【 見ず知らず 】
◆xyAZ5VvW6Y




59 :No.15 見ず知らず(1/6) ◇xyAZ5VvW6Y:09/11/09 01:29:10 ID:2V41ciiQ
妻と娘が死んだ。
散歩していたところに、いきなりトラックが横転してきたそうだ。
病院に運ぶまでもなく、即死だったらしい。
妻とはまだ結婚3年目、娘はまだ2才だった。

その日、俺はいつものように会社で仕事をしていた。
元々仕事熱心な方ではなかったが、家族のためなら頑張れた。
ところが、突然の電話。
急いで病院に行くも、我々が事故現場に着いた時にはもう…といわれただけ。
絶望だった。その日のうちに退職願を出し、二度と仕事に行くことはなかった。
葬式も身内で済ませた。会社からの電話は、すべて無視した。
自分の中が空っぽになった。何も考えずに部屋にじっと佇むようになった。
生きていたくなかった。生きる価値も、見いだせなかった。

仕事を辞めて1ヶ月。ついに俺は自殺を決意した。
朝起きて、買い物に出かけようとする。もちろん、自殺をする道具を用意するために。
出がけに、何となくポストの中身をチェックした。すると、見慣れない妙なものが入っていることに気付いた。
1通の封筒。企業のものではなく、一般的な茶封筒。
このとき、もし俺がポストの中をチェックしていなければ、その日のうちに俺の人生は終わっていたに違いない。
娘が生きていれば、ちょうど3歳の誕生日だった日の話。

封筒に差出人の名前はなかった。差出人の名前はおろか、俺の名前さえない。
書いてあるのは、郵便番号と、番地。宛先としてはここで間違ってはいないが、これでも届くのかと少し感心するくらい、味気のない封筒。
一瞬不気味だと思ったが、宛先はここなのだからあけても構わないだろうと深く考えずに封筒をやぶり、中をのぞく。
中には薄いオレンジの便せんが1枚。他に別段変わったものもなく、ちょっと拍子抜けしながら、便せんを取り出す。
そこには、きれいな字で、こう綴られていた。
『突然のお手紙、申し訳ありません。私の名前は椎名奏といいます。
 今、病院のベットでこの手紙を書いています。
 私は心臓の病を患っています。あまり長くは持たないそうです。
 先日、担当の先生に、ベットの上にいるだけでは退屈だろう、何かやりたいことはないか、と聞かれ、手紙を書きたいと答えました。

60 :No.15 見ず知らず(2/6) ◇xyAZ5VvW6Y:09/11/09 01:29:24 ID:2V41ciiQ
 私には、妹と先生以外に会話をする人がいません。訳あって両親も親族も友達もいないのです。
 とにかく誰かと話をしたい一心でこの手紙を書きました。もし届いていれば、顔も名前も存じませんが、お返事をくださると嬉しいです。
 突然なお話でご迷惑だと思いますが、どうかよろしくお願いします。』
便せんの最後にはその病院のものらしき住所まで書いてあった。
なんだこれは、うさんくさい。
これを読めば誰もが最初はそう思うだろう。新手の詐欺を俺は疑った。
が、どうせ明日俺はこの世にはいないんだ。それに、返事を書いたところで、バレるのはせいぜい筆跡ぐらいだ。住所はバレてるんだから。
半ばやけっぱちにそう思い、おもしろ半分にとりあえず返事を書く。どうせなら、相手を少し困らせてみようか。
『お手紙ありがとうございます。
 奏さん、とお呼びしてもよろしいでしょうか?
 奏さんも大変な境遇でいらっしゃるんですね。実は、僕もなんです。
 先日、事故で妻と2歳の娘を失いました。
 仕事も辞め、生きる希望も見いだせません。
 もう、死んでしまおうと思っています。
 ですから、申し訳ありませんが、手紙はまた別の人に送ってください。それでは。』
書き殴るようにそれだけ書いて、俺は近くのコンビニのポストにそれを投函し、ついでにホームセンターによって、洗剤を2つ買った。
そう、一番手っ取り早いのは、やっぱりこの方法だろう。
家に帰り、窓という窓を全部閉め切り、買ってきた洗剤を取り出す。
表示を確認し、塩素系と酸性であることを確認する。
そして、両方のふたを開け、混ぜようとしたとき、ふっと頭にさっきの手紙が浮かんだ。

…そういえば、手紙を書いたのなんて何年ぶりだろう?

