【 二人のトナカイ 】
◆h97CRfGlsw




50 :No.13 二人のトナカイ 1/5  ◇h97CRfGlsw:09/12/21 00:31:51 ID:BtkBUpby
「サンタさん、ありがと!」
 名前も知らない男の子は、私の手からお菓子の詰め合わせを受け取ると、弾けるような笑顔をその小さな顔に浮かべた。
そこまで喜ぶようなことかいな、と一応は愛想笑いを浮かべて手を振りつつも、静かに溜息を漏らす。
 そんな私の隣で、トナカイに扮した高田も同じように子供にお菓子を配っていた。足元に纏わりついてくる小さな女の子たちの
頭を優しく撫で、幸せそうな顔で微笑んでいる。今日はクリスマス。恋人たちが甘い夜を過ごす夜、のはずなのだが――
「どうしてこんなことに……」
 やってきたのは、孤児院のクリスマス会だった。子供たちの楽しげな喧騒から一人離れ、私は広間の隅の方で壁にもたれかかり、
シャンパンのグラス片手にがっくりと肩を落としていた。イブのデート、成就する恋、結ばれる二人、幸せな恋愛、温かな結婚生活……。
思い描いていた夢は露と消え、私は今、こんな場末でミニスカサンタのコスプレだ。しかも早々に飽きられ、部屋の隅に追いやられている。
 私と高田は、大学で知り合あった。知人程度のの仲で、サークルが同じなので多少言葉を交わしたりはするが、二人きりで遊んだりする程に
親密な関係ではない。というより、親密になるために、このイブの日に告白の言葉を伝えようと計画していたのだ。
「おい、お前」
 どうしたものか、と眉間に皺を寄せて顔を歪ませていると、小生意気そうなガキんちょが私の傍に近寄ってきていた。優しくしてあげてね、
と高田には念を押されている。なので、咄嗟に優しげな微笑みを浮かべて、なにかな、と猫撫で声で応対する。
「お前さあ、兄ちゃんの彼女なのか?」
「え? あ、ああー……いや、別にそういうのではないんだよ、はは」
「ふーん、違うのか?」
 話しかけてきた割に、ガキんちょはあまり興味なさそうな顔をしていた。なんだこいつ、と目を細めていると、スカートの後ろが急にふわりと
持ち上がった。慌てて払い落すと、背後からけらけらと笑い声が聞こえてきた。振り返ると、ガキんちょがもう一人。
「タカくん、このお姉ちゃんのパンツひらひらだった! しかも黒! 超エロい!」
「あー、やっぱりなー。どうせお前、兄ちゃん目当てでここに来たんだろ? 時々いるんだよなー、お前みたいなのさ」
 固まっていると、ガキ二人はデジカメを覗き込んで「エロいなー」「エロいエロい」と頷きあっている。私はばしっとその盗撮道具を掠め取って、
私の勝負パンツ画像を消去してから、ガキに投げつけてやった。二人は特に動じることもなく、私のことを値踏みするように眺めている。
「それにしてもお前、シホちゃんよりずっとおっぱい大きいなー。なあ、触らせてくれよ」
「……私の胸は安くねえんだよ」
「お姉ちゃん結構可愛いし、仕方ないから僕の彼女にしてあげるよ」
「蹴っ飛ばすぞコラ」
 額に青筋を浮かべて睨みつけると、二人はあっさりと散っていった。今更こんなセクハラに憤慨するほど子供ではないが、上手くいかない
苛立ちと、大切なイブの日を浪費している焦燥に、溜息はどんどん逃げていく。思わず、その場にしゃがみ込んでしまった。
 なにが、孤児院のクリスマス会、だ。子供に囲まれて笑っている高田を睨んで思う。据え膳放ってまで、することじゃないだろう、こんなこと!


