【 未成年の方は注意してご覧ください 】
◆VrZsdeGa.U




28 :No.08 未成年の方は注意してご覧ください 1/5 ◇VrZsdeGa.U:09/09/07 03:09:55 ID:Klf4TlUo
 紫鏡。
 驚かせてしまったならば謝罪しよう。悪気はなかった。ちょっとだけ、あなたの心を試させてほしかったのだ。
「紫鏡」。この二文字にあなたはどれだけの恐怖、あるいは好奇をいだいているだろう。
見るだけでも身の毛がよだつほどだろうか、口にだした私の首を絞めたくなるほどだろうか。
そもそもそんな迷信など信じていない? ならばけっこう。終世その姿勢をつらぬき、人畜無害でいてほしい。
 とにかく様々な反応はあろうが、私が厄介に思うのは、自尊心を満たしたいがためにこの言葉を利用する輩だ。
仲間内でたのしむ間は世話ないが、迷信や都市伝説の類は伝播しやすく、結果、より多くの恐怖と
好奇を生んでしまう。そして塵だったものはやがて……想像上の問題だから無害? はたしてそうだろうか。
ずいぶん前に世界破滅を予言した書物が流行ったではないか(あれで数年分の貯金を使い果たした者もいるのだ)。
そのように人間の想像は、知らぬところで手に負えぬほど大きくなってしまうのだ。
今回は皆様にそんな話を紹介しよう。

 杉山くんは怖い話がだいすきな小学生だ。都市伝説、怪談、ホラー漫画や映画、ミステリー、陰謀論……
彼はありとあらゆる噂を知り、友達に聞かせることを得意としている。けれど杉山くんは、怖い話が非現実のものだと
心得ていた。都市伝説や怪談はフィクションであり、ホラー映画に出てくる化け物もも作りものであるとわかっていた。
 ではなぜ、杉山くんは怖い話がだいすきなのか。ひとえに、友達がそうした話を怖がるからだ。
 幼稚園の頃、先生が怖い話をして、友だちが一様におびえる様子を見せたことがあった。杉山くんは初め不思議に思った。
どうしてありっこない話なのに、皆は信じて怖いと思うのだろう。理由は分からなかったが、そのことは彼の心に火をつけた。
自分は嘘だとわかっているが、皆はそのことに気づいていない。杉山くんはここに上下関係が出来上がっていることを見つけたのだ。
それから、杉山くんはあらゆる怖い話に精通するようになった。
 杉山くんは友達の恐怖におののく表情を見るのが好きだった。だがなにより、疑心暗鬼を生んだような友達を見るのは
たまらなかった。作り話とはわかりつつも、心のどこかでは本当じゃないかと疑っている。そういう友達に限って、
帰り道に後ろから脅かすと、この世の終わりを見たような顔になるのだ。上にいたつもりの人間を蹴落とすことは、
杉山くんは無邪気な優越感を満たすには十分だった。

 杉山くんの小学校には「紫鏡」があった。職員室の隣にある濃い紫でふちどられた、一八〇センチくらいの姿見だ。
姿見は杉山くんが入学する前にとりつけられ、恰好が恰好だけに、以後生徒たちの話題にのぼることが絶えなかった。
はじめのうちは「二〇歳までおぼえていると不幸になる」や、「鏡の破片が全身に突き刺さる」といった
まとまりのあった噂が多く創り出された。が、子どもの悪戯心がいかに働いたのか、
「鏡をおぼえていた者は、二○歳の誕生日の朝、突如巨大な虫になってしまう」「鏡をおぼえていた者は、