そう思うと、急にあの手紙の返事が見たくなった。
あの手紙に律儀に返事を書くようなら、それは相当なお人好しだと思う。もし返事が返ってきたら、それはそれで面白そうだ。
いや、どんな返事がこようと関係がない。俺は今、ここで、死ぬんだ……
でも、あれがもし……いや……でも……いや…だから……

一度雑念が混じれば自殺なんてできるはずがない。結局この日、洗剤が交わることはなかった。

61 :No.15 見ず知らず(3/6) ◇xyAZ5VvW6Y:09/11/09 01:29:47 ID:2V41ciiQ
自殺未遂から3日後、手紙の返事が届いた。
またしても、数字のみが書かれた封筒。しかし、中の便せんは前回と違っていた。柄は同じだが、薄い青だった。
『まずはお礼を言わせてください。本当に返事が来るとは思っていませんでした。ありがとうございます。
 あなたも色々苦労されているようですね。心中お察しいたします。
 でも、後追い自殺だけは絶対にやめてください!
 見ず知らずの他人の分際でおこがましいのですが、そんなことは絶対に奥様や娘さんは望んではいないと思います!
 失った悲しみは私などには計り知れないものだと思いますが、絶対に死ぬことはいいことではないです!
 わかったような発言をしたご無礼をお許しください。でも、私返事待ってますから。きっと、お返事ください。』
衝撃だった。
まさか見ず知らずの人に励まされるとは。
しかもどうやらこれは本気で、俺の身を案じている。なにかこの手紙からは、鬼気迫るものさえ感じる。
とりあえず、返事を書く。ありがとうございます。まだ生きてます。すみません、よけいな心配をかけて。と
その手紙をポストに投函してから、もう一度青い便せんを読み返す。
しかし、どうしてこの人はここまで必死になって説得しているんだろう。なにか、自殺に嫌な思い出でもあるのだろうか。
いつのまにか、俺の心の中から「新手の詐欺」という言葉が消え始めていた。
3日後、数字だけの封筒の中には、黄色の便せんが入っていた。
ありがとうございます。とてもうれしいです、と。
さらに俺はこの手紙の返事で、もう一度謝ることになる。なぜなら、黄色の便せんの最後に、こう書かれていたからだ。
『お名前、よろしかったら教えて頂けませんか?』

それから俺たちは、いろんな事を話した。
彼女は2年前から入院しているという。田舎の小さい病院で、院長とも仲が良かったので、特別にベットを提供してもらえているが、
本格的な治療をするお金がなく、またあったとしても手術に彼女の体が耐えられる保証がないため、彼女も治療を諦めたとのこと。
編み物が好きで、手紙を書く前はよく編み物をしていたという。
あと、なんども手紙のやりとりをしているうちに、1つわかったことがある。
彼女の手紙の便せんの色についてだ。
意識してそうしているのかどうかはわからないが、手紙を書いたその日の彼女の状態によって、便せんの色が変わるのだ。
楽しかったり、嬉しかったりすれば黄色、興奮したり、驚いたりすることがあればオレンジ。
何か悲しいことがあれば青、体調が優れていれば緑で、逆に良くなければ白。
一度、白い便せんに赤いシミが付いていたことがあったので、驚いて大丈夫ですかと尋ねたところ、

