【 人を救えるからヒーロー 】
◆zH52hPBzFs




2 :No.01 人を救えるからヒーロー (1/5) ◇zH52hPBzFs:09/05/09 17:54:49 ID:C40iP7uG
 ルームメイトが部屋に帰ってきた。
「ただいまです、先輩」
「うん、お帰り、ルーシー。どうだった?」
 僕は帰ってきた彼女にそう声をかけながらも、きっと芳しい結果ではなかったのだろうなと思っていた。ルーシーのその声が、
疲れに押しつぶされているような声音をしていたからだ。
「うーん、また駄目でした……」
 彼女は予想通りの言葉を口にして、さながらゾンビ映画のゾンビのような歩き方でダイニングへよろよろと歩いた。そのまま
テーブルに突っ伏す。彼女の持つシャイニーアッシュの長い髪が、テーブルに散乱する。
「ふむ」
 僕は眺めていた雑誌をローテーブルの上に放りだし、ソファーから立ち上がった。キッチンに歩いて、戸棚から茶葉を選ぶ。
中国茶でいいだろう。
 茶葉をポットに放り込み、ケトルでお湯を沸かす。それらの動作をしながら、僕は背中越しにルーシーに問いかけた。
「今回は、これなら大丈夫だろう、意気込んでいたのにね」
「そうなんですよ……」
 彼女は童話作家志望の大学生で、自分の夢を果たすために奮闘している最中だった。とはいっても、この時代、童話作家になる
ことは極めて至難と言ってもいい。もっとも、それは童話作家だけに限られた話ではない。小説家や作曲家、あるいは美術家といった
芸術家になれるのは本当に独創的な創造性を持った人間のみ、というのが現状である。
「著作権の適切な保護を」 そんな理由で西暦二三〇〇年過ぎに悪名高き「創作物保護法」が施行されてから早二〇〇年。法の発効と
同時に立ち上げられた「創作物監査システム」のデータベースには世界中から集められた膨大な既発表作品の情報が集められている。
新たに何らかの創作活動を行おうとする場合、プロ・アマチュアを問わず、システムの審査を受けなければならない。そして、新たに
作り出された創作物に過去の作品との類似、倫理や宗教上の問題の有無等視点による審査が行われ、その病的なまでに厳しい審査に
通った作品のみが世間への発表を許されることになる。
 人間の想像力には限界が無い、というのはどうやら想像力の無い人間達の勘違いだったようで、ここ百年程度、世の中に出回る
新作の数は激減した。作品に出来るようなあるアイデアを思いついたとしても、そのアイデアは大抵の場合、百年以上昔に他の
誰かが同じ様なアイデアを既に思いついているものだ。

 例えば。僕はルーシーがテーブルに放り投げた創作物監査システムの結果レポートを手にとった。そこには、彼女が作成した
童話に対して、システムが下した監査結果が記されている。


3 :No.01 人を救えるからヒーロー (2/5) ◇zH52hPBzFs:09/05/09 17:55:41 ID:C40iP7uG
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・主人公が「幸福」「健康」などのシンボルを求めて旅をする物語である
・主人公が過去や未来へのタイムトラベルを行っている
・物語の最終的なオチは、「既に身近にあったものを探していた」というものである

 申請作のもつ上記の特徴が、モーリス・メーテルリンクが一九〇八年に発表した作品、『青い鳥』の内容と類似
 しています。そのため、残念ですが貴殿の作品『私の眼鏡はいずこへ?』はオリジナル作品として認定されません。
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 よほどの偏執狂がデザインしたと思われる「著作権の守護者」がつけたルーシーの傷心は、およそ二時間ほどで癒えた。
「先輩、先輩ってば。聞いてください! 思いついちゃいましたよ、新しいプロット! このアイデアならきっと、あの
馬鹿馬鹿しい機械もオリジナル認定をするに違い有りません!」
 ダイニングのテーブルでずっと考え込んでいた彼女は、やがて立ち上がると頬を紅潮させてそう叫んだ。ソファーで
中国茶を飲みながら雑誌を眺めていた僕は、再びローデスクにそれを置く。
「それは素晴らしい。じゃあ聞こうか」
 僕は立ち上がってダイニングへと向かおうとしたが、すぐにその必要が無いことがわかった。まるで飛び込むように
ルーシーがソファーへと突っ込んできたからだ。僕は慌てて、勢いあまって落ちないように彼女の体を受け止める。
「聞いてください!先輩!」
 溢れんばかりの笑顔を僕に向けて、ルーシーはそう言った。僕は頷く。彼女が思いついたアイデアをまず最初に聞き、
感想を言い、必要があれば修正するのは僕の役割だ。

