【 この声が枯れるくらいに 】
◆oxQ.jXqnMY




21 :No.05 この声が枯れるくらいに 1/5 ◇oxQ.jXqnMY:09/05/17 22:46:44 ID:xee+Ymqz
 見事な逃げ足だったと思う。
カモシカのような脚で、脱兎の如く走り出し、弾丸のように一直線。
そのまま帰巣本能に従い、宮内恵はご自宅に引き籠もってしまった。
宮内恵の自室と思われる二階の部屋には、我々をシャットダウンするようにカーテンが閉められ、影さえ見えない。
事件発生直後、地雷のように敷設された、教科書、アルトリコーダー、筆箱などの障害物により、追跡が遅れたことが悔やまれる。
状況開始からおよそ二時間。ターゲットに動きなし。インターフォンの向こうは未だ無音。
「めーぐちゃん、出ておいでー」
間の抜けた声で、磯谷望が呼びかける。
「めーぐちゃん、遊びましょー」
やはり間の抜けた声で、磯谷光も空に叫ぶ。
心温まる光景だと思う。美しい友情ストーリーに乾杯。だがしかし、ご近所の皆様の視線が痛い。
小学校低学年ならまだしも、家の外から大声で叫ぶというのは如何なものか。
「な、なあ……みんな、見てるよ?」
「甘い。甘いよ、たっくん。恥ずかしがる気持ちはよーく分かる。でもね。恥ずかしいのは私達だけじゃない。
呼ばれているめぐちゃんは、きっともっと恥ずかしい。恥ずかしがって、きっと出てきてくれる」
と、望。
「肉を斬らせて骨を断つ、だね!」
と、光が続く。なるほど。こいつら、実は賢いな。
「さぁ、たっくんもご一緒に」
「めーぐちゃん!」

 さて、何故こんな事になったのか。経緯は至ってシンプルなのだ。
放課後に磯谷姉妹と職員室に行き、その後、下校しようと教室に戻ったところ、
出かける前に確かに机にしまっていた俺の教科書が、机の上に山積みになっていた。
そしてその側には、右手に俺のアルトリコーダー、左手にハンカチを持った宮内恵が立っていた。
「うわっ! めぐちゃん、何やってんの?」
「机を漁って気になるアイツの情報収集? アルトリコーダー相手に発情?」
「うわっ! まさか、めぐちゃん、変態さん?」
「……あたし、変態じゃないよ!」

22 :No.05 この声が枯れるくらいに 2/5 ◇oxQ.jXqnMY:09/05/17 22:48:14 ID:xee+Ymqz
磯谷シスターズの心ない声に負けた宮内恵は、羞恥に顔を赤らめ、積み重なった教科書を手裏剣のように我々に投げつけ、
怪鳥のような声を発し、アルトリコーダーを片手に俺に斬りかかり、そして逃げ出し……。どう考えても一番の被害者は俺だった。
その後、「このまま拗ねて明日学校に来なくなったら困るでしょ。さぁ、追いかけるのだ」「いじめ、かっこわるい」等の
磯谷姉妹の発言を経て、今に至る。俺、何もやってないのに。
磯谷姉妹の作戦から、十五分経過。ホシに動きはない。
「めーぐちゃん、謝るから出て来て」
「めーぐちゃん、お袋さんも故郷で泣いてるぞー」
お袋さんはきっと、この家の中でテレビでも見てるよ、光。
「そろそろ頭に来た。なんて頑固な子なんだ」
望が匙を投げた。
「作戦変更です」
光が追従した。嫌な予感がした。
「めーぐちゃん、出てこないなら、貴方の恥ずかしい秘密を一つずつばらしていきます」
「いいですかー?」
良い訳ないだろ。周りを見てみろ。犬の散歩しているおじさんも、携帯触っている振りしているお兄さんも、
乙女の恥ずかしい秘密に興味津々じゃないか。
「一つ目ー」
「今日の給食の時、給食当番だっためぐちゃんは、たっくんにだけレバニラのレバーを入れませんでしたー」
「可哀想だと思いまーす」
宮内恵の秘密に若干興味のあった俺は、二人を制止することが出来ず、暴露大会の開催を許してしまった。
すまん、宮内。俺も変態さんだ。
「二つ目ー」
「今日の日本史の授業中、『板垣死すとも自由は死せず』と書いて丸めた紙を、たっくんにぶつけて遊んでいましたー」
何? あの怪文書の発信元はお前だったのか? あの時は、この教室に自由民権運動の熱狂的な支持者がいるのかと、興奮したもんだ。
宮内、お前が板垣フリークか!
「三つ目ー」
「今日のホームルームの時、たっくんの頭にハエが付いたので、光ちゃんが教科書でたっくんごと叩き潰しましたが、
めぐちゃんはその直前までたっくんの体に付いたハエで遊んでいて、助けようとしませんでしたー」
いや、それは叩きつぶす方がひどいだろ。光の日本史の教科書による、腰の入った一撃を食らった俺は、
肉体的、精神的ダメージを受けたぞ。頭を洗って教室に戻ったときには既に、”ハエ魔神”扱いだった。

