【 雨宿り 】
◆oxQ.jXqnMY




23 :No.07 雨宿り 1/5 ◇oxQ.jXqnMY:09/06/21 22:53:35 ID:nz/POjET
「お兄さんも、一本どう?」

 もう長いこと、ここに足止めされている。雨は一向に止む気配がない。
突然の雨に降られて、慌てて駅のホームに逃げ込んだのが二時間前。
同じように、水なんか弾いてしまいそうなほど脂ぎった中年男性がここに転がり込んだのがその三十分後。
二つ隣のベンチに死んだ魚のような目をした男が居たことに気付いたのが、さらに三十分後だ。
男三人、仲良くベンチで雨宿り。恐らくは沈黙に耐えかねてミスター脂性が発した一言目が、それだった。
「アサヒ、キリン、サッポロ、いろいろ買ってきたよ。ここで会ったのも何かの縁。
一期一会に合縁奇縁。袖すり合うも多生の縁。どれでも好きなのをどうぞ」
「どうも」
満面の愛想笑いに礼を言いながら、クラシックラガーを受け取った。良く舌の回るおじさんだ。通販番組にでも出ていれば良いと思う。
隣を見ると、死んだお魚さんはスーパードライを選んだようだ。お母さんから「知らない人から物を貰うな」と教わらなかったらしい。
「それでは」
脂性が黒ラベルを高らかに持ち上げ、
「乾杯!」
宴が始まった。

「いやぁ。この雨には本当に困りましたよ。特に用事はなんだけど、このままじゃあ暇で暇で。
せっかくだから皆さんとお話でもしながら有意義に過ごしたいと、こう思ったわけで。
ほら、ずっと同じ空間に居て無言のままじゃあ気まずいでしょう」
「分かります」
死んだ魚が続けた。確かにアルコールとおしゃべりで退屈は紛らわせるかも知れないが、大事なことが、まだだぞ。やりづらくてしょうがない。
「ですよね。僕もそう思っていました。ところでお二人のこと、なんとお呼びしたら良いんですか?」
「そう、そう。それがまだでした。お兄さん、さすがだね。そう言えばまだ、お二方のお名前を聞いていない。
だけど……相手のことをよく知らない方が話が弾むこともあるじゃあないか。
……そうだ。こうしよう。このビールにちなんで、私は『サッポロ』、お兄さんは『キリン』、そこの彼は『アサヒ』それでいいじゃあないか」
こりゃ名案と、ツヤツヤした顔を満面の笑みでてからせ、サッポロさんが提案。
「私は構いませんよ」
親族一同死に絶えたような表情で、アサヒさんが同意した。

24 :No.07 雨宿り 2/5 ◇oxQ.jXqnMY:09/06/21 22:53:54 ID:nz/POjET
「さて、何を話そうか。三人とも他人同士だから何かテーマがあった方が良いだろう。そうだ。こうしよう。
この雨にちなんで、各自『雨』を取り入れたエピソードを話すというのはどうだい?」
「私は構いませんよ」
アサヒさんは『分かります』と、それしか言えないのだろうか。僕も異存はない。頷いた。どうもこの場はテーマトークの会場と化すらしい。
「よし、満場の一致を得られた。では早速言い出しっぺの私から。実は私には年頃の娘が居てね。これがまた、結構な美人で……」
こうして、サッポロさんの話が始まった。

