【 涙こらえて! お嬢様部 】
◆LBPyCcG946




22 :No.05 涙こらえて! お嬢様部 1/5 ◇LBPyCcG946:09/10/12 15:32:56 ID:lDsWOVAV
「お嬢様、あちらの方に車を待たせてあります」
 私は胸に手をあてて、深々とお辞儀をしながら、恭しくそう言った。小高い丘の上にある大邸宅の前、
今日は日曜日で、まだ日は高い。
「そう、でも歩いていくわ。今日は庶民と同じ暮らしを体験してみたいの」
 ツンと済まして答えた彼女は、私の同級生の花笠マイ。白地に黒のフリルのついた、少しゴシック調な
服を着て、日傘を差して微笑んでいる。
「で、ですが、ここから街まではかなり歩く事になるかと……」
「かまわなくてよ。たまには歩くのも健康には良いだろうし」
「しかし……」
 言葉を濁す私に、お嬢様はピシャリと言い放つ。
「私の意見が聞けなくって? パパに頼んでクビにしてもらうしかないのかしら」
「そ、それだけは!」若干狼狽しつつ「……分かりました。ではお嬢様のご希望通り、歩いて街まで参り
ましょう」
 と、ここまでがいつも固定のやりとりだ。
 そしてこれを皮切りに、お嬢様部の活動が始まる。
 出発までの一連の台詞回しは、いつもほぼ変わらない。私達のような中学生が車など用意出来るはずは
ないので、先ほどの私の第一声は嘘だ。一度自宅から、この丘の大邸宅の前までわざわざ徒歩で遠回りし
て集合し、私達はこのやりとりをしている。この家の人に許可を取っている訳ではないけれど、何も家の
中に入ろうという訳ではないのだから、少し軒先を借りるくらいの事は、お金持ちならば快く許してくれ
るだろう。
「お嬢様、今日はどこへ行きたいですか?」
 などと気を使いながら問いかける私の役は、お嬢様と同じ女学園に通う同級生の使用人で、孤児だった
所をお嬢様の屋敷が拾ってくれたという設定。他には、身分の違う恋人役や、お嬢様にいつも振り回され
る執事役をやる事もあるが、男言葉でしかも普段使い慣れていない敬語となると、やはり下手が出てしま
うので、この設定が一番楽でしっくりくる。お嬢様役は交代制なので、来週の日曜日は私かもう一人の部
員がお嬢様になり、マイがそれら別の役を引き受ける。
「そうねぇ……」
 悩ましげに小首を傾げるお嬢様は、もうすっかりあっちの世界の住人になりきっている。
「そうだわ! 私、前から一度、庶民達が行く図書館という所に行ってみたかったの」

23 :No.05 涙こらえて! お嬢様部 2/5 ◇LBPyCcG946[:09/10/12 15:33:48 ID:lDsWOVAV
「それは名案ですお嬢様。あそこなら清潔で、沢山本がありますから、退屈なさらないかと存じあげます」
 お嬢様部の休日活動場所は、その日のお嬢様の独断によって決定される。しかしながら、あくまでも
『お金持ちのフリ』をする私達には現実のお金は無く、行ける場所のパターンとしては、「図書館」「近
所のデパート(見るだけ)」「地区センター」などの非常にリーズナブルな場所に限られる。だが私達の
中では、『普段は浮世離れした生活をしているお嬢様が、庶民の生活を見学に行く』という設定なので、
それらの場所で十分なのだ。
「では急ぎましょう、お嬢様」
「ええ。……そういえば、あなたのご学友の山田さん、今日はいらっしゃらないのかしら?」
 山田さんとは、お嬢様部のもう一人のメンバー山田凛子の事だ。三人で活動する場合は、ずっと黙って
お嬢様に寄り添うボディーガード役とか、お嬢様が心配でついてきた小うるさい家庭教師の役が加わり、
これも順番に回して行く。
「山田さんは今日は来られないそうです。何か用事があるみたいで……」
「あら、そうなの。それは仕方ないわね」
 なので、今日は二人だけの活動という事になる。
 先ほど上ってきたばかりの坂を下って、私とお嬢様一行は街へと向かった。その道中お嬢様は、パパが
外国からなかなか帰ってきてくれないだとか、この前家を脱出しようとした所をママに見つかって怒られ
たとか、架空の文句をぼやいて、その度に私はそれをなだめた。
「さあ、街へつきましたよお嬢様」
「すごい! 人がこんなに一杯いるのね!」
 その時、大きく両手を広げて大げさに感動したものだから、道行くサラリーマン風の男性にお嬢様の腕
がわずかにぶつかってしまった。「あ、すいません……」とお嬢様は小さく呟いて、いわゆる『素』に一
瞬戻ったが、その後すぐに役を取り戻した。私も、見なかった事にした。
「お嬢様、図書館はあちらです」
「ええ、でもその前に少しショッピングをしていこうかしら。まあ、私はオートクチュールしか買わない
けれど、庶民がどんな物を着ているかが気になるわ」
 図書館までの道のりに一軒、女物の洋服屋さんがある。世間知らずなお嬢様は、時に目的を見失いがち
で、刻一刻と目移りしてしまうものなのだ。もちろん、この場合のショッピングとはウィンドウショッピ
ングの事であり、私達はオートクチュールどころか、今お嬢様のお召しになっている服だって、二人でコ
ツコツと内職を頑張って、割り勘で買った物だが、今はそれは忘れる。

