【 湿気(お題:いじめ) 】
◆DSM7XB0fYQIy




6 :No.03 湿気 1/5 ◇DSM7XB0fYQIy (いじめ):09/08/24 00:39:01 ID:JgpBya9X
 夏だった。じめじめと湿気った空気がまとわりつく、ひどく暑い夏の日の夕方すぎ。
 普段と違い蛍光灯が点いていないその教室は少し薄暗く、影の濃い廊下側はどことなく廃墟を思わせた。
 外ではセミが、今が盛りと泣いていた。それでも夏は終わりかけていた。そして早く終わればいいのに、そう思った。
 薄暗がりの中、彼の目だけが、白く白く光っていた。

「えっと、関口伽子です……趣味は……特にないです」
 その年の四月、まだ卸したての制服に身を包んだ私は、自己紹介のために教室の黒板の前に立っていた。自分でもおかしいくなる程に緊急していた。
 顔馴染みのないクラスメイト達は、私の声があまりに小さく途切れ途切れなため、全員が聞き耳をたてるように顔を傾むけている。
「はーい、すいませーん。声小さくて聞こえないんで、もっと大きな声で言ってもらえますかー」
 後ろの方に座っている体の大きな男の子が、少しふざけた感じの調子をつけた声でそう言った。
 途端に教室の中に色んな奇声や騒ぎ声、それにクスクスという笑い声が響いた。自分の吸っていた空気が途端に薄くなった様な気がした。
 先生が「騒ぐなー、静かに。ただ確かに関口は確かにちょっと声が小さいかもな、大きな声で……」と言っていた。
 けど、何処か遠くから聞こえるみたいで、身体が動かなくて、どうしたらいいか分からなくなった。
 すると横で順番を待っていた子が元気よく壇上に上がってきた。そしてクラスの騒ぎに負けないほど威勢よく、私の代わりに自己紹介を始めた。
「はいはいはーい! この娘の名前は関口伽子ちゃんだよ、それでね趣味はヒ・ミ・ツだって。気になるね」
 今までの騒ぎが嘘の様に静まり返った。私は一人悲鳴を上げそうになっていた。
「あん、何? 聞きたかったら後で本人に聞いてよ。それで私が曽我千沙ね。趣味はコロコロ変わるから分かんない、今は椅子の上からダンク。じゃよろしく」
 彼女はそう言うと、クラスメイトの唖然とした顔をよそに、私の肩を両手で掴み、急き立てるように自分たちの椅子の方向に押していった。
 まるで幼稚園の頃にやった電車ごっこみたいで、次の人の紹介が始まろうとしていたけど、まだ集まったクラスの視線は千沙の方に向いたままだった。
 そんな視線も気にせず、千沙は勢いよく椅子に座るとこちらに首を突き出し、ごく小さめの、でもよく弾んだ声で話し掛けてきた。
「よろしくね伽子ちゃん! カコって名前いい響きだね、カコカコカコ……」
 その日から仲良くなったのは初めてだった。学校という場所でそんなに喋ったのも久しぶりだった。
 そんな千沙の周りにはごく自然と人が集まった。そのために前の席にいた私までもが、その輪のなかに入る事が多くなっていくことになった。
 その上、常に話題の中心にいる千沙が何かと私に話しかけてくれたため、普段だったら会話に入ろうとしない私も、大勢の人と喋る事ができた。
 千沙は私からは考えられない事だけれど、彼女は男子にも物怖じせずに接する事ができた。男子も何処か嬉しそうに彼女と接している気がした。
 もてるんだろうな、千沙をみていて単純にそう思った。事実それを証明するように下駄箱にはラブレターが入っている事があった。
 本当にラブレターを入れる人がいる事に驚いてしまった。
 ただその輪のなかに入ったからといって途端に自分の人間性が変わるはずもなく、私は明るいグループの中で何処か浮き石どころか発泡スチロールの様に浮いてしまっていた。
 まず格好や動作からして違っていた。これが同じ制服だろうかと疑う程、彼女たちの制服と私の制服では着こなし方が違っている。当然その事を指摘されてしまう。
「それにしても関口のスカート長っ!」

