【 ここのつ 】
◆ik6i89RqMo




42 :No.10 ここのつ 1/1 ◇ik6i89RqMo:09/05/03 23:31:12 ID:ti5+0J4W
 ここのつは一本足りない。かむろの頃にはもう足りていなかったから随分と前からなかったことになる。普通は
死人のものを送りつけるものだから、馬鹿正直に自分のものを送りつけるなんて他にも何か足りていない。
 そんなだからなじみの一人もなく、たまに来る他人のものなら何でも欲しがるような物好きたちも、ここのつの
ゆるい空気にあてられて、通いも辞めて外で身を固めたりするものだから茶屋のやり手も頭を抱える始末だ。


 ところがこの、ここのつ芸事はからきしなのに囲碁とそろばんだけは誰にも負けない。なじみを盗られる事
もないから姉女郎たちにたいそう重宝がられ可愛がられた。ここのつに任せておけば店もごまかしが効かない、
元よりごまかすつもりのない店の方も、ここのつに任せておけば煩わしい事もないし何より娘たちに受けがいい。


 噂が噂を呼んで尾ひれがついて、最近では他の店の娘からも依頼が舞い込む。どの店がここのつを番頭新造
にするか、どこそこの店は目の飛び出るような給金まで準備しているなど、まだありもしない話までもが噂の肴に
のぼった。粋と気風の花咲く町だ、煙が火をおこすのもさほどかからぬだろう。


 どことなく太鼓持ち風味。お師匠さんまでもが口元を隠す。下手の横好きを地でいく踊りの稽古、ここのつ
が肌身はなさず袖の中に仕舞った朱理桜の寄木細工がからりからりとはやしたてる。もう年季も明けようかと
いうのに、かむろの頃と変わらぬ天真爛漫さで手練手管の渦巻く世界にあって、ここのつだけは海鳥のように
渦の上の海とは違う青いところで踊っている。


 朱理桜の寄木細工は、今日もここのつの袖の中でからりからりと鳴っている。

       了



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