【 傷跡に言葉を添えて 】
◆h97CRfGlsw




70 :No.19 傷跡に言葉を添えて 1/5  ◇h97CRfGlsw:10/02/15 00:27:15 ID:MGygVVmc
『でも、仕方のないことだよね。だって……あなたと私は、違うんだから』
 姿鏡には、姉の姿が映り込んでいた。赤いミニスカートに、縞柄のオーバーニーソックス。体の線の出るタートルネックの
白いセーターを着込み、煌びやかなイヤリングをつけて、久方ぶりに笑顔を浮かべて見れば……それで私は、姉と同じ姿になった。
 双子なのだから、似ていて当然ではある。それから私は、長くなりすぎていた前髪を切って整え、姉の使っていた口紅で薄く
唇を塗った。しかし、どれだけ着飾っても――右の頬にある大きな切り傷が、雰囲気を無残な程に崩してしまっていた。
 頬を横一文字に裂く亀裂にそっと手を伸ばす。すると、未だに鮮血を滲ませるそれは、ずきんと鋭い痛みを私にもたらした。
「あなたと私は……違う」
 それは、姉の最期の言葉だった。私だけが耳にした、私に向けられた言葉。そんなことは知っていた。痛いほどに分かっていた。
私がどれほど惨めな人生を送ってきたかも知らず、あの女はそう口にして、死んだ。殺された。……私が殺した。
 右の頬の傷は、呪いだった。姉が死の神に魅入られたその刹那、彼女の手が私の頬に触れた。ごく小さな傷でしかなかったそれは、
どれだけ時が経っても癒えることはなく、日を追うごとに裂け続け、真紅の一線は今では五センチほどにまで大きくなっていた。
「……ごめん、待たせた」
 傷口を大きな絆創膏で覆い隠してから、家を出た。玄関の前では、既に厚志が私を待っていた。彼は、私たち姉妹の幼馴染だ。
「いや、八重よりはずっと早い。気にするな」
 ぎし、と軋むように、傷が疼く。痛みに顔をしかめそうになるのをこらえ、私は無理に微笑み返した。厚志は私の顔をじっと見つめ、
それから私の頬に手を伸ばした。心配そうな顔。――姉は彼を、この表情を、いつも、ずっと、独り占めしていたのだ。
「大丈夫なのか、その傷。前に見たときより、絆創膏が大きくなってる気がするぞ」
「……平気。それより、行こう。着替えに時間がかかったから、少し遅れてる」
「そうだな。辛いようだったら、言えよ?」
 こくりと頷いて返すと、厚志は気分を切り替えるように、再び表情を崩したを浮かべた。その端正な顔に微笑みかけられるのも、
随分と久しぶりな気がした。彼と、姉と私は、幼馴染だった。けれど私だけが、いつからか二人と離れて生きていた。
 それもこれも全て、なにもかも姉のせいだ。あの人がいたから、私は。あの人さえいなければ、私は。だがもう、その姉はいない。
暗澹とした気分になりかけて、私は首を横に振った。今日はデートなのだ。……デートなど、考えてみればはじめてのことだった。
「どうした?」
「あ、い、いや、なんでもない」
「そうか?」
 怪訝そうな顔を向けられて、私は慌てて笑顔を浮かべた。すると彼は、自分の後ろにくっついて歩いていた私の真横まで来ると、
握りしめていたカバンを奪い、私の空いた手を取って握りしめた。少し硬い彼の手の平の感触に、上気しそうな顔を俯ける。
「お前と手を繋ぐのは、結構久しぶりかもな」
 そうして私たちは、寄り添いあったまま駅へと向かった。――傷が疼く。痛みが引かない。これはきっと、姉の呪いなのだ……。

71 :No.19 傷跡に言葉を添えて 2/5  ◇h97CRfGlsw:10/02/15 00:28:01 ID:MGygVVmc
 私たち姉妹は、一卵性の双子であった。同じ顔、同じ体。幼い頃は区別がつかない程に、似通っていたはずの私たち。
それなのに、いつからか現れたその「違い」は、大きなあぎとで私に噛みつき、佐藤八重という理想の存在から遠ざけた。
「あの水族館には、何度か八重と行ったことがあるんだ。大学の帰りにな、少し寄ってみたんだ」
 ――はじめてその「違い」を感じたのは、幼い頃に二人で話をしている時のことだった。鈴の音のように甘く透き通った、姉の声。
何故自分のの声だけが、こんなガラスを引っ掻いたような耳障りな音なのだろう。その時私は、そう感じたのだ。
 ショックだった。何もかも私たちは同じと思い、そう信じていたのに。どうして差がある? 何故、私は姉と違う、醜い声をしているの?