7 :No.03 湿気 2/5 ◇DSM7XB0fYQIy (いじめ):09/08/24 00:40:13 ID:JgpBya9X
 ふと会話が途切れた休み時間、グループの中で一番お調子者な男子、長野君が声を上げた。
 男の子たちの視線が自分に集まっただけでまだ恥ずかしくて仕方ないというのに。顔が赤くなっているのが自分で分かる。
 女の子の間から「こいつまじエロバカ」とブーイングが上がっている。長野君は「いやでもさ、エロとかじゃなくなんか変じゃん」と冗談混じりで言っている。
 分かっている。もちろん冗談だし、確かにこの長いスカートは少し変だと自分でも思う。
 でも今さら短くするのは恥ずかしいし、なんだかひどく自分じゃないみたいだ。
 そんな自分の中の葛藤に追い込まれてる私の様子を見て、嫌がってると採ったためかますますブーイングが激しくなり、私はどうしていいか分からなくなった。
「そんなの関口の勝手だろ、ほっとけよバカ。それよりもお前の方がズボン下げすぎで変だよ。誰もお前のパンツなんか見たくないっつうの」
 それからも斉田君は事あるごとに私に対してさりげなく気を遣ってくれた。
 でもそれはもちろん特別私だけに対してではなく、別け隔てなく誰に対しても優しい、そんな人だった。
 自分が斉田君の事を気にしている事に気付くのは、ずっと恋愛に疎かった割にかなり早かったと思う。
 そして千沙が恋している事に気付いたのも私が最初だったかもしれない。
「しかし長野ってホントにバカだよね」
 下校途中、千沙が楽しそうに長野君の事を話しているのを聞いていた。間違いない気がした。
「千沙って長野君が好き? だよね?」
 千沙は少し罰の悪そうな顔をしてから、諦めたように嬉しそうに笑った。
「う。……何で分かったの、顔にでてた?」
 いっつも一緒だし、よく見てれば分かるが、彼女は長野君しかみていない。顔にも出てるし、態度にも出ていた。
 私は途端にこの友達の恋を応援したくなった。もしかしたら自分が恋しているからだろうか。
 それにどう見ても二人はいい組み合わせだった。長野君も千沙の事を悪く思っているはずはない。
 お互いに意識しあえば多分自然と付き合うことになるはずだと思えた。むしろ今すぐ告白してもいいと思った。
「千沙、絶対告白しなよ。OKに決まってる」
「うぅ……。ムリダーヨーやだやだやだやだやだ」
「大丈夫だーいーじーょーぶ。私、絶対応援するからさ」
 バタバタと身体を動かす千沙の手を取りなだめすかすと、照れ臭そうに笑いあった。
「ありがと伽子。うーっ、恥ずかしい。あ!そうだ、じゃあさ、伽子の好きな人とか……」
「いないよ」
 私は嘘を着いた。仕方ない、私のはどうせ実ることの無い恋だ。
 片想いで十分だし、なにせ引っ込み思案のこの私が恋をするだなんて一気に三段跳びぐらいの進歩だった。
 それから決心した私は、普段の自分では考えられない程の行動力を発揮して、二人の恋路を露骨なくらい応援する事にした。
 そして実際問題、長野君は極端に気が利かないタイプであった。千沙の思いに全く気付いていないため、こうでもしなければ恋愛に発展しないだろうという思惑もある。