51 :No.13 二人のトナカイ 2/5  ◇h97CRfGlsw:09/12/21 00:33:04 ID:BtkBUpby
 高田良介は、私が通う大学の医学部に所属する三年生だ。端正に整った甘いマスク、すらりと長い肢体、高い身長、澄んだ瞳。
ファッション誌にモデルとして掲載されたことすらあるというその際立った容姿は、数多くの女を惹きつけてやまない。
 加えて、彼は成績も優秀なのだ。医学部主席でイケメンの、超々優良物件。誰が甘んじて他人の手に渡るのをよしと出来ようか。
――と、皆が考えるものだから、「高田良介にイブのお誘いをする権利」を巡って、大学では水面下で骨肉の争いが展開された。
 それに私は勝ったのだ! 並み居る強豪を(主に鉄拳で)薙ぎ倒し、姑息な裏工作に走る輩を(鉄拳で)退け、独り身同志、
朝まで飲み明かそうぜと馬鹿な誘いを持ちかけていた男連中を(鉄パイプで)排除してまで、私は彼とデートする権利を得たというのに。
「お兄ちゃん、トランプやろうよ!」
「うん、いいよ。みんなもおいでー」
 高田は子供たちに促されるまま、右へ左へ忙しく動き回り、今は女の子グループのお誘いに従事していた。パーティが始まって
早二時間。片時も笑顔を絶やさない彼はなるほど人格者だねとは思わせるが、待ちぼうけを食らう私は頭を抱えるしかない。
 彼とのデートに漕ぎ着けたことで、私は多くの人間から多大な恨みを買っているのだ。このまま彼を落とすこともできず、何の収穫も
ないままでこの日を終えることなどできはしない。というより、今日の日を無為にしたなどと知れたら、冗談でなく私は晒し首だ。
「どこへ行くの?」
 これ以上待ってられない!と腰を上げかけたところで、背後から私に声がかかった。機先を制された形になって、私は顔をしかめながら振り返る。
するとそこには、小柄な女の子が佇んでいた。中学生くらいだろうか、他の子たちよりは大人びて見える。咄嗟ににへら、と私は顔を崩す。
「い、いや、私も仲間に入れてもらおうかな、と思って」
 あわよくば、色仕掛けで連れだしたりできないだろうかと考えていた。彼の価値もわからない子供たちなんかに彼を独占されているのは、
我慢ならない。もう夜も更けてしまっているが、今からでも食事にイルミネーションくらい楽しめるだろう。まだまだ取り返しは付く。
「駄目よ。良介は、私たちのものなんだから」
 しかし女の子は、私の作り笑いに魂胆など見透かしているとでも言いたげに、薄ら笑いを浮かべている。彼女は肩に乗った波打つ髪を
気障ったらしく後ろに流してみせると、私の隣にすとんと腰を下ろした。なんだこいつは、と今日二回目の感想を胸に、少女に目を向ける。
「タカたちに話は聞いたわ。あなたじゃ全然彼には釣り合わないから、諦めてさっさと帰ったら?」
「……喧嘩なら買うよ? 二子山の狂犬と恐れられた私の鉄拳の威力を見せてあげようか」
「あなたは、良介がどんな人間か少しもわかってない」
 不良も蹴散らす私のメンチに、少女は真っ向から返してきた。私は未だ名字で呼んでんのにお前は呼び捨てかよとそんなことを思いつつ、
眉根を寄せる。たしかに、私は彼のことをあまり知らない。でも、こんな奴に言われる筋合いはない。イケメンの将来有望株、それ以外になにがある?
