fMeTibrj0:09/04/18 21:28:26 ID:zom+PIn5
伊草の作る料理はかなり薄味だった。
特に汁物は出しが利いている分塩分が圧倒的に足りなくて、三年前付き合い始めた当初は完食することすら一苦労だった。
しかし馴れるもので、今はその程度の塩加減が自分の中での適量になっている。
その他の部分でも、沢山の部分を彼女に返られた。俺も、彼女を変えたと思う。
結構簡単に、人間は変わるのだ。たった三年で自分達は変わった。
と言うことは、離れてしまったら。伊草がいなくなってしまったら。俺は元に戻ってしまうのだろうか。
ご飯を終えて、後片付けも終えて、夜の十時過ぎ。俺達は二人でベッドに座ってテレビを見ていた。
カーテンは開けたままだった。開け無精は閉め無精でもあった。
伊草は俺の膝の上に乗っている。時たま彼女が動くと、二、三本跳ねている頭頂部の髪が顔をなぞってくすぐったい。
木曜日のテレビはあまり面白くなかった。
いつの間にか、二人揃って窓の向こうの景色を見ていた。
「月、綺麗だね」
「そうだな」
「秋、だからかな?」
「十五夜は九月だぞ」
「でも……綺麗だよ?」
「……そうだな」
俺は伊草の柔らかい髪を撫でた。彼女はくすぐったそうに笑った。
優しく顎を持ち上げて、口付けをした。伊草は小鳥のように下を差し出してくる。俺はそれをついばんで、吸って、舌を徐々に彼女の唇から首筋へ、耳へ、背中へ移動させていく。
伊草の声は普段より、大きかった。
どうして?と聞くと、月に見られてるからだと、笑って答えた。俺も笑った。
果てる瞬間にも、何故だか俺達は微笑み合っていた。終わった瞬間に肌寒さを感じ始めて、二人厚い布団にくるまった。
夏はとっくに過ぎて、秋ももう過ぎていく。
裸で布団も掛けずに寝るにはもう、寒すぎた。

6 :No.01 22歳の晩秋 (お題:殺) 4/5 ID:fMeTibrj0:09/04/18 21:28:50 ID:zom+PIn5
「ねえ、誠二」
胸元から、伊草のくぐもった声が聞こえてくる。彼女の頭を撫でながら俺は「なに?」と返した。
「なんで、イク瞬間、笑ったの?」
「お前もじゃん」
「そうだけどさ。……なんで?」
胸に触れていた温かな感触がなくなる。掛け布団の中からもぞもぞと伊草の頭が出てきた。やんわりと頬を染めて、俺の事を見ている。
なんで笑ったんだっけ?少し考えると、造作もそれは思いだされた。
そっと、彼女から視線を外し窓の外の月を見る。そして、答えた。
「俺達さ。二年もここに住んでたのに、全然気付かなかったよな」
「あははは。やっぱり、おんなじこと考えてたんだ」
ははは。やっぱりそうか、とお互い納得し合ってはははと声を合わせて笑った。
ははは……。段々笑いが途切れてくると、それの代わりとでも言うように柔らかくキスをした。こんどはどちらとも舌を出さなかった。
「……でも、気づいて良かったね」
「……そうだな」
「……残り、数か月だもんね」
そうだな。と、軽く返すことは出来なかった。
「なあ」
「んー?」
「暇つぶしって英語でなんて言うか、知ってるか?」
少しかすれた声でそう尋ねると、伊草は「んー」と唸るだけで何も返さなかった。
知ってることはもったいぶらない奴だから、たぶん知らないんだろう。
「知らないんなら、いいんだ。ただ、ちょっとゼミの教授が腹立つこと、言ってたからさ」
「なにー?」
「君らの大学生活は、ただの暇つぶしだ、って。一時の楽しみを求めるだけで何の実にもならない生活を送っているのだから、そんなもの暇つぶしにしかならないってさ」
「相変わらず、すごい教授だね」
伊草はくすくすと笑っている。俺もつられて笑ったけれど本当は笑いたくなかった。
教授の本当の言葉は少しだけ違った。後半の「暇つぶし」が英語だったのだ。

7 :No.01 22歳の晩秋 (お題:殺) 5/5 ID:fMeTibrj0:09/04/18 21:29:04 ID:zom+PIn5
「でもさ、誠二。違うよ、そんなの」
「ん?」
ぼんやりとする俺に向けられた伊草の口調は強くはっきりしたものだった。少し、驚く。彼女の目を見つめた。

「暇つぶしって、いらない時間をやり過ごすってことでしょ?空いた時間にマンガ読んだりとか」
「うん、そうだな」
「だったら、やっぱり違う。暇つぶしじゃないよ。だって……私、今の生活で、充実してるもん。満足してるもん
確かに、何か具体的な実になってるかはわからないけど、大切な思い出になってるもん。だから――――」
ひょいと、布団の中から伊草の細い腕が飛び出してきた。そしてがしがしと、俺の頭を撫で始めた。
――――普段なら絶対にやめろと言う状況だった。でも、今日はなぜか言葉が出なかった。
ただ、彼女のされるがままになる。
少し後ろめたく、少し気恥ずかしく、少し……悲しくなった。
伊草は俺の頭を撫でながら、言った。
「そんな顔しないで。無駄じゃないよ。私、誠二と入れて幸せだったよ」
「……俺もだ」
「あはは、なんかこれじゃお別れするみたいじゃん。東京都、京都。同じ日本の中なんだから、大丈夫だよ」
あははは。伊草は楽しそうに笑って頭をなで続けている。
何もかも見透かされていた俺は、顔を上げることすら出来なかった。
彼女の手は、温かい。そして、言葉は強い。
この強制力があれば、俺達は変わらないで済むのではないか。なんとか、そう思おうとした。
でも、やっぱり俺は離れてしまうのが不安で……胸の片隅で僅かにこんなことを思ってしまうのだ。
あわよくば、幸せな今。その温かい掌で俺を殺してくれ、と。



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