【 良く晴れた日の午前中に考えたこと(お題:魔眼) 】
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10 :No.04 良く晴れた日の午前中に考えたこと(お題:魔眼) 1/7:09/08/29 23:08:59 ID:if/W752F
 志方敬史郎の死刑が執行されたその日、東京の西部は小雨が降りそうで降らない、いまいちぱっとしない天気の一日だった。
 十七人分もの罪なき命を奪った、忌まなければならない殺人鬼が死んだことを私は大学からの帰宅後、夜のニュースで知った。
 私はその日、夜が更けるまでずっとソファーに身を預け、何もせず、ただぼけっと天井を眺め続けて過ごした。天井はいつも通りの
私の家の天井で、眺めていても特別面白いことは何も無かった。
「志方」
 私は、既にこの世にいない人間の名前を口にしてみた。あたりまえのことだが、返事はない。華奢で、男のくせに腹が立つほど色白
で、とても優しい笑顔を浮かべる志方は、この部屋だけではなくて世界のどこにもいない。
 殺人鬼は裁かれ、罪には罰が与えられた。
 私は、それについて何かを言えた立場ではない。何かを言う気にもなれない。

 志方とは高校三年生のときに同じクラスだった。正直に言うと、一学期が終わるまでの間に、彼の存在を意識したことはほとんど無
かった。私と志方にあったのはクラスメイトとして接点だけだったし、物静かで無表情、悪く言えば根暗だった彼とは話す機会も、特
に話したいと思う気持ちも無かった。夏休みの夕方に、橋の上で立ちつくしている彼を見たときも一瞬知り合いだと気付かなかったく
らいだ。
 その日は午前中に台風が関東地方を通り過ぎたばかりで、橋の下の土色をした濁流はごうごうと音を立てる力強さに溢れていた。そ
んな轟音の上を、何を考えているのかわからない無表情で下を向いているクラスメイトの姿はおぼろで、私は何か声をかけなくてはい
けないのではと思った。私がすぐ横まで近づいても、惚けたように濁流を見つめ続けている彼は全く気付くそぶりを見せなかった。
「……死ぬの?」
 我ながら、もう少し心ある言葉を選べなかったのかと思い返すたびに考える。
 耳元で突然囁かれたその言葉に、志方は随分と驚いていたように思う。私の方に顔を向けて、大きく目を見開いていた。私が何も言
わずに凝視していると、志方はふっと笑った。学校では見たことのない表情だった。
「それでもいいかもしれない。悩むね」
「とりあえず、今日はやめなよ」
 私の言葉に、彼は素直に「うん」と頷いた。
「私と話したあとに飛び降りられたりしたら、私の気分がとても悪くなるからね」
 私がそのあとに続けた言葉に、志方はまた笑った。根暗で無表情が特徴の筈のクラスメイトは、とても楽しそうに笑っていた。

***

11 :No.04 良く晴れた日の午前中に考えたこと(お題:魔眼) 2/7:09/08/29 23:09:30 ID:if/W752F
 その橋の場所が私の家の近所だったので、試しに彼を夕食に誘ってみると、意外にも志方はあっさりと頷き、私についてきた。正直
なことを言えば本当についてくるとは思っていなかったのだけれど、それはそれで別にいいと思った。どうせ親の帰宅は遅く、一人の
夕食はいつも味気ない。
「北見さん、今がなんて呼ばれている季節だか、知ってる?」
 私が彼の前に置いた深皿をみて、志方は若干驚いたような表情を浮かべた。私は動じない。
「夏にビーフシチュー作っちゃいけないって法律は無かったはず」
「いや、もちろんそうだろうけどさ」
 私の断言に対して納得のいっていない感じで、志方はそれでも楽しそうに志方はスプーンを手にとろうとして
「待て」
 私の制止にぴたりと動きを止めた。不審気に私の方をうかがう。
「……北見さん、どうしたの?」
「食前のお祈り」
 私の言葉の意味がわからなかったのか、志方は少しだけ首をかしげた。私は構わずにいつも通り、食前の祈りを捧げようとする。座
り直し、姿勢を伸ばす。胸の前で両手を合わせる。どうやら何をするのか気付いたらしい志方も、見よう見まねで私に倣おうとしてい
た。良い心がけだ。
「神さま、お百姓さま、いつもおいしいご飯をありがとうございます。いただきます」
 私が囁く祈りの言葉を聞いて、クラスメイトは吹き出した。
「なによ」
 私が言うと、
「北見さんってクリスチャンか何かなのかな、と思ったらなんか小学校の給食みたいなことを言い出すから」
 志方はそう言って顔を背けた。小刻みに肩を震わせている。失礼な奴だ。
「神さまもお百姓さまへも、感謝の気持ちは必要でしょうが」
 私の正論にも、志方は笑うのをやめない。仏頂面になった私に、笑いながら謝る。
「ごめん、ごめん。バカにするつもりはないんだ。バカにするつもりは。ただ、ただね」
 そんな事を言いながら、志方はまた笑い出した。どうやら彼のツボに入ったようだ。
「何がそんなにおかしい」
 私の問いに、志方は答えなかった。ただ黙って、肩を震わせていた。