29 :No.08 未成年の方は注意してご覧ください 2/5 ◇VrZsdeGa.U:09/09/07 03:10:19 ID:Klf4TlUo
二○歳にならずともやがて心臓麻痺になって死んでしまう」「むしろおぼえていると夢の国に招待される」
 など、鏡に関する噂は年を経るごとに荒唐無稽をきわめ、際限がなくなってしまっていた。
 杉山くんにとって「紫鏡」は、いうまでもなく悪戯心をかきたてるものだった。杉山くんは休み時間に、
「兄貴が言うにはさ、夜にあの鏡の前に立つと中から怪物が出てきて、その人を引きずり込んじゃうんだって」
 といった話を、さものっぴきならない問題のように友達の前で喋った。「紫鏡」の話でも、杉山くんを満足させるだけの
表情は多く作りだされた。不安を顔にたたえる女の子、背伸びをして気丈にふるまう男の子、今日も成果は上々だ。
「鏡から出るには、どうしたらいいの?」と、おそるおそる友達の一人が訊ねた。
「いや、そこまでは聞いてなかったな」杉山くんは沈んだ声で答える。「当然たたかわなきゃいけない
わけだからこっちも武器か何かをもってなければいけないけれど、相手が怪物じゃ力の差があるからなぁ。
武器じゃなくて毒薬でも持ってればなんとかなるかもしれないけど……」
 ええ、という動揺の声がちらほらと上がる。そうした反応もまた、杉山くんの大好物である。
杉山くんがぬけぬけとこんなことを言えるのも、解決法を知っているおかげだ。「白い水晶」という言葉を覚えているだけでいい。
けれど、友達にはおしえてやらない。こんな旨味のある状況をのがすほかはないからだ。
「その怪物はどんな姿をしているの?」またどこかから質問が飛ぶ。
「うん、なんでもライオンの手足に恐竜の体、そんでもって天狗の羽に大蛇のしっぽ、きわめつけは龍の頭だって。
時には炎を吐いたりもするし、頭を三つ持っているのもいるし、学校なんかひとたまりもないほどの力を持っているのもいる。
とにかく凄い怪物なんだってさ」
 いささか嘘が過ぎるようにも思えるが、杉山くんは至って真面目であったし、友達も本当のことのように耳をかたむけていた。
時折いぶかりながら聞く生徒もいるにはいたが、決して信じてはいない、という様子でもなかった。
原因は子ども心、ということも一つだったが、なにより杉山くんの語り口が上手かった。
自分は何でも知っている、という自慢めいた口調ではなく、自身も恐怖におびえすくんでいる風な声色で話すから、
自然とひきつけられてしまうのだ。
「でも、なんで学校の先生はそんな鏡を買ってちゃったんだろう」
 答えはすでに用意されていた。しかし杉山くんはわざとらしくうん、とうなり、考え込むような様子を見せる。
杉山くんなりの演技である。
「校長先生や安部先生、いやひょっとしたら、学校の先生たち全員が操られているんじゃないかな。そして僕たちを――」
 そこで思いがけずチャイムが鳴る。教室に担任の安部先生が入ってきて、杉山くんの周りでも席に向かう動きが始まっていた。
杉山くんはすこしがっかりしたが、むしろ話の腰が折られたことでおどろおどろしさは増しただろうか、とも思った。

