【 二十四の風景 】
◆luWLt0fjzg




5 :No.02 二十四の風景 1/6 ◇luWLt0fjzg:09/04/26 22:06:12 ID:d9aZxMnz
0.零時ちょうどに鐘は鳴る
 街の中心にある教会の大きな鐘は、零時ちょうどに鳴り響く。零時といえば、子供はもうとっくに寝ており、
仕事で疲れた新米職人は、遅刻の言い訳を考えながら寝床に入る時間だ。この街に来て間もない者は、夜中飛び
起きて窓を開け、眠そうに眼をこする。だが、教会の主である神父には一切の苦情がこない。
 なぜならば、その音色は妙に悲しげで、人の感情をなだめ、癒し、そして明日への活力を与えるからだ。
 人々は夜中に鳴る鐘を許す一方で、鐘の音色に許されていた。そして、尊敬の念を込めてこう呼んだ。
 『つぐないの鐘』。誰が一番最初にその名前を口にしたかは、誰も知らなかった。
1.奇妙な夢を見る医者
 医者は、大きな手術がある前の日、必ず奇妙な夢を見た。
 そこはならず者が集うような酒場で、家柄の良い医者のような人間は、まず行く機会の無い場所だった。夢の
中の医者はいつも気づくとカウンターに座っており、マスターに向かってスコッチを注文していた。マスターは
何も言わず、医者の前に小さなグラスを二つ並べ、片方にはスコッチを。もう片方には、毒薬を注いだ。
 そして二つのグラスを目にも止まらぬ速さでシャッフルすると、医者に選択を迫った。スコッチと毒薬は、色
も匂いも似ており、医者には判断がつかない。つまり、医者は二つのグラスの前で苦悩する事になる。
 無事にスコッチを選べた時は、次の日の手術は必ず成功する。だがもしも毒薬を選んでしまったら……。
2.墓守は眠らない
「あれは十年前の事だ。この街で、原因不明の疫病が流行った。感染率自体は低かったが、かかったら最後、医
者の手によっては治す事が出来ず、人々は神に祈るしかなかった。沢山の人が身体中に斑点を浮かべて死んだ。
またもっと沢山の人が、街の外へと追い出された。仕方の無い事だったんだ。研究者が最善を尽くしても、感染
する原因が特定できなかったから。外に追いやられる人々を見ても、我々は唇をかみ締めて黙認するしかなかった。
 この街にいる者は皆『罪』を背負っているんだ。……いや、この街の外でも、同じ事かもしれないな」
3.真夜中の祈りは遠くへ届く
「ここにいたのかい? もう夜中の三時だよ。家に帰って寝よう」
 十字架の前、ただひたすらに祈りを捧げる女性の肩に、ふわりとカーディガンがかかった。
「ええ、今日必ず手術が成功するように、お祈りしていたの。今、帰ろうと思ってた所」
 女性はせつなくて優しい嘘をついた。もしも男が放っておいたらいつまででも祈り続けただろう。今、女性に
は、それくらいしかしてやれる事がなかったからだ。
「娘の事をどうか悪く思わないでくれ。何というか……新しい母親を受け入れる準備が出来てないだけなんだ」
 と男が言うと、女性はただ微笑んで「ええ、そうね」と呟いた。