「じゃあ、いきますね。えーと、むかし、むかし、西暦二〇〇〇年を過ぎた頃が話の舞台です」
「おとぎ話にしては随分と近代の話なんだね」
 僕の言葉に、彼女は笑顔ではい、と頷いた。ソファーへと飛び乗ったりしたせいで、彼女の長い髪はだいぶ乱れている。
「もっと昔の時代の童話はもう、出涸らしの感があります。ので、ダイナミックに時代を遷移させてみました」
 ふむ、なるほど。僕はそう思った。ルーシーは発電所のような笑顔を崩さないまま、続きを語る。
「アメリカ合衆国に新しい大統領が誕生します。彼が物語の主役です」
「……その設定、大丈夫なの?」
 合衆国の過去の歴史を調べたり、あるいは歴史を歴史小説として発表するためには専用の国家資格が必要である。当然ながら、僕も
彼女も、そんな資格を持っていない。資格なく過去の歴史を語るのは犯罪であり、内容によっては死刑を課せられる場合もある。


4 :No.01 人を救えるからヒーロー (3/5) ◇zH52hPBzFs:09/05/09 17:56:33 ID:C40iP7uG
「あー、まずいかもしれませんね。うーん。実際の歴史の内容とかは全く関係のない創作話なので、歴史上あった話だと
誤解されても困ります。じゃあ、そこはアメリカ合衆国じゃなくて、別の国ということにしましょう。はるか昔にあった国が
合衆国のことを"米国"と呼んでいたと資格を持つ先生が言っていましたので、ライス合衆国という名前にします」
「うん。多分その方がいいね。で、合衆国の大統領が主人公、と。大統領になるくらいだから、さぞ優秀な人物なんだろうね」
「そうなんです、先輩。そこが重要なんです」
 ルーシーは我が意を得たりとばかりに、僕に向けて指を突き出した。僕の肩口を彼女の指が押す。
「まずそこからオリジナリティを出そうと思っています。大統領と言えば、現実の通り誰もが素晴らしい能力と人格を持つ
人物だと想像するでしょう。ところが、この物語の主役はそうではないんです」
「いや、しかし、彼は選挙を経て大統領になんだよね?優秀じゃなければ、大統領にはなれないと思うけど」
「でも、話の内容的に彼が優秀な人物だと困るんですよねー。……そうだ、こうしましょう。ええと、彼のお父さんも大統領
だったんです。それで、主人公はお父さんの威光によって大統領になれました」
「……世襲制の時代じゃあるまいし、そんなことがある筈ないじゃないか」
 僕は否定したが、彼女は、「童話ですし、その辺はちょっと不思議でも良いと思うんです」と言った。
「彼は自分の実力ではなく、父親の威光を一身に受けて大統領に就任しました。ライス合衆国の何十代目かの大統領です」
「その時代に選挙権を持っている人間達は、一体何を考えていたんだろう」
「何も考えていなかった設定です。あるいは、他に選択肢が無かったのかもしれないですね。とにかく、彼は大統領として、
任期を過ごしますが、その途中で戦争を引き起こします」
「戦争? 合衆国の大統領が?」
 大統領と戦争。あまりに関連性の薄い単語が並べられたのを聞いて、僕は驚いて聞き返した。ルーシーはいかにもと頷く。
「戦争です!」
 そう言って、笑顔で両手を頭上に突き上げた。彼女のその表情には一点の曇りもない。
「彼は隣接もしていないとある国が"大量破壊兵器"を開発しているという噂を聞いて、それは駄目だ、この国は世界の敵だ! 
合衆国は英雄の国で、人を救うのが英雄だ! とかそんなことを言っちゃったりなんかして戦争を仕掛けるのです。単独でやる
のはちょっと心細いから、他の国も誘って」
「……ちょっと待って、とんでもない大統領が就任しているライス合衆国が暴走するのは、まだ納得出来なくもない。でも、
他の国までそれに追随するのはおかしくないかな? 彼らはむしろ、合衆国と大統領を糾弾する立場の筈だ」
「確かにそうですね」
 ルーシーは振り上げていた両手を降ろすと、首をかしげて少し考え込んだ。暫くしてからやや唐突に、ローデスクの上に
置いていたティーカップに伸ばす。さっきまで僕が飲んでいたものだ。
「お茶が欲しいなら、そんな冷めた奴じゃなくて、ちゃんとしたのを淹れるよ」


5 :No.01 人を救えるからヒーロー (4/5) ◇zH52hPBzFs:09/05/09 17:57:20 ID:C40iP7uG
「いえ、これでいいです。……で、外交関係ですが、こうしましょう。他の国の首脳陣もあまり賢くないか、あるいは善良では
無かったのです。そうですね、合衆国が戦争を仕掛けた国にはたくさんの資源が眠っているんです。あと、歴史的な美術品とか。
他国はそれらの利権を狙って参戦します。もちろん、表向きは『正義のため』ですが」
「ひどい世界だ……」
 僕の呻きに、ルーシーはこくんと爪切りのように頷いた。その点に関して否定する気はないようだ
「さて、では続きを。連合軍はその敵国と戦争を行います。敵国も頑張りますがやはり多勢に無勢、ライス合衆国の軍隊を中心と
した連合軍は防衛網を突き破り、敵国の首都を占拠するに至ります」
 滔々とルーシーは言葉を続ける。まるで彼女がライス合衆国の報道官であるかのようだった。
「見事に完全勝利した連合軍は、敵国がもっていた財宝や資源を独占して、自らの国に帰ります」
「敵国の国民からしてみればたまったものじゃないな」
「すごく災難ですよね。でもきっと、彼らならば力強く復興してくれると思いますよ。で、無事に財宝を抱えて凱旋した大統領ですが」
 僕は頷いて、言葉の先を待った。童話やおとぎ話は勧善懲悪であるべきだ。ならば、主人公には何かのペナルティが与えられて
然るべきである。
「ライス合衆国に戻った主人公は無事に任期を勤め上げ、その後は隠遁して幸せに余生を過ごしましたとさ。めでたし、めでたし。
……以上です。どうですか?」
 ルーシーはそう言い終えると、僕に体を預けるように詰め寄って僕を見上げた。大統領に、罰は特に待っていなかった。
「ちょっと待って、それで終わり? 大統領は行為に対する何の処罰も受けないの?」
 僕の問いに、ルーシーはあっさりと頷く。
「はい。だって童話ですから。基本はハッピーエンドじゃないですか。オリジナリティ重視とはいえ、やっぱりそこは変えちゃ
いけないところだと思うんですよ」

