【 コンティニュー 】
◆HpyQvAskwY




15 :No.06 コンティニュー 1/5  ◇HpyQvAskwY:09/12/27 22:10:26 ID:WEmsChNZ
 年の瀬も押し迫った頃の話だ。僕は急に会社を辞めた奴の仕事を、丸ごと押しつけられていた。他にも余裕のあ
る奴はいるのに、僕一人に。僕は近頃そのせいで、毎日残業をしてから帰っている。僕だけだ。もし人生をやり直せ
るなら、僕は勉強に力を入れる。こんな馬鹿げた事をする会社に入らなくても済むように。
 僕は初めて、駅の裏手を歩いていた。そこは様々な食品の臭いが混じり合って立ちこめる場所で、店並みも片端
から古い。疲れたのれんの飲み屋達に挟まれて、一件だけ骨董屋があった。その店は、三メートルほどの間口の上
に、流木に墨で「古物」と書いた看板が上がっている。ガラスの引き戸の向こうには、商品とも付かない味のある電
気ストーブが赤く光って見える。夜中だというのに、開店中らしい。好んで酒を飲まない僕は、寒さに押されて店へと
入った。
 店先は味わい深いように思ったが、入ってみればそんなこともない。スニーカーやらモデルガンやらといったファン
キーな物が多く、壺や掛け軸はその陰でフェルトのようにつもった埃に守られている。値段設定はいい加減だ。五百
円と書かれたナイフは、駅ナカの百円ショップで同じ物が売っている。陰にあるゼロが五つ付いた青い壺も、本当のと
ころは怪しいものだ。
 背中の灼(や)けた文庫本の谷を抜けると、ワゴンに中古ゲームソフトの丘が出来ていた。古くさいプラスチックのカ
セットに僕は興味を持った。そのソフトが動くゲーム機は今でも持っている。何か面白い物が見つかるかもしれない
と思ったからだ。
 乱雑に積まれたソフトを整頓していく。名前順に並べれば、見知ったソフトとそれ以外が一目でわかる。ほとんどは
プレイしたことのあるソフトばかりだったが、一つ、見慣れないソフトが目に入った。信じられないほど黒いそのカセッ
トは、まるですべての光を吸収してるようで、僕は、一瞬そこに穴が開いているのかと思ったほどだ。
 「サイド」という名のゲームだった。値段は五十円。箱がないのでジャンルは判らない。値段が安いこともあって、僕
はあまり迷わずにそれをレジに持って行った。誰も出てこない。声をかける。返事はない。
 しばらく様子を見ていたが、引き続き、誰も出てくる様子はない。ソフトを戻しに行こうと振り向くと、僕は橙色のウー
ルのシャツに顔をつっこむ事になった。僕が目を白黒させながらのけぞる。体がぶつかって、レジのカゴに盛られた百
円ライターが散らばる。僕は思わず声を出した。
 「す、すみません!」
 「あはは、ごめんごめん。ああ、それ買うの?」シャツの主である愛想の良いオジサンは、それを手で受けつつ笑い
声混じりに話す。
 「え、あ、ああ、はい」僕はあらかじめ手に握っていた五十円玉を差し出す。ソフトに張られた値札を見せようとしたが、
オジサンは値札に興味がないらしい。オジサンは相変わらず笑いながら五十円玉をポケットに入れた。
 「ありがとよ。ああ、ライターは気にしないでいいよ。拾っとくからね」
 すみません、と僕はオジサンにお詫びを述べる。電気ストーブの赤い光は名残惜しかったが、僕は店を出た。

16 :No.06 コンティニュー 2/5  ◇HpyQvAskwY:09/12/27 22:11:22 ID:WEmsChNZ
 家に帰ると僕は押し入れからゲーム機を引っ張り出し、真っ黒なカセットをつっこんだ。テレビの裏側に手を突っ込
んで配線をしていると、背中の食卓から弘恵の声がする。弘恵は、僕の人生での数少ない成功例であり、僕の妻だ。
 「また変なの買ってきたの?」
 「変なのって。ゲームソフトって呼んで欲しいね」
 「はいはい。ゲェムソフトね」
 ゲェム、とあえてストレスを置いて発音したので、僕は笑った。
 「弘恵もゲーム、やったらいいのに」
 「私には非電源の趣味があるからね」
 弘恵はニヤリと笑って、昨日とはまた違う表紙のハードカバーを叩いた。
 「あんたも読めばいいのに」
 「ハァドカバー、を?」
 「相変わらず子供だね」と弘恵は鼻で笑って、本に目を落とした。僕は笑い返してからあぐらをかき、ゲーム機の電
源を入れる。めずらしく、一発で起動した。独特の荒いドットで見慣れないメーカーロゴが出てから西暦が表示され
る。今から二十一年前だ。僕が七歳の時に発売されたことになる。
 ゲームは、選択肢を選ぶと結末が変わる形式の小説。いわゆる「サウンドノベル」だが、おかしい。この時代には
まだ「サウンドノベル」のジャンルは存在しないはずだ。もしかして、個人制作の「同人ゲーム」かもしれない。だとす
ればこれは面白い発見ではないかと思ったが、僕の意識はそれよりもずっと、その物語へと引き込まれていった。
 その話はとてもとても僕自身に似ていた。というより、僕自身だ。話は子供時代から始まる。今までの出会いも、別
れも、事件も、すべて僕そのものだ。出てくる選択肢には、必ず僕のした行動が入っている。僕は熱中した。
 主人公はある日、仕事帰りに骨董品屋で本を手に入れる。家に帰ると「ヒロエ」という妻が居て、本についてからか
われる。主人公はその本を読む。本意は主人公に非常に似た主人公が出てきて、その本を読み終えると
 「あれ?」
 急に画面が暗転した。
 画面には「Continue」とだけ表示されている。ここまで一度もセーブポイントが無かったので、やり直すと最初からだ
ろうか。ため息をついて振り向くと、
 部屋が真っ暗だ。
 弘恵が居ない。食卓も椅子もない。というか、光がない。暗すぎる。いつも自販機の明かりが入り込む窓さえ見えな
い。まるで穴が開いたように暗い。視線をテレビに戻す。存在しているのは自分とゲーム機とテレビ。それからカーペッ
トだけだ。僕はまた、勢いよく食卓のあるべき方向へ振り返る。
 「弘恵!?」