8 :No.03 湿気 3/5 ◇DSM7XB0fYQIy (いじめ):09/08/24 00:41:48 ID:JgpBya9X
 私はなるべく二人だけにし、用事をつくり邪魔をしないように苦心した。
 多分周りは気付いていたと思う。実際それほど露骨だった。そしてもしかしたら露骨過ぎたのかもしれない。
 ある日のことだった。朝登校すると私の下駄箱に手紙が入っていた。ラブレターではない、色気のない封筒。
 誰かのいたずらだろうか、と思いながら中を見てみるとそこには『ウザい、キモい、バッカじゃない、死ねばいいのに』といった悪意たっぷりの言葉が紙一面に踊っていた。
 なぜだろう、誰かに嫌われるような事をしたろうかと原因を考えてみた時に、一つだけ思い当たる事があった。
 原因は長野君だ。長野君は結構もてるのだ。ジャニーズ系の可愛い顔で、隠れファンが多いタイプだった。
 でも私だって前もって長野君が結構女子に人気があるのも知っていた。その上で千沙と長野君の二人はどう見てもお似合いだったし、まさか周りから反対が出るとは思っていなかったのだ。
 しかもだ。しかもこの場合、謂わば黒子役のこの私にその矛先が回って来ている。これはまるで予想だにしなかった緊急事態だった。
「どうしたの伽子、なんか顔色悪くない?」
 教室に入り自分の机にカバンを置くと、後ろの席の千沙が心配して声を掛けてくれた。
「大丈夫、寝坊しちゃって。低血圧だから」
 椅子に座り、教科書をしまおうとすると何かが引っ掛かった。恐る恐る取出してみると、机の中に大量の使用済みタンポンが出てきた。
「何これ……誰! 最低だよこんなの!」 千沙が大きな声で叫んだ。
「大丈夫、何でもないよ千沙」
 教室の中は奇妙な沈黙に支配されていた。周りのクラスの雑踏と、間の抜けた朝のチャイムだけがやたらと耳に付いた。
 私はその後も日に日に酷くなる嫌がらせを受け続ける事になった。やり方は陰湿でしつこく毎日毎日続く。
 それだけの嫌がらせに心が折れずに何とか持ちこたえられたのは、親友の千沙の暖かい存在と、その嫌がらせの理不尽さのためだろう。
 もちろんはっきりと嫌がらせの理由が長野君と分かっている訳ではなかった。私は誰かにそれだけ憎まれるほどの、ひどく嫌な奴だという事なのかもしれない。
 ただそれにしても、ひどく手応えがない。顔の見えない相手というのはどこか感触がないのだ。
 それにもし二人の恋路の応援が理由だというなら、これ程理不尽かつ逆恨みな嫌がらせもないだろう。
 私はどこか自棄になって、二人の応援に取り組むようになった。するとますます、嫌がらせは激しくなる。私は確信した。やはり理由はそういう事なのだ。
 その時、生まれて初めて心の底から怒りという感情が芽生えた。私はもうやめなかった。

 その決着は驚くほどあっさりとついた。夏休みも終わりかけのその日、夜の七時という時間に私はあろうことか、自分のクラスの教室にいた。
 部活動の帰り、ロッカーに置き忘れた荷物を採りにきた私は、気まぐれに床に寝そべり、床の冷たさを味わっていたのだ。
 リノリウムの床はひんやりと冷たく、身体の熱が逃げていくみたいだった。いつの間にか私は寝ていた。
 気が付くと外は暗くなり始めていた。焦って起き上がり帰ろうとしたその時、誰かが足音を潜めて教室に入ってきた。
 なぜだか私も動けずにじっとしてしまう。するとその人物は一直線に私の机に向かい、何かを大量に机の中に入れ始めた。
 間違いない、嫌がらせの張本人だ。だがその顔を見て、私は驚いて「あっ」と声を上げてしまった。
 斉田君だった。自分の目が信じられない為、立ち上がり再びよく確認することにした。間違いない。どうやら向こうも気付いたようだった。