「それにね……良介は、ロリコンなのよ。あの人は、私みたいに儚げで繊細で小さな女の子が好きなの」
「……はあ?」
「神崎先生はあなたの胸を睨んでたけど、恐るるに足らないわね。それに、良介は茶髪より、真っ黒の髪の方が好きなのよ? あなた全然駄目ね」
 くすくすと笑いだした小生意気なガキの頭を、わりと本気で小突いてやった。少女は顔を泣き顔に歪めると、ぴゅーっと走ってあっさりと逃げて行った。

52 :No.13 二人のトナカイ 3/5  ◇h97CRfGlsw:09/12/21 00:33:44 ID:BtkBUpby
「くそが……。何が孤児院だよ……」
 地金を晒す口の悪い独り言を吐きつつも、なんとなくタイミングを逸して私は相変わらず部屋の隅で膝を抱えていた。気づけよ気付けと
念を込めつつ高田の背をじいと睨んでいるのだが、彼は時々こちらに気遣わしげな視線を送るも、ガキに忙殺されている。
 ――孤児。親のいない子供のことだ。孤児院なんていう施設を、私は生まれて初めて訪れた。彼らを憐れに思わないこともない。辛いだろうにと、
同情もできる。でも、それだけだ。なにもこんな日に、ボランティアなんぞに精を出さなくたっていいだろうと、私は大いに思うのだ。
 大体、連中はちっとも不幸に見えない。先程から近寄ってくるガキんちょどもはどいつもこいつも生意気で、年上に対する尊敬の念が足りていない。
広間に響く甲高い子供の笑い声が頭を揺らし、私は苛々と体を揺らしていた。――夜も、もう更けてしまった。もはや溜息も出てこない。
「シャンパン、どうですか?」
 仏頂面でフローリングの木目を眺めていると、脳天に話しかけられた。顔を上げると、今度は大人だ。イモ臭いデニムにだぼついたトレーナー、
その上からエプロンを羽織っていた。黒縁の眼鏡に化粧っ気のない顔、長い黒髪は後ろでポニーテールに縛られている。怜悧な風貌の若い女だった。
「あー、アンタが神崎シホ先生か。……貧乳の」
「……そうです。自己紹介が遅れて、申し訳ありませんでした」
 眉間に一瞬皺が寄ったのに気付いたが、謝らないでおいた。神崎とかいう女は、私が床に置きっぱなしにしていたグラスにシャンパンを足すと、
手渡してくれた。一応礼を言って、口を湿らせる。神崎はしばらく突っ立ったまま私を眺めていたが、私が促すと、結局隣に腰を下ろした。
「……あなたは、良介君の彼女なんですか?」
「どいつもこいつも。そんなに気になるのか? 私があいつと付き合ってんのかが」
「い、いえ。でも、彼が女の子を連れてくることって、珍しいですから」
 神崎は慌てた表情を浮かべ、誤魔化した。こいつも、さっきの小生意気な女の子と同様、高田のことを慕っているのだ。大学ですらあの倍率だ、
潜在的にはもっと多くの恋敵がいるんだろうなとは思ってはいたが。神崎はちらちらと私の横顔を伺い、真意を探ろうとしているようだった。
「別に、彼女でも何でもないよ。ていうか、今日は告白するつもりでデートに誘ったってのに、まさかこんな格好させられて、あまつさえ放置とはね」
「す、すみません。せっかくお手伝いしていただいたのに、碌におもてなしもできなくて……」
「いいけどさ。ま、これが終わったら、帰り際にでもホテルに誘ってみるよ。……既成事実さえ作れば、あとはこっちのもんなんだし」
 だらんと体を崩し、足をのばしてフローリングに寝転がる。高田が孤児院にボランティアに来ちゃうような人間だったのは誤算だったが、彼が格好良く、
将来金持ちになるだろうことは変わらない。そうすれば、私は彼におんぶにだっこで楽な生活が送れるというわけだ。願ったり叶ったりの好物件――
「……良介君が、ここを訪れて早八年。……少しずつ少しずつ親交を交わし、慎重に関係を温め、ようやく君付けで名前を呼べるようになったのに……」
 ぞわわ、と鳥肌の立つような陰の気が真横から放たれ、私はびくりと神崎に目を向けた。微笑みを湛えていた顔も今は憤怒にも憎悪にも似た感情に彩られ、
彼女は目尻を吊り上げてこちらをぎょろりと見下していた。身の危険を感じ、咄嗟に起き上ろうとしたが、遅かった。のし掛かられ、ぎゅむ、と胸を鷲掴みにされる。
「こんな! ぽっと出の巨乳にィ! なにもかも奪われてたまるかってんですよォォ――!」