不安と失望から、私は親に尋ねた。二人は、「あなたの声はお姉ちゃんと同じで可愛らしいよ」と笑った。嘘だと思った。誤魔化しているんだ。
 それ以来私は、必要以上に口を開かなくなった。自分の無様な声など聴きたくなかったし、なにより姉と比較されるのが怖かったからだ。
「……あいつが死んで、もう半年になるのか」
 実際、姉妹はその声までも、瓜二つだったのかもしれない。内からと聞こえる声と、外から聞こえる声。二つは、違った響きを持っている。
しかし私は、それに気づいても口を開かなかった。閉ざされた私の声は、月日を経るうち、姉に劣った耳障りな低い声になってしまったから。
 きっかけは些細な出来事だった。しかし、そうして時々よぎる劣等感に、私はの性格は徐々に捻じ曲げられていった。暗澹、深い闇。
「いつまでも、立ち止まってるわけにはいかないよな、俺たちも……」
 明るい性格だった姉は、誰からも必要とされた。目鼻立ちの整った顔、黒く艶やかな長い髪。弾けるように笑顔を浮かべる彼女は、
美しい少女だった。その顔は前を見据え、活力に満ちていた。姉は、その希望に溢れた一点の曇りもない笑顔を、いつも私に向けるのだ。
 ――やや顎を持ち上げた、あの見下したような視線。大嫌いだった。その目で見つめられるたび、私は惨めな自分を思い知る。
「そろそろ乗り換えだ。行くぞ」
 言われるままに席を立ち、厚志に連れられて歩く。笑顔を。話しかけられるたび、手が触れるたび、いつでもどこでも、笑顔を。
姉はいつもそうしていた。そうあることが自然だったのだ。頬を緩めることに苦痛はない。作った表情に、不安になることもない。
 対して私は、いつも暗い顔をしていた。俯いて目を伏せ、前髪で顔を隠し、陰った表情を能面のように顔に張り付けていた。
姉のいる世界に、私の居場所はなかったからだ。私は姉の影。光を一身に浴び続ける彼女と背を合わせるように、私は生きてきた。
「後は、水族館まで一本だ。……お前は水族館、好きだったか?」
「うん、好きだ。今日はありがとう」
「いや。……そうか、やっぱり姉妹、そういうところも同じなんだろうな」
 水族館などに興味はなかった。率先して行きたいなどとは決して思わないし、その点では私と姉は同じだった。そこへ行くのは、
彼に誘われたからだ。デート――本来なら姉と、厚志の。八重が死んでしまったから、私が代わりに連れられてきた。
「どこか他に行きたいところがあったら、言ってくれよ」
 なにげなく差し出された次の誘いに、私は微笑み返した。その時、不意に右の頬に痛みが走った。びくりと体を揺らすと、
厚志は怪訝そうに眉を上げた。なんでもない、と誤魔化して笑うと、彼はそうかと言って、吊り広告の方に視線を戻した。
 熱を孕んだ傷口をそっと手で抑え、私は目を閉じ、顔を俯けた。――私はただ、姉のように、幸せに生きたかっただけなのだ。

72 :No.19 傷跡に言葉を添えて 3/5  ◇h97CRfGlsw:10/02/15 00:28:39 ID:MGygVVmc
 厚志に手を握られて、薄暗い水族館の中を眺めていた。まるで海の中にある道を歩くような趣に、少しだけ心躍った。
