【 七つの死 】
◆LBPyCcG946




34 :No.10 七つの死 1/5 ◇LBPyCcG946 :09/11/02 12:39:13 ID:Fp+2IjrO
 四番線のホームから男を突き落とした女は、すぐに周りの人間に取り押さえられ、駅員室へと連れて行かれ
た。警察が来るまでの間拘束する為の措置だったが、見張っていたのは二人だけだった。他の駅員達は、突き
落とされた男の欠片の処理と、ダイヤの乱れを正すのに手一杯で、警察に電話で事情を説明する駅長と、新人
の駅員しか手のあいている者はいなかったのだ。
「ええ、目撃者の方は何人かいます。証言をすると言ってくださる方もいますが、何分突然の事だったもので、
気分を悪くされて今医務室で休んでいます。被害者の身元はまだ分かりません」
 女が武器らしい武器を持っていなかった為、警戒されずにそうなった訳だが、駅長にとってはこれが不幸だ
った。
「とにかく、急いで来てください」
 そう言って駅長が電話を切ると、駅長の目の前に新人の駅員が立っていた。女はじっと椅子に座ったまま、
若い駅員の背中にある物を見つめていた。
「何だね?」
 駅長の質問に対する回答は、鮮血によってもたらされた。即死だった。駅長の心臓を一突きして、部屋には
殺人者が二人だけ残った。
 駅員は女に対し礼を言った。駅員は駅長と二人きりになる瞬間をずっと待っていたからだ。女が起こした事
件は、まさに渡りに船といった所だった。
「あなたも復讐?」
 女が駅員にそう尋ねた。駅員は深く頷き、血に染まった上着を脱いて置くと、駅長室を出て行った。
 女は、座っていた。
 テレビからは元駅員の顔写真が十分に一度は流れていた。A区内に潜伏中、刃物を所持。そのせいもあって
か、会社員殺しの女の報道はほとんどと言っていいほどされなかった。
「物騒な事件だ」
「いやはや全く」
 ガードレール下の小さな呑み屋で、男が二人酔っ払っていた。テレビから流れる映像をぼんやりと眺めなが
ら、酒を傾けていた。
「何かつまみでも作ろうか」
 一人の男がそう言うと、もう一人の男が首を振った。
「よせよ、お前の料理は食えたもんじゃない」
「今思えば、何もここまでする必要は無かったんじゃないかと思うね、僕は」

35 :No.10 七つの死 2/5 ◇LBPyCcG946:09/11/02 12:39:37 ID:Fp+2IjrO
「いや、これは正当防衛だ。先に店の包丁を持ち出してきたのはこいつだ」
 指差された元主人は、当然何も言わなかった。
「しかし、呑み屋のツケごときでこうなるとは思ってもみなかったな」
「こいつだって、ツケごときでこうなるとは思ってもみなかっただろ」
 そう言って笑い合うと、互いに酒を注ぎあった。
「恨むなら、俺たちをクビにした人事を恨むんだな」
「その通りだ。俺たちが酒に溺れなければこうはならなかった」
 カウンターの中には呑み屋の主人の死体が転がっていた。
「して、どうする? 相棒」
「逃げられる所まで、逃げるとするか」
 顔を見合わせた二人の酔っ払いは、既に狂気の向こう側にいる。
「なら、まず必要なのは金だな」
「いやはや、物騒な世の中になった物だ」
 一方、そこから二百メートルも離れていない警察署で、取調べが行われていた。
「本当に、逃げた駅員とは何の関係も無かったんだな?」
 女はもう何十回目かになるその質問に「はい」とだけ答え、また俯いた。スタンドライトで照らされて、目
を細めたが、黙っていた。とにかく女から話を引き出す糸口が、刑事には必要だった。
「お前が今日殺した男は、ある大きな会社の人事課長だった。まあ、会社ではよく恨まれるポストだ。最近解
雇された社員を洗ってみたが、お前と繋がる線は出てこなかった」
 女は表情一つ変えない。
「しかし、お前があの駅にいたのは偶然とは言えないだろう。お前が勤めている会社近くの駅からは、六駅も
離れていたし、お前は営業職ではなく事務職だから、外回りをする事も無い。しかも、男はホームの一番前に
立っていた訳ではなく、前から二番目に立っていた。突発的な無差別殺人であれば、より殺しやすい場所にい
る人間を選ぶはず。つまり、あの男だけを狙ってお前は待ち伏せしていたという事になる」
 女は首をもたげ、刑事の瞳を見つめている。
「……何か言ったらどうだ?」
 女は諦めたように諦めたように呟く。
「言った所で、未来は変わらない」
「『私は既に、復讐を終えている』」