17 :No.06 コンティニュー 3/5  ◇HpyQvAskwY:09/12/27 22:12:17 ID:WEmsChNZ
 声は闇の中に吸い込まれていった。壁が、感じられない。夜の砂漠の、ど真ん中にでも居る気分だ。もう一度テレビ
の方を見る。黒い画面がぼんやりと光って、その中に際だって白い「Continue」が点滅している。僕は汗で滑るコント
ローラーを握り直した。手が震えている。方向キーをいじってみる。反応はない。キャンセルボタンを押す。反応はな
い。残るは、決定キーだけだ。電源を切る度胸は、無い。
 口が、渇いている。また辺りを見回す。僕はコントローラーを、神経質なまでに慎重にカーペットへおいた。立ち上が
る。ふるえる脚をさすって、ゲーム機を蹴らないように、細心の注意を払ってテレビに近づく。その裏に回る。本来、壁
があるはずの場所に立った。壁は消滅している。カーペットの外にそっと足を踏み出す。石ともガラスとも付かない
なめらかな地面があった。裸足の体温は永久に吸われ続けている様な気がする。僕は思わず足を引いた。
 見上げる。雲も星も月もない真っ黒な空が広がっている。見回す。永久に暗闇が続いている。テレビから離れたら、
戻ってくる自信はない。
 慎重に定位置に戻る。コントローラーをそっと持ち上げる。自分で思うよりも強く握っているらしく、プラスチックが
軋った。決定キーを押さなければ、事は進まないらしい。僕は仕方なくきつく目を瞑る。汗が垂れる。僕はゆっくりと
決定キーを押した。「Continue」が選択される。ピ、と電子音が鳴った。

 騒がしくなった。

 あちこちから甲高い声がする。この臭いにも覚えがある。木肌を保護する油性ワックスの臭いだ。目をゆっくりと開
く。この場所には覚えがある。ここは学校、それも小学校の教室だ。僕はピカピカの体操着を着ている。自分の腹が
ぽっこりと柔らかく出ている。胸に付けた真新しいビニール製の名札には、1年1組、と書いてある。僕の名前もだ。
 この不可解な現象をどのように説明すべきか。と僕は思い、眉根をひそめた。
 「ねぇ、何怒ってるの?」
 あいば ひろえ、との名札を付けた女の子が僕に声をかけてきた。名札はひらがなで書かれているが、僕はそれを
どういう漢字で書くか知っている。
 「おまえ、弘恵か!? どうなってるんだろう!? これは一体!」
 弘恵らしき女の子は驚き、戸惑っている。しまった。この彼女は僕のことをよく知らないようだ。「Continue」したのは
どうも僕だけらしい。彼女を驚かせてしまった。僕はそれを補うように精一杯優しい顔をして、優しい声を出した。
 「ごめん、ね」
 「……ううん」
 彼女は泣きわめいたりしなかったが、明らかにおびえて僕の目の前から逃げ去っていった。あれは間違いなく、弘
恵だ。僕は時間ごと少年に戻っている。