「で、なんで死にたかったの?」
 食事のあと、コーヒーを飲みながら。私は今日会ったときのことを志方に訊いてみた。志方は、うん? と言って笑った。

12 :No.04 良く晴れた日の午前中に考えたこと(お題:魔眼) 3/7:09/08/29 23:10:01 ID:if/W752F
「死にたくなんかなかったよ。ただ、北見さんが死ぬのかと訊いてきて、ああ、それでもいいかなぁと思っただけで」
「ふぅん」
 私にはあまり理解出来そうにない感情だと思った。
「あんまり死んだりしない方がいいと私は思うよ。神様だって悲しむし」
「北見さんが信じている神様って、悲しんだりしてくれるものなんだね」
 志方はそう言って、テーブルの上にマグカップを置いた。中のコーヒーは白い。そういえばさっき、どばどばと牛乳を入れていた。
「俺は無神論者だからさ、悲しんでくれる神様はいないよ」
「そっか。でも神様って無神論者だから見捨てる、とかそんな狭量でもないと思うけれど」
 その話題はそこで終わりで、話はそのままお互いの話に移った。そこで私は、志方の両親は既に他界していて、彼が一人で暮らして
いることを知った。
「じゃあ家庭料理なんて食べる機会ないでしょ。たまにはおいでよ」
 帰りがけ、私がそう言うと志方はなんとも微妙な微笑みを浮かべた。
「ありがとう。じゃあ、遠慮なくまたお邪魔させてもらうことにするよ」

 帰り際にはそんなことを言っていた志方だが、二学期が始まって二ヶ月経っても私の家に来るどころか、学校でも話かけてもまとも
な返事すらしてこなかった。なので私は、下校中ぼんやりと前を歩いている志方を見つけたときに、とりあえず一発ひっぱたいてから
連れ込むように家へと招待することにした。
 年が変わり、雪が降るころには、そんなことを繰り返さずとも志方はちゃんと自分の足で私の家に来るようになった。

「俺、普通は見えないものが見えるんだ」
 そんなことをカミングアウトをしてきた志方の表情は、真剣そのものだった。
「見えないものって、何が?」
 私は志方にきいた。幽霊が見えるとか言い出したらいつも通りひっぱたいてやる。服が透けて見えるとか言い出しりするのならば鈍
器が必要だ。
 身構えた私に対して、志方はこう答えた。
「その人が人生の中で殺す人数と、既に殺した人数」

「俺さ、人の顔の横にぼんやりと、数字が見えるんだ。左耳の横と、右耳の横。大抵の人は両方とも“0”だ。たまに、右耳の横の数
字だけ“1”や“2”を持っている人がいる。子供の頃から、この数字はなんなんだろうなって思ってた。他の人は見えていないみた
いだしさ。で、俺の父親は、“0”“2”だった。母親と妹は“0”“0”だった。その数字が何か、父親に訊いてみても判らないと