23 :No.05 この声が枯れるくらいに 3/5 ◇oxQ.jXqnMY:09/05/17 22:49:03 ID:xee+Ymqz
一方で光は”妖怪ハエ叩き”だ。この国は、加害者にも被害者にも等しく厳しい。
「なかなか頑固だね」
「敵ながら天晴れです」
「もうこれ以上は逆効果だろ」
潮時だと思う。宮内も意固地になっているだろうし、磯谷姉妹は当初の目的である謝罪をすっかり忘れてしまっている。
「じゃあ最後に、たっくん、何かやってよ」
「今まで役立たずだったのですから、最後に頑張って下さい」
俺か。今日一日を振り返ってみた。何かと宮内と縁の深い一日だったと思う。磯谷の発言によると、宮内は俺に対していろいろと、
ちょっかいをかけてきたようだ。そんな宮内にかける言葉は。
「宮内ー。今日いろいろあったけどさー」
二階の窓を見上げ、反応を伺う。敵に動きはなし。
「……俺の事、嫌いか?」
レバーは嫌いだから、なんとも思わなかった。板垣退助が好きなんて、面白い子だよな。
「俺は、別に嫌いじゃないぞー」
ハエのことは、不幸な事故だ。むしろ光ちゃんに文句を言いたい。放課後の事は意味不明。後でたっぷり話をしたいと思う。
カーテンの開く音がした。続いて窓が開いた。宮内恵が顔を出す。
「私は」
顔を真っ赤にしている。
「大好きだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

24 :No.05 この声が枯れるくらいに 4/5 ◇oxQ.jXqnMY:09/05/17 22:49:45 ID:xee+Ymqz
 大声で恥ずかしいことを叫んでしまいました。たっくんは目を丸くしています。望ちゃんと光ちゃんはニヤニヤしています。
犬の散歩中と思われるおじさんは、飲んでいた缶コーヒーを吹き出しています。その隣のおじさんは写メを撮ろうとしています。
私のプライバシーは大丈夫でしょうか? それでも、私がたっくんのことを嫌っているなんて、認めるわけにはいかないのです。

 今日の三時間目は日本史の時間でした。一つ前の席の、大好きなたっくんは無防備に寝息を立てています。
宿題だった日本史の問題集、順番としてはそろそろたっくんが指名されるのに。
私は席の位置関係より、たっくんが指名される問題を特定しました。
「板垣死すとも自由は死せず」、答えをノートの切れ端に書き、丸め、たっくんの頭にぶつけました。
えいっ。たっくん、起きて! 答えは、「板垣死すとも自由は死せず」だよ! 一つでは起きてくれなかったので、
何枚も何枚もノートを千切り、答えを書き、たっくんにぶつけます。えいっ。えいっ。えいっ……・
願いが通じたのでしょうか。たっくんは、薄らぼんやりとした瞳を開き、起きてくれました。
たっくんは、机に散らばった私のノートの切れ端を開き、眺め、開き、
「そりゃー自由は死なないよ!」
意味不明なことを口走っていました。たっくんの突っ込み気質を見誤った私の失敗です。
ごめんね。たっくん。

 今日の給食はレバニラ炒めでした。たっくんはレバーが大の苦手です。
「あれを食べただけで鳥肌が立つんだ」
昔怯えた目をして話してくれたのを覚えています。給食係だった私は、たっくんのお皿だけニラ炒めにしちゃいました。
私は大好きなたっくんの嫌いな食べ物を知っているのです。
やったね! たっくん。

 私の好きなたっくんは野性的な男の子です。机の中も非常に野性的で、アルトリコーダーがむき出しになって入っていたり、
未開封のコッペパンが圧縮されて入っていたりします。今日のホームルームの最中、一匹のハエがアルトリコーダーに留まりました。
大変です。そこで卵を産まれてしまっては、たっくんのお腹から無数のハエが産まれることとなってしまいます。
いかにたっくん好きの私と言えど、口からハエを出すたっくん見たくありません。
とりゃー、と私は身を乗り出し、ボールペンの先っぽでハエを追い払います。ハエは慌てたように飛びだち、今度はたっくんの背へ。
とりゃー、と再度ボールペンを振り回すと、次は腰へ。何度も繰り返し、ハエは頭に留まり、
「ゴツン」と、光ちゃんの放った日本史教科書の角攻撃により、息絶えました。
ご愁傷様。たっくん。

25 :No.05 この声が枯れるくらいに 5/5 ◇oxQ.jXqnMY:09/05/17 22:50:05 ID:xee+Ymqz
 放課後、どうしてもハエのことが忘れられませんでした。あのアルトリコーダーは清潔なのでしょうか?
誰も居なくなるまで教室に残り、機会を伺います。忍び足でたっくんの机に近寄り、周囲を見渡し、アルトリコーダーを……抜けません。
野性的な収納をされているので、スムーズにアルトリコーダーが出てきません。私は長期戦を覚悟しました。
一冊ずつ教科書やノートを引き出し、机の上に積み上げていきます。
しばらくして、やっとアルトリコーダーが出てきました。私はハンカチで、アルトリコーダーを拭おうとしたときに、教室のドアが。
その後のことは覚えていません。大変取り乱してしまったような気がします。
みんなにご迷惑をかけてしまったようです。これは、気のせいじゃないでしょう。
「みなさんーごめんなさい。それとたっくん、大好きーー」
今度はちょっと照れてしまいました。それでも精一杯、この声が枯れるくらいに。


【了】



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