18 :No.06 コンティニュー 4/5  ◇HpyQvAskwY:09/12/27 22:12:53 ID:WEmsChNZ
 もし今までの記憶を保ったまま人生をやり直せたら、どんなにいいだろう。
 確かに、そんなことは頻繁に考える。だが実際に、しかも唐突にこんな事態になると、それは願いが叶ったと言うよ
りもトラブルとしか思えない。それに僕が持っていた人生に対する不満なんて、大した物ではない。僕は最初、元の世
界に戻りたいと思った。
 僕が名札の通り小学一年生だとすれば、あの「サイド」はまだ発売されていない。もし僕が元の世界に戻れるとしたら、
あの真っ黒なカセット以外に手がかりは無いだろう。発売日を待って、僕はあまり目立たないように一年を過ごした。
 だが、僕の希望はあっさりと空振りに終わった。一年経っても、二年経っても「サイド」は発売されなかったのだ。あき
らめきれず、その手の人と大人のフリをして文通したりもした。「同人ゲーム」業界でも、そんなソフトは誰も知らない。
帰還は、絶望的だった。
 少しの間は確かに落ち込んだが、僕は案外すぐに開き直った。日々の生活はそれなりに楽しいものだったし、親に
ねだって英会話やピアノなんかを習うことも出来た。今まで僕がしてきた後悔を、すべて払拭できる。そう思うと生活は
楽しいものだ。僕は順調に小中学校を過ごし、高校も大学も、好きなところを選んで入った。
 不思議なことに、この頃になると知っている映画やマンガは少なくなった。地震や台風さえも違う時期に来た。
 「Continue」の初期に比べて明らかに前回との差異が大きくなっているのだ。僕一人が行動を変えただけで、その影
響が世界中に及んでいるのだろう。「サイド」が発売されなかったのには、そういう理由もあるのかもしれない。
 この人生は順調だ。一つ悔いるとすれば、弘恵と疎遠になってしまったことだ。前回は高校も同じ所へ進んだが、僕
は今回、前よりもハイレベルな高校へ進学した。地元から離れる結果になってしまい、弘恵とも連絡を取り合わなくなっ
た。もとより、最初の失敗があってか、前回とは何となく違う雰囲気だった。おそらく同じ高校に進んでも、前回の通り
にはならなかっただろうと思う。弘恵とのたくさんの思い出が全て無かったことになったと思う度、僕は何かに押し潰さ
れるような気分になった。
 僕は一流と呼ばれる企業に就職した。
 「不自然なくらい大人っぽい感じ」
 そう僕を評したのは、倫子という名の同期の女の子だった。新入社員歓迎会の時だ。
 「そうかな?」
 「不自然、てのは言い過ぎたかな?でも、不思議な雰囲気があるよ」
 「Continue」してからは、何となく人付き合いに嘘くささを感じていたのだが、彼女からはそんな空気が感じられない。
僕は、彼女のそういう自然さに惹かれていった。何かを埋め合わせるように倫子に頼ったし、倫子はそれに呼応してく
れた。僕は倫子と共にたくさんの時間を過ごすようになる。
どんどんと距離は縮まり、僕があらためて24才になる頃、倫子と僕は同棲を始めることになった。その日は偶然にも、
弘恵との結婚記念日だった。

19 :No.06 コンティニュー 5/5  ◇HpyQvAskwY:09/12/27 22:13:51 ID:WEmsChNZ
 「レンタカーが要るよね」
 倫子の提案で、引っ越しは自分たちで行う事になった。
 トラックを借りる為にレンタカーショップへ行くと、そこには弘恵が居た。弘恵は今、レンタカーを貸し出す仕事をして
いるという。弘恵は最初、僕のことをすぐに思い出せなかった。弘恵にとって僕は、単なる小学校のクラスメイトだし、
特に親しい事もなかった。彼女の反応は当然のことだろう。でも僕は、弘恵の顔をまともに見ることが出来なかった。
 僕はかなりの喪失感に駆られたし、倫子と一緒に彼女に出会うのが、ひどく気まずいような気にさえなる。弘恵とは
ほとんど話らしい話も出来ず、事務的な話に終始した。
 トラックを借りて家に荷物を取りに行く途中、倫子が声をかけてくる。
 「ねぇ、顔色悪いよ。大丈夫?」
 「ああ、大丈夫だよ」
 自分でも声が強ばっているのがわかる。
 「さっきの子、初恋の子かなんかなの?」
 僕はうめき声も上げられない。「ただのクラスメイトだよ」なんて事は言いたくないと、どこかで思っているらしい。
 「ふうん」
 倫子が不満そうな声を出したが、僕は黙ってハンドルを握り続けた。
 引っ越しは順調に進んだ。新しい部屋に荷物を運び込む。互いに、事前に要る物を整理していたので、作業は簡単
だ。箱にはそれぞれに「服」やら「本」やらとメモが貼り付けてある。キャラクター物の付箋が張り付いているのが倫子
の荷物だ。その中に一つ「趣味」と書かれた箱があった。これから同棲を始めるというのに、僕は倫子の趣味をいま
いち知らないことに気づいて、内心驚いていた。
 「これ、開けるのか?」
 「えー? 古いのばっかりだから開けるつもり無いけど、見たければ開けてもいいよ」
 「なにが入ってるんだ?」
 「ゲームソフト。私、ゲーマーなんだよ」
 箱のガムテープを剥がす。確かに箱にはゲームソフトが一杯だった。それも、プラスチックのカセットだ。
 僕は体が硬直するような感覚を味わった。倫子の声がする。
 「どうかした?」
 それからも倫子の声がずいぶん遠くから聞こえていたが、僕には彼女が何を言っているか解らなかった。
 僕は箱から穴が開いたように真っ黒なゲームカセットを選び取った。「Again」と書いてある。「再度」か。
 僕はそのカセットを──。
                  (終わり)



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