13 :No.04 良く晴れた日の午前中に考えたこと(お題:魔眼) 4/7:09/08/29 23:10:33 ID:if/W752F
言われた。冗談だと思われていたのかもしれない」
 志方はそう言ってから拍を置くためのようにコーヒーを啜った。私は何も言わなかった。
「テレビとかで、犯人とか呼ばれている人達の顔写真の左側の数字が“0”じゃない。そのことに気がついたときにはじめて、俺は左
側の数字の意味を知った。ああ、この数字は今まで殺した人の人数なんだ、って。右側の数字、俺の父親の“2”という数字の意味は
そのときはまだわからなかった。なんだろう、殺人と何かの相関があるのかな、とか考えていたかな。
 それからしばらく経って、父親が事故を起こした。両親と俺、それに妹の朝子の四人で乗っていた車が、崖の下に転落したんだ。けっ
こう強い雨が降ってる夜道だったな。多分、父親がハンドル操作をミスったんだと思う」
 私は何も言わなかった。志方はコーヒーを啜った。
「俺は無事で、気絶すらしなかった。だけどそれは俺だけで、残りの家族達はみんな血まみれだった。だらだらと血を流しながら、
ぴくりとも動かない家族が怖くてね。泣きながら三人の名前を呼んで、身体を揺すった」
 私はその光景を想像してみた。雨の中崖を転がり落ちた車。血を流して動かない両親。泣く子供。
 止まない雨の音。
「その時、気がついた。父親の左耳の数字が0から1に変わっていた。その数字は、俺が泣きながら揺すっている間に、さらに“2”
に変わった」
 私は何も言わなかった。志方はカップをテーブルに置く。志方のコーヒーは今日も白い。
「そうやって俺は右側の数字が“人生においてその人が殺してしまう人の数だ”って気付いた。事故のあと、色々と検証をしてみたん
だけれど、それで間違いなかった。正確には“その人が一生を全うした場合に殺す人数”ってことになるのかな。不慮の事故で死んだ
人の中には、右と左の数字が釣り合わない人も結構いた」
 少しだけ寂しそうに、志方は笑う。
「なんで俺に、こんな能力があるんだろうと思ってた。この数字の意味がわかっても、それで何が出来るというわけでもない。ただ憂
鬱に、その数字が動くのを眺めることしか出来ない」
 私は口を開いた。
「別にいいじゃん」
 私には、彼がその能力について何を悩んでいるのかが、よく判らなかった。
「志方、あんたの目になんでそんなことが判る力があるんだか知らないけれど、別にその程度のことで日常なんて変わりはしないよ。
うん。そう。きっと、あんたの能力は神様からのプレゼントなんだと思う。あるいは、挑戦状。あ、こっちの方がしっくりくるかも」
「挑戦状?」
 鸚鵡返しの志方に、私はうん、と頷いた。
「きっとアレ。“変な能力があっても気にせずに、人間は幸せになれるのです。あなたはそれを証明するためのモニターに選ばれまし
た。パチパチ”。きっとそんな感じだと」


14 :No.04 良く晴れた日の午前中に考えたこと(お題:魔眼) 5/7:09/08/29 23:11:02 ID:if/W752F
「思えないけど」
 困ったように笑う志方。そうか。ならば。
「いいから、そう思いこんで、それから誓いなさい。神様の試練に、いいや、神様に勝つ、と」
「北見さんのとこの神様は勝負相手にもなるんだ」
 驚いたような、呆れたような表情で笑う志方に、私は「当然」と言い切った。

 三月になった。私達三年生は自宅研修期間で、あとは卒業式を残すのみだった。
 私も志方も、来年からは大学生になる。なんと、同じ大学だ。予想外にも、志方はそこそこ勉強が出来るやつだった。

「春眠は暁を覚えないものなのです」
「いや、わかったから」
 その日は春うらら、といった感じでとても暖かい一日だった。十時頃にやってきた志方を家に通すと、私はそのまま居間のソファー
にダイブした。
「眠い」
「じゃあ寝てなよ。俺、北見さんが起きるまでテレビでも見てる」
 そんなことを言って、志方は居間のテレビの電源をいれた。私はソファーでまどろみながら、騒がしいテレビの音に耳を傾けていた。
「ねえ、志方」
 ふと思いついて、私は伏せたままの状態で志方に声をかけた。
「なに、北見さん?」
「神様に、勝てそう?」
 私の言葉に、志方はうーん、と少し考え込んだ。そして、穏やかな声で、私に告げた。
「うん。もう、勝ったんじゃないかと思う」
「そうかー、もう勝負はついてたかぁ」
 睡魔はゆっくりと私にのしかかってきた。
「志方ー」
「……なに?」
「よかった」
 目を閉じている私には見えていなかったが、きっと志方は微笑んでくれているだろう。そう思った。


