【 トム(お題:猫) 】
◆zH52hPBzFs




27 :No.07 トム(お題:猫) 1/5 ◇zH52hPBzFs:09/09/20 01:34:52 ID:5a74MIRO
 息子の友達と話をした。
 里菜と名乗ったその女の子は、綺麗な赤毛をアバウトに後ろで束ねていて、その豪快な髪型がとても愛らし
かった。十四歳、息子と同じ“年長組”だと言っていた。第二次性徴がもう始まっていて、これはやばい、油断していたと思った。こ
いつらなんか、まだまだガキだと思っていたのに。侮れなかった。
 カタパルトでの作業を終えて、自宅に戻る帰り道でのことだった。自宅に戻ってからの作業の段取りなどを考えながらボートを走ら
せていた俺を、湖岸からの黄色い声が呼び止めたのだ。里菜ちゃんは俺のことを「北宮くんのお父さん」としてちゃんと認識していた
らしい。「集落まで乗せていって欲しいな」と言われたので、俺は彼女をボートの後ろに乗せた。そして、色々なことを喋りながら、
集落に帰った。息子のことや、もうすぐ完成する宇宙船のことなどを話た。ドーナツの話なんかもした。すげぇ楽しかった。
「北宮くんのお家は、あのドーナツを三等分したって聞いたんですけれど、それって本当ですかー?」
 里菜ちゃんがそんな質問をしてきて始まったのが、ドーナツの話。今から四年と少し前、冬の日のことだ。
 俺達が暮らしているこの惑星は、植民開始からの日がまだ浅い。たかだか十五年程度の時間では、人々が安定した生活をするに足る
ほどの基盤を築くことが出来ていないのが現状だ。生活の根幹、食料の供給さえ怪しくなることがある。特に、宇宙船の組み立て作業
が山場を迎えていた六年前からの四年間のそれは本当にひどいものだった。
 その日も、食料の供給は無かった。その日の前日も食料の供給は無かった。さらにその前日も無かった。誰もが空腹だった
 母星から持ってきた保存食も、その頃にはもう底を尽きかけていた。しかし、それでも食糧管理局は、なけなしの保存食をを子供達
にだけ配った。子供達を餓えさせるくらいだったら、という思いだったのだろう。この惑星に住む大人は、例外なく子供に甘い。
 それがドーナツだった。缶詰に入った、小さなドーナツ。子供でも片手で持てるくらいの、本当に小さなドーナツが一つ。
「ああ、そうだよ。父、母、息子の三人だから三等分して食べた。あのドーナツ、不味かったなぁ」
 俺の言葉に、里菜ちゃんは「えー」と可愛く声をあげた。
「本当だったんだ。うちのお父さんはねー、お前のために配られたドーナツだから、お前が食べろって言ってくれたよ」
 我が家の子が息子じゃなくて、里菜ちゃんみたいな娘だったら、あるいは俺もそうしたかもしれないなと、ふと考えた。あの、栄養
満点のドーナツ。くそ不味いドーナツ。いや、やっぱり三等分したかな。
「ドーナツは分けることが出来るからなぁ。三等分出来るものなら家族で三等分したいよ、俺は。遠慮はなしだ」
 だって、家族だから。俺がそう言うと、里菜ちゃんはにへらと笑った。

「里菜ちゃん、もういっそのこと、うちの家の子にならない?」
 なんとはなしに、そう聞いてみた。そしたら里菜ちゃんはちょっと頬を赤らめて、「北宮くんかぁ。どうしようかなぁ。お父さんは
優しそうだしそれでもいいかなぁ」などと言い出した。どうしようと思った。本当に、どうしようかと思った。
 集落に到着し、彼女と笑顔で手を振って別れたあと、俺は息子を捜して道を全力で走った。探していた標的は、牛舎で牛の世話をし
ていた。「お帰り、父さん。どうしたの?」などと怪訝そうに問う息子に、俺は人差し指を突きつけて、こう宣言してやった。