 私には娘が居るんですよ、娘。これが親のひいき目を差し引いても結構な美人で。蝶よ花よと育て、目に入れても痛くない。
娘は嫌がるかも知れないが、尻に入れても痛くない程可愛いんだ。……失礼。少々酔いが回ってきたらしい。
娘の名前は……アサヒ、キリン、サッポロは使ったから、後はサントリーか。サントリーだな。
太陽を表すサンと、愛らしい鳥という字が入っているところが、実に娘らしい。
この雨を見ると、サントリーのまだ小さかった頃を思い出すよ。あれは確か、サントリーがまだ小学校三年の頃。
サントリーが学校から天体望遠鏡の申込書を貰ってきてね。天体観測をしたいと言うんだ。
……ところでどうして学校ってあんな無駄な物ばかり買わせようとするんだろうね?
天体望遠鏡なんて、日常生活で要らない物ランキング、ナンバーワン候補じゃないか。ちなみに他の候補は昆虫採集セットな。
……失礼。話が逸れた。で、俺はその要らない物を娘に買ってあげたね。買ってあげたとも。だってサントリーの頼みだぞ?
全力で買ってあげたさ。十中八九、後で物干し竿の替わりになると分かっていても、うちの娘のことだ。
残り一割でケプラー並の発見をするかも知れない。あのパッチリ開いた大きな目なら、火星人だって見つけそうだ。
 さて、いよいよ待ちに待った天体観測。午前二時に踏切に望遠鏡を持って行った……訳ではないが、我が家から車で一時間。
星が良く見えると評判の町へキャンプに行く計画を立てた。何日も前から用意し、娘は『お月様に居るウサギを捕まえて有名になるんだ』とか、
三日も前からはしゃいで。可愛いよね。そしていよいよ当日。逆さに吊したてるてる坊主の甲斐もなく、雨。
親の敵のようにガンガン降ってたね。そしてサントリーも負けないくらいワンワン泣いてたね。あんまり五月蝿いから押し入れに放り込んだよ。
そしてその隙に妻と考えた。今押し入れで獣のように泣いている娘に、なんとか星を見せてあげられないもんかと。
そしたら妻が良いアイデア出すんだよ。そうだ、娘が押し入れに収納されている間に、プラネタリウムで我が家を満天の星にしよう、と。
俺は走ったね。プラネタリウムを買いに猛ダッシュだよ。そして設置したね。職人のようなスピードで設置したよ。
そして最後に、カラースプレーで金色に塗ったバレーボールにウサギの絵を描いて月も作った。そしていよいよお披露目だ。
「ほら、出てきなさい。天体観測の準備が出来たよ。君がそこで眠っている間に、美星町に着いたんだ」そう言って扉を開けた。
そして押し入れから這い出る娘。満天の星とご対面。そして彼女、なんと言ったと思う?
「お父さん、凄い。月に火星人が居る」可愛いよねぇ。本当に可愛い。

25 :No.07 雨宿り 3/5 ◇oxQ.jXqnMY:09/06/21 22:54:10 ID:nz/POjET
 サッポロさんはそこまで一気に話すと、黒ラベルを一口含んだ。
「そんな娘も」
缶を握りつぶす。
「今ではもうすっかり大きくなって。ろくでもない男に引っかかってしまった。相手は無職だそうだ。
明日大事な話があるとかで、我が家に来るらしい」
顔はやり切れなさで一杯だ。
「私はそいつをゴルフクラブで殴って、血の雨を降らしてあげたいよ」
辺りを静寂が覆う。雨はまだ止まない。
「さぁ、見事なオチが付いた。時計回りで行こう。次はアサヒさんの番だ」
取り繕うようにサッポロさんが言う。アサヒさんの話の始まりだ。
「私の話なんてつまらないですよ」
そう断って、アサヒさんが語り出した。

 私は実は警察官なんです。担当はこう見えても殺人事件。仕事柄、今までたくさんの死体を見てきました。
焼死体、轢死体、刺殺、絞殺、圧殺、変死。ありとあらゆる死を見てきました。
物語りに良く出てくるようなバラバラ殺人も見たことがありますし、比喩じゃない血の海も見たことがあります。
血の雨はまだ見たことありませんけどね。……失礼しました。サッポロさんの話の後では、少々悪趣味な例えでしたね。
でももう雨は出てきませんよ。
配属したての頃は、死体が怖かった。殺人事件が恐ろしかった。人が人を殺すという事実から目を背けたかった。
最初の事件の時なんか、酷いものでしたよ。刺殺死体の真上に嘔吐し、腰を抜かし、漏らしてしまい、現場から放り出されました。
その後しばらくの間は肉が食べきれませんでしたよ。肉を見ると、死体に刺さっていた包丁の間から少し見えていた、内臓を思い出すんです。
そして、人が怖くなった。だって、人が人を殺すんですよ?
自分の直ぐ横にいる人が、自分を殺さないという保証は何処にもないじゃないですか?
……失礼。どうも少々悪酔いしているようです。ところがね。こんな仕事でも何年も続けてくるとね。慣れてくるんです。
刺殺体が怖くありません。轢死体が気持ち悪くありません。絞殺死体を見ても何も感じません。
焼死体を見た後だって、焼き肉をがっつり頂けます。そんな私を見て、昔私を現場から放り出した先輩がこう言うんですよ。
「成長したな」と。私はね、それは違うと思う。死体が怖くなったことが成長なんて、思いたくない。
私に言わせるとね。「心が死んだ」これが正しい。私はもう死体なんです。だってそうでしょう? 猫は猫を怖がらない。
私も死体だから、死体が怖くないんです。もしくは……