15 :No.04 良く晴れた日の午前中に考えたこと(お題:魔眼) 6/7:09/08/29 23:11:21 ID:if/W752F
***

 ぐっすりと眠っている北見さんの寝顔を見ながら、俺は北見さんの言う「神様」のことについて考えてみた。
 もうすでに日は高く昇っている。快晴順風、とても気持ちの良い天気だった。
 北見さんが信仰している、俺に対してなにかと勝負をけしかける神様の本当の名前はおそらく「良心」というもので、この宗教にお
ける聖書があるとしたらそれは間違いなく小学校で使う道徳の教科書だ。
 俺は無神論者だ。神様の存在など信じない。もし、神様などという存在がいたとしても、そいつはきっと人間に対してこれっぽっち
の関心も抱いてはいないだろうと思っている。神様など崇めてなにになるのだと思っている。
 だから、最初は北見さんの言っていることも馬鹿馬鹿しい、つまらない戯言だと思っていた。
 今は微妙に違う。難しいことだとは思うけど、人の良心や善意が宗教そのものならば、案外宗教は本当の意味で人を救えるんじゃな
いかと思っている。俺は思ったよりも他人の影響を受けやすい人種なのかもしれない。
 北見さんの顔をじっと見る。左耳の横に見える数字は“0”、右耳の横に見える数字も“0”。それでいい。彼女はそれでいい。
 人を殺しちゃいけません。神様の、良心の使いはきっと俺にそういうことを言うだろう。そうだろうなぁ、と思う。人は殺しちゃい
けない。当たり前のことだ。わかっていることだ。
 姿見を覗いた。そこに映る俺の顔は、思ったよりもずっと穏やかな表情をしている。俺の左耳の横に見える数字は“0”、そして、
右耳の横に見える数字。
「誰だって、人なんか殺したくないよな」
 俺はそんな言葉を小さく声に出してみた。半年前までは別にどうでもいいと思っていた。少なくとも俺には能動的に人を殺す気は全
く無かったし、なにかの過失で人を殺すのだとしても、その罪に対する罰を、法の裁きを受ければいいかと単純に思っていた。
 今では、違う。いずれ来るだろう、“俺が人を殺す日”が来るのがすごく怖い。過失であれ故意であれ、俺の左耳の数字が加算され
ていくときの“プラス1”にもし北見さんが入っていたらと思うと、気が狂いそうになる。街で通りすがった人の、左耳の横の数字を
“1”にするのが北見さんの命なのかもしれないと考えると、感情が押し潰されてどうしようもなくなる
 そうじゃなくても、街ですれ違った人は将来、自分にとっての大切な人を何らかの理由で殺してしまうのかもしれない。
 俺は右耳の横に“2”という数字を、母さんと妹の分の数字を刻んでいた父のことを考えた。
 父さんだって勿論、母さんや朝子の命を奪いたくなんてなかっただろう。もし「自分が将来、二人の命を奪ってしまう」と知ってい
たら、きっと父さんは自ら命を絶とうとしたのではないだろうかと思う。
 俺が今、まさにこうして自殺を考えているように。

16 :No.04 良く晴れた日の午前中に考えたこと(お題:魔眼) 7/7:09/08/29 23:11:42 ID:if/W752F
――人に優しくしなさい。
 北見さんの口を借りて、北見さんが信じる神様は俺にそんな言葉をくれました。
――目立たないところで、人のために尽くすことこそが大切なことだと神様は言うのです。
 俺が好きだからっていう理由だけで夕食にカキフライを作ってくれた北見さんは、実は貝が食べられなかった。俺にそれがばれたと
きに、“神様”を借りた北見さんはそんな言葉を俺にくれました。
――他人を言い訳に使わないこと。みっともない。
 ああ、これは別に神様の言葉でもなんでもない。北見さんの感情から出た、素直な言葉だ。俺が大好きな北見さんの言葉だ。

「確かにね。こんなことを他人のせいになんてするべきじゃないよな」
 俺はうんうんと頷いた。北見さん、俺はこれから人を殺し続けます。自分の左耳の数字に北見さんが数えられる可能性のことを考え
るのが嫌だから、たまらなくなるから、右と左の数字が揃うまで、北見さんが持っている“1”が俺の耳の横に入る余地がなくなるま
で、誰かを殺し続けます。
 俺はこれから、人を殺し続けます。過失か何かで“その人にとっての北見さん”の命を奪ってしまうような光景を見るのも想像する
のも嫌だから、右と左の数字が合っていない人達を殺します。
 ただ自殺するよりも、そうするほうがきっといいだろうと思うからそうします。
 全て俺の勝手な理由で、俺の勝手な言い分で人を殺します。俺にこれから殺される人達、勝手なことばかり言ってすみません。

 立ち上がる。考えがまとまった以上、俺はもうこの家にいるべきではないだろう。とても惜しいけれど、北見さんと一緒の大学生活
も諦めなくてはいけない。俺はもう、北見さんに会うべきではない。
 どこか遠くの街へと移って、そこで生活を始めよう。目的のための生活を始めよう。
 俺が部屋を出ようとしたちょうどそのとき、北見さんがないやら唸りながら寝返りをうった。
 俺は一度だけ立ち止まって、その光景を、彼女の姿を心に焼き付けた。
「神様」に、彼女のことを祈った。

<了>



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