「い、いだだだだ! 離せよこの馬鹿!」
 怒れるままに、私と神崎は取っ組み合いを始めた。高田が止めに入らなければ、熾烈極まる女の戦いは、どちらかの息の根が止まるまで続いただろう――

53 :No.13 二人のトナカイ 4/5  ◇h97CRfGlsw :09/12/21 00:34:55 ID:BtkBUpby
「……八年もあったのに君づけ止まりって、アンタは一体何やってたんだよ」
 喧嘩しないようにねと子供に言い聞かせるような注意をされて、私はともかく神崎は目に見えて落ち込んでいた。先程と同じ部屋の隅、
隣で暗い影を背負いこんで俯いている神崎に、私は話しかけた。すると神崎は、緩慢な動作で顔を上げ、言う。
「あなたは、彼がどういう人なのかまるでわかっていません」 
 神崎は顔を伏せたまま、こちらには目を向けなかった。なんだそりゃ、と思う。先程ちょっかいをかけてきた女の子も言っていたような
気もするが、高田が一体、何だというのか。ロリコンなのか? と茶化して聞き返すが、神崎は小さく首を振った。
「彼は……良介君はね、多くの人に与えられる人なんです。私のような人間が独占していいような人では、ないんですよ」
「何言ってんだ、アンタ?」
「ここにいる子たちのことを、よく見てください。彼がいる今この時に、暗い表情をしている子が一人でもいますか?」
 抽象的で回りくどい表現を使いながらも、神崎の口調は力強く断定的だった。促されるままに私は、広間の中心で子供たちに囲まれている
高田に目を向ける。それは先程も、苛立ちながら思ったことだ。――誰も不幸を抱えているようには見えない、と。彼は笑顔を集めている。
「彼がいるだけで、幸せになれる人がいる。だから彼は、それならばと、自分の大切な時間を削ってでもこうして笑顔を届けに来てくれるんです」
「……」
「今はまだ、手が伸びる範囲は狭いかもしれません。でも、彼はいずれもっと広い世界に飛び立って、より多くの人の為に活躍することでしょう。
それが、彼の夢でもあるんですよ。……そんな彼を、恋愛感情なんていう、ちっぽけなもので自分一人に縛りつけようなんて、私にはできません」
 自分は手を引いた、ような言葉を吐きつつも、神崎の表情は恋心に陶酔した女のそれだった。諦めてなどいないのだ、彼女は。彼に対する想いの深さ、
清らかさを見せつけられたようで、私は咄嗟に言葉を返すことができなかった。神崎は私に目を向けると、少し誇らしげな顔で言った。
「でも、私は彼を座して見送るつもりはありませんよ。いずれは、彼の隣に並びたてる、そんな女になってみせます。あなたにはその覚悟が、あるんですか?」
「……アンタさあ、文系?」
「高卒ですが。……あ、でもこの前、トーイックで800点取りましたよ。英語圏での活動なら、ばっちりです」
 意外に饒舌な神崎を揶揄して混ぜっ返してやったが、彼女は笑って流した。……並び立つ、か。覚悟はと問われても、そんなものあるはずもない。
格好良くて将来性がある男、程度にしか高田を見ていなかった私にとって、神崎の語る話の壮大さは、自分の矮小な考えを浮き彫りにさせるようだった。
 絶対に高田をものにしてやると意気込んでいた気勢も、なんだか随分と削がれてしまっていた。孤児院でのボランティアなんて、面倒でイタいだけだと、
私は溜息交じりに考えていた。……でも、彼がここに来たことで、子供たちは笑顔になることができたのだ。確かに、不幸を背負っているはずなのに。
「……なんか私、凄い格好悪いな。全然、自分のことしか考えてなかった……」
「そうですね。全然空気読めてませんでしたね。猛省して出直してきてください。いえもう来なくて結構ですから」
「……私、トーイックなら去年900点取ったよ」
「……だから! だからなんなんですか!? 何が言いたいんですか!? 私、あなただけには何があっても絶対負けませんから!」
 軽く言葉で小突いただけで激昂した神崎は、また私の胸倉に掴みかかってきた。喚き散らしながらの喧嘩は結局、クリスマス会のお開きを伝えに
来た高田が慌てて止めに入るまで続いた。どうやら酔っぱらっていたらしい神崎は、私から引きはがされるとそのまま、こてんと倒れてしまうのだった。