26 :No.07 雨宿り 4/5 ◇oxQ.jXqnMY:09/06/21 22:54:37 ID:nz/POjET
 「心が、乾いてるんです。だから、この雨が地に降り注ぐように、私の心も潤してくれないかと、そんなことを考えていたのです」
辺りを再び静寂が覆う。雨はまだ止まない。
「終わり……ですか?」
恐る恐るサッポロさんが切り出す。
「えぇ……。やっぱり私は駄目だ。ちっとも雨について語っていない」
「いいんですよ。無理矢理作ったルールだし。それにね。雨の後には虹が出る。雨がなかったら虹は出ない。
アサヒさんは大層貴重な体験をしている。きっと、それを経てしか見つけることが出来ない虹があるはずです。きっと」
「そうでしょうか」
「きっとそうです」
サッポロさんはそうまとめた。
「さぁ、最後はキリンさんだ」
僕の番だ。

 雨女の話をしましょう。僕が付き合っている女性のことなんですけど。兎に角、雨女なんです。
顔ですか? そうですね。顔は……サッポロさんの娘さんとは全然比較にならないほど、
なんというか、可愛らしくない顔をしています。この娘と遊びに行くと、必ずと言って良いほど雨が降るんです。
バーベキューの火は消えるし、ハイキングは過酷な雨中の登山へ早変わり。ロックスターのライブ会場は豪雨に襲われる。
だから、最初の内は可愛らしく、デートの度にてるてる坊主なんか作ってお祈りしてました。
焼け石に水とは言いますが、何もしないよりはよっぽど良い。
二人仲良くティッシュを丸めた首吊り人形に祈っていましたよ。……すいません。アサヒさんの話の後では、ちょっとふざけすぎですね。
さて、てるてる坊主の成果ですが、もちろんあんなもん効くわけない。毎度お決まりの雨。
期待したわけではありませんが、少々残念ではありましたね。
ところで、僕にはものすごく尊敬している歌手が居るんです。その歌手が野外ライブを開くことになった。
確かにニュースとしては、ロックスターが豪雨の中歌う姿は格好が良い。しかし実際に参加するとなると、話は別です。
どうしても晴れて欲しかった。僕は考えました。そこで出した結論は……。
てるてる坊主は天気を晴れにする効果がある。それは何故か。晴れというのは、雨が降っておらず、雲がない状態です。
何故てるてる坊主はそんなことが出来るのか。答えは簡単です。てるてる坊主自身が雨を降らしているから、止めることが出来る。
と、言う訳で、私はどう考えても雨を降らせる能力を持っているとしか思えない雨女を布団で来るんで天井から吊し、祈りました。
彼女、天井からぷらんぷらん揺れていましたよ。結果は……晴れましたね。雲一つない日本晴れでした。
念のため、その雨女を吊したままライブを楽しみました。もちろんずっと晴れていましたよ。

27 :No.07 雨宿り 5/5 ◇oxQ.jXqnMY:09/06/21 22:54:49 ID:nz/POjET
「今日は彼女を吊し忘れたので、雨ですが」
「全く酷い話だね」
サッポロさんが苦笑いをしながら言う。
「えぇ。自分でもそう思います。そんな彼女ですが、実はそろそろ結婚しようという話が出ています」
「そりゃーめでたい。なんだかんだで、仲が良いんだ。角出の日には吊さないとね」
「えぇ。ただ、向こうのご両親が怖い人たちらしくて、そんなことしたら殺されちゃいますがね」
僕は笑って答えた。
「そりゃー違いない。でも、雨降って地固まるとも言うよ。そうやって喧嘩して絆でも深めたらどうだい」
サッポロさんが上手いことを言ったつもりで、笑った。
「あ、皆さん、晴れてきましたよ」
飲み始めて随分と時間が経っていたらしい。雨はもう上がろうとしていた。
「おう。じゃ、最後にもう一本ずつ飲んで帰るか」
「乾杯!」

 その後の事件の顛末。
会社員、金田邦彦氏の自宅へ無職、羽田敦氏が訪問。用件は結婚の申し込み。
娘を迎えに行った邦彦氏は、娘の恵理が天井からぶら下がっている姿を見て取り乱す。
その後、居間に置いてあった天体望遠鏡で、敦氏を殴打。
通報を受け、最初に駆けつけた警官黒田昇氏は、その状況を制止せず、静観。
「血の雨が降る。その後に出る虹が見たい。地面に血が染みこむ。その後、地面は固まるのか」
など、意味不明な供述をしていた。

【了】
おしまい。



BACK−ぶきっちょ◆wWwx.1Fjt6  |  INDEXへ  |  NEXT−グレイス・ケリー◆QIrxf/4SJM