6 :No.02 二十四の風景 2/6 ◇luWLt0fjzg:09/04/26 22:06:28 ID:d9aZxMnz
4.犬は語らず日の出に吼える
 人間が聞こえる音と、犬が聞こえる音は全く違う。それは、耳で感じ取れる周波数の範囲が違う事に起因する。
一般的な人間は二万ヘルツまでの音しか聞こえず、犬は五万ヘルツまで聞こえる。犬の方が人間よりも高い音
を聞き取り、人間はその音がすぐ近くで鳴っていても気づかない。
 最近、この街では犬がよく吼えるようになった。唯一吼えていないのは、つぐないの鐘が鳴る時だけで、時刻
が明け方の四時を回る頃には、犬たちは皆、十年前のようにうるさく吠え出す。それは、人間に対する忠誠の証
なのかもしれない。
5.花を摘みに少年は走る
「バウ、あんまり吼えるなって。お母さんが起きちゃうよ」
 少年は犬の頭を撫でて、人差し指を唇に立てた。所々穴の開いた靴を急いで履いて飛び出すと、朝靄に包まれ
た街を駆けて行く。街のはずれにある花畑には、色とりどりの花が咲いていて、それを摘んで病院に持っていく
事を、少年は日課にしていた。
 少年の恋心はまだ幼く、それだけに純粋だった。言葉ではうまく伝えられない気持ちを、少年はその行為によ
って表す事にしていた。そして願いが叶った暁には、今度こそきっと深呼吸をして、気持ちを打ち明けようと思
っていた。少年は今にも破れてしまいそうな心臓に突き動かされ、夜明けの街を走った。
6.少女はただ、ひたすらに待ち焦がれて
 それがいつの朝日だって、少女にとっては最後に見る太陽かもしれなかった。しかし今日は特別にその可能性
が高く、そんな考えが頭をよぎると、少女はとてつもない不安に襲われた。
 病院の窓から眺める景色は狭い。空の向こうに、少女の知らない世界が広がっている事が、まるで嘘のように
思える狭さだった。鳥籠のような病室が嫌いで、少し前まで少女は、いつ死んだって未練などないと信じていた。
 だが、鳥籠にも春はやってくる。その春は木登りがとても上手く、建物をよじ登るのなんて朝飯前だ。
「おはよう、今日はアザレアの花が咲いていたんだ。きれいなピンクだろう」
 病院の二階の窓で、二つの笑顔が咲いていた。
7.優秀な科学者は朝に眠る
 科学者の脳みその中にある、張り詰められた糸が切れた。徹夜三日目の朝だったが、科学者にはどうだって良
かった。己の健康、健やかな未来、何をさしおいても、その仕事には徹夜をする価値があった。
 意識の風景が夢の中へと移動していく瞬間、科学者はこんな事をぼんやり考えた。
 世界で一番人を殺した人間は誰だろう。
 今、その答えは科学者には分からなかったが、これから正しい答えを作る事は可能だった。身分も家庭も血縁
も、何もかもを捨てた自分ではあったが、歴史に名前を残す事にはなるだろう。と、科学者は確信していた。

7 :No.02 二十四の風景 3/6 ◇luWLt0fjzg:09/04/26 22:06:43 ID:d9aZxMnz
8.一日の始まりに渡り鳥が空を飛ぶ
 若い渡り鳥は空の上から、街全体を見下ろした。
 人間の目には見えない物が、渡り鳥には見える事がある。
 この十年で、街はすっかり元気を取り戻したといえば、それは嘘になるだろう。
 渡り鳥にはこの街に刻まれた深い傷がよく見えた。それはこれから癒されるのか、それとも、もっと深い傷が
つくのだろうか。
 答えは出ないまま、渡り鳥は街の上空を通り過ぎ、西の空に去っていった。
9.おもちゃ屋を営むのは真の悪
「俺の家は裕福じゃなかったから、おもちゃは買ってもらえなかった。だから俺は大人になって、おもちゃ屋を
やり始めた。だけど大人になった俺に、おもちゃは必要無かった。だから今度は、俺が変わるのではなく、世界
を変えさせてやろうと思った」
 街のおもちゃ屋は誰にも聞こえないようにそういうと、店のシャッターを開けた。それは、もしも志半ばで逮
捕された時に、警察に向かっていうつもりの台詞であり、おもちゃ屋は毎朝練習していた。でないと、いざとい
う時に失敗していまうからだ。おもちゃ屋はじっくりと計画を練るタイプであり、自分の力を過信しなかった。
10.出来の悪い生徒ほど先生は気にかける
 いつにも増してぼんやりとした、少年の表情を上から見下ろした先生は、怒鳴る事なく、叩く事なく、ため息
混じりにこう呟いた。
「もうそろそろ、始まるものね」
 少年は先生の言葉に気づかないまま、窓から外を眺め続けていた。
 先生は教壇に戻って教科書を開き、黒板に向かうと、急に沸いてきた不安を押し殺しながら、授業を続けた。
11.父親には気がかりな事が多すぎる
 両手を握りあって、寄り添うように俯いた二人は、手術室の前で、娘の帰還を待っていた。父親は、妻の手が
震えている事に気づいて、さも思い出したように言った。
「昨日、娘が君を病室から追い出した後、前の妻の事について少し話したんだ。どうして実の娘を置いて、街か
ら離れる事になったのか、僕はありのままの事実を伝えた。……もう、十年になるんだ」
 涙をこらえ肩を震わせる父親に、妻は優しく、落ち着いた口調でこう述べる。
「私は疫病の後にこの街に来た人間だから、当時の事は詳しく知らない。けれど、あの子のお母さんがどういう
思いであの子を置いていったのかは、苦しいくらいに分かってる。生んですぐの自分の娘を手放す痛みはきっと、
私が今感じてる辛さよりも、何倍も何倍も……」
 父親は妻の身体を抱き寄せ、声にならない声で、泣いた。そしてきっと娘が無事に戻るようにと、再度願った。