36 :No.10 七つの死 3/5 ◇LBPyCcG946:09/11/02 12:39:57 ID:Fp+2IjrO
 刑事と女の声が重なった。先ほどからどんな問答をしても、女はその台詞で答えるのだった。女が見つめて
きたのは目の前にいるその人物ではなく、もっと別の物だった。
 講義が終わって、青年は自宅に戻らず、バイト先であるコンビニに直行した。あいにく、携帯の電話は切れ
ており、自分の恋人に今何が起きているかを知る術は無かった。青年はコンビニの夜勤をしている。青年が着
くまで夕方勤務をしていた高校生と交代する時、こんな事を言われた。
「さっきからトイレに入ったまま出てこないお客さんがいるんですよ」
 別段珍しい事ではなかった。夜は酔っ払いが多いし、その程度でいちいち慌てていては、一人きりの夜勤は
勤まらない。
「分かった。それじゃあ、もうしばらくして出てこなかったら対処するから、二人はもうあがっていいよ」
 青年は責任感が強かった。厄介な仕事ほど、自分で背負う癖があった。
「それじゃ、お願いします。お疲れ様でした」
 青年は一人きりになった。しかしそれは必然だった。自分の希望で通っている大学なのだ。若さを生贄に捧
げるくらいの事はしたし、だからこそ恋人に胸を張って会えるのだと考えていた。
 高校生が帰り、十分ほどすると、強盗がやってきた。やや赤ら顔の、二人組みの強盗だった。
「金を出せ」
 強盗が、そう言って突き出した包丁は既に血で濡れていた。正義感も強い青年は、両手を挙げて敵意が無い
事を示しながら、どうにか強盗達の説得を試みる。
「待ってください。何があったかは知りませんが、いつでも人生はやり直せるはずです。今その包丁をしまっ
て帰ってもらえるなら、私は警察にも通報しませんから……」
 そう言っている間に、もう片方の強盗はどうにかレジを開けようと身を乗り出して試していたが、操作が分
からなかった。
「必ずやり直せるはずですから」
 それが青年の最後の言葉となった。強盗は青年の腹に包丁を突き立てて、こう言った。
「人殺しに帰り道は無い。さあ、どうにかしてレジを開けるんだ相棒」
「ああ、金さえあれば、俺の知り合いにタイ人の密航業者がいるんだ。それで俺達は逃げられる」
 レジと悪戦苦闘する二人の強盗の後ろに、もう一人の影が迫っていた。それに最初に気づいたのは、腹部を
刺され、口から血を流しながらも壁によっかかりどうにか立っている青年だった。その男の顔は、今日はテレ
ビを見ていない青年にも見覚えがあった。

37 :No.10 七つの死 3/5 ◇LBPyCcG946:09/11/02 12:40:25 ID:Fp+2IjrO
 強盗の首を後ろから刺して、派手に血が噴出した。それに気づき、慌てて逃げようとするもう一人の強盗の
背中に、刃は突き刺さった。三人目の殺人を終えたその男は、逃亡中の元駅員だった。
「お前しか、頼れる奴がいなかった。だから、トイレでお前が来るのを待っていたんだ……」
 涙を流しながら、元駅員は青年にそう言った。青年はどうにか言葉を紡ごうとしたが、無理だった。青年に
とって唯一幸せだったのは、目の前にいる親友が、現在逃亡中の駅長殺しである事を知らずに死ねた事くらい
だった。
 今日、還暦を迎えた老婦人の下に、訃報が三つ、同時に届いた。優秀な息子達だった。一人は三十台にして
大企業の課長になった。一人は鉄道会社に勤め、駅長にまで出世した。もう一人は、小さいながらも自分の腕
で呑み屋を経営していた。老婦人は電話口でその知らせを聞いて、悲しみとは違う感情が湧いてくる事に気づ
いた。その正体は、恐怖だった。
 江戸時代の末期、戸塚七人殺しという凄惨な事件があった。下手人、佐藤堪兵衛が、奉公先の大店の人間十
人を、一夜の内に殺し、自害した事件だった。老婦人は、堪兵衛の直接の子孫にあたる。代々、男子は四十ま
で生きられない呪われた家系だった。
 老婦人は自身の祖母から伝え聞いたその話を、半信半疑ながら強烈な印象と共に覚えていた。
 堪兵衛に殺された人物たちの中に、その時たまたま大店を訪れていた占い師がいた事は、当時の記録にも残
っている。
「刑事さん」
 初めて、女の方から口を開いた。時計はもうすぐ十二時を指す所だった。
「私、未来が見えたんです」
 女のその言葉を、刑事は馬鹿にしたように笑う。
「気違いのフリをして心神喪失を装うというなら止めた方がいい。嘘がバレれば、余計罪が重くなるだけだぞ」
 至って冷たい口調で刑事がそう言い放つと、取調室のドアが開いた。若い刑事が汗を垂れ流しながら、警察
手帳を握り締めている。
「ち、近くのコンビニで、強盗殺人が発生しました」
「被害者は?」
「そ、それがその……」
 若い刑事は女の方を見た。女は何も言わなかったが、一瞬だけ感情を抑えている素振りを見せた。

38 :No.10 七つの死 5/5 ◇LBPyCcG946:09/11/02 12:40:57 ID:Fp+2IjrO
「容疑者の……恋人です」
「……それで、強盗は逮捕されたのか?」
「いえ……現場で、死体として発見されました」
 堪えきれず、女は涙を流した。
「お世話になりました」
 十年後、とある刑務所の前で女がそう言った。復讐を終えたあの夜から、女の人生は全て変わった。一体何
が事の発端で、誰が真の悪なのかは未だに分からないが、女の中では既に心の整理がついていた。
 一方で、駅員はまだ逃げ続けていた。十年前の惨劇が頭から離れる日は一度となく、浮浪者に身をやつし、
逃げ延びていた。
 女が出所した二日後の事になる。
 朝から、雨の降る日だった。
 町の片隅の、人通りも少ない道。
 罪を償った女と、罰から逃げる男。
 二人はすれ違い、別々の道へと進んで行く。
 しかしそこに、死があった。





BACK−メリーさんの復讐◆VrZsdeGa.U  |  INDEXへ  |  NEXT−画竜点睛◆ytqbKw3zqk