【 舞台裏の恋 】
◆q8t.mWwDyY




84 :No.22 舞台裏の恋 1/5 ◇q8t.mWwDyY:10/01/25 01:38:15 ID:yoNcxl/y
 野性的な印象を受けるかっこいい王子様と、猫のような印象を受ける可愛い王女様が中央で、
舞台を盛り上げた魔法使いや王様がその横で礼をしたまま幕が下りた。
 幕の内側に観客の拍手喝采が届く。それを受けクラス全員が、抱擁し合っていたり、肩を組
み合っていたりして喜んでいる。輪の中心で、顔を上に向け、喜びを噛みしめる少年がいた。

 創立30周年を迎えようとしている青葉台中学校では、創立記念日に執り行われる式典の準備
が進められており、そこで披露する劇の準備も急ぎ進められていた。
 放課後の人が少なくなった校舎の教室の一つで、劇の練習が行われている。しかし、練習は
主役とヒロインの喧嘩によって中断していた。
「今の台詞もっと気持ちを込めろよ」弘が言い放つ。
「あんたの演技が下手だから気持ちこめられないのよ。この大根役者」由香が負けじと言い返
す。二人は所謂犬猿の仲で、毎日のように喧嘩しているほど仲が悪かった。
「最初から皆上手ではないんだし仕方ないだろ。人を責める前に練習しようぜ」二人が飛びか
かりそうになったところで、監督の生徒が二人の間に入りようやく練習が再開する。
 眠る王女に王子が口づけをし、目を覚ましたところで告白するという、眠れる森の美女で、
一番大事な場面の王女の目覚めのシーンを練習していた。
 机をベッドに見立てて由香が横になっている。弘が近づき口づけの振りをする。由香が起き
上がり、弘が告白をする。そのまま由香の手を引き下手に走り去る。
 二人とも台詞と動きは覚えているようなのだが、口づけの場面の由香は身体を震わせている
し、顔も強張っていてとても寝ているようには見えない。弘の告白はただ台詞を口から発して
るだけで告白には全く見えない。それに加えて二人とも顔は良いだけに、演技の下手さが際立
っているように見える。主役の二人が全く演技が出来てない状況だったが、今日はテスト前と
いうこともありそのまま解散になった。


85 :No.22 舞台裏の恋 2/5 ◇q8t.mWwDyY:10/01/25 01:39:34 ID:2Px+ZXA/
 演技の練習をしていた隣の教室では、小道具、大道具等の所謂裏方が準備を進めている。本
来解散後に人はいないはずだが、一人で準備をしている少年がいる。
 今は小道具の一つである魔法使いの杖をどうするかを悩んでいた。小道具は市販のものを使
う予定だったが、出来れば自分で作りたいと思案していた。特に由香が使うものは自分で作り、
由香に自分のことを認めてくれればいいと思っている。
 今回の係決めでも少年は、やりたい係に就くことができなかった。本当は音響をやりたかっ
たのだが、女の子たちにそういう役はほとんど取られてしまい、残り物である小道具、大道具
の係にそのままなし崩し的になってしまった。
 ただ、席が隣の由香がそんな少年に対して、本当にやりたい係はないのか、皆が勝手に決め
てしまってるけどやりたい係があるなら遠慮せずに言うと良いと気を使ってくれた。由香はク
ラス全員、いや、どんな人にも分け隔てなく接している。そして少年がいつもあまりものにな
ってしまう、修学旅行や社会科見学の際の班決めでもいつも力を貸してくれていた。
 少年はそんな由香に憧れと恋心を抱いていた。
 少年が思い悩んでいると、弘の声が聞こえた。少年は不思議に思い耳を澄ましてみる。弘の
声だけじゃなく由香の声も聞こえることに気がついた。
 こっそり隣の教室をドアから覗いてみると、弘と由香が二人で練習していた。由香が解散と
言われた後に、他の生徒と比べての自分の演技のひどさでは今日の練習だけじゃ足りないと思
い、教室に一人残り練習をしていたところに、同じことを考えていた弘が引き返してきたこと
により、二人で練習することになった。最初はお互い喧嘩腰だったが、徐々に二人とも演技に
対して真剣に打ち込み始め、お互いに足りないところを指摘し合ったりするなどしていた。
 それを見た少年は自分も負けていられないとばかりに、杖だけではなく他の小道具をどうする
かを考え始めた。



86 :No.22 舞台裏の恋 3/5 ◇q8t.mWwDyY:10/01/25 01:40:18 ID:yoNcxl/y
 毎日のように居残り練習をしていた弘と由香は、誰よりもうまくそれぞれの役を演じること
が出来るようになっていたが、二人の居残り練習は続けていた。
「もっと体を大きく使った方がいいと思う」茨の城に向かう場面を演じ終え、由香が指摘する。
「今は手だけ使ってるように見えるな、実際に茨はないけど、ないからこそもっと体全体で茨
を払ったり避けたりしてみたらどうかな」弘は頷きもう一度演技をする。由香の目が細くなり、
由香は右手の人差し指を顎に当てて何か考えていたが、不意に弘に近寄りその腕を掴んだ。
「あのね、今のところは腕だけじゃなくて、こうやって、足も一緒に出してみて」そう言いな
がら、茨を掻き分ける演技をする。ただ、弘は腕を掴まれてから顔を赤くしており、演技をま
ともに見れておらず、由香が怪訝な顔をする。
「ちょっと、どうしたの。って、顔赤いけど」弘は慌てて顔を隠し、なんでもないと弘らしく
ない反応を返した。由香は不審に思ったのか、弘の両手を取り顔を下から覗きこむ。その仕草
で弘はますます顔を赤くした。
「だ、大丈夫? 熱あるんじゃない?」由香の手が弘の額に伸び、弘は目を強く瞑る。
「んー、ちょっとぽやぽやしてるかな、無理してもしょうがないし今日はもう帰ろっか」由香
が弘に鞄を渡し、そのまま手を引く。弘は由香と分かれるまで俯いたままなすがままにされて
いた。


87 :No.22 舞台裏の恋 4/5 ◇q8t.mWwDyY:10/01/25 01:41:55 ID:yoNcxl/y
 毎日のように居残りしていた少年は、同じように毎日居残りしている隣の教室の二人が段々
仲良くなっていて、いつ付き合ってもおかしくない状況になってることに気が付いていた。少
年に出来るのは、隣の教室で行われる練習を聞きながら小道具をよりよくすることだけだった。
 その日の予定の小道具の作成が思ったよりも早く終わったため、どうしようかと悩んでいた
ところで、弘の告白が聞こえた。それに誘われるように少年は隣の教室を覗きに向かった。
 弘は王子に成りきっており、由香も王女に成りきっていた。弘の告白は王女に一目ぼれし、
どうしても会いたかったと、身振り手振りで自分の気持ちを表現し、その熱い気持ちがとても
伝わってきた。由香は眼を潤ませ、腕を胸の前で組み、体を震わせ本気で王子に恋しているの
が伝わってきた。目の前のドアひとつ隔てたところに、今まさに眠れる森の美女の世界があっ
た。
 そして、少年は二人の演技を見て確信してしまった。お互いのことが本当に好きでもなけれ
ばあそこまでの演技は出来ないだろうと。
 ただ、二人が作る世界の虜になってしまった少年の考えることは失恋のことではなく、どう
すればこの世界をよりよく見せることが出来るかだった。今の衣装、小道具、大道具では世界
を霞ませてしまう。ならどうすればいいか。答えは簡単だった。

 裏方をしているクラスメイト全員に協力を呼びかけた。初めて話す人も居て不審な顔をされ
たり、残り一カ月を切っているのに、衣装や小道具、大道具の作り直しをするというのだから
反感も出た。しかし、少年がどれほどこの劇を成功させたいかを伝え、それを行動に移してい
たら徐々にだが皆協力してくれた。それからは時間との戦いだった。
 大道具や小道具はよりリアルに見えるように手直しをし、衣装は近くの昔からある呉服店に
頼み込み教えて貰いつつ作れることになった。段々二人の世界が彩に満ちて行った。
 登場シーンの少ない魔法使い役の人も含め30人近くで行う作業は、一人でやるより楽しく、
早く、そして完成度の高いものを作ることが出来た。

 本番まで衣装の手直しや小道具の手直しをすることになったが、全てがぎりぎり間に合い、
彩りに満ちた二人が作る眠れる森の美女の世界が会場全体に広がった。


88 :No.22 舞台裏の恋 5/5 ◇q8t.mWwDyY:10/01/25 01:42:36 ID:2Px+ZXA/
 それ以来、一人ぼっちだった少年を中心に輪が出来ていた。

 弘と由香は付き合い始めたらしい。
 少年は告白したものの振られたとのこと。



BACK−俺以外をわらって◆BFS4hea.ps  |  INDEXへ  |  NEXT−すぐそこにある気づかない世界◆FcModpyaRc