28 :No.07 トム(お題:猫) 2/5 ◇zH52hPBzFs:09/09/20 01:35:25 ID:5a74MIRO
「おまえなんかに、娘は、うちの里菜はやらん。十年早い」
「里菜って……長谷部さんのことか。誰の娘だよ。ていうか、なんで父さんが下の名前で呼び捨てなんだよ」
 里菜ちゃんの名字は長谷部らしい。長谷部。冶金技師の長谷部さんと同じ名字だ。あのおっさん、あんなにかわいい娘がいたのか。
「なに、お前、まだ長谷部さんとか呼んでるの? なんだよー、俺の方が里菜と仲良しだな」
 ちょっとだけからかってみると、息子の目がすっ、と細くなった。息子は俺に似てやたらと良い顔つきをしているが、ときどき、妻
に似たとても冷たい目つきをすることがある。例えば、今この時みたいに。
「お、なんだその目。やるのか。なら受けてたつぞ。ネコがネズミよりも強いことを証明してやる」
 俺がファイティングポーズをとると、息子は頭を振り、それからいかにも呆れたといった感じのため息をついた。
「父さん、やめてよ。付き合いきれない。それに、その“ネコ”とか“ネズミ”とか、そんな居ない生き物の名前で呼ばないでよ」
 俺達は自分達大人のことをネコと自称し、対する子供達のことをネズミと呼んでいる。理由は子供達には教えていない。
 この惑星に、ネコやネズミと呼ばれる動物はいない。俺が産まれた惑星にもいなかったので、実は俺も実物を見たことはない。大昔
の古典アニメーションが、移民船の中で見たそれが俺にとって唯一の接点だ。あの移民船がこの星に残っていてくれたなら、色々なこ
とがすごく楽だったのに、と思う。子供達に、ネコとネズミについての具体的な説明をすることだって出来ただろう。
「お前らはネコの可愛さを知らないからそんなことを言っていられるんだ。まあ、待ってろ。宇宙船が完成したら、他所の星からネコ
とネズミを貰ってくるから。その可愛さにメロメロになるがいいわ」
 息子はもう一度ため息をついた。今度のは先ほどのため息と比べてより大きくて、より深い。
「僕には父さんたちが考えていることが本当に、全く、わからないよ。この星には生活していく上で不足しているものがまだまだたく
さんあるんだ。それなのに、まるでムキにでもなっているみたいに宇宙船作りに熱中してる。しかもその最大の理由が、ネコとネズミ
を連れてくるため、とか。言っちゃ悪いけど、ネコもネズミも所詮は愛玩動物なんだろ。現時点でそんなもののために労働力を注ぐ必
要なんて、ほんの一ミリだって無いはずだよ」
 これは今まで、何度も話し合われた話題だ。だから、俺が返す言葉も、今まで何度も口にし続けた言葉になる。
「……息子がやさぐれてしまった。なんていうことだ。情操教育の不足が原因だ。豊かな感性を持った子供を育てるためにも、やはり
愛玩動物が、ネコとネズミが必要だ!」
「もう、いい。父さん達は、もう、いい」
 息子はそう言って、踵を返して背を向けた。そして、不服そうに「馬鹿だ」とそう口にした。
「父さん達は、馬鹿だ。頭はいいのかも知れないけれど、本当に馬鹿だ」
「なんだよ、そういうこと言うなよ。子供は親の言うことは、聞かないといけないんだぞ。そうしないと、泣くことになるんだぞ」
 折角の俺の忠告も、息子の心には届かなかったらしい。息子はあきれ果てたといった感じの口調で、こう言った。
「俺は父さんみたいに涙もろくないから、そう簡単には泣かないよ」
 何を。

29 :No.07 トム(お題:猫) 3/5 ◇zH52hPBzFs:09/09/20 01:35:52 ID:5a74MIRO
 子供達は、大人に対して不信感を抱いている。数多くある他の問題を押しのけて、宇宙船の作成に傾倒しているように見える我々大
人の振る舞いが「おかしい」と考えている。
「父さん、僕達が抱えている最大の問題は、この星にネコやネズミがいないことじゃない。絶対に、違う。僕達が真っ先に解決しなく
てはならない問題は、他にあるんだ。僕には、父さん達が最大の問題と言ってもいい出生率問題を無視しているように思える。本来そ
こに割り振らなくてはいけないリソースを、どうでもいい物のために注いでいるように思える。そして、その理由が全くわからない」
 息子が主張する通り、この星の出生率はデータで見ると異常だ。結果、この星の住民の年齢構成は極端に偏った状態になってしまっ
ている。我々ネコ、現在三十二歳から四十五歳までの大人が三百人弱、そして息子達ネズミが三十八人。それがこの星の全人口だ。ネ
ズミ達の年齢層は十四歳の“年長組”から十二歳の“年少組”までの三年間という短い範囲内に限定されている。十二歳より下の子供
は、この星には一人として存在しない。ここ十年以上、この星では新しい人の子の命は授かっていないのだ。
 新たな命が育たなければ、長期的にみてこの星に未来は無い。だからこそ子供が産まれないという根本的な問題は、我々が全力をし
て解決しなければならない問題ではないだろうか。ネズミたちのリーダー、つまり俺の息子の言い分は、要約するにそういうことだ。
 それに対する、我々大人の統一見解はこうだ。
「ばっか、お前、ネコの方が大事だろうが。すっげぇかわいいんだぞ。なめんな」

