【 人間補格 】
◆DSM7XB0fYQIy




30 :No.10 人間補格 1/3 ◇DSM7XB0fYQIy:09/09/13 23:49:09 ID:Cue8CFdd
 諦めの多い人生だった。

 ある日目が覚めると僕は重度の障害者であった。右腕と左足があらぬ方向に向かって湾曲していた。何事かと周りを見回すと親が嬉しそうに僕の名前を呼んでいた。
 何故か二十歳ぐらい老け込んでいる様に見えた。返事をしようとした時に自分の声が一切出ない事に気がついた。唖になったらしい、医師がそう判断した。
 僕は七歳のある日、突然脳震盪で倒れそれから目覚める事無く十二年間、延々と寝続けたらしい。ベッドの中で寝続けた僕を両親は必死で介護してくれたそうだ。
 僕はその自分の身体の形のいびつさに全く馴れることが出来ないまま、退院の日を迎える事になった。車椅子で運ばれる僕の身体を見た通りすがりの人が、一瞬驚きすぐに目を逸らすのが見えた。
 その人の目が暗にこう語っている様に思えた。『人じゃない。あれは別物だ』
 ショックだった。でもその時僕の覚悟はしっかりと決まった気がする。それはどちらかといえば諦めに近い覚悟だった。自分のこの悪夢の様な境遇に馴れてしまえばいい。
 当時の僕はまだ七歳の子供で言葉を知らなかった。今考えるとこういう事だろうか。
 痛みを感じるという機能は生きていく上で必要な感覚であるけど、時と場合によっては邪魔な物にしかならない。それに人は美醜によって生きている訳ではない。
 ただしそれは寂しい人生を彷彿とさせるそんな判断だった。他者を必要とする環境や経験、おそらく人が人生といった漠然とした物を想像する時に思い浮かべるほとんどを諦めるという事だ。
 自動的に僕の人生からは親しい友人や大切な恋人、結婚や子供といった選択肢が消えていった。むしろ最初からなかったのに気づいたというのが正しい。
 それではまず何をしようかと思った。する事がなくなった自分には今や無限と言えるほどの膨大な時間だけが特別に与えられたように思えた。もちろん子供だからぼんやりと感じたという程度に。
 まずは知識が必要だと思った。生きるためにではなく、安易に死に甘えたくならないために。実質的な大量の知識が必要だった。そして何よりこの世界の成り立ちを知りたかった。
 多分僕はこの世界から弾かれた存在だ。だからこそ必死で、それこそ捨てられた孤児がすがりつくかの様に、世界に対して求愛する必要があったのだと今になって思う。
 自分ではよく分からなかったが、文字を覚える必要に迫られていた。親はすでに色々な事を諦めていた。テレビを垂れ流し、台所で呆然としている母親、それが僕の当時の原風景だ。
 テレビは徹底的に猥雑で享楽的だった。情報は常に更新され、移り変わっていくがその内容はほとんどがないに等しい物ばかりだった。
 それは人生に飽きてしまわないためのオモチャ箱。日々の憂鬱を回避するために求められた必死の逃走回路。そこで必要とされる物は速さや、明るさ、最低限の道徳、安心感。
 当時の飢えていた僕は当然のように余すところなく、そのすべてをしゃぶり尽くした。
 親はあまり僕に話掛けなかったので、自然とテレビが僕の親代わりだった。一方的な干渉。受け取るだけの僕。
 楽しげだったり生真面目だったりする気難しいブラウン管の画面をチカチカする目でずっと眺める。
 テレビの中では嘘みたいに和気あいあいと誰もが楽しそうで、時折自分の家庭となんでこうも違うのかと首を捻った。
 そのうちに放送禁止用語の中に自分の様な身体に障害を持つものを揶揄する言葉があるという事を知ってしまった。
 衝撃だった。なによりその臭い物に蓋をするという様な、恵まれた側からのあまりに一方的な感覚が信じられなかった。それならば直接言われた方がまだいくらかましだとそう思えた。
 それと同時に知りたいという欲求が自分の中で膨れ上がり、我慢できなくなった。親には期待できない。ならばどうすればいいのか。
 当時家の中にはインターネットという便利な物がなかった。外に出なければならない。

