【 熱来椎造 】
◆VrZsdeGa.U




30 :No.08 熱来椎造 1/5 ◇VrZsdeGa.U:09/11/22 23:03:36 ID:gYa9SdFg
 ある村に熱来椎造(あつくるしいぞう)なる、たいそうな熱血漢が移り住んできた。「不撓不屈」や、「粉骨砕身」と
いった自己発奮の言葉を座右の銘とし、東に憂鬱あらば親身になって叱咤し、西に躊躇あらば声を張り上げ激励する、隣
村中でもひときわ目立つ男なのだが、どうにも猪突猛進の情熱家は、おしなべて孤立しやすいもので、彼とて例には漏れ
ないのであった。情熱によって、他人が迷惑を被るとなれば、なおさらである。
 所業を挙げればきりがなく、ある時は熱っぽく説教したため、百姓を熱中症に陥らせ、またある時は収穫の際、勢い余
って作物を燃やしてしまい、挙句の果てには他人の家で熱く持論を語った末、火事を起こすなど、とにかく村民にとって
は悩みの種となっていたのだ。熱来自体は体格もよく、勤勉に働いていたのだが、他人が犠牲になっては元も子もない。
村民は諌めにかかったが、当人はいたって馬耳東風で、熱くてなにが悪いと逆ねじを食わせ、持ち前の熱さに拍車をかけ
たものだから、もはやいかんともしがたい。人々は「熱すぎてかなわぬ」だの、「やつの話はくどい」といって疎んじ、
結果、彼が来る以前は暖かかった村が、雁が年中住み着くほど、寒々しい村になってしまったのだった。

 熱来としてみれば死活問題だったろうが、ところがどっこい、状況はむしろ、彼の望むとおりだった。
 ある日、熱来が極寒の湖でワカサギを獲っていると、
「よう、順調か」
 と、声をかける者があった。熱来は彼を見ると、途端に目を燃え上がらせ、両手に持つワカサギを焼き魚にしつつ、
「いやいや、どうしてまた」
 と、言った。その暑苦しさときたら、声を掛けた者が、思わず身じろいでしまうほどである。
「ちょっと様子を見にきたのだ、この調子なら、目的は首尾よく遂行されそうだな」
 と言いながら、あたりを見回すこの男。名前は寒久手良造(さむくていいぞう)という。彼は、かつて村に暮らす者で
あったが、鬱々とし、寒さを好む性分のため暖かい雰囲気に馴染めず、文字通り村八分を食らっていた。後に寒い地に移
り住んだものの、昔覚えた屈辱はなかなか消えず、鬱いだ人間ならばなおさらで、寒久手もまた復讐のため、このたび熱
来を刺客として雇い、村に送り込んだ、という次第なのであった。
 つまり、熱来が寒々しい村にしてしまったのは、彼の、いや寒久手の狙い通りだった、というわけなのだ。
「寒久手殿、ちょうどワカサギが焼き上がりました、いかかです」熱来は、湖を波立たすほどの声で言う。
「いや、けっこう。しかしお主も相変わらず意気軒昂だな、多少、加減してはどうだ」
「いやはや、これは生まれ持っての性分というやつでして」
 正直なところ、寒久手は熱来が苦手だった。理由はいわずもがなであろう。とはいえ、そこはおのが利益のためである
から、渋々付き合いを保っているのだった。内輪話もそこそこに、
「今日はこのあたりで失敬するよ、では、くれぐれも企みを露見せぬようにな」と、寒久手がいうと、
「なぁに、この熱来に頼んだ以上、大船に乗ったつもりでご安心くだされ」と、熱来は返した。

31 :No.08 熱来椎造 2/5 ◇VrZsdeGa.U:09/11/22 23:03:53 ID:gYa9SdFg
 湖から離れつつ、寒久手は村の景色を、ねぶるように眺めまわしていた。直接、おのが利益になるわけでもないのだが、
そこは鬱屈した者の特徴で、他人の不幸は蜜の味、とばかりに、寒久手は大変満足そうな表情を浮かべている。このまま
村民は、凶作と雪害をはじめとし、寒さに震える日々に苦しめられるであろう。寒久手は復讐の愉悦を味わい、しきりに
うなづきながら、村を去っていくのだった。
 しかしながら、好事に忍び寄る魔はつきものである。実は二人のやり取りを、枯れた大木の陰にて見守る少年があった
のだ。当然、寒久手が離れるころに去ってしまったから、二人は知る由もない。はてさて、どうなることやら。

