【 田んぼの外れの赤い塔 】
◆F00SERh74E




13 :No.04 田んぼの外れの赤い塔 1/4 ◇F00SERh74E:09/11/08 01:30:03 ID:xclDcuAT
 梯子を上り切ると、ちょっと感動的な程に見事な夜空だった。
 周囲に視界を遮るものはなく、一面の星空だった。二、三日降り続いた雨のおかげで空気も非常に
澄んでいるようだ。晩秋の大きな満月が寒々と、ほとんど眩しいくらいに明るかった。
 念のため外れたりしないかどうか確かめてから僕は柵にもたれかかって腰を下ろし、足を梯子の方
に投げ出した。防火塔の四角形の足場はかなり狭かった。<防火塔>。今まで「火事を知らせるため
の鐘がある真っ赤な塔」という認識はあったものの、その名称は今日初めて知った。僕はポケットの
中の紙切れに触れた。
 紙切れには丁寧な縦書きで、差出人の名前を添えてこう書いてある。
  「今夜、防火塔で待っています」

 ふいに、足音が聞こえた。僕は少しドキリとして息を潜めた。
 足音は次第に近付いて、塔の下で止まった。顔を出して窺うと、塔の中ほどに備え付けてある電灯
に照らされて、こちらを見上げるその姿がぼんやりと見えた。知った顔だった。
「そんな所で何してるのー?」
 周りの家に配慮してか、押さえ気味の声で呼びかけてきた。
「えっと、怜ちゃん?」
 僕は少しためらってから、結局小さい頃と同じ呼び名を使った。怜はばあちゃんの家のすぐ近くに
住んでいて、昔からよく顔を合わせていた。
「ああ、やっぱり京君だ。ねえ、何してるの?」
「月見酒」
 僕がそう答えると、怜はくすくすと笑った。
「そっちこそ何してるんだよ」
 怜はコンビニの袋を持ち上げて、買い物、と答えた。
「ねえ、私も上っていい?」
「いいけど、これ、二人も乗って倒れたりしない?」

14 :No.04 田んぼの外れの赤い塔 2/4 ◇F00SERh74E:09/11/08 01:30:45 ID:xclDcuAT
「大丈夫、大丈夫」
 と言いながら、怜はするすると梯子を上って来た。
「うわ、この上ってこんな風になってたんだねえ。うわ、狭い」
 怜のために、僕は少し端に詰めた。空いた場所に怜も座った。防火塔の上はずいぶん窮屈になった。
 怜がコンビニ袋を置いた。中身は数本の缶ビールだった。
「おいおい、冗談じゃないぜ」
 僕は驚いて言った。
「ちがうちがう。これ、お父さんのだから」
 怜の声は若干トーンが落ちているように聞こえた。疲れたような、困ったような色が含まれている
みたいだった。
「で、さ。実際のところ京君はこんな所で何をしてるの?」
 僕はポケットから紙切れを取り出して、持ってきていたライトで照らして見せた。
「ふうん。これ、防火塔って言うんだ」
 怜が僕と似たような感想を口にした。
「地元なのに知らないんだな」
「日常生活に全然関係ないからね、この塔。なんか赤いやつくらいにしか思ってなかったよ。そんな
ことより、この紙はいったい何?」
「納屋で見つけた日記に挟まってたんだ」
「誰の?」
 誰の日記なのか、ということだろう。
「ばあちゃんのお兄さんだから――僕にとっては大伯父さんだな。戦争に行く前日、最後のページに
挟まってた」
「それじゃあ<今夜>じゃないじゃん」
「まあ、前から上ってみたいとは思ってたんだ。それでこの紙切れを見つけて、これは上るしかない
な、って。要するに特に理由なんてないんだよ」

15 :No.04 田んぼの外れの赤い塔 3/4 ◇F00SERh74E:09/11/08 01:31:23 ID:xclDcuAT
 僕がそう言うと、怜は笑い出した。もちろん、偶然見つけた紙切れに因縁めいた物を感じて、何か
起こるかもしれないなんていう子供じみた期待を抱かなかったわけではなかった。でも、そんなこと
はとうてい口には出せなかった。
「こんな夜中になんとなくこんな所に上っちゃうなんて、相当変だよ。でも、まあ、眺めはいいよね。
駅の方まで見えるし。遠くの方まで街灯が並んでるのも、なんだかいいや」
 怜がしみじみと言った。
「日記の人はどうなったの?」
「戦死した、ってばあちゃんは言ってた」
「ふうん。この紙に書いてある初子って私のおばあちゃんの名前と同じだ」
「本当に?」
 僕は驚いて聞いた。
「うん。はは、おばあちゃんにそんな過去があったなんて、ちっとも知らなかった」
「怜ちゃんのおばあちゃんって」
「去年死んじゃったね。最期まで誰にも話さずに、墓場まで持って行ったんだ」
 僕は何気なく、山の手の墓地の方角に目を向けた。灯りもなく真っ暗で、ひっそりとしていた。
「ねえ、その二人もこうやって防火塔に上ったのかなあ」
「さあ。待ち合わせに使っただけかもしれない」
 それから僕達はしばらくの間黙っていた。僕はまた普段見ることのできない星空を眺め、怜は何か
考えているようだった。
「こっちにはいつまでいるの?」
 怜が聞いた。
「明日にはもう帰るよ。三連休の間に来ただけだから」
「そう。受験生だもんね。勉強も大変だろうね」
 少し引っ掛かる言い方だった。
「怜ちゃんは大学には行かないのか」

16 :No.04 田んぼの外れの赤い塔 4/4 ◇F00SERh74E:09/11/08 01:32:18 ID:xclDcuAT
「そ。地元で就職っ。それから誰か適当な人と結婚して、家庭に入って、おばあちゃんになっちゃう
んだねえ」
 怜は変に明るい調子で言った。まだこの先四年間ほど学生身分でいるつもりの僕に、怜の言葉は不
思議な感慨のようなものをもたらした。
「なあ」
「ん?」
 それでいいのか、なんて聞けるはずもなかった。
「星がきれいだな」
 と僕が言うと、怜は噴き出して、また笑い出した。僕は笑われてばかりだ。
「その紙、絶対にもとの場所に戻しておいてね」
 急に真剣な声になって、怜が言った。
「そのつもりだけど、なんで?」
「なんとなく。私、そろそろ帰らないと。お父さん待ってるし」
「うん。もう降りよう」
 紙切れをポケットにしまおうとして、なくなっていることに気がついた。風に持って行かれたのか
もしれない。僕は黙ったまま、怜の後に続いて梯子に足をかけた。





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