【 嘘つきは誰だ 】
◆8jK642uc4w




209 名前:嘘つきは誰だ 1/5  ◆8jK642uc4w 投稿日:07/01/28 20:40:21 ID:bKyg3B6A
 それはとある夏の話。
「えー、それでは。これより第一回」
 一ヶ月に及ぶ連休に暇を持て余した僕らは、
「狼少年は誰だ! 大嘘つきナンバーワン決定戦を行いますっ!」
 とてもくだらない事をした。
「いぇー」
「わー」
「ぱちぱちぱち」
 三村の異様なテンションの叫び声に、僕らは口ばかりの歓声を送る。
「何だよお前ら、もっと盛り上げていこうぜ」
 一人だけ妙にやる気満々の三村に、馬場が呆れたような溜息をついて言った。
「なんでまた、突然こんなワケの分からない事をしようと思ったんだ?」
 全くだ。僕は今朝、三村からの電話で叩き起こされた。内容は『今晩うちに集まれ』とだけ。
「みっちゃんは昔からこんなのばっかりだねぇ。あははは」
 と子供のような笑い声をあげる鹿島。相変わらず女の子に間違われそうな可愛い奴だ。
 大学に入ってから知り合ったこいつらは幼稚園からの腐れ縁で、それぞれの苗字を合わせて『三馬鹿』と
呼ばれている。最近では僕も含めて四馬鹿になっていそうだが。
「夏イコール怪談、ってのは定番すぎてつまらん。もっと面白く行こうではないか」
 ふんっ、と自慢げに胸をそらす。もしかして三村は怖い話が苦手なのだろうか。
「何か言いたい事があるかね、紅花君」
 目ざといな。僕は小さく頷くと、
「ルールは?」
 と尋ねる。ここはやりたいようにさせるのが一番。その方が面白いから。
「うむ、ルールは簡単。この箱の中に六枚の紙があり、半分には嘘、もう半分には真と書いてある」
 三村は机の下から小さな箱を取り出した。
「嘘と書かれた紙をひいた者はもっともらしい嘘を、真と書かれた紙をひいた者は嘘っぽい実話を語るのだ。
そして最後に全員がそれぞれの話を嘘か実話か投票し、最も多くの人間を騙せた者が優勝となる」
 なるほど、なかなかに楽しそうではないか。こういう事態に慣れているのか、馬場は呆れた顔をしながら、
鹿島はニコニコと笑いながら、余裕の表情でクジを引く。
 僕は順番を最後にしてもらい、どんな話をするか考えながら皆のお手並みを拝見する事にした。

210 名前:嘘つきは誰だ 1/5  ◆8jK642uc4w 投稿日:07/01/28 20:41:51 ID:bKyg3B6A
「じゃあまずは俺からだ」
 三村は立ち上がってわざとらしい咳をすると、腰に手をあてこう叫んだ。
「俺はナポレオンの生まれ変わりだっ!」
「……」
「あははは」
「……ふぅん」
 何というか、子供かお前は。それとも単なる誇大妄想狂か。
「ふむ、どうやら『そんな事は当然だ』という顔をしているな。これも俺の高貴なオーラの成せる業か」
 うっとりとした目で悦に入る三村。真性のアホだ。
「なるほど、上手いな……」
 馬場がそう呟いた。この与太話を上手いとは、どういう事だ?
「三村はアホだ。それ故に、この妄言を嘘として言っているのか真実と思っているのか、区別がつかん」
 それは、確かに。笑い転げる鹿島を前に悪の親玉のような笑い方をする三村。こいつなら本当に自分を
ナポレオンの生まれ変わりだと思っていても、おかしくない。
「さて、次は馬場の番だ」
 お偉いさんごっこに満足したのか、三村は馬場を指差す。馬場は神妙な顔つきで立ち上がり、語りだした。
「オレが女好きだ、というのは皆知ってるよな」
 僕達は頷く。馬場は母方の祖父がイタリア人だとかで、彫りの深い顔立ちとスラリと長い足をしている。
さらに三馬鹿と呼ばれる中で、他二人の暴走を適度に抑えたり後始末をする大人っぽさも『頼りがいがある』
と女性に人気なのだ。そんな条件を生かして寄ってくる女を見境なしに口説いている。
「それには訳があるんだ。オレの実家はそれなりに名家で、大学を卒業したら親父の会社を継ぐことになって
いる。今まで顔を見たことも無いような許嫁と、無理矢理に結婚させられてな。オレが女を口説くのは、その
くだらない未来へのせめてもの反抗なんだ」
 苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる馬場。酔うと延々愛について語るのには、そんなワケがあったのか。
「嘘だな」
「嘘だねぇ」
 と、僕が馬場に同情しかけたところに三村と鹿島がハモリながら突っ込む。
「確かにお前の家は名家だ」
「けど親父さんは『稔には家督は譲らん!』って言ってたよ」
 この二人が言うのだから間違いあるまい。どうやら僕は馬場の演技にすっかり騙されたらしい。