 またある日、玄関先で熱来がふんどし一丁で乾布摩擦をしていると、だしぬけに、
「熱来さん、僕を弟子にしてください」
 と、言う者があった。熱来が目をしばたたき見ると、坊主頭のいまだ成人もせぬような少年が立っている。先程話した
少年だ。知らぬこととはいえ、
「俺は、弟子をとるほど成熟した人間でもない。帰れ帰れ」と、熱来は邪慳に扱うのだが、
「熱来さんの情熱溢るる姿勢に感激したのです。どうか僕を一人前にしてください」少年はそう言って引き下がらない。
 信頼こそ想定したものの、よもや師事を志願する者が現れるとは、考えなんだ。もちろん、企みの邪魔になっては困る
から、熱来としては断らざるを得ない。それでも少年はしがみついてくる。あれこれと問答を繰り返すうち、さすがの熱
来とて褒められて悪い気はせぬもので、
「坊主、名はなんと言う」と、訊ねてしまったのだ。
「太郎と申します」
 どうやら敬慕は本当のようであるし、むしろ仲間が増えれば、喧伝の効果が上がるのでないか、と考え、
「特別教えることはないぞ、男は背中を見て何かを感じるものだ」
 と、わけのわからぬ言葉を吐き、また乾布摩擦を始めると、にわかに太郎も上着を脱ぎ、追従する形で手拭いであちこ
ちを摩擦し始めたではないか。寒空の下、裸で立つなど並々ならぬことである。これも悪くはあるまい、と熱来も摩擦に
より一層、身を入れるのだった。
「いいか、恥ずかしいと思うな、熱くなれば人は変わっていくんだ」熱来が滅茶苦茶に言うと、
「はい」と、太郎は大声で応える。
 ともあれ、ここに奇妙な師弟関係が生まれたのだが、これがまさかケチのつき初めだったとは、熱来も思わなんだろう。
乾布摩擦を続けていると、
「大変だ、湖で健二が溺れてら」
 などと大声で触れ回るものがあった。しかし極寒の中、湖に飛び込みなどしては、共倒れになりかねない。となると、
「熱来さん、参りましょう」

32 :No.08 熱来椎造 3/5 ◇VrZsdeGa.U:09/11/22 23:04:08 ID:gYa9SdFg
 こうなるのである。いやあ、これはしまった。熱血漢として知れ渡る分には、問題ないが、正義の漢となると、いささ
か厄介になる。とはいえ、弟子の手前、見捨てるようなことがあってはまずい。他人の企みよりも、やはり自分の見栄こ
そ大事なものだ。
 熱来はすぐさま家を飛び出し、湖へと向かった。たどり着くと、よりによって真ん中で溺れているではないか。人だか
りはできているが、誰も飛び込もうとはしない。ええい、まだるっこしい、とばかりに熱来はふんどしのまま、湖へと飛
び込む。手足で水面をしたたかに撥ね打つと、たちまち湖は熱さを帯び、泳ぐにはもってこいの温度となる。熱来はまる
で大魚のごとき所作で健二の許にたどり着き、大丈夫か、と声を掛けると、どうやら意識はあるようで、軽くうなづいて
見せた。人だかりの喝采はいうまでもない。熱来は喜んでいいのやら、困っていいのやら、複雑な心境を抱きつつ、汀へ
と健二を抱え、泳いで行くのだった。

 それからというもの、いかなる巡り合わせか、熱来の下には人助けを求める声が、ひっきりなしに舞い込んでくるのだ
った。ある時は屋根から落ちてきた雪によって、生き埋めになってしまった爺さんを助け、時には病に苦しむ赤ん坊の体
温を保ち、さらにはいたるところの凍ってしまった食糧を、解凍などするものだから、村民の信用は徐々に高まっていく。
太郎はより熱来に心酔し、他にも敬慕する人間が増えたため、にっちもさっちもいかぬ状況になってしまった。
 寒久手が、ゆゆしき事態と見たのは言うまでもない。怒り狂って当たり散らし、
「村中から信頼を集めてどうするのだ、私は相手にすらされなかったというに」
 などと熱来への怒りと、私怨を混同する始末。
「申し訳なく思います。しかし、こう人から応援されると、おのずと気持ちが奮い立ってくるもので」
「ええい、言い訳など聞きとうない」
 寒久手が怒鳴るため、熱来はいつもの威勢はどこへやらと、恐縮するばかりである。
「まあよい」呆れつくしたとばかりに、寒久手は言う。「十分寒気は入り込んだであろう。とあらば、私が直々に出て村
を壊滅させてやろうではないか、雪崩を起こしてやろう」
 初めからそうすればよさそうなものだが、どうにも鬱屈とした者は、おかしなところで小心な者が多いようである。し
かし、村がいまだ危機の只中にあるのは、確かなようだ。

 さて、依然寒さが村を覆う夜のことであった。どうしたことか、雁がきいきいと糸のこを引くようにわめきはじめ、村
民の眠りを妨げたかと思うと、途端に鳴き声は遠ざかり、あたりは嘘のようにしんと静まってしまった。されどそれもつ
かの間、静寂をぶち壊すように、ごお、という怒号がどこからか聞こえてくる。音の方に目を向けると、なんと、山の方
から雪崩が、よりによって、村の方へ向かってくるではないか。それも相当な勢いと見える。当然、村民に逃げる暇など、
ない。