62 :No.15 見ず知らず(4/6) ◇xyAZ5VvW6Y:09/11/09 01:30:00 ID:2V41ciiQ
ただジュースをこぼしてしまっただけです、心配してくれてたんですね。なんか嬉しいな。ありがとうございます。大丈夫ですよ。
と書かれてしまって、一人恥ずかしい思いをしたこともあった。

あるとき、家族の話題になったので、俺は自分の家族について色々書いた。といっても、独り身のささいな思い出話だが。
自分の話を書き終わると、なんだか少しだけ体が軽くなった気がした。ついでにいい機会だから彼女の家族についても聞いてみようと思い
『奏さんの家族』
まで書いてからふと思いだした。
確か、最初の手紙では『訳あって、両親も親族も友達もいない』と書かれていた。
ならばあまり立ち入ったことを聞くべきではないのかもしれない、と思った。思ったが。
ここできちんと聞かなければ、もう二度と聞くことができないような気がした。
それに、もし彼女に話すつもりがあるなら彼女のほうから切り出すより俺がこう切り出した方が話しやすいかもしれない。
いや、そんなことよりも、ただ俺はもう純粋にもっとこの人のことを知りたかった。
同情とも、恋とも違う何ともよくわからない感情だった。

その手紙の返事は、いつもより1日遅い4日後に届いた。
『そろそろお話ししなければいけないと思っていました』
で始まる手紙には、想像していたよりもずっとつらい事実が刻まれていた。
両親が無理心中をしたこと。助かったのは姉妹2人だけだということ。助かった妹もPTSDをわずらった事。
親戚がおらず、引き取り手がいなかったこと。自ら高校を中退し、バイトをして生活するしかなかったこと。
そのせいで同年代の友達がいないこと。さらには、自分が入院したときのこと。

そして、余命があと3日もないということ。

愕然とした。言葉もなかった。彼女は、自分よりもっとずっと厳しい境遇で戦っていたのだ。
にもかかわらず、彼女は、俺を慰めてくれていたのだ。
彼女の手紙の最後の方は、少し文字がふるえていた。当たり前だ。自分も命が後何日もないなんて、平常心でいられる方がおかしい。
今度は、俺が慰める番だ。
何ができるわけでもない。何をしてあげられるわけでもない。でも、何かせずにはいられなかった。
『つらいことを思い出させてすいませんでした。
 でも、これでやっと少しあなたと分かり合えたような、そんな気がします――』

63 :No.15 見ず知らず(5/6) ◇xyAZ5VvW6Y:09/11/09 01:30:20 ID:2V41ciiQ
返事の手紙は、3日後に届いた。しかし今度も少し様子が違った。
手紙と一緒に、手編みの手袋が送られてきたのだ。
『ありがとうございます。私も同じ気持ちです。
 手紙を書いて本当によかった。手紙を受け取ったのがあなたで本当によかった。心からそう思います。
 おそらく、この手紙が私の書く最後の手紙だと思います。
 なので、最後に一つだけお願いを聞いていただけないでしょうか?
 私には妹がいる、ということは以前お話ししたと思います。お願いというのはその妹のことについてなんです。
 実は、妹は私が死んだら一緒に死ぬと言って聞かないのです。
 妹にとって私は最後の家族。私がいなくなるショックは確かに大きいとは思います。それでも、私は妹に生きていてもらいたい。
 月並みな言い方ですが、妹が大事に思っていてくれる限り、私はこの世から消え去ることはありません。
 そこで、同封した手袋を、妹に渡して貰いたいのです。この手袋は、私が妹に内緒で編んだものです。
 そして、そこで私が妹に生きていてほしいと思っている、ということを伝えてほしいのです。
 もはや、面と向かって言っても聞いてくれる状態ではないのです。
 手紙の最後に私たちの家の住所を書いておきます。どうか、どうかよろしくお願いします。』
そうか。彼女は自殺にいやな思い出があったんじゃなく、後追い自殺を許せなかったのか。
俺の心の中でなんとなく引っかかっていた些細な疑問がすっと解けた。
急いで引き出しから便せんを取り出す。便せんには一言
『任せてください。きっと、かならず届けます。』
それだけ書くと、さっき読んだ便せんと手袋を鞄に詰め、書いた便せんを封筒に詰め、急いで家を出る準備をした。
彼女の話から、おそらく入院している病院は家の近くにあるだろうから、これから彼女の家に行く以上、手紙を出すより直接訪れた方が圧倒的に早いだろう。
それに、今手紙を出したところで、おそらく彼女がそれを読むことは、ない。
でも、それでもあえて、返事は手紙で出すことにした。
家を出る直前、さっき読んだばかりの便せんをちらっと見た
便せんの色は、白ではなく、黄色だった。