 宇宙船が完成したときには、息子は最初の行き先を地球圏にするべきだと頑なに主張した。少なくとも、地球との連絡がとれる範囲
の惑星にするべきだ、と。俺達のような移民は、地球統一政府から一定の庇護を受けることが可能な契約を交わしている。自分達で解
決不能な多大な問題、例えば、天変地異や原因不明の疾病等が発生した場合、植民者が庇護を求めれば統一政府は全力をもって植民者
を救わねばならない、というものだ。息子はその権利を行使するべきだと主張した。十年以上、出生がゼロというのは多大な問題とし
て扱われるだろう、と。
「だけど、ここから地球圏に連絡がつく範囲まで移動するのに六年はかかる。往復すれば十二年だ。それに比べて、隣の星系ならたっ
た四年で往復することが出来る。三分の一だよ。コストパフォーマンス的にも、お隣さんの星へ行って、ネコとネズミを譲ってもらっ
て帰ってきたほうがお得じゃないか」
 そう言った俺に、「コストパフォーマンスで比べるレベルにも至っていないだろ」と息子は激昂した。息子は冷静なようでいて、熱
しやすい。きっと俺に似たんだろう。
「ネコがいたところでどうにもならない、だが地球と連絡がつけばみんなを救えるかもしれない」
 そんなことを熱弁する息子に、俺はこう言った。
「でもなぁ。ネコはヒゲが生えていて、あまつさえ尻尾もあるんだぞ。かわいいんだぞ」
 俺のその意見に対して、息子は何も言わなかった。押し黙ったまま、部屋を出て行った。

30 :No.07 トム(お題:猫) 4/5 ◇zH52hPBzFs:09/09/20 01:36:19 ID:5a74MIRO
 宇宙船の打ち上げを翌日に控えた最後の夜、とうとう子供達が実力行使に出た。夜の闇に紛れて、次々と家を抜け出したのだ。その
まま宇宙船へと乗り込み、地球圏へ向けて飛ばすつもりなのだろう。俺に代表される馬鹿な大人が、くだらない愛玩動物のために、大
切な宇宙船を飛ばす前に。この星の未来を救うために。おそらくはそんなことを考えているに違いない。
 息子の顔を思い浮かべる。あいつは誰に似たのか、とんでもなく真面目な性格に育ってしまった。それでいてどちらの親に似たのか、
行動力も有り余っている。俺に似て非常に賢い。あいつが子供達を統率する以上、きっと彼らがやりたいことをやり遂げるだろう。
 状況の確認はすぐに終わった。全ての子供は俺の息子に同調し、一緒に宇宙船へと乗り込もうとしている。上出来だ。「全員行動」
を美徳として子供達に躾けてきた甲斐があったというものだ。
 だがもちろん、俺達だってそれを黙って見過ごすわけにもいかない。俺達大人は、親としての、あるいはネコとしての責務を果たさ
ねばならない身なのだ。男達、子供を持つ父親達は集落の広場に集まり、全員でネズミ達を追った。
 宇宙船のカタパルトは、集落が隣接する湖上に設置されている。湖上をボートで向かうのが早いのだが、桟橋に繋がれていたボート
のバッテリーは全て放電されていた。結果、俺達はカタパルトまで走って向かわざるを得なかった。子供達による工作だろう。この手
の迅速で、それでいて丁寧な仕事ぶりには感心させられる。

 息をきらした俺達がカタパルトに到着したときにはまだ、宇宙船は発射準備をしている最中だった。俺達が建造した宇宙船は、カタ
パルト側で必要な操作も、全ての宇宙船のコクピットからコントロール出来るように設計されていた。今回の設計で、一番苦心した点
は実はそこだった。
「間に合うぞ!」誰かがそう叫んだ。あとは岸と宇宙船を繋ぐ、湖の上を走る長い桟橋を走るだけだ。誰かが宇宙船の近くまで走り寄
れば、その誰かのの安全のために子供達も打ち上げを中止せざるを得ないだろう。根は真面目で優しい子供達なのだ。
 大丈夫。きっとまだ何かの策はある。俺達はそう信じて、走った。先頭は俺。夜の桟橋を大人の一団が駆けた。
 数メートル先の足下あたりの高さにロープが張られていることに気付いた。ロープは黒色に塗りつぶされている。気付かれにくくす
る細工だったのだろう。ロープ気付かずに走り抜けようとすれば、十中八九は躓いて転ぶことになるだろう。運が悪ければ、そのまま
湖へ落っこちることになるかもしれない。
「気をつけろ!」俺は叫んだ。「この先の足元にロープが張られているぞ!」
「おうよ!」「任せろ!」後ろから、口々に了解を告げる声がする。言いたいことは、ちゃんと全員に伝わったらしい。
 さあ、ネズミ達よ、見るがいい。ネコの実力を。
 俺はロープの前で踏み切ると、勢い良くジャンプした。俺の体は宙に舞い、そしてロープが引っかかった足首を支点として、くるり
と回転した。そのまま、さながら競泳選手のように、俺は夜の湖へと頭からダイブした。
 後ろの連中も、俺に続いた。たくさんの豪快な水柱があがった。きっとそれらは、宇宙船の窓からもよく見えたことだろう。