8 :No.02 二十四の風景 4/6 ◇luWLt0fjzg:09/04/26 22:07:01 ID:d9aZxMnz
12.悪党達はゆっくりと昼食を食べる
「早かったじゃないか。まあ座れ。昨日も徹夜だったんだろう? もっと寝てた方が良いんじゃないか」
「いや、おちおち寝てられませんよ。もう少しなんです、もう少しで完璧な装置が完成します」
「そうか、それは良い知らせだ。そしてこちらにも良い知らせがある」
「何です?」
「お前の前任者の居場所がようやく分かった。それと、以前の装置がうまく動かない理由もな」
「それは実に良い知らせだ! いつかこの装置について語り合いたかったんですよ。いつ会いにいきます?」
「語り合えるかは分からんが、今夜早速行く事にしよう。奴に後ろ盾はない。あるとしたら、神様くらいだ」
13.失った者には、悲しみではなく楽しみの言葉を
「いや、今追ってる事件の調査で近くにきたもんでな、ついでに墓参りでもしようかと思ったんだ」
 墓守にそう言った男は刑事だった。和やかな口調で、おどけてみせるように続ける。
「もう十年前の事だ。忘れろとは言わないが、そろそろ決着をつけなくちゃならない。どうだ? 刑事課にはお
前の席がまだ残ってるんだ。お前の妹も復帰を望んでいるよ」
「知った口を聞くな」と墓守は一蹴したが、刑事はそれでも食い下がる。
「そうだ、家族を持つといい。うちにも十歳になる息子がいるんだがな、毎日元気に駆け回ってるよ。亡者に礼
儀を尽くすよりも、未来を見据えるべきだと思わないか」
14.一枚の紙に真実を託して
 誰かがこの紙を読んでいるという事は、私は奴らに殺されてこの世にはもういないだろう。
 どうか卑怯な私を許して欲しい。そしてこれを最後の告白として、誰かに伝えて欲しい。
 私は十年前、恐ろしい装置を開発した。それは、人間には聞こえない周波数の音を発生させ、人間の身体に害
をもたらす物だ。具体的には、身体中に斑点が浮かび、最悪の場合死に至る事もある。だがこれは、特定の音、
つまり空気の振動に対する、アレルギー反応によって起こる症状であり、決して感染はしない。その装置の設計
図、また詳しい理論を示す文章は既に処分済みであるが、どうか信じて欲しい。この街に住む者なら知っている
だろう。あれは疫病などではなかった。私の発明した装置を、奴らが勝手に使った為に起きた事件である。私は
奴らの下をどうにか逃げ出し、今の身分で生活を送っていた。しかし最近、奴らはまた新たに改良した装置を開
発したらしい。正義のある者がどうかこの紙に気づき、おもちゃ屋の男を追い詰める事を切に願う。
15.神父の後悔は誰よりも深い
 神父は告白をしたためた一枚の紙を、自らの机にしまった。
 そして、近いうちにやってくるであろう凶刃を、安らかな心で迎えようと思った。
 今日にも鐘を鳴らす事が出来なくなるかもしれない。だがそれでようやく、神父は長い懺悔を終えるのだった。