211 名前:嘘つきは誰だ 3/5  ◆8jK642uc4w 投稿日:07/01/28 20:42:58 ID:bKyg3B6A
「お前ら、思っても口にだすなっ。せっかく紅花が信じていてくれたのに……」
 その発言もどうかと思うぞ。自分で嘘だと認めているようなものじゃないか。
(――いや、待てよ。この馬場がそう簡単に尻尾を出すか?)
 付き合いは短いが、この三人の中で最も知略に長けているのは馬場に間違いない。先ほどの発言はブラフで、
本当に許嫁がいるとしたら。拗ねた顔で着席する馬場が、一瞬ニヤリと笑ったように見えた。
「次はボクの番だね!」
 思考の迷宮に入り込んだ僕を、陽気な声が現実に引き戻す。
「えっとねぇ、実は……」
 言おうかどうか迷うようなそぶりを見せる鹿島。口元に両手を持っていって上目遣いでチラチラとこちらを
見る様は、そこいらの化粧臭い女共の数倍可愛く感じられる。言っておくが僕に変な趣味は無いぞ。
「実はボク、女の子なんだ」
 えへっ、と舌を出してはにかんだ笑み。なるほど、確かに信じてしまいそうだ。だが、しかし。ここには
お前の幼馴染が二人もいることを忘れたか。三村と馬場の反応を見ればそれが嘘であることは
「……」
「やはり、いやっ、まさか」
 一目瞭然、だと思ったんですけど。三村は目を見開いてフリーズし、鹿島はブツブツと一人で葛藤している。
「二人とも、幼馴染の性別が分からないのか?」
 鹿島の発言そのものよりも、二人の反応に驚いた。
「いや、聞けよ紅花。これには事情があるんだ」
 馬場は僕の肩を掴むと、血走った目をして語る。
「オレ達はもう十五年ほどの腐れ縁だ。それなのに、オレは鹿島がトイレに行った姿を見たことが無い。それ
だけなら自宅でしか出来ないナイーブな奴だと納得できない事も無いが、こいつは小学校高学年からずっと
水泳の授業に出ていないのだ!」
「それは持病か何か……」
「ボクの両親はずっと男の子が欲しかったらしくてね。でも二歳のときに母さんが死んで、それから父さんは
ボクを男として育てる事にしたんだって。いい迷惑だよねぇ」
 深刻な話を能天気に語る鹿島。こいつは作り話なんて出来ない性格だと思うんだが、それも演技なのか?
「ずっと疑問には思っていた。だが問いただす勇気は無かったんだ。今の関係が壊れてしまうのが怖くて」
 馬場は俺から手を離すと、何とも言い難い微妙な表情でうな垂れた。鹿島がその背中を撫でる姿は、優しい
母親のようだ。よし、希望も込めて真実だと思うことにしよう。