「魚にそんなに詳しいわけじゃないが、こうやって水を眺めてると、落ち着くよな」
「そうだね。……なんだか癒されるね」
「そうだろ。次は向こうを見にいこう。確かあそこには、エイが泳いでたはずだ。奥にはペンギンもいる。イルカもな」
 他愛のない会話をしながら、厚志は私の手を引っ張ってどんどんと進んでいく。意外にも子供らしいと、私は苦笑した。
こうしてまた、どこかへ出かけられたらいい。私と厚志だって、幼馴染なのに。彼の知らない部分が見つかるたび、胸がちくりと痛む。
 家が近かったから、厚志とはよく顔を合わせた。小学校に入学する頃になると、姉が厚志をよく家に引っ張ってきていた。
中学になると、二人は同じ部活に勤しみ、私の入れない会話をしていた。高校に上がると、一月も言葉を交わさないことすらあった。
 私はずっと、二人を遠くから見ていた。自分と似た顔の人間が、けれど自分ではない姉が、幸せそうにしているのを眺めていた。
暗澹とした日々だった。生きることに精一杯。姉と自分を比較する視線に怯え、必死に身を隠し、孤独を抱いて生きてきた。
 私は、決して一番になることはない。全てにおいて先んじる姉の存在が、私を、コミュニティからはじき出す。何処に行っても、
姉がいる。何をしても、私の妹だと紹介される。私は何時でも腰ぎんちゃく。八重の妹。あの子。暗い。似てない。顔は同じなのに――
「おい、大丈夫か?」
「え? ……あ、ごめん、ちょっと考え事してた」
「そうじゃない。お前それ、もしかして血じゃないのか?」
 言われて、咄嗟に右の頬に手をやる。ぐじゅ、という嫌な音が耳に響き、次いで鈍痛が走った。失血からか、ふらりと足元が揺らぎ、
倒れそうになるのを厚志が支えてくれた。しかし、腰にまわされた腕の感触に浸る気力は、今の私には無かった。
「少し、待ってて……」
 彼の胸を押して離れ、顔を抑えるようにしてトイレへと向かう。中は、薄暗い館内の雰囲気に合わせた橙の照明がたかれていた。
人気はなかった。鏡に自分の顔を映すと、絆創膏は赤く濡れ染まっていた。剥がすと、白い洗面台に溢れた血が滴った。
 ハンカチを水で浸して、そっと傷口にあてる。もはや麻痺しているのか痛みはなかった。それでも、慎重な手つきで血を拭う。
見れば、横一文字の傷口は、ぷっくりと周囲の肌を腫れあがらせていた。その光景を、私は呆然と見つめ、そして息を飲んだ。
 まるで口だ、と思った。指の腹でそっと、膨れ上がった頬をなぞってみる。柔らかい感触、血で潤ったそこは、きっと姉の唇だった。
慄然とした。飲み下した唾が、喉で音を立てる。初めは傷ですらなかった熱の固まりが、今こうして、はっきりとその目的を露わした。
 罪の告発を。頭をよぎった予感が、姉の末期を思い出させた。人気のない夜の街、雨の中。傘を忘れた姉を、駅に迎えに行かされた。
今日は、厚志くんと出掛けてたの。姉の声。それでね、言われたのよ。……付き合って欲しい、って。私のことが、好きなんだって――
「傷は大丈夫だったのか? 具合が悪いなら、救護室に行くか?」
「……いや、平気。気になって触った時に、引っ掻いてしまったんだと思う」