24 :No.05 涙こらえて! お嬢様部 3/5 ◇LBPyCcG946:09/10/12 15:34:53 ID:lDsWOVAV
「ええ、それではショーウィンドウだけ見ていきましょうか。店内まで入ってしまうと、お嬢様が店にこ
られたと大騒ぎになってしまいますから」
 正直、私達の設定の中でも、お嬢様の存在は結構あやふやだ。なぜか街では有名人なのだが、両親のし
ている仕事などには直接触れられない。ぶっちゃけると、お金持ちのしてる仕事というのが、私達はよく
分からないからだ。
「それもそうね。それじゃ少しだけ見ていきましょう」
 ウィンドウの中には新品の秋物が並んでいた。ふと、お嬢様のお召し物の背中の所に、小さな綻びを見
つけたが、指摘はしなかった。裁縫は私の方が得意だから、私の番の時についでに直しておこうと思った
からだ。
「やっぱり、あんまり良い服はないわね」
 お嬢様がため息をついた。私も綺麗な服達に対してため息をつきたくなったが、それはどうにか堪えた。
「お嬢様、図書館へ行きましょう。中は涼しいですよ」
「そうね、歩きすぎたし、少し座りたいわ」
 それからまたしばらく歩いて、私達は図書館に到着した。
「庶民達が使う建物にしては随分広いのね。屋敷のバルコニーくらいはあるかしら」
 どんな大きさのバルコニーだろう、と心の中で思いながら、私は大きく頷いた。
「お嬢様はどんな本が読みたいですか?」
「そうねえ……何かこう刺激的な、ワクワクするような本が読みたいわ」
「でしたら、推理小説なんていかがですか?」
「推理小説? 何かしら」
「殺人事件が起きて、その犯人を探偵役が推理して、事件解決に導く小説ですお嬢様」
「まあ、人が殺されるなんて恐ろしいわ。でも、なかなか面白そうね。それはどこにあるのかしら?」
 私もお嬢様も、この図書館にはもう何十回も着ているので、場所も十分承知しているが、そこを知らな
いフリで通すのがお嬢様役の義務。そしてたどたどしく案内するのが、お嬢様のお連れ役の義務だ。
 一見、お嬢様役は楽そうに見え、お連れ役は大変そうに見えるかもしれないが、お嬢様役もやってみる
と意外と大変だ。まずお嬢様言葉を常に使っていかなければならないのと、どこまで知らないフリをする
かのバランスの見極めが難しい。今回お嬢様は推理小説を知らないと言ったが、結構微妙なラインだろう。
あえて補足をするならば、両親や家庭教師が厳しく、物騒な事件が起こるような話はお嬢様には見せな
いように育ててきた、といった所だろうが、現実のお嬢様は推理小説くらいは読むような気もする。

