【 絡新婦の理 】
◆Lq1ieHiNSw




26 :No.09 絡新婦の理 1/4 ◇Lq1ieHiNSw:10/02/07 18:38:11 ID:5yEljFWk
 黒と黄で形成されたボーダー柄の細い脚。
 少し白みがかった黒と、同じく黄色に彩られた体。そして腹部には鮮紅色が差している。
 子供だった僕は、ジョロウグモが大好きだった。
 母は気持ち悪いと言ったけれど、そのケバケバしい模様がとても好きだった。
 友達は毒を持っていそうだと評したけれど、その毒で殺されるのなら本望だった。
 毎年、家の庭ではたくさんのジョロウグモが巣を張っていた。それは幼い頃の僕にとって好奇心の対象であっ
た。巣には雄と雌が同居しているが、僕が興味を持つのは雌のジョロウグモのみ。小さな体の雄には目もくれな
かった。雌でも、特に産卵前の腹部が膨れた個体が好きだった。大きなお腹に紅い花が咲いているような、そん
な美しさを感じていた。
 クモの巣に、意図的にバッタを絡ませて遊ぶのが好きだった。身動きがとれなくなったバッタはもがいて脱出
を試みる。しかし次第に体は動かなくなり、やがてはクモの餌食となる。餌に飛びつき貪るように食すその姿、
小刻みに蠢く細い脚、それらはどこか卑猥だった。だから幼い僕は、隠れてこっそり眺めていた。
 ジョロウグモが食事を終え動かなくなると、今度は僕が彼女を蹂躙した。巣を引き裂くと、クモは地に落ち逃
げ惑う。腹部を掴み、ひょいと持ち上げる。綺麗な脚を、淫靡に動かし抵抗をする。
 僕は恍惚とした。
 ある時は脚を引き千切った。一本だけのこともあれば、八本全ての脚を千切ることもあった。
 またある時は摘んだ指先に力を込め、膨れたお腹を破裂させた。体液が勢いよく飛び散るのが面白かった。
 そして時には食した。脚が口内に刺さることがあったが、味は悪くなかった。
 それは子供の無邪気な残酷な行動だったのだろうか。おそらく、違うと思う。
 ジョロウグモ。漢字にすれば、女郎蜘蛛。
 大人になった今も変わらない、僕は女郎遊びが大好きだ。
 ケバケバしい派手なメイクが施された女郎が好きなのだ。ソープ嬢は派手なメイクをしていないことがある。
だから僕がお世話になるのは専らヘルスやピンサロだ。今では女郎なんて呼び名はしなくなったが、心の中で僕
は風俗嬢を今でも女郎と呼んでいる。
 ある日、一人の女郎を口説いてみた。僕の腹上で腰を振り、性器で性器を擦りつけているときに連絡先を聞い
たのだ。今では彼女と恋仲になっている。
 その女郎は名を華凛という。所謂源氏名というやつだろう。本名は、苗字すらも知らされていない。知る機会
は幾度もあったが、別に知らなくていいと思っている。そして、最近は彼女と遊んでばかりで風俗通いをするこ
とがなくなった。

27 :No.09 絡新婦の理 2/4 ◇Lq1ieHiNSw:10/02/07 18:38:36 ID:5yEljFWk
 女郎という職業故に、彼女は僕よりも稼ぎがいい。一人暮らしの若い娘にしては広いマンションの一室を借り
ている。表札も出していないその部屋に僕はすっかり住み着いている。その部屋で、僕らは歪な時間を過ごして
いる。
「痛い……やめて……」
「大丈夫さ、死にはしない」
 手足を拘束された華凛の膨らんだ乳房に、僕はライターで炙った安全ピンの尖端を押し当てている。弾力を持
つ皮膚は押し込まれ、今にも針が皮膚を貫かんとばかりに張り詰めている。あと数ミリ押し込めば、きっと血液
が可愛らしく顔を覗かせる。そこで僕はピンを指から放した。
「もうやめて、痛いよ……」
 派手な顔が愉快そうに引き攣っている。
「ごめんね。じゃあこれも外すから」
 そう言って、華凛の自由を奪っていた枷を外した。金属が擦れあう音、革が軋む音が心地よい。赤黒い痣が手
首足首に咲いている。そして僕は華凛を抱きしめた。
「怖かった?」と尋ねると、
「うん……」と長い紛い物の睫毛を震わせ涙声で答える。
 その声は、僕の耳にはなぜかとても愉しそうなものに聞こえた。
 その後は優しい言葉と激しい動きで、彼女の全てを慰めてあげた。僕の首や腰に絡み付いてくる、華奢な手足
の艶かしい動作が愛おしい。
 行為中もメイクを落とすなと指示しているが、結局終わってみれば涎や汗で作り物の顔はドロドロと溶けだし
ている。そんな汚い顔を眺めるのも僕は好きだった。ことの後での優しい愛撫も欠かさない。そして僕らは眠っ
た。
 最初はそうでもなかったのだが、気づけばこの女を見ていると僕の嗜虐心に火がつくようになっていた。SM
クラブは数えるほどしか通ったことはなかったけど、彼女と暮らすようになって僕はサディストと化した。
 一頻り眠った後、やがて彼女は別の男を癒すために家を出た。彼女の稼ぎと僅かなアルバイトで生計を立てて
いる僕は、その日はすることがなかったので、なんとなしに歓楽街へ繰り出した。
 夜の日の下を一人で揺ら揺ら歩いていると、黒く細いスーツに派手な頭をした若い男が話しかけてきた。
「兄さん、抜き?」
 今日はヘルスに行く気にもならない。
「いや、抜きはいいや。セクキャバある?」と返事をした。