31 :No.10 人間補格 2/3 ◇DSM7XB0fYQIy:09/09/13 23:49:58 ID:Cue8CFdd
 親に頼みこみ図書館に連れていってもらう。母親は車の中でもどこか呆然としていて、信号が変わる度に気が気ではなかった。
 図書館の本を虱潰しに読み漁った。とにかく読み漁った。最初の方は何回か付き合ってくれた親も、そのうち呆れて図書館員に僕の事を頼み込み、車でどこかに出かけてしまった。
 障害関係の本を読み進めていく内に自分がごく軽度の障害である事が分かってきた。手が利かず、足がなく、声が出なくてもやれる仕事はいくらでもあった。
 涙が出ていた。嗚咽ばしった声こそ出なかったが、喉からはふいごの様に空気が漏れていた。図書館員が心配そうに駆け寄ってきたがどうにも止まらなかった。
 それからまずは文字の書き方を取得した。ほとんど感覚のない左腕にゴムの帯を巻いてペンを縛り付ける。目の前の紙の上を感覚のない肉の塊が何度も何度もずるずるとはいずり回る。
 ようやく自分の名前が書けるようになった頃には一週間がたっていた。それと同時に車椅子を自分で操作する技術も覚えなければならなかった。
 やらなければいけない事が山ほどあった。多分ありすぎたのだろう、気持ちよりも先に身体が悲鳴を上げていた。僕は高熱を出して倒れていた。
 母親が、無理をするなと醒めた口調で言ってきた。気づいた時には割れるように痛む頭を抱えながら必死に『むりじゃない』と筆談を書いていた。
 しばらくの間図書館で過ごしていた僕は自分が無意識に必死で探していたとある物を捜し当てた。放心したようになってしまった。
 世の中には物事を知る事自体が仕事になる職業があった。それは世界を知りたい僕にとって天啓ともいえる発見だった。大学の教授や研究者たち、まだ証されていない世界の姿を見る、そんな仕事。
 僕はゴミ捨て場から中学レベルの参考書を拾い漁って勉強し始めた。すでに小学生程度の知識はテレビから得ていたためだ。
 それでも参考書に拡がるまるでパズルの様に楽しいそれらは、嫌がる子供たちというテレビからの知識からは余りにかけ離れていた。
 僕は夢中になって解き続けた。時間が経つのを忘れて、机にしがみついた。その様子を見た両親が、学校にいってみるかと提案してきた。
 自分としては大検を受けるつもりだったのだけど、学校に興味がないといったら嘘になる。同世代の人間が集まっている学校という空間はどんな所なんだろう。
 楽しい事は間違いないらしい。なぜならあれだけ生徒たちが嫌がっている勉強が楽しい物なのだ。それより楽しい事がたくさんあるに違いない。
 多分ぼくが諦めたあの友人や恋人といった、家族以外の人と過ごす時間が楽しいに違いない。ドラマや小説で耳年増になっていたため、膨らむだけ膨らんでいた。
 一ヶ月後に僕がとうとう高校の参考書をやり終えた頃、母親が定時制高校で特別に障害者の受け付けをしている所のパンフレットを持ってきた。
 定時制でやる勉強ならもうほとんど済ませてしまったていたし、まだ大検までかなりの日数が残っていたため、僕はその提案を断り大検を受けるつもりだと筆談した。母親は難色を示した。
「大検なんて受けてどうするの……それより何か資格でもとってみたらどう?」
 僕はあと一年しっかりと勉強して大学を受けるつもりなんだと、少し勇ましい気持ちでメモ帳に書き込み、母親に見せた。
「……ごめん、ごめんなさい。いまあなたを大学に行かせてあげるだけのお金は家にないの」
 僕が抱いた最初の夢はこんな風にあっさり打ち砕かれた。そういえば入院費や手術代でたまった借金の事で両親が言い争っていたのを覚えている。二人とも疲れ切っていた。
 ふと嫌な考えが頭をよぎった。なぜ早めに死んでしまわなかったのだろう。助かったのは良かった。でもその後も日々は続いていく。なぜ僕は。
「ごめんなさい」
 ゴムの帯で止められた手が行き場もなくどっしりと重くのしかかっていた。

32 :No.10 人間補格 3/3 ◇DSM7XB0fYQIy:09/09/13 23:51:50 ID:Cue8CFdd
 それからも勉強は止めなかったし、大検にもすんなり合格した。僕は晴れて高卒という資格を得た。親は証明書を額縁に飾った。でも僕は。
 見失っていた。途方に暮れていた。奨学金が出るほどに頑張ってみたらどうだろう、そうも思ったが果たしてこのいびつな身体に大学が将来を見いだしてくれるのだろうかという疑問が浮かんだ。
 そのままやんわりとまた自宅と図書館を往復する生活に戻っていった僕は、たぶんひどく死んでしまいたかった。何も、手に、つかない。――多くを望みすぎた愚か者は、痛い目を見て賢くなりました――
 僕は初めて自分の境遇を呪った。自分の曲がった手や足が煩わしかった。今すぐ捨ててしまいたくなった。――何もできない怠け者は追い出される運命です――
 僕が手に取った画集は、有名な狂人の画集だった。ひまわりが狂ったように咲き乱れている。その画家は誰よりも世界に求愛し呪っていた。
 僕には分からない感情と思考で、それでも確かにこの世界の美しさの秘密を追い求めていた。それを見た僕は、どうすればいいのか分からなくなってしまった。
 僕はペンで自分のいびつな手を描き始めた。ひどくみじめで、落ち着く相反した感情が僕を襲い、何かが決定的にはまった気がした。
 世界は美しく醜かった。差別的で平等だった。もう自分の中に寂しいという感情はなかった。
 そこでは僕は世界に求愛し続け、世界は挑発し続けていた。なにもいらなかった。まだ続いていくこの人生に、僕は初めて生まれて来たことを感謝し泣いた。

《終わり》



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