9 :No.03 湿気 4/5 ◇DSM7XB0fYQIy (いじめ):09/08/24 00:44:15 ID:JgpBya9X
 声が出なかった。彼だ。私の大好きな斉田君だ。私の目の前には、嫌がらせに勤しむ初恋相手がいた。
 そして私だ。ずっと好きだったその相手に、何といじめられていた関口さん。一体何の冗談だろう。
 頭の中がコンガラガッテいる。その時、彼が無表情に何かをぼそりと呟いた。
「……お前、邪魔」
 何が邪魔なんだろう。いや、嘘だ。誤魔化すな、分かっているはずだろう。私だ。私は彼の恋路にとっての邪魔な存在なのだ。
 斉田君はずっとあの千沙に恋い焦がれていた。そこに現れたのが、何やら周りでうろちょろと彼と千沙の関係を壊す私という存在。
 当然彼は怒った。完全に沸騰するケトルの如く、蒸気をあげて噴怒した。そしてそのベクトルが全て私に向いたのだ。彼の気持ちも分かる。
 でも待ってほしい。それじゃあこの私の気持ちはどうなるのだ。どうなるというのだ。誰かに叫びたくなった。
「なんで。千沙に直接言えばいいのに」
「あぁ、だってさー。こっちの順序があるんだよね。やっぱ曽我さんに告白する前にさ、こう何かいい印象を見せとかなきゃいけないじゃん。優しい俺とか頼りになる俺とか色々さ」
 本当に参った。次から次にまるで嫌がらせの総仕上げの様に、知りたくなかった事実が明らかになっていく。
 彼が私に優しく接していたのは、千沙にいい所を見せるためのデモンストレーションだったのだ。
 その仮面に恋してしまった。驚いた、まさか中身がこんな人だったなんて。
 でも好きだった。確かにまだ彼が好きだった。どうしよう。でも彼はこの件の張本人で敵だった。
 そして私に対して敵意をむき出しにしている。その敵意はとことん理不尽な物だった。
 途端にそれまで湧いていた好きだという思いと同時に、今まで抱えていたあの腹をのた打つ怒りも込み上げてきた。
 気分が悪い。ひどい生理みたいに体が重い。何か言わなきゃいけない。
 いっそ告白とかどうだろう。いいかもしれない。もしかしたらすべてがすっきりするのかもしれない。
「だからさ、要はお前学校くんなよ」
 冷たく尖った刺のある言い方が、耳に刺さる。自分が耳にしている言葉が信じられない。
「この事あの娘に言うわよ」
 違う。こんな言葉じゃない。今言いたいのはこんな言葉なんかじゃないはずなのに。
 彼は途端に威勢をなくし、懇願するようにこちらを見つめ体を崩してしまった。なんて格好だろう。
「それだけはやめてくれ、何でもするから」
 そうだ。この人はそれほどまでに千沙が好きなのだ。今まで憎んでいた相手に縋りつくほど。
 なんでだろう。なんでそれが私じゃないんだろう。ふと、すべてがどうでも良くなってきた。
「……上脱いで。今ここで。早く」
 彼は少し驚いたが、すぐに従順に服を脱ぎ始めた。なんで、苛立ちが止まらない。携帯を取出し、写メを撮った。
 フラッシュに照らされた彼は、まるでフライデーされた芸能人みたいだった。なんだか無性に切なかった。

10 :No.03 湿気 5/5 ◇DSM7XB0fYQIy (いじめ):09/08/24 00:45:17 ID:JgpBya9X
「写真は勘弁してくれ」
「言うよ」
「……分かった。でも……お願いします。下は勘弁してください」
 涙声だった。そんなの一番見たくない姿だった。でも止まらなかった。
「ダメ」
 こんな言葉じゃないのに。彼はうめき声を上げ、ズボンを脱ぎ始めた。熱を持ったように頭がぼうっとする。
 カチャカチャいう音とその情けない姿を何処か遠くから眺めているみたいだった。
 彼の靴下は暑さで汗に濡れていて、ちゅるちゅると変な音をたてていた。私はその時夏が終わればいいと強く思っていた。


《終わり》



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