9 :No.02 二十四の風景 5/6 ◇luWLt0fjzg:09/04/26 22:07:22 ID:d9aZxMnz
16.走る少年は風のごとく
 学校が終わると、少年は走り出した。
 向かう先はもちろん病院であり、そこには少女が待っている。まだ意識は戻ってないかもしれないが、その手
に血が通っていれば、少年は感情に任せ喜びの言葉を叫ぶだろう。
 少年は逸る気持ちを抑えながら、レンガ模様の道路を蹴った。おもちゃ屋の前を通り、レストランの前を通り、
大きな屋敷の前を通り、教会の前を通り。蒸気機関になったような心臓に、血液の石炭を放り込んで、少年は
街を駆け抜けた。そしてようやく辿り着いた病院で、少女の両親が待っていた。
17.医者はカルテに事実を記す
 ……以上の事から、良性の神経鞘性腫瘍と診断した。外科手術にてこれを取り除き、完治を目指す方針。
 また、患者は現在脳腫瘍によって圧迫された部位の所為で、耳が聞こえなくなっている。だが聴覚については、
手術が成功したとしても、元の機能を取り戻せるかは不明。取り戻せたとしても、かなり長いリハビリ期間が必
要だと思われる。
 補足。患者の父から聞いた話によると、患者は脳腫瘍を発病する以前、普通の人間が聞こえない高周波数の音
が聞こえる特異体質を持っていたとの事。しかし、脳腫瘍との関連性は不明である。
18.おもちゃ屋は少し早めに店を閉める
「さて、そろそろ行くとするか」
 おもちゃ屋はスーツに着替え、内ポケットに拳銃を忍ばせた。科学者もそれに習い、後ろについた。
「ボス、そろそろ教えてくださいよ。あの装置の考案者は誰なんです?」
「街の中心にある教会の神父だよ」おもちゃ屋は振り向かず続ける「それでようやく、深夜の零時に鳴る鐘にも
合点がいった。以前の装置が効果を発揮しなくなったのは、神父が鐘を使って装置の効果を打ち消していたから
だ。これから奴を始末すれば、全てがうまくいく。改良した装置で、再び街の大掃除といこうじゃないか」
19.仕事を終えて、医者はグラスを傾ける
「スコッチを一つ」
 医者の前に差し出された一つのグラスに、一杯のスコッチが注がれた。医者はそれを、ぐいと一気に飲み干し
た。マスターが声をかけた。
「良い飲みっぷりですね。よく飲まれるのですか?」
「いや、本物のスコッチは今初めて飲んだんだ。こうして酒場にきたのすら初めてなんだ」
「『本物』の? どういう意味です?」
「スコッチを飲む夢をよく見るんだ。大きな手術の前の日にね。今日は厄介な脳外科手術があったんだ。昨日飲
んだスコッチもうまかった。今日の手術は大成功だ。今でも自分の腕が信じられんよ。神様でも、宿ったかな」

10 :No.02 二十四の風景 6/6 ◇luWLt0fjzg:09/04/26 22:07:37 ID:d9aZxMnz
20.銃口は感情の無い瞳で見つめる
 神父はおもちゃ屋の命令には従わず、両手を握ったまま目を瞑っていた。
「神様はどうやら、お前の味方ではなかったらしいな」
 おもちゃ屋は銃を神父に突きつけたまま、口角を少しあげ、残酷な笑みを浮かべた。神父は決して震えないよ
うにと努めながら、ただ死を待った。
「俺からは話す事もないし、そろそろ死んでもらうとしようか」
 銃口はじっと、神父を見つめていた。
21.少女には街の声が聞こえた
「役に立てたかな」
 と少女はベッドに横になりながら呟いた。父親は少女の手をぎゅっと握り、「ああ」と答えた。少女は少しは
にかんで、照れくさそうに父親に向けてこう言った。
「……お母さん、外にいるんでしょ? ……入ってきていいよ」
22.少年の走りは誰かの命を救う
「お手柄だぞ。俺はお前が息子である事を誇りに思う」
 と、刑事は少年の頭を掴んでわしゃわしゃと撫でた。荒っぽい行動の中に、優しさが隠れていた。
「僕の手柄じゃないよ。良い手術をしてくれたお医者さんと、僕の言う事を信じてくれたお父さんと、捜査に協
力してくれた墓守さんと、そして……」
23.明日はもう鐘が鳴らない
 取調べを受けながら、神父は心の奥から湧き出る安らぎを感じていた。間一髪の所で自分の命が助かったのは、
きっと神のおぼしめしだろう。そしてきちんと罪をつぐなえという啓示だと思った。
 一人のとある少女が聞いた小さな音を頼りに、二人の優秀な刑事と少年が教会を特定してくれた。という話を
警察から聞いた時、神父は、今まで鐘を鳴らす事によって保たれていた街が、意思を持って一つの目的を達成し
てくれたように思えてならなかった。
 人と人との繋がりこそが街だった。バラバラの生活を営みながら、人々はどこかで繋がって生きている。
 それこそが、人間の、人間らしい部分なのだろう。神父には、両手にかかった手錠が、自分を街に縛り付けて
くれる命綱のように見えた。
 明日はもう鐘が鳴らない。つぐないは終わり、そしてこれからなのだ。





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