 「紫鏡」の噂は依然としてふくれあがり続けた。杉山くんのクラスはもちろん、他のクラス、さらには学校中にまで

30 :No.08 未成年の方は注意してご覧ください 3/5 ◇VrZsdeGa.U:09/09/07 03:10:43 ID:Klf4TlUo
噂は広がり、そのつどあらぬ尾ひれがつけくわえられた。
「怪物は昔学校にいた生徒が化けた姿である」「鏡に引きずりこまれた人間は食われてしまい、怪物の一部となってしまう」
「引きずりこまれた人間は魂を抜かれ、二○歳になると死んでしまう」
 杉山くんはこうした噂の広がりを悦に入りながめていた。ここまで伝わるとは、とおどろきもしたが、
やはり誇りのまじった喜びの方が先立った。皆は自分の話に興味を持ち、怖がっているからこそ、
こんなに広がったのだ。杉山くんの優越感はぐんぐんと高められていた。
「この鏡、なんで外さないのかな」
 杉山くんは数人の友達と共に、紫鏡の前に立っていた。
「そりゃ、外すと呪いみたいなものをかけられちゃうからじゃないかな」
 杉山くんはもっともらしく話す。はた目から見れば、数人の子どもが鏡に映る自分を見ながら喋る姿は
いくらか奇怪なものであった。まるで鏡のほうではなく、子どもたちにおかしなところがあるように見える。
「めんどくさいなぁ。取り付けたままでもだめだし、外してもだめだし」
「なんにせよ、鏡の前には立たない方がいいんじゃないかなぁ」もう一人の友達が言う。
「その方がよさそうだね」
 と杉山くんが言い、それぞれが後ろを振り向きかけた時だ。
「……ねぇ、今鏡の中で何か動かなかった? 僕ら以外で、さ」杉山くんがやにわにそんなことを言った。
「えぇ? ごめん、何も見てなかったよ」
「ほら、鏡の左上隅あたりにさ」
 杉山くんは必死に手を伸ばしながらその部分を指し示そうとした。しかし、子どもの身体が杉山くんの指し示すところに
映るはずもない。あるとすれば、後ろに男の先生が通りかかった時くらいのものだ。それに後ろは壁だったから、
遠くで何かが起こったとしても鏡に映ることはない。
「杉山、いくらなんでも大げさすぎるって」
 さすがに友達も、今度ばかりは杉山くんが嘘をついていると思った。けれど、杉山くんはずっと鏡を見続けていた。
鏡の中で動いた何かをもう一度見るために。杉山くんは演技をしているわけではなかったのだ。
「……気のせいだったのかな」
 結局それ以上の追及はしなかったが、その日の間、杉山くんの心にはこの出来事がわだかまっていた。

 そして、ある日のこと。
「はぁ、やってらんないなぁ、なんで宿題忘れてきちゃったんだろう」
 杉山くんは先生に居残りを命じられ、帰りが遅くなってしまっていた。もう日は沈み、学校は暗幕をかけたような

31 :No.08 未成年の方は注意してご覧ください 4/5 ◇VrZsdeGa.U:09/09/07 03:11:04 ID:Klf4TlUo
暗さに包まれている。明かりはあらかた消されており、どうやらもう生徒は残っていないようだ。
職員室の明かりだけがひっそりと点いていて、さすがの杉山くんもわずかに心細さを感じていた。
安部先生の机に宿題を置き職員室を出ると、杉山くんの目に「紫鏡」が映った。縁を飾る紫が暗闇の中で怪しく光り、
彼の目を強く惹いた。しょせん、噂は噂だ。そう思った時だ。
 杉山くんの肩に強い負荷がかけられた。何かに握りしめられているようだ。筋肉に痛みが走る。
力の方向が変わり、杉山くんはつんのめる様な体勢になった。猛獣に襲われる動物になった感覚がせまる。
何が起こったか把握できないまま杉山くんは体の自由を失い、宙に放りだされた。杉山くんの目の前に鏡が映る。
ぶつかる。杉山くんは思わず目を閉じた。光が、完全に失われているように思われた。
「憎い、憎い。僕を恐れる人間が、憎い。僕をこんな姿にした人間が、憎い」
 地獄の底から這い出てくるようなまがまがしい声が聞こえてくる。杉山くんがおそるおそる目を開けると、
信じがたい光景がそこにはあった。漫画に出てくるような龍の頭が、闇の中で威圧するように浮かんでいたのである。
「噂の主を殺さねばならぬ。私の苦しみを消さねばならぬ。呪いを、私の忌まわしい因縁を」
 龍のたぎるような赤い眼が鋭く光る。杉山くんは思わず腰を抜かしてしまった。しかし、その先にも異常な光景は
待ち受けていた。闇に当てられどす黒くかげる恐竜の胴体、強靭に作られたライオンの手足、毒をもてあましているように
暴れまわる大蛇の尻尾、威嚇するように突き立った天狗の羽。杉山くんが話していた通りの怪物が、目の前にそびえていたのだ。
杉山くんはあたりを見回したが、何もなかった。廊下も、職員室も、壁も、天井も、何もかも失われていた。
座りすくんでいる杉山くんと、怪物が向かい合っているだけだった。
「二○歳にならずとも、一思いに食い殺してやる。そして、元の子どもの姿に戻るのだ」
 杉山くんは、怪物が何を言っているのか理解できなかった。というより、理解するための頭が働いていなかった。
口は阿呆のようにぽっかりと開き、足は震え、腰は自由を失っていた。食い殺す? ようやく怪物の言っていることが
わかったが、救いにはならなかった。むしろ、芽生えた恐怖が大きくなるだけだった。地響きが放心した杉山くんを揺らす。
怪物がこちらに近づいてきている。もうだめだ。
「何が『紫鏡』だ、僕を好き勝手に弄んで。殺す、こいつがあの言葉を吐く前に、殺さねば」
 あの言葉。幸運にも救いの手が舞い込んできた。そうだ、「紫鏡」の呪いを解くための言葉だ。
杉山くんの頭がまわり始める。回らない歯車を無理に動かすように、記憶を探り続ける。そうしている間にも、
怪物はこちらに近づいていた。
「殺す、殺す」喉を絞めるような声が怪物から発せられる。
「白い、白い」杉山くんは海底から何かを取り出すように声を発し続けた。そして、「し、白い水晶!」
 怪物の口が開かれた時だった。杉山くんは、ようやくその言葉を探り当てることが出来た。怪物が地鳴りのような
悲鳴を上げる。ライオンの手足が消えていくのが見えた。