33 :No.08 熱来椎造 4/5 ◇VrZsdeGa.U:09/11/22 23:04:22 ID:gYa9SdFg
「熱来、熱来はどこだ」
 村民があちこちで叫ぶと、やはり正義の味方は、都合よくやってくるもので、どこからともなく、
「まかせろ」
 と、雪崩にも負けぬ大声が聞こえ、熱来が勢いよく飛び出してきた。行き先は無論、雪崩の許だ。持ち前の情熱をあら
ん限りに振り絞り、烈火を起こし、どうにか雪を溶かそうとするのだが、
「駄目だ、かなわねえ」
 村民が叫ぶ通り、大波かとも見まがう怒濤の流れのため、さしもの熱来とて太刀打ちが出来ぬ。炎が届く範囲はなんと
かなるが、これでは到底全ては溶かせぬようだ。
 しかしこれもまた、熱来の計略通りなのである。要するに、あえて力を加減しつつ、都合よく自分だけが助かろう、と
いう算段なのだ。熱来が止めるとあらば、村民の逃げ足も鈍るという目論見である。もちろん、雪崩を起こす寒久手もわ
きまえているから、雪崩の勢いを適度に加減していた。このままなら、うまいこと村だけが滅茶苦茶になる。
 とはいえ、一度ついたケチは、なかなか消せぬもので、
「熱来さん、頑張れ!」
 と、叫ぶ者があった。太郎だ。しかもどういうわけか、村中の若者たちもまた、束になって熱来に声援を送っているで
はないか。
「たのむ、熱来」「行け、熱来」「もっとだ、熱来」
 後ろからわき上がる歓声に、熱来は痛し痒しといったところだ。まごまごしているうちに、熱血の性分が首をもたげて
きたのであろう。おのずと体の底から力が奮い立ってきた。筋肉は震え、血は燃えたぎり、脈動が激しくなっていく。こ
うなると炎の勢いは増し、ともすれば、雪崩さえ凌駕するほどに大きくなっていく。
「おい、なにをしているんだ、やめろ」
 寒久手は必死に叫ぶが、炎の勢いはとどまることを知らない。どうやら、当人にすら制御が出来ぬらしい。見る見るう
ちに雪崩は溶けてゆき、あれよあれよと、寒久手は猛火に包まれていく。いかに叫んだところで、収まる様子はない。あ
とは、いうまでもあるまい。

 結局、雪崩はすんでのところで収まり、村が被った損害は、微塵もなかった。策士なんとやら、と言ったところだろう。
ただ、英雄となったはずの熱来は、どこにも見当たらなかった。新たな地に移り住んだだの、自らの熱によって消え去っ
てしまっただの、いろいろ噂は立ったが、熱血漢が村民の前に現れることは、二度となかった。
 されど、救世主の功を労わぬ法はない。村には熱来の銅像が立ち、若者たちは熱血の魅力に目覚め、村はかつての活気
を取り戻し、再び暖かい村へとなった。人々はよく食べよく眠るため、おしなべて体格が良くなり、勤勉に働く者は増え、
作物も年中豊作続き。憂鬱などどこ吹く風、とばかりに村民の交流は絶えず、ひねもす熱い、多少うっとうしくも、素晴

34 :No.08 熱来椎造 5/5 ◇VrZsdeGa.U:09/11/22 23:04:35 ID:gYa9SdFg
らしい雰囲気を持つところとして、隣村でも話題に上る村へとなっていったのだった。
 いやはや、とんでもない皮肉もあったものだ。熱くなれば、人は変わっていく。まさに、いつぞや熱来がいい加減に言
った通りではないか。まさか、自分の策が村を良い方向に変えていく、などとは。しかし、なめくじのようにうじうじし
た空気よりも、こちらのほうがよっぽどいいかもしれぬ。となれば、述べることは一つしかあるまい。めでたし、めでた
し。

 はて、何か忘れているような、そうそう、熱来に師事していた、太郎のことだ。案ずることはない。太郎は無事、平穏
な日常を送っている。湖に溺れていた、あの健二の家をのぞいてみよう。
「しかし、大変だったぜ、河童の健二が溺れた演技をするってのは」健二は言う。
「なあに、それで村が助かったから万々歳じゃねえか」太郎はしたり顔で言う。
「だけどよ、ずいぶんとまわりくどい手合いもあったもんだ、はなから雪崩を起こしゃよさそうなもんだが」
 お気づきであろう。太郎は企みを知った上で、熱来に師事し、健二や村のあちこちに助けを借りながら、化けの皮を剥
がしにかかっていたのである。
「それはそれとしてだ」太郎は首を回しながら言う。「まさか村の連中がやつに当てられて暑苦しくなるのは、こっちも
考えていなかったことだな。しかし年がら年中、暑すぎやしないか」
「自業自得とはいわねえが、仕方ねえじゃねえか」
 健二はなだめにかかるが、太郎はどうにも納得いかぬようである。思案に暮れたような顔で、うつむくばかりだ。
「なあ」おもむろに顔を上げたかと思うと、太郎は腹に一物かかえたような声で言う。「地球が温暖化して大変なことに
なってる、なんて方便をいえば、村の連中も涼しくなるんじゃねえかな」
 そんな太郎を、健二はにやついたまなざしで見た。
「無理だろう、誰も信じやしねえよ」
「さよか」
 太郎は溜息をつき、暑い暑いと、襟をはたくのだった。





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