【 徒 】
◆eVToM6tZeY




3 :No.02 徒 1/2 ◇eVToM6tZeY:09/08/17 21:59:09 ID:XR13q++l
 いかにして暇を潰すか。人生における、貴重で有限な時を何ですり潰すか。深夜の通販で売っているような万
能スライサーのように、蕎麦職人が何年も使ってきた石臼のように、どちらでもいいが、どう潰すか。少なくと
もそれが私にとっては目下解決すべき題であり、また万人が気づかないターニングポイントでもある。
 ところで私は化け物を飼っているが、そいつは厄介な事に私を食べてくれる訳でもなく、もちろん、だから飲
み込んでくれる訳でもなく、小言を呟くのだった。そう、ちょうどこんな風に。
「お前の女は糞だ。お前を利用する事しか考えていない」
 うん、だから、それで、何? 私は化け物に問いかけるような愚かな真似はしない。言葉を45度で反射して、
全然別の方角へと受け流すだけだ。
「金勘定や目の前の利益の話じゃない。もっと将来的な視線で語るべきだよ。例えば、私が何かに打ち負かされ
そうになった時の事とかね。一人で立ち向かうよりは二人でいる方がいくらか安心出来るだろう」
 私の答えは曖昧な爪で、どうにか現実性を帯びた正論を手繰り寄せて、化け物の前にポン、と置いた。
「負けそうになったら負ければいい。どうして負けるのが怖い? 負けるのが怖いのは、つまり負ける事に対し
て負けている事にならないか? これはもちろん屁理屈だがね。どう解釈してもらってもいい」
 棘のある化け物の言葉は、私の心臓の付け根を微かに傷つけたように思えた。今だって心臓は重力に逆らって
ぶら下がっているんだ。筋肉はそこまで頼りにならない。
「化け物、かわいい化け物。もう小言はよしてくれ」
 私に槌があればぶっ叩いただろう。私に刀があれば斬って捨てただろう。しかし私には、化け物に対する有効
な手段が言葉しかなかったから、優しい言葉をかけてみた。別に良い人な訳でもないし、そうありたい訳でもな
い。
「協力しようじゃないか、私の化け物。お前の好きな孤独はきっと、彼女と結婚してからだって必ずあるはずだ。
そうだろ? そうに違いない」
 毒気を帯びたセンテンスで、化け物は少しだけその存在感を薄めた。現実より遥か離れた所にあり、いつだっ
て側にいる。そして腐ってる。
「孤独が好きなのはお前だよ」
 私は意を決し、目を開けた。広がっていたのは、高い天井と汚れ一つない真っ白な壁だった。教会。
「誓いますか?」
 隣で私の妻となる女が微笑んでいるのが分かる。だけど私は、私は、私は、一世一代の行事の最中にだって、
自らの内に潜み、余計な事を貪り吐き出す化け物と対峙している。イチャイチャしているとも言える。何せそこ
には愛があるはずだから、もやもやとした感情を形にして押し殺す、例の物があるはずだから。

4 :No.02 徒 2/2 ◇eVToM6tZeY:09/08/17 21:59:52 ID:XR13q++l
「誓います」
 私は毅然とした態度でそう呟いた。どこかあやふやで、胡散臭い言葉だった。
「後悔する。必ず、絶対に」
 誰かが私の襟元でそう囁いた。誰かなんて分かっているはずなのに、赤の他人の方がいくらかマシだ。
 汗の日々だった。めまぐるしく展開し、風のごとく過ぎ去っていく。何も残さず、埃だけを巻き上げ、枯渇さ
せた心を優しくなぞる。確かに労働は対価を伴っている。
 二週間、私と妻の新婚生活に化け物は現れなかった。再び現れたのは、土曜日の夜の事だった。
「やはりこうなる運命だった」
 化け物は私の耳から這い出して、一瞥もやらない私の背中に向かってそう言った。
「運命? どういう意味だったかな?」
 私は含み笑いをして、妻が危うく起きかけた。起きたら起きたでそれでいい。私は妻に体重をかけないように
跨りながら、妻の顔に唾を吐き出したい衝動に駆られている。それが理由だ。
「どうした。やらないのか?」煽る化け物。
「やらない。と、言って欲しいのか?」煽る私。
 妻の首にかかるロープを握った私と、化け物の無言の会話は続く。
「お前はやはり化け物だよ」
 この台詞を言ったのは、やはり私だ。というのは、嘘だ。言ったのは化け物だ。私を化け物と呼ぶ化け物だ。
「女を見れば殺したくなる。どうしたって殺したくなる。お前が始めてこの女を見た時言った言葉、覚えている
か?」
 込み上げてくる笑いを堪えるのに必死だった。大爆笑して、ポップコーンを飛ばして、何かの液体で部屋を汚
したい気分だ。
「運命、って言ったよ、お前は。彼女こそが運命の相手であり、今まで殺してきた女は全て自分に似合わない女
だったと言っていた」
「ああ、言ったね。そういえば」
 汗一つかいていない手に馴染むロープの感覚と、正常な脈拍だけが、この美しい世界を切り取っていた。





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