25 :No.05 涙こらえて! お嬢様部 4/5 ◇LBPyCcG946:09/10/12 15:35:41 ID:lDsWOVAV
 我がお嬢様部は、こうした休日の活動以外、平日の放課後に活動を行っている。主な活動内容は、お嬢
様の研究。丁寧語の練習や、新しい設定を決める話し合いや、小道具の準備や、お嬢様っぽい趣味(見よ
う見真似のバレエ、キャスター椅子を使った乗馬)など、やる事は色々ある。あとこれは今更だが、お嬢
様部といっても部員が三名しかおらず、うちの学校で部活動として認められるのは五名からなので、正確
には『お嬢様愛好会』なのだが、それだとなんだかいやらしい意味に聞こえてくるので、便宜上お嬢様部
と私達は呼んでいる。
「ここが推理小説のコーナーです、お嬢様」
「随分一杯あるのねえ……どれを読んだら良いのかしら」
 こういう所がお嬢様の不便な所だ。それをいかにカバー出来るかが私の腕の見せ所でもある。
「これなんかはいかがでしょう」
 と、この前、私が読んで面白かった本を取ってお嬢様に差し出した。
「そ、そうね。それは面白そうなのだけれど……」
 私はお嬢様の態度から察した。ああ、これは読んだ事があるな、と。
「ではこちらなんかは……」
 こういったやりとりを何度もやっている内に、最近は段々と呼吸が合うようになってきた。お嬢様的コ
ミュニケーションはなかなか奥が深く、極めるまでの道のりはまだまだ長そうだ。
 私達は席をとって、二人で本を読んだ。やっぱり中は涼しく快適なので、時間を潰すにはもってこいの
場所だ。私は本を読みながらも、時折お嬢様の事を気にかける。
 実を言うと、私はお嬢様役よりも案内役の方が好きだったりする。
 私の父は、数年前まで小さな町工場をやっていて、そこが潰れてから、今は仕事を探しながらコンビニ
でアルバイトをしている。母もスーパーのパートで働いてはいるけれど、我が家には私の他に弟が一人と
妹が二人もいるので、生活はやはり苦しい。マイや田中さんも似たような境遇で、マイは生まれた時から
の母子家庭、田中さんはお父さんがいるけれど、事情があって『遠く』へ行っている。そんな私達が、
『お嬢様』という存在に憧れを持つのは当然と言ってみれば当然の事で、小学生の頃、マイが最初にお嬢
様ごっこをやろうと言い出した時から、私達はこの遊びに夢中なのだ。
 私達の現実には、わがままで周りを振り回してくれるようなお嬢様はおらず、そして振り回されるかわ
いそうな従者もいない。私はそのどちらでも良いからなりたい。だがより現実的なのは、どちらかといえ
ば後者の方だろう。だから、私は今この時を楽しいと思っているに違いない。
「ふう、沢山文字を読んで少し疲れたわ」
「では街のほうに戻りますか」

26 :No.05 涙こらえて! お嬢様部 5/5 ◇LBPyCcG946:09/10/12 15:36:30 ID:lDsWOVAV
「そうね、図書館の具合は大体分かったし。そういえば、この本はどこで買えばいいのかしら?」
 私は微笑みながら、大真面目にとぼけるお嬢様にこう言った。
「ここの本は借りられる為の本です」
「借り……る?」
 いやいやそれくらいは分かるだろうと思いながらも、丁寧に図書館のシステムを説明し、お嬢様の持っ
た何冊かの推理小説を私の図書館カードで借りた。お嬢様もカードは持っているが、ここでそれを出した
ら台無しという物だ。
「はい、これで借りられました。一週間後に、私がここに返しにきますので、読み終わり次第お渡しくだ
さい」
 とは言いつつも、返しにくるのはお嬢様。暗黙の了解という物だ。お嬢様に仕える物ならば、当然の仕
事を私は仰せつかるだけ。
 図書館の外に出て、お嬢様はこう言った。
「楽しかったわ。ぜひまた来たいわね」
 私も、お嬢様と同じ気持ちだ。
 街に戻って、お嬢様の「あれは何?」「あの人は何をしてるの?」攻撃に出来るだけ丁寧に答えつつ、
長い商店街をゆっくりと、私達は歩いた。休日の商店街はそれなりに混雑していて、お嬢様はそれに少し
文句をつけたが、普段はスーパーのタイムセールで主婦の壁を切り開く人物だ。現実に身に堪えるという
訳は無い。お嬢様は心から楽しそうに、庶民達の生活を眺めていた。
 その時、一人の人物が私の目に入った。お嬢様部の部員、山田さんだ。
 山田さんは、何度か見た事のある山田さんのお母さんと左手を繋いでいた。右手の方は、見た事の無い
男の人と繋いでいた。男の人の顔を見て、すぐにそれが山田さんのお父さんだと気づいた。少し人相は悪
いが、目元がそっくりだったからだ。
 私は一瞬かけそうになった言葉を飲み込んだ。家族水入らずの所を邪魔するのは忍びない。それに山田
さんのあんな笑顔を、私は一度も見たことが無かった。私が気づいたのとほぼ同時に、お嬢様の方も山田
さんに気づいたようだ。それが山田さんのお父さんである事にも気づいたらしい。
「良かった……ですわ」
 ちょっと怪しいお嬢様言葉を呟いたお嬢様に、私は「はい、本当に良かったでございますね」と言って、
お互いに笑った。





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