 俺達が岸辺へと向けて泳いでいる間に、宇宙船が空へと高く打ち上がっていった。打ち上げは成功だった。

31 :No.07 トム(お題:猫) 5/5 ◇zH52hPBzFs:09/09/20 01:36:42 ID:5a74MIRO
「おつかれさまでした。うまくいったね」
 女達が来ていた。女達は濡れネコのようになっている自分の夫に、乾いた布を渡していた。俺も妻からタオルを受け取り、それで顔
を拭いた。水草と泥の臭いがした。
 誰かが、歓喜の雄叫びをあげた。俺もそれに倣った。妻も嬉しそうに叫んだ。男も女も、全員で、叫んだ。飛んでいく宇宙船に向けて、叫んだ。
 もしかしたらそれは、子供達へも届いたんじゃないかと思うくらいに強い、感情の爆発だった。

 この星は、もうすぐ終わる。隣接した星系にて突如発生した、原因不明のブラックホールはあと数年でこの星を飲み込むことになる。
 それが判明したのは、入植を始めてから二年半ほどしてからのこと。それ以降、俺達の生活の目的はこの星で暮らすことから、脱出
を試みることに変化した。入植の基礎工程さえ完了していない状態での方針変更。すさまじく過酷なものだった。
 だが、それもここまで。今日をもって、まずは計画の第一段階が終了した。子供達を全員、無事に重力波から逃す。それが出来た。
 計画は第二段階に移行する。この星を離れつつある宇宙船と連絡を取り、子供達に種明かしをする。同時にそれは、当分の間会えな
くなる息子たちと話をする、最後の機会となる。割り当てられた時間の中で、俺は息子と何を話そう。昔話とかをしてやろうか。
 例えば、ドーナツの話を。まだお前が十歳になっていない頃の話をしようか。
 お前さ、目に涙を浮かべてドーナツの缶詰を持ってきたんだぜ。「こどもだけドーナツもらった」とか言いながら、それがまるで悪
いことであるみたいに。今にも大泣きしそうで、だから俺、思わず言っちゃったんだよな。「よし、でかした。家族三人で分けて食べ
るぞ」って。そしたらお前、一気にすごい笑顔になってやんの。そして、小さいかけらを大事そうに食べながら、「おいしいね」とか
すげぇいい笑顔で笑うんだよ。とんでもなく不味いドーナツなのに。あの時、思ったんだよ。お前は俺にとって誇りだって。俺の息子
がお前で、本当に良かったって。そんな話をしようか。息子はきっと、泣くだろう。涙もろいから。俺に良く似て、すげぇ涙もろいから。
 泣けばいいんだ。親の言うことを聞かない子供は、泣くことになるんだ。そのことを身をもって教えてやろう。
 お前が優しい子だったから、「ドーナツを一人で食べるのは嫌だ」って泣くような奴だったから、子供達がそんな風に優しく育って
くれたから、俺達はこんな芝居をうったんだぜ。自分達だけがまず脱出するなんてこと、絶対承知しそうにない子供達だから。俺達の
頼みなんてとても聞いてくれそうに無い、頑固で優しい子達に育っちゃったから。
 最後の水柱、ちゃんと見てくれたか? すげえネコっぽかったろう。そういう話もしよう。俺達がネコであることをアピールしよう。
 明日から、俺達は自分達用の宇宙船の建造に取り掛かる。それが計画の第三段階。重金属とか殆ど無いし、燃料なんかもどうやって
調達するか、非常に頭が痛い。何より、時間が無い。今度は三年以内に、大人達全員が乗れる巨大な宇宙船を作らなくてはならないのだ。
 解決しなくてはならない問題はとんでもなく多い。でも俺達は作れると思う。自分達が乗る宇宙船。だってさ、俺達はネコだもんな。
 ネコっていうのはドジな生き物でさ、ネズミが仕掛けた罠に、簡単に引っかかるんだよ。でも、それでもネコは大丈夫なんだ。
 ネズミが仕掛けた、どんな危険なトラップに引っかかっても、せいぜい怪我をする程度で、絶対に死なない。ネズミのせいで死んだ
りはしない。それがネコという生物だ。だから俺達も死なない。ネコだから。必ず宇宙船を作り上げる。ネコだから。
 そしてネズミと同じ家に住んで、いつまでも、いつまでも仲良くケンカをしながら暮らすんだ。それが、ネコとしての生き方なんだ。



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