 そんなとんでもない物語が「童話」として創作物監査システムの倫理審査を通るのか、僕には甚だしく疑問だったが、
とにかく彼女は上機嫌なままで作業に没頭し、数日後にその童話を書き上げた。
「流石に今度ばかりは過去作品の類似がない自信があります。やったぞ私! では、先輩、行ってきます!」
 ルーシーはそう言って力強くガッツポーズをして、機嫌よく部屋を出て行った。彼女が玄関のドアを閉めたその音さえ、
まるでイルカが跳ねた水音のように聞こえた。

 彼女の去っていった玄関を眺めながら、僕は彼女の作りあげた「童話」を思い出してみた。まったくもって奇想天外な話だった。
確かにあんなに不条理で非合理な話であればシステムもオリジナルとして認めてくれるかもしれない。
 もし、彼女の話がオリジナルだと認められれば。僕はシステムのプロセスを思い出してみた。次は、倫理チェックだ。


6 :No.01 人を救えるからヒーロー (5/5) ◇zH52hPBzFs:09/05/09 17:58:11 ID:C40iP7uG
 作品が倫理的に健全であるか、世間に発表されるのに相応しい内容であるかがチェックされる。ここが一番の難関だろう。
類似作の審査に較べれば随分と内容は甘いと聞いてはいるが、あれが「童話」であると言う以上、申請が却下されても
おかしくない。少なくとも、僕ならそうする。
 何かの間違いで審査が通れば、晴れて発表の許可が出る。そうすれば彼女も童話作家の仲間入りだ。勿論、そこからは本来の
試練とも言える「作品が面白いか、否か」が吟味されることになるのだが。彼女の童話が眉をひそめられて忌避されるのか、
それとも刺激的な内容として受け入れられるのかは僕にはわからない。その辺は、いわば水物だ。
 システムが審査する内容はもう一つあったことを思い出した。類似作審査、倫理審査にパスした作品で、過去を題材として
扱っている作品が受けることになる「歴史審査」だ。合衆国が一般公開を禁止している過去の歴史内容と作品の内容が合致して
いないかという視点で審査がされる。もし、この審査で引っかかると大事だ。特に合衆国が「禁忌」として一切の公開を認めて
いないような内容に触れている場合は国家反逆罪が適用され、死刑となる可能性だってある。
 もちろん、「偶然一致してしまった」などという言い訳は通用しない。
 まあ、彼女の作品は大丈夫だろうと僕は思う。当然、僕も合衆国の「禁忌」がどのような内容であるかは知らない。ただ、
歴史を語ることの出来る有資格者がテレビジョンなどで合衆国の歴史を語っているのは何度も耳にしている。
「合衆国が経験した戦争は、一七八三年に終息したアメリカ独立戦争が最初にて唯一のものです。つまり、七百年以上の長い
歴史の間、合衆国は常に平和主義を貫いてきました。偉大なる平和主義国家、アメリカ合衆国、万歳!」
 感動的な言葉を語る彼らが嘘でもついていない限り、ルーシーの作品が合衆国の歴史のどこかが合致する可能性などないのだ。

 半日後に戻ってきたルーシーは、何も言わずにダイニングのテーブルに突っ伏した。僕は彼女の側に寄り、彼女が手に
していたシステムの結果レポートを手に取る。そして彼女には何も声をかけず、記載されている内容に目を通した。
 創作物監査システムは、彼女の作りあげた作品に対して以下のような審査結果を下していた。
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・現実的にはありえない、不条理(あるいは不合理)な理由で主人公が誕生する
・物語の敵役から直接の被害を受けていないが、風聞を理由として主人公が対決を決意する
・物品を使い、物欲にまみれた仲間を集める
・倒した敵の資産を自分のものと摂取、あるいは略奪をする

 申請作のもつ上記の特徴が、合衆国イーストエンド州で古来より伝承されている説話、『桃太郎』の内容と類似して
 います。そのため、残念ですが貴殿の作品『茂みに靴を投げ込めば』はオリジナル作品として認定されません。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<了>



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