【 ワナビー(お題:進退) 】
◆8MpnFwCjKk




31 :No.08 ワナビー(お題:進退)1/4 ◇8MpnFwCjKk:10/01/03 22:55:47 ID:qKCaZ+b4
 そのコンピューターウイルスの存在を知ったのは今日の昼間のことだ。
 教育実習を終えていよいよ教員への道を邁進する友人を、未だ明るい行く末など影も形も見当たらない私が学食にてちくちくと卑屈に激励していた時である。
「俺の事はもういいだろ、そもそも教育実習が終わっただけで就職が決まったわけじゃない」
 牛定食をつつきながら思う。願わくは目の前の君に波乱万丈な人生を。
「そんなことよりお前はどうするんだよ。小説家になりたいとか言ってなかったっけ」
 中学生時代からの長い付き合いであることの弊害がそこにあった。
 若気の至りで熱く語ってしまった淡い将来の夢を覚えられていた。
 その頃には友人は既に教師になりたいと言っていて、今実際にその夢を叶えようとしているから余計にばつが悪い。
 お互いに頑張ろうと声をかけたのは友人からか自分からか。
「いやあ、無理だろうな。実際」
 特に何をするでもなく、本格的に小説を書く為の勉強や練習をするわけでもなく、ただなんとなく気が向いたときに小説らしきものを書いている日々だった。
 そんな状態で目指せるほど小説家という職業は甘くない。そんなことにはとうに気がついていて、そもそも小説家を目指していると口に出すことすら何だか恥ずかしくなる始末だ。
 とはいえ、
「お前が教育実習しに行くって聞いた時にさ」
 私もずっと何もしなかったわけじゃない。
 あいつは自分が言った夢に向かって着実に努力して進んでいる。こっちも負けているわけには行かないと自分を奮った。
 一つ真面目に小説を書いてみようと思ったのだ。
 その矢先だ。
 普段から見ていたネットの掲示板に自分が書こうと思っていた話が書き込まれていること。
 その話が自分が想定していたよりはるかに面白いこと。
 そしてそれは何度も繰り返され、そのたびに自分が考えていた話が、画面の向こうの誰かの手によって、自分が考えていたよりも面白い形になって目の前に現れること。
 そんな、もともと少ないやる気がしおれてしまうに十分な出来事があったと友人に語る。
「俺が思いつく程度のストーリーなんてどこかの誰かが既に思いついているんだよ」
 俺には小説家なんて向いてないんだ、と締める。
 なにやら神妙な顔をして聞いていた友人が口を開いた。
「ひとつ心当たりがある。多分それはお前自身の仕業だ」

32 :No.08 ワナビー(お題:進退)2/4 ◇8MpnFwCjKk:10/01/03 22:56:18 ID:qKCaZ+b4
「はあ」
 何を言うのだろう。
「というより新種のコンピューターウイルスの仕業だな。聞いたこと無いか」
「感染するとウイルスは使用者、この場合はお前だな、掲示板へのお前の書き込みや今まで作成した文書を監視し始める」
「ある程度書き込みや文書がウイルスの中に溜まると今度はそれを分析してお前らしい書き込みをするAIとなる」
「そしてお前が書き込みするであろうカテゴリーのスレッドに、ウイルス本体が削除されるまでお前らしい書き込みをし続ける」
「ウイルスはプロキシ経由で書き込むから使用者とは別IDになって、お前はまるで自分と同じような考えの人がいるような感覚に陥ってしまう」
 と、さながら数学の公式を説明する教師のように言う。
「ということは、つまり」
「つまりだ。もしお前が小説をPCの中に書いて保存していたなら、あるいは小説を掲示板に書き込んでいたなら、それを分析したウイルスがお前と同じような思考をするAIとなって、
お前が思いつくようなストーリーを先に思いついて、掲示板に書き込んでいる可能性があるということだ」
 まさか、と思った。そんなものが作れるわけがないとも思った。
「もし本当に感染してても特に実害は特に無いと思うけど、一応帰ったら掲示板見てみろよ。新種のウイルス情報ってとこにいろいろ載ってるから」

 自分のやる気を削がれているのだから十分に実害は出ていると私が憤ってあの場はお開きになった。
 家に帰って早速該当のスレッドを確認する。なかば祭り状態になっていた。
 ウイルスはミラーボットという名前で呼ばれていた。
 『すごいウイルスが出てきた』『この技術をほかに生かせよ』『感染してたけど面白いから残しておくわ』等の書き込みの中に混じって、ウイルスの作者本人と思われる書き込みがある。
 『名前:山田
  楽しんでもらっているようで幸いです』
 匿名掲示板にも関わらずわざわざ名前を名乗って行われた書き込みはどこか異質で、『通報しました』『いいぞもっとやれ』とレスが続く。