 ガーゼを敷いて、代えの絆創膏に張り替えた。心配そうな厚志に適当に言い訳し、そっと手を差し出す。彼が取る。薄汚れた私の手を。
 無理に笑う。頬が引き攣るたび、傷が痛む。頬の「口」は、私の罪を告発すべく、姉が遺したのだ。――真実が語られることが、私は恐ろしかった。

73 :No.19 傷跡に言葉を添えて 4/5  ◇h97CRfGlsw:10/02/15 00:29:30 ID:MGygVVmc
「ここはシチューが美味いんだ。近くに寿司屋もあるが、水族館の後に行くのはな」
 いつの間にか私は、水族館の傍にあるレストランに腰を落ち着けて、夕食を摂っていた。ぼんやりと首を横に向ければ、
大きなガラス窓から海が一望できる。夕焼けの朱色を反射してきらめく波が、淀んだ瞳に眩しかった。
「楽しくない、か?」
「え。……どうして?」
「なんだかお前、上の空だ」
 申し訳なさそうな顔で、厚志がそう言った。私はゆっくりと首を振って、そんなことはない、と返した。事実、楽しい……はずなのだ。
厚志と、ましてや男の子と手を触れ合わせることなんて、人生で数える程もなかった。デートという経験も、新鮮で、単純に嬉しかった。
 でもどうしてか、心からの感動は、ない。元々感情の薄い私ではあったが、あれほど恋い焦がれた彼との触れ合いの喜びも、
今はその恋心の有無すらあやしい程に、霞んでしまっている。――頬にある傷が何時、口を開くのか。私はまた、姉の声に怯えていた。
 冷静に考えれば、傷が意思を持って言葉を発するなど、あり得ないことだ。そんな妄想をする私は、気でも狂っているのかもしれない。
でも、どうしてもそうなる気がしてならない。――死を前に、私に向けられた姉の顔が、あの手の感触が、脳裏に焼き付いて離れないのだ。
「……仕方ないか。八重が死んで一番悲しいのは、妹のお前のはずだもんな」
 痛い。傷が痛い。どろりと血が流れた感触がして、私は眉根を寄せた。気遣うような厚志の視線が顔に触れるたび、疼くような熱が蠢く。
 ――姉が死んだことで、私の人生は変わった。私に覆いかぶさるように存在していた彼女がいなくなったことで、私にも日が差す様になった。
家では、両親がいつもより私に話しかけるようになった。家族が一人減ってしまったというのに、かえって私の口数は多くなった。
 大学の食堂で一人、いつものように昼食をとっていると、鬼気迫る表情の女性に肩口を掴まれたこともあった。その人は姉の友人で、
私を見て、八重かと思ったよ、と苦笑を漏らした。話すうち、仲良くなった。似たようなことが時々起きて、結局姉のいたサークルにも入った。
 厚志も、優しくなった。私を見れば声をかけてくれるようになり、一緒に帰ったり、夕食をファミレスで食べたり。ゲームセンターにも行った。
私の部屋にも上がってもらった。頭を撫でられたこともある。ずっと羨ましく思っていた姉の生活が、私のものになった。嬉しかった。
 そして思う。これが、私の人生のはずだった! 初めから、劣等感にさいなまれることもなく、他人の視線に怯えることもなく、ただ笑い、
幸福に、なんの陰りもない人生を送ることができたはずなのだ! 姉さえ、初めからいなければ。だから私は……私は!
