【 つまらない日々と当たり前の物語 】
◆lEo79Wqi6w



23 名前:No.06 つまらない日々と当たり前の物語 1/5 ◇lEo79Wqi6w 投稿日:10/03/28 23:49:09 ID:8gJPpyce
 小さいころ、読書感想文を書くのは苦手だった。本は好んで読んできた方だけれど、ただ「正しい感想」
が思いつかなかった。だから提出期限ギリギリになっても書き出せず、そのまま宿題を忘れて叱られてき
た。
 思ったように書きなさい。
 担任の先生は誰もがそう諭す。わかってない。つまらないものをつまらないとは書けないのに、ほかに何
を思えばよかったんだろう。正しい感想を書くためには、正しいことを思わなければいけなかったのだろう
か。
 どんなものでも面白いと思える、正しい感性を持つことが、本音を言えばある程度必要なのだろう。

 土曜の午後三時、大学の授業を終えた僕は下り電車で家に向かっている。混んでいるとは言えないが
座る席は見つけられなかったので、ドアにもたれ掛かって携帯で小説を書き出した。海を歩く主人公。月
は曇りガラスのような暗雲で滲み、九月のまだ生ぬるい空気が彼女の体温のようで少し心地よい。そんな
ことを三月の曇り空の中で書きつらねていたら、メールが来た。
 高校からの友達が、笑えるニコニコ動画を紹介してくれていた。「おkwwあとで見るwww」と返信し、そ
れから途中の小説を開き直す。だが執筆を再開する気にはなれず、気づかぬうちに空いていた座席の一
つに腰掛けた。今書き始めたこれもたぶん、途中で投げたまま消去されるのだろう。
 小説を書きたいと思いながら、最近は一つも完成させられずに半年ほど経ってしまった。ぼんやりと窓の
向こうへ視線を投げる。あの窓を開けて身を投げてみたら楽しいかもしれない。そんな映像を浮かべて、
少しだけ愉快になりながら。


24 名前:No.06 つまらない日々と当たり前の物語 2/5 ◇lEo79Wqi6w 投稿日:10/03/28 23:49:31 ID:8gJPpyce
 メールをくれた彼は、僕が高校のころから小説を書き続けていることを知っている。読んでもくれて、推敲
の手伝いもしてくれた。面白いと言ってくれた。大した文才もないのに小説を書き続ける僕を、彼は応援し
てくれた。それから彼は2ちゃんねらー、というかVIPPERで、僕も彼の読むスレに作品を投稿してみたりし
た。
 二週間ぐらい前、スカイプで高校時代の話になったときに僕は「最近面白いSSスレあった?」と尋ねた。
「最近はねえなー。っつか俺、最近本そのものを読んでねえしw ってか当たり前の話だけどさ、小説って
そもそもつまんないもんなんじゃね? ただ文字が書いてあるだけで、いちいち追ってかなきゃなんないし。
それを実感したかも」
 言葉を返せない。
 彼はすぐフォローするように「いや、お前の書くのは面白かったけど」と付け足す。そういうところは相変
わらず好きだ。ただ、何より悲しかったのは、小説を書き続けている僕自身もそう思ってしまっていたこと
で、そんなことに今さら気づかされたことだ。
 小説なんてつまらない。
 そう言われてしまったら何を言い返せるだろう?


25 名前:No.06 つまらない日々と当たり前の物語 3/5 ◇lEo79Wqi6w 投稿日:10/03/28 23:49:52 ID:8gJPpyce
 電車は次の駅にたどり着く。そこで前の席の男性が席を立ち、代わりにヘッドフォン姿のかわいい女子
高生が座った。彼女は学生鞄から文庫本を取り出し、読み始める。見覚えのある白い装丁だったので目
を凝らして確かめる。乙一の「失われる物語」だった。真剣にページを巡る白い指先を眺めながら、二年前
その本を僕に貸してくれた子のことを思いだす。
 彼女は当時十九歳で、僕の二つ年上だった。僕らはブログで同じバンドが好きということから知り合い、
チャットや電話を重ねるうちに会って、付き合い始めた。彼女は少し天然っぽくて、話が絶妙に通じないと
ころがあって、目にはてなを浮かべながらも困ったように笑ってはすぐ腕をからめるようなどうしようもない
子だった。いとおしくてしょうがなかった。なのに、彼女は生涯リストカットをやめなかった。
 正確な話は聞いていない。
 ただ「二十歳になる前に死ぬ」と言い残し、誕生日の直前に姿を消した。
 友人たちは「お前のせいじゃない」と言ってくれる。それでも僕は「彼女を救えなかった、あるいは死に至
らしめた」という意識が消えず、
あのときできたことなどを小説の形で書くことでしか自分を慰められなかった。事実、今読み返してもあれ
はオナニー以外何ものでもない。飛び降り自殺を試みるヒロインを説得する小説ばかり書いていたから。
作中のヒロインはみな劇的な救済があったけれど、それを必要としていたのは普通の日常を送る自分自
身だったのだろう。
 彼女はブログに「音楽も、小説も何もかもつまらない。人生が全部つまらない」と書き残していた。つまら
ないから死ぬ、そんなことを言っていた。
 僕らは小説の主人公のように、ドラマチックな恋愛をくりかえした。彼女が自殺を試みる度に僕は必死で
彼女の元へとむかい、一夜を明かす。実生活をドラマチックにすることで、現実とか対人関係から逃げて
いたのだろう。
 つまらないから、死ぬ。
 彼女のような人間にとって「つまらない」というのは、それほど切迫した状況だったのだ。ただ、僕らはそ
れを的確に言い表せず、ただ「つまらない」という言葉だけが口から漏れる。それはたぶん、彼の言う「小
説がつまらない」と同じだ。