数時間後、俺はあるアパートの一室の前で立ち止まる。ここだ。ここに間違いない。
手紙で何度も話したとはいえ、やはり初対面の人の家は緊張する。
それに、おそらく出るのは妹さん。俺のことなんか全く知らない。そう思うとよけい緊張する。
でも、やらなくては。それが彼女との約束だ。意を決してインターホンを押す。

64 :No.15 見ず知らず(6/6) ◇xyAZ5VvW6Y:09/11/09 01:30:34 ID:2V41ciiQ
しかし、色々挨拶を用意していた俺の心配と裏腹に、それに応じ出てきた人の第一声は、意外なものだった。
「お待ちしておりました」

彼女は楓と名乗った。おそらく奏さんの妹で間違いないだろう。
「あなたが、姉と手紙をやりとりしてくれた方ですね。お話は伺っております」
なんだ、俺のことを少しは知っていたのか。多少緊張は和らいだ。
だが、能面でもかぶっているかのように無表情な彼女の顔から、何を思っているかは推測できなかった。
とりあえず首を縦に振ると、彼女を家の中にはいるように勧めた。俺は勧められるまま家に入り、椅子に座った。彼女がお茶を出しながら
「姉は昨日亡くなりました」
と告げた。俺は、そうですか、と返事をする。わかってはいたが、やはり何かこみ上げてくるものがある。
しばらく無言になった。いたたまれなくなったので、鞄から手袋を取り出し、例の話をしようとした。すると
「あなたに渡したいものがあります」
と先に楓が言い、戸棚の中から、手袋と封筒を取り出した。
「姉は編み物が得意だったんです。それで、昨日姉が亡くなる間際、もし家にあなたがきたらこれを渡してくれ、と言われました」
と言ってその2つをを俺に差し出す。黙って受け取ると、楓が続けて言う。
「私は、姉が死んだら一緒に自殺するつもりでした。でも、きっとあなたが家にくるはず、だからそれまでは待っていてと姉に言われて…」
最後の方は言葉になっていなかった。彼女は、床にうずくまり泣き出してしまった。
対する俺は、手渡された手袋を見て、もう何も言うことができなかった。
そう、彼女はこの手袋で、彼女が妹に言いたかったことと全く同じ事を、俺にも伝えたかったのだ。
直接手渡さず、あえて妹から渡させて、生きていてほしい、と。
彼女はついに、その死に際、最後の最後まで、俺と妹を心配していた。
いつの間にか、俺も手袋を抱え込んだまま涙を流していた。

たっぷり30分は泣いたと思う。
俺は楓さんに手紙のやりとりをすべて話した。最後に、黄色い便せんと手袋を渡すと、彼女は泣き顔で笑いながらお礼を言った。
これで多分彼女は自殺なんかしない。俺はそう確信した。なぜなら、俺自身がもう自殺なんかしない、と心に誓ったからだ。
なんともおこがましい自分勝手な感覚だが、きっと大丈夫。
帰る道すがら、もらった封筒をふと思いだし、そっと中の便せんを取り出した。

便せんの色は、今まで見たことのない、淡いピンク色だった。



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