「帰ろうか」
 シチューは、ほとんど口に入らなかった。胸がざわついて、食べ物が入っていく余地はなかった。言いようのない、なにか複雑な感情が、
私の心を埋め尽くしていた。痛い。血が止まらない。浅い呼吸を繰り返す。厚志が手を引いてくれる。嬉しい。寒い。痛い。
『でも、仕方のないことだよね。だって……あなたと私は、違うんだから』
 違う。そんなことは分かっている。わかっていた。言われなくても知っていた。だから、改めて姉の口から言われた瞬間、頭が白んだ。
侮られた。嘲られた! そう思った。だから私は、姉を車道に突き飛ばした。死んでしまえばいいと思ったからだ。そして姉は、呆気なく死んだ。
「大丈夫か?」
 問われる。頷く。駅に入る。電車に乗る。座席に腰かけている間、ずっと厚志の肩に体を寄せていたが、なんの感情も、湧き上がってはこなかった。

74 :No.19 傷跡に言葉を添えて 5/5  ◇h97CRfGlsw:10/02/15 00:30:19 ID:MGygVVmc
「歩けるか?」
 駅を出ても、私は厚志と手を繋いだままだった。私の手には、なんの力もない。彼が握りしめて、離さないだけだ。
人気のない歩道を、二人で歩く。もう、笑顔を浮かべる気力もなかった。頬を暖かいものが流れていたが、拭わなかった。
「……あのさ。俺、お前に言いたいことがあるんだ。よかったら……聞いて欲しい」
 不意に厚志は立ち止ると、私の肩を掴み、正面を向かせた。背後の街路灯が逆光になって、厚志の顔は暗く、表情は見えなかった。
だが、何が言いたいのかはわかっていた。言われなくても、知っていた。もう、聞いていたのだから。姉から、あの日に。
「お前のことが好きなんだ。……俺と、付き合ってくれないか」
 真剣な声色だった。厚志は私のことを、白痴だとでも思っているのだろう。私が彼の告白のことを知っていると、彼は知らない。
 ――わかっていた。私のことなど、誰も求めてなどいないということを。だって、誰も私を、名前で呼ばない。八重、八重、と姉を呼び、
私はただ、亡き姉の後釜。姉の代わり。今もそう。好きだった女に似通った代わりの女に、この男は愛を囁いた。
 それでもいいと思っていた。あの幸福な人生を、暖かい人の心を、輝く光を私だって浴びたい。そう思っていた。だから、姉を殺した。
そして入れ替わった! 姉の人生は私のものとなり、今や好きだった男さえ手に入った。――それで、「私」という存在は何処へ行く?
「私、は……」
 あなたと私は違うという、その言葉はきっと、励ましの言葉だった。姉だって、座して幸福を手に入れたわけではない。努力して、
自分を高め、好きな人と言葉を交わし、友人を作り、コミュニティを築いた。私には出来なかった。私は……ただ、臆病だったのだ。
 なにもしなかったから、姉と差がついた。その差異を身勝手にも妬み、憎んで、全ての不幸を一身に背負っているとでも言いたげに振る舞った。
あなたと私は違う。違う人間なのだ。違う場所でも生きられた。違う世界に羽ばたいても行けた。
 姉の最期の表情が、思い浮かぶ。――刹那の驚愕、そして、笑顔。仕方のない妹の傲慢を受け入れた姉は、やがて来る死を前にして、
そっと手を差し伸ばした。その暖かい指先はそっと頬を掠め、跡を遺した。愚かな妹の為に。道を指し示す為に。
「――私は、七重よ! 八重じゃない!」
 傷に蓋をしていたものが弾け、頬の口は、何処まででも響いていきそうな声を発した。その声は、私のものとも、姉のものともつかない音色で、
力強く名乗り上げた。肩を震わせる。歯を食いしばる。私は……きっと世界で唯一、私を私として見てくれていた人を、この手で消し去った。
 厚志の驚いた顔がぼやけて見える。泣く資格などなかったが、私は涙を流していた。――たとえ仮初の幸せを手に入れたとしても、
決して埋まることのない心の隙間。七重としての幸せ。触れれば鮮血を滲ませるその傷跡を口に代えて、姉は、臆病な私の代わりに叫んでくれた。
「……ごめんなさい、お姉ちゃん。ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 その場に膝から崩れ落ちた私は、地面に手をついて、嗚咽を吐きだすままに涙をこぼした。許されない罪、姉が自分を想っていてくれた真実。
取り返しのつかない過失、どうしようもない欠損。半身は失われ、傷口が吐きだす真紅は涙と混ざり、止まることなく流れ続けた。
「八重を殺したのは、私なの……」
 呆然と立ち尽くす厚志に、私は言った。姉を殺した罪の重さに、私はとても耐えられそうになかった。涙で滲んだ声は、私のものだった。
 頬の手をやる。傷口はそっと形を変え、やがて失われていった。あなたと私は、違う。微笑みと共に送られた最期の言葉に、私は――    <終>



BACK−埋まらぬ隙間◆VrZsdeGa.U  |  INDEXへ  |  NEXT−A Whole New World◆M0e2269Ahs