212 名前:嘘つきは誰だ 4/5  ◆8jK642uc4w 投稿日:07/01/28 20:43:34 ID:bKyg3B6A
「ん? 何だ、次は誰の番だ」
 フリーズから復旧した三村が僕達を見回す。あまりの衝撃的な出来事に記憶を抹消したのだろう。
「僕の番だ」
 三人ともなかなかに手ごわい。だが負けず嫌いの僕としては、何としてでも一泡吹かせてやりたい。幼馴染が
いる不利を逆に利用した彼らに対し、僕は利も不利もない状態だ。なんとか話術だけで頑張るか。
 窓の外、遠くの黒い雲からゴロゴロという音が聞こえてきた。
                       ◆
 ――夕立が来るな。
 紅花につられ窓の外を見て、そう思った。クーラーの低い羽音が響く室内は妙に空気が張り詰めている。
「僕は……」
 青白い顔をした紅花がゆっくりと語りだす。その表情は先ほどまでの和やかな雰囲気を凍りつかせ、オレも
三村もいつもニコニコとしている鹿島までもが、言葉の続きを真剣な顔で待つ。
「……幽霊なんだ」
 冷たいものが背中を流れる。腕に一瞬にして鳥肌が立つ。
 薄く笑みを浮かべて抑揚無く喋る紅花には、それほどの迫力があった。
「ふ、ふははは。なかなかの演技力ではないか紅花」
 三村が乾いた笑い声と共に何故か立ち上がる。こいつ怖い話が苦手だからなぁ。
 紅花は小さく首を振ると、ゆっくり続ける。
「僕はこの世に未練を残して死んだ」
 とつとつと語る彼の顔は透き通るように白く、まるで生気が感じられない。
「高校まで勉強一筋に育てられて、遊ぶ暇も無かった。そしてそれが普通だと思っていた。でも、大学に入って
一人暮らしを始め、周りの人を見、ようやく自分がいかに窮屈な生き方をしていたかを知ったんだ」
 自嘲するように短く息を吐く。鹿島が両腕を擦った。少し寒く感じるのは、冷房のせいではないだろう。
「僕は皆と同じように楽しい生き方をしたいと思った。今まで出来なかった事をしたいと思った。思いっきり
遊ぼうと思った。……けどな、分からなかったんだ。どんな事が楽しいのかすら、僕は知らなかった」
 何か言わなくてはと思ったしたが、オレの喉も舌もカラカラに乾いて動かなかった。
「僕らが初めて会った場所を覚えているか? 大学の裏にある雑木林の奥だ。大学生になって初めての夏休み、
自由なのに何も出来ない自分の不甲斐なさに、僕はあそこにある大きな松の木で首を吊った。それからどれ
くらい経ったかは知らないが、騒がしさに目を覚ますと君達がいた」

213 名前:嘘つきは誰だ 5/5  ◆8jK642uc4w 投稿日:07/01/28 20:44:18 ID:bKyg3B6A
 そうだ、オレ達は雑木林の中に小さな空き地を見つけ、そこで馬鹿騒ぎしていた。そこにフラリと紅花が
『楽しそうだね』なんて言いながら現れたんだ。
「羨ましかった。心の底から幸せそうに笑う君達が。だから、君達と一緒にいれば楽しそうだと思ったんだ」
 相変わらずの顔色だが、紅花は温かい笑顔を浮かべる。
「もう一年か。この一年は、僕の一生よりも遥かに価値のあるものだった」
「紅花っ!」
 消えてしまう。こいつは、このままいなくなってしまう。
 そんな不安に駆られて手を伸ばそうとした瞬間、視界を強烈な光が覆った。
 僅かに遅れて響く轟音。近くに雷が落ちたらしい。
 想定外の過電圧を遮断するためにブレーカーが落ち、六畳のアパートの一室は暗闇と静寂に包まれる。
「……上げてくるわ」
 一分近い沈黙の後、誰にともなくそう言って手探りで玄関に向かった。靴箱を踏み台にしてブレーカーを上げ
部屋に戻ると、そこには泡を吹いて倒れる三村とその顔を興味深そうに眺める鹿島がいた。
 紅花の姿は無い。
 ふと目をやると、テーブルには折りたたまれた四枚の紙が置いてあった。話す内容を決めるクジだ。
 オレのは『嘘』、三村のも『嘘』で鹿島のにも『嘘』。三枚の『嘘』が全て出尽くしている以上、当然最後の
一枚、紅花の紙には……
「あん?」
 カサカサと開けた小さなそれに書かれているのは、『嘘』の一文字。
「もう雷やんだか?」
 もぞもぞと布団の中から紅花が顔を出した。
「僕、雷が苦手なんだ。話してる途中にゴロゴロいいだすから、血の気が引いて倒れそうだった」
 恥ずかしそうに頭を掻く。
 オレは無言で三村の用意した残りのクジを開く。書かれている文字は、全て『嘘』。
 なるほど、これならば全員の話を嘘と断定出来て優勝に近づける。この馬鹿の考えそうな事だ。
 オレは恐怖の余りに気絶した三村の腹を、力いっぱい蹴り飛ばした。
                                           <終>



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