32 :No.08 未成年の方は注意してご覧ください 5/5 ◇VrZsdeGa.U:09/09/07 03:11:23 ID:Klf4TlUo
「どうして、どうして」とたんに、怪物が訴えかけるような声を上げ始めた。「どうして僕をいじめるんだ?
どうして僕を静かにさせてくれないんだ?」怪物の声が、だんだん幼くなっていく。「僕は鏡の中で静かに
暮らしていたいだけだったのに。呪いなんて、なかったのに」
 恐竜の胴体、大蛇の尻尾、天狗の羽根、龍の頭。闇に飲み込まれるように、怪物は姿を消していった。
杉山くんは、その様子をすわりすくみながら呆然と眺めていた。何かが割れる音がした。
やがて、杉山くんは自分が薄暗い校舎に身を置いていることに気づいた。

 明くる日、粉々に割られた「紫鏡」が見つかった。ガラスの部分だけではなく、きっちりと飾られていた紫の縁取りも、
何もかもが粉々に割られていた。生徒が登校する頃には鏡は撤去され、取り付けられた壁に日焼けの跡が残るだけだった。
そのことは、噂の広がりを助長することとなった。
「鏡の中からムラサキババアが出ていった」「学校中の生徒のドッペルゲンガーが出ていった」
 杉山くんはというと、以後「紫鏡」の噂を口にすることは二度となくなってしまった。体験したことがあまりに
恐ろしかったというのもあったが、何か、そっとしたほうがいいような気がしたからだ。
 いったい、あれはなんだったのだろう。
 杉山くんの頭には入道雲のような疑問が浮かび続けていた。怪物は、皆の噂がそのまま形になったものだったのだろうか。
皆の怖がる心が、いや、自分のように面白がっている人の気持ちも集まって、ああなってしまったのだろうか。
いずれにせよ、杉山くんにはいくらか難しい問題だった。それよりも、鏡を割った犯人が自分だとばれないようにすることが、
一番考えるべき問題だった。
「なぁ杉山、いつもみたいに怖い話、持ってないのか?」
「ううん、今日はあいにく」
 杉山くんは極力、怖い話を皆の前で話さないようになった。またあんな目に遭うと思うと、背筋に寒気が走った。
それに、自分は怖い話を利用して偉がりたかっただけなのだと、気づいたからでもあった。
「知ってる? 杉山くん。校門の近くの二宮尊徳像がさ――」
 だけど「紫鏡」がなくなろうと、自分が怖い話に興味がなくなろうと、今日もどこかで怖い話はいいように利用され続けている。
人間の数や、恐怖の割合に応じて、怖い話は増えていく。そして、その仕返しに誰かが。
そうなると、杉山くんにはこう考えるしかなかった。
「怖いね、本当に」





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