26 名前:No.06 つまらない日々と当たり前の物語 4/5 ◇lEo79Wqi6w 投稿日:10/03/28 23:50:11 ID:8gJPpyce
「最近、VIPのSSの質とか落ちたよな。台詞系とかってどうせ萌えキャラと漫才して、そのうちトラウマとか
でてきて、結局ハッピーエンドっていうそんな話ばっかだし」
「私みたいにふつうに生きるつらいって人のための音楽とかがあって、それで救われて、代弁してくれたと
か思って……でも現状は変わんなくて。つまんないまんまで。何なんだろうって思わない?」
 僕は、そんな言葉以上の何かを返さなきゃならないはずなのに。
 つまらないことが当たり前すぎて。
 未だに答えが出ない。

 前の席の女子高生が本を閉じ、席を立った。目が少し赤くなっていたのを僕は見逃さなかった。目の前
の少女が少しうらやましく思えた。けれどそのうち彼女も慣れていき、つまらなさに気づくのかもしれない。
 僕はニコニコの感想を書く代わりに「ネタが浮かばない、何書いたらいいかわからない><」とメールを
打った。返事を待ちながら、窓の向こうを眺める。
 電車が僕の降りる駅に差し掛かり、速度を落とした時。
 畑の中心に、白い腕が突き刺さっていた。


27 名前:No.06 つまらない日々と当たり前の物語 5/5 ◇lEo79Wqi6w 投稿日:10/03/28 23:50:43 ID:8gJPpyce
 すぐ駅の構内に入ってしまったのでよくわからなかったが、明らかに腕だけが土から伸びていた。
 あれは、なんだろう?
 猟奇的な理由、物語ばかりが頭をよぎる。
 気になったので駅を出て自転車に乗り、あの畑を探した。下手したら通報しなくてはならないかもしれな
い。白い腕はまるであの女子高生のようだ。もしかして、朝のめざましテレビで話題になっていた行方不明
の女子大生なのか? いや、あれは島根県だからさすがに違うか……。
 不謹慎ながらワクワクして自転車を線路に沿って走らせ、ついに見つけた。
 杭にゴム手袋が引っかかっていただけだった。

 拍子抜けして力なく自転車にもたれ掛かろうとした時、メールが来た。
「思ったことでも書けばいいんじゃね? 小説が書けないなら『書けない』って話でもいいしさ」
 思わず突っ込みを入れる。思ったことを、普通のことを、当たり前のことを書くのが一番難しいんじゃねえ
か。そりゃ人が死んだりドラマチックだったりしたら簡単だよ。でも――

 けれど、向こう側の風に揺れるゴム手袋が見えて、なんとなく笑いがこみ上げてきた。
 ばかばかしくて。さっきまで鬱なことを考えていたのが、冗談みたいに思えて。
 何だよ猟奇殺人って。お前ドラマの見すぎなんじゃねえの? って。
 ただ、その冗談みたいな話に、劇的な救済も何もないのに、なぜか心が晴れてしまった。
 この気持ちを伝えたい。
 プロットも伏線も何もないのに、なぜか気分がよくなってしまった、これこそが正しい感性だ。
 なぜかそんなことを、根拠もなく思えてしまった。

『思ったことを書けばいい』
 学校の先生のように当たり前なことを言われた大学生の僕は今、こうしてありふれた日常の話を書きはじめる。


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