54 :No.13 二人のトナカイ 5/5  ◇h97CRfGlsw:09/12/21 00:35:33 ID:BtkBUpby
「今日はごめんね。神崎さん、いつもはもっと落ち着いた人なんだけれど。どうしたんだろうね?」
「……さあ」
 夜も十時を回り、子供たちは早々に寝室に引き上げていった。がらんとした広間は、子供たちの笑い声に包まれていた時と比べると
酷く広々として見えた。散らかされたお菓子のゴミを手分けして拾いながら、私は今日久々に、高田と二人きりで会話をしていた。
 神崎や、他の生意気な子供たちとのやり取りがなければ、今が絶好のチャンスだと私は彼にすり寄っていったことだろう。でも、感化された
のだろうか、そんな気分にはなれなかった。彼女らが大切に思う高田良介はきっと、私のような浅薄な人間が独占していい人間では、ない。
「あ、そうだ、これを。今日手伝ってくれたお礼に、皆から」
 声に振り返ると、高田がすぐ傍まで近寄ってきていた。思わずびくりと身を竦ませると、彼は不思議そうに首を傾げた。な、なに、と少しばかり
どもりつつ返すと、彼は私の手を取って小さな箱のようなものを渡してくれた。ふわりと優しげに微笑みかけられて、私は思わず目をそらしてしまった。
 その箱は、ちょうど指輪を入れる程の大きさで、綺麗な装飾が施されていた。少しドキリとしながら開けてみると、しかし思っていたものはそこになく、
代わりに穏やかな音楽が流れ始めた。オルゴールだ。知らない曲だったが、不思議と心に染み入る優しい音色だった。
「毎年、みんながサンタさんにって、作ってくれるんだ。でも、今年のサンタさんは君だったから、君に」
 静謐な空間に、オルゴールの音色だけが響く。私は言葉もなくそれに聞き入っていた。高田を愛おしく思う人たちの、想いの結晶がこれなのだ。
笑顔のお礼に送り返されたこの小さなオルゴールには、一体どれだけの感情が詰まっているのだろう。堪らなくなって、私は顔を俯けた。
「……高田はさ、なんでこういう、ボランティアを始めようって思ったの?」
 気になったことを問いかけてみた。神崎は知っているのだろうか。知っているから、ああして彼に心酔して、いずれ自分もと心動かされたのだろうか。
私も聞いてみたかった。高田は少しだけ考えるように目を細めてから、微笑みを湛えて言った。
「サンタクロースって、本当はいないじゃない? でも、その夢のような人の代わりに、優しさを届けてくれる人がいる。……でも、そういう人がいない人は?って」
 安っぽいお菓子の詰め合わせでも、子供たちは喜んでいた。この程度のものでと、一笑に伏していた私は、なんて愚かだったのだろうと思う。
嬉しいのは優しさ。喜んだのは、暖かい想いが胸に染みたから。そんな当たり前の感情を思いやる心を、私はいつの間になくしていたのだろう。
「そう考えたとき、なら、僕が代りになろうと思ったんだ。僕にだってきっと、やれることはある。だからやるんだ。あんまり、格好いい理由じゃないけれど」
 高田は言い終えて、気恥ずかしそうに破顔した。しかし、私は笑えなかった。あまりに飾り気のない彼の行動原理は、偽善と評するには、あまりにも純朴だった。
彼の行動に、心救われた人もいるだろう。これから救われる人も、きっと少なからずいる。――なるほどな、と思った。
「……これ、返すよ。私には受け取れない」
 私は持っていたオルゴールを、彼の手に乗せ返した。いいの?と彼は首を傾げ、私はこくりと頷いた。あの綺麗な音色を奏でるオルゴールをもらうには、
今の私はあまりにちっぽけな人間だった。多くの人に与えられる人。なるほどそういう意味かと、私は思った。だから。
「あのさ、私も時々でいいから、ここに連れてきてもらってもいいかな。色々、高田の手伝い、したいんだ」
「……うん、いいよ。ありがとう」
 この時初めて、私は高田に素の笑顔を見せられたように思う。大げさかもしれないが、陰り燻っていた視界が、一気に晴れ渡ったように感じられた。
やるべきことが定まった。いずれ、彼の横に並びたてるように。神崎には悪いが――私だって、負けるつもりはない。



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