33 :No.08 ワナビー(お題:進退)3/4 ◇8MpnFwCjKk:10/01/03 22:56:47 ID:qKCaZ+b4
 私も何かレスしておこうと思ったがまずはウイルスの確認が先決だ。
 数日前の書き込みまでさかのぼって読んでいくと、あった。
 『ファイル名を指定して実行→mirrorとやってフォルダが開いたらアウト。感染してますよ』
 開いた。開いてしまった。
 mirrorbot.exeやkakikomi.txtといったファイルが見える。
 ウイルスに感染していたことのショックの前に、対策ソフトやウイルススキャンをすり抜けて入り込んできたこいつに対して敬意を抱いてしまう。
 『ウイルスが勝手に書き込んだログが残ってるから感染した奴は見ておけ。面白いぞ』
 kakikomi.txtだろうか。開いてみるとそこには確かにあの時見たいくつかの小説が残されていた。
 雪の日の放課後の恋愛、双子の少女が謎を解くミステリ、弱気な竜と強気な小人のファンタジー。
 どこかで見たような。それでも自分にしてみれば必死で考え付いたストーリーがそこにはあった。
 つい読みふけってしまう。ウイルスが勝手に作ったものなのに、やはり自分で書いたもの、想像していたものよりもずっと面白かった。
 他人の作ったプログラムにすら負けるとはいよいよ自分の才能の無さが身にしみてくる。
 不覚にも涙が出てきたのは悔しいからか小説の出来が良いからか。
 早く削除してしまおう。
 フォルダを選択、削除をクリックした時だった。
 [Who are you?]
 と、タイトルの付いた入力窓が開いた。
 何だろう。ウイルスごときにお前は誰だと尋ねられる筋合いは無いのだが。
 『削除しようとしたら何かWho are youとか聞かれるんですけど』
 掲示板を見るとそんな書き込みがあった。
 ウイルスのログには表示されていない。おそらく「本物の誰か」が質問したのだろう。
 『名前:山田
  削除しようとするといくつか質問が出てくるので、それに答えたらウイルスはいなくなりますよ
  適切な回答もAIが自動設定するのでそれぞれ違います。
  ぜひ彼が望む答えを入力してあげてください』
 以下、『本名入れたのにエラー吐くんですけど』『お前バカだろwwwww』『個人情報流出乙』と続く。
 対策ソフトによる削除も試みてみたが失敗に終わった。
 強制的に削除する方法が見つかるまではこいつの質問に答える他は無いようだ。

34 :No.08 ワナビー(お題:進退)4/4 ◇8MpnFwCjKk:10/01/03 22:57:54 ID:qKCaZ+b4
 適切な回答とは何だろう。
 私は私だ。――I am I.
 エラー。
 お気に召さなかったらしい。
 本名も入れてみようとしたが思いとどまる。
 試しに、と以前からいずれ使おうと考えていたペンネームを入れてみる。
 通った。 
 実際にこのペンネームを使ったことは一度もない。
 自分が将来本当に小説家になれた時に名乗ろうと思っていたもので、友人はおろか誰にも言ったことなどない名前だった。
 それをこいつは思いついたのだろうか。
 私の書いたものを分析していくうちに、私はきっとこういう名前を名乗っているだろうと、そう考えたのだろうか。
 キーボードを叩く手に汗が滲んだ。
 [Who am I?]
 再び質問が表示されていた。
 彼が望む答え、とウイルスの作者は書いていた。
 こいつは今までの私の小説を分析して、まるで私のような小説を書き込んでいた。
 私に、というより私が将来なりたいと考えていた小説家に、こいつもなりたいと思ったのだろうか。
 先ほどと同じく将来使おうと思っていたペンネームを打ち込む。
 [Thank you!]
 最後の表示が出て、ウィルスの入ったフォルダは削除された。
 PCのデスクトップを見つめながら少し考えてみる。
 あいつはあいつ自身という鏡に私の可能性を映して見せてくれたのでは無いかと。
 私が思いつくようなものでもやり方によっては十分に、少なくとも自分自身で面白いと思えるぐらいのものが作れるということを。
 ウイルスに出来て人間の私に出来ない訳がないと、そう考えてみた。

 明けて翌日の昼間。
「やっぱり小説家を目指してみる」
 豚定食をつつく目の前の友人にそう伝える。
「そうか。お互い頑張ろう」
 友人はそう言ってくれた



BACK−To Go or Not To Go(お題:進退)◆DH2T5p0ggI  |  INDEXへ  |  NEXT−繋ぐ駅(お題:進退)◆tmpxHIUkAw