28 :No.09 絡新婦の理 3/4 ◇Lq1ieHiNSw:10/02/07 18:39:00 ID:5yEljFWk
 そして男は携帯電話を取り出し誰かに何か連絡をし、
「お待たせ兄さん、ご案内しますよ」と言って僕を連れて歩き出した。
 楽しそうな若者の群れや、タイを緩めた大人たちが顔を赤らめ街を闊歩している。やがて男は細長い雑居ビル
の四階まで僕を導き、そして今度は小汚い髭の中年の男が僕の相手をした。若い男は再び街へと戻っていった。
「指名はする? 二千円やけど」
 その問いに渋い顔をして考え込む。すると中年の男はズボンの右ポケットから折りたたまれた千円札を取り出
し、僕の右手に握らせた。
「わかった。これ特別やから、指名したほうが絶対ええから」
 このお決まりのやり取りに満足した僕は、パネルに写っている派手な巻き髪の女を指差した。
 そして薄暗い店内で、指名した女とは顔の違う女の乳房を揉みながら、やけに水の分量が多い焼酎の水割りを
ちびちびと飲んだ。
「お兄さんの指、いやらしい。ね、どんな仕事してるの?」
「ああ、ヒモだよ」
 あまり会話をする気にもなれなかった。短く答えたあとグラスを台に置き、両手で激しく乳首を捏ね繰り回し、
喋れないように口を口で塞いだ。そしてじっとり湿った時が流れるのを待った。大して楽しくもなかった。
 その後は吸い寄せられるように家に帰り、なんだか疲れていたので華凛が帰ってくるのも待たずに眠りについ
た。
 朝目覚めると華凛が隣で眠っていた。化粧を落とした顔はのっぺりとしてメリハリがない。そして午後には目
覚めたので、化粧をさせた後に二人で昼食を食べた。すると唐突に、表情を変えず彼女が言い出した。
「他に、好きな人ができた」
「へえ。俺よりも?」
「……うん」
 僕は立ち上がった。すると彼女の顔には恐怖が張り付いた。僕を見上げる黒く縁取られた大きな眼があまりに
可愛くて、僕の中で嗜虐心が大きく脈を打った。
 ひとまず華凛の腹を蹴飛ばした。そして蹲り咳き込む彼女を縄で縛り、両手両足を背中に持ってきて枷で一纏
めにし、縄とフックを用いて天上に吊るした。口にはボールギャグも装着させた。赤い紅が手についてしまった。
反り返った背中と手足、体中に張り巡らされた縄がなんだか蜘蛛を連想させた。
「綺麗だよ、華凛」
 彼女は顔を歪ませてただ唸っている。

29 :No.09 絡新婦の理 4/4 ◇Lq1ieHiNSw:10/02/07 18:39:28 ID:5yEljFWk
 その声とギシギシと軋む革が耳に心地よく、したたる涎が糸を引いてとても綺麗で、僕は何もせず、ただ寝転
がって彼女を眺めていた。体には幾つもの痣が模様を織り成していた。腹部には刺青がある。僕が指示して彫ら
せた、炎を象った紅い刺青が。紛れもない、この女は女郎蜘蛛だ。
 その姿に満足した僕は、そしてまた軽く眠りについた。
 目が覚めたころには部屋の中は薄暗くなっていた。電気をつけて見ると、吊るされたままの華凛も眠っていた。
いい加減天井から下ろしてやり、手足の枷も解いてやった。すると華凛は目を覚ました。
「おはよう。反省した?」僕が笑顔で問いかけると、
「……うん、ごめんなさい」華凛も笑顔で受け答えた。
 反省も何もない。きっと好きな人ができたなんてのは嘘だ。
 だけどそれを確認する勇気はない。言えばこの関係が崩れてしまうに違いないから。
 サドとマゾ。優位に立つのはサドなのか? それは、違っていた。
 僕は気づいたのだ。
 あの日のように、今日も僕は蜘蛛をいたぶっている。だけど、本当は。
 大人になった僕は、女郎蜘蛛の巣に捕らわれている。
 母は定職に就いてくれと言うけれど、この気怠い毎日が楽しかった。
 友達は悪趣味だと蔑むけれど、周りに理解を求める気なんてなかった。
 何気なしに口説いた女郎から僕は逃げ出せない。この饐えた巣に絡め取られて動けない。
 幼い日の僕は人間だった。ジョロウグモの命を摘み取る絶対的な強者の立場にいた。
 今の僕はバッタだ。いくらもがいても身動きはとれず、ここから逃げ出すことはできない。そしていずれは女
郎蜘蛛に貪りつくされてしまうのだろう。そうなればいいなと僕は思う。
 いつの日か、いつもとは反対に、彼女に手足を縛られ自由を奪われたい。そして艶かしい腕で、淫らに首を絞
められたい。装飾が施された爪を皮膚に食い込ませて欲しい。可愛く小さな白い歯で肉を引き千切って欲しい。
 女郎蜘蛛。四百年の時を生き、虫から妖怪に成れば絡新婦。
 絡新婦は男を喰らう妖怪だ。美しい顔をして、男を誘い喰ってしまう。
 実際に、華凛は絡新婦なのかもしれない。ケバケバしいその顔はとても綺麗で可愛らしい。
 僕はそれを望んでいる。僕はバッタのように食べられてしまいたいのだ。
 その本性を表すのは、だけどまだ先のことだろう。
 だからまた明くる日も、僕は彼女を吊